『六軒島戦隊 うみねこセブン』BBS


「うみねこセブン」のBBSです。 企画打合せや、本編アップ、感想等、幅広くご使用下さい。

【本編投稿用】 - 祐貴

2012/02/15 (Wed) 22:41:23

「うみねこセブン」本編投稿用スレッドです。

新作や、既にアップしたものの、修正等の投稿はこちらにお願いいたします。

うみねこセブン 31話「欠片の向こう」=前編= - 葉月みんと URL

2013/10/07 (Mon) 22:35:08



【今回予告】

よっしゃ!イエローだぜ!

平和な遊園地に再び遅い来るファントム!
でも、山羊も怪人も何人来てももう私達の敵じゃねぇぜ!
どんどん来やがれってんだ!!

え?今回の敵は山羊でも怪人でもない?
お前は!?ヱリカ……?新しいファントムの親玉か?!
自分から顔を出すなんていい度胸じゃねぇか!掛って来やがれ!!

え?私達の今回の敵はお前でもないって?
何を訳分かんねーこと言ってんだよ!じゃあ誰が………?!


え………?お前は――!?





第31話「欠片の向こう」






「それでね!あっちに行ったらお城の裏に出れるの!うー!!」
「そうなんですか。真里亞さんはとっても遊園地に詳しいんですね」

日曜日の遊園地。
沢山の家族連れで賑わうその場所に、真里亞の楽しそうな声が響いていた。
得意げに先頭を歩き、何が建物が見える度に真里亞はこの日の為に練習した説明を手を引く人物に向かってしゃべり続ける。
真里亞に手を引かれ、彼女が何か話す度に相づちを打っていたベアトリーチェもまた楽しそうに微笑むのだった。



「うー!ここでレインボーステーションエリアはおしまいだよ!ごせーちょうありがとうございました!」

エリア内の案内を終えた真里亞は紗音に教えて貰った締めの挨拶を告げるとぺこりと頭を下げる。
その目の前で、彼女の案内を受けたベアトリーチェと戦人はぱちぱちと小さな案内人に向かって惜しみない拍手を送った。

ベアト達の拍手に真里亞が嬉しそうにハニカム。
そして、顔を上げた真里亞は再び目を輝かせえると、自分のお客さんである2人に向かってこう切り出した。

「うー!次は隣のプリズムオブフューチャーエリアを案内するけど、2人はちょっとここで待っててね!」
「?おい!真里亞?1人でどこに行くつもりだよ?!」
「熊沢さんがこの近くにおいしいアイスの屋台があるって教えてくれたから買ってくるの!すぐ近くだから戦人達はそこで待ってて!うー!」

そう言うと、真里亞は戦人が止めるよりも先に走って行ってしまった。
少し心配だが、遊園地の中なら真里亞だけでも問題ないだろう。
なにより、今日1日自分の力で遊園地を案内しようと頑張っていたことを知っていたから、
戦人も今日は口を出さずに真里亞に任せようと追いかけはしなかった。


だが今の戦人にとって、残るという選択には別の問題があった。

「ふふ、真里亞さん今日はとても楽しそうですね」

真里亞の背を見送りながら、ベアトが柔らかい笑顔を浮かべる。
以前の彼女ならまず浮かべなかっただろう穏やかなその表情に、戦人は今更だと思いながらも僅かに戸惑う。

それぐらい記憶を失った後の彼女は別人のようだったのだ。
どこか尊大だった態度は嘘のように消え。優しい、そしてどこか儚い笑顔を浮かべるようになった。
話そうとする時もいつも遠慮がちで、何か少しでも茶々が入るとすぐに黙ってしまうような大人しい性格へと変わっていたのだ。

朱志香や譲治は割と上手くやっているようだったが、前の彼女を知っている分逆に戦人は大きな違和感を感じてしまっていた。

だからと言って、関わりを避けるわけにはいかないことは戦人にも分かっていた。
グレーテルの反対を押し切ってまで、ベアトをここに匿うことを望んだのは他でもない戦人自身なのだ。
だからこそ今日、「ベアトと一緒にもう一度遊園地を回りたい。やり直したい」と願った真里亞に付き合うことにしたのだ。

「真里亞も張り切ってたからな。『もう一度今度はちゃんとベアトに遊園地を案内するの!』ってな」
「そうですか。”もう一度”ですか……」
「?……」

小さく息を吐き出した戦人はそう、意を決してベアトに向き合った。
しかし、その言葉に望んでいたような回答は返っては来なかった。
一言そう呟いた彼女は、顔を上げようともしないまま曖昧な笑みを浮かべたのだ。

そこで一端会話は途切れた。
なぜベアトがそんな反応を見せたのかが解らず、戦人も沈黙するしかない。
お互いに何も話さない気まずい空気が辺りに漂う。
それは、戦人にとって一番苦手な空気で、結局ほんの数分も耐えきることが出来きずに再び戦人は口を開いた。

「なぁ、あそこに教会が見えるだろ?覚えてないと思うけど、お前とは最初にあそこで会ったんだぜ?」

近くの木の向こうに見えた教会を指差しながら話し出す。
同じ方向を見上げたベアトがきょとんとした表情を浮かべたのを見もせずに戦人は先を続けた。

「迷子になってたのにどこか偉そうでさ。いっひひ、正直変な奴だなって思ったぜ。
まあ、その後色々あって、特に真里亞が仲良くなってさ。
俺も何回か一緒に遊園地を回ったんだけど、その時はまさかお前がファントムのリーダーだなんて思いもしなかったぜ」

空気に耐えきれず思いつくまま話しているのだ。当然、よく考えて話しているわけでもない。
それどころか話しかけている彼女の様子すら確認せずに戦人は兎に角話し続けた。
だから、戦人は気づけなかった。話しているうちに隣に立つベアトの表情がどんどん曇っていくことに。


「お前がファントムのリーダーだって解った時は吃驚して、訳が分からなかったけど……。
だけど、今はそれ以上にお前達が何を考えてたのかとか、
どうしてそこまでしなきゃいけなかったのかとか、もっと話しておけば良かったって思ったんだ。
だからお前が生きててくれて俺も、……良かったって思ってるんだぜ」
「そう、……ですか」






「真里亞さんが一緒に回りたかった方も、……戦人さんが話したかった人も、”私”じゃないんですね」
「え……?」


ぽつりとベアトが呟く。
言われた意味がわからず戦人がぱちぱちと目を瞬かせた。
そして、戦人がその意味を尋ねようとしたその時、ソレは起こったのだ。

「?!何だ?!」
「!!」

大きな爆破音と共に揺れた大地に驚いて戦人とベアトが顔を上げる。
とっさに目を向けたミッドナイトウイングエリアから煙が上がっていることに気づいて、戦人とベアトは同時に息を飲んだ。

「戦人!ベアト!!」

彼等をはっと我に返したのは、後ろから響いた声だった。
アイスを買いに行っていたはずの真里亞が走ってくるのが見えて戦人は大きく叫んだ。

「真里亞!あれは?!またファントムか?!」
「うん!今、霧江さんから連絡が来たよ。ミッドナイトウイングエリアで大量の山羊が発見されたって!もう譲治お兄ちゃん達は向かってる!」

戦人の問いに真里亞が答える。
ここまで分かればもう取るべき行動は一つしかない。
すぐに真里亞に頷いた戦人は、隣で不安げな視線を向けていたベアトにこう告げた。

「わりぃ。俺と真里亞は直ぐに向かわないといけねぇから、ベアトは基地に戻ってくれ」
「で、でも……」
「うー!真里亞達は大丈夫!ファントムが現れたのは基地の方角とは違うから大丈夫だと思うけどベアトも十分気をつけてね!」

こうしている間にもファントムは遊園地内で誰かを襲おうとしているかもしれないのだ。迷っている時間はない。
それだけ告げると、戦人と真里亞は直ぐにミッドナイトウイングエリアに向かって走り出した。



そして、その場にはベアトリーチェだけが残される。
ファントムが現れたエリアから離れているため、彼女の周囲だけ見れば先ほどまでと変わらない平和な遊園地の光景が広がっていた。
しかし、それも今だけだ。いつここまでファントムの山羊達がやって来るかはわからない。
戦人達が告げたように直ぐに基地に戻るのが正しいのだろう。

「………」

それが分かっていながら、ベアトリーチェは動けなかった。
決して短くない時間離れた空に漂う煙を睨みつけていた彼女は、ごくりと唾を飲み込むと戦人達が走っていった方向へ走り出した。





「はぁー、どいつもこいつも無能で嫌になっちゃいますよねー」

その頃、ミッドナイトウイングエリアの上空では1人の少女が面倒臭そうに眼下に広がる光景を見つめていた。
まるで平和な遊園地を飲み込む波のようにすら見える山羊の大軍が、少女の命に従い破壊の限りを尽くす。
普段ならば家族連れやカップルが行き交い、微笑ましい光景が広がっているはずのその場所は、今はまるで地獄のような光景が広がっていた。

しかし、その命令を告げた他でもない本人はまったく楽しそうではなく、むしろ飽き飽きとした様子でその光景を眺めていた。
ヱリカの隣に立った少女はその様子を見かねて、ドラノールは小さく息を吐き出した。

「……ヱリカ。あなたが命じたことデスのに、その態度は如何なものかと思いマス」
「だって、本当にくだらないんですよ。これじゃ今までしてきたこととまったく一緒じゃないですか。
まかせろって言うから連れてきてみましたが、この程度の案しか出せないような頭なら黙ってろって感じですよねぇ。
ああ!それに比べて我が主!流石素晴らしい作戦を授けてくださいます!」

さっきまでの面倒くさそうな顔はどこへやら。
そう告げると、ヱリカは急にうっとりと虚空を見上げた。
その視線の先に何を思い浮かべているのか、見慣れているドラノールは特に突っ込んだりはしない。
ただ、その手の中に何かが握られていることに気づいて、彼女は再びヱリカの方を覗き込んだ。

「それ……ですか?”あのお方”から与えられた秘密兵器というのは?凄い武器なのですか?」
「ええ、そうですよぉ。最も武器というには語弊があるかもしれませんけどね。
コレ事態にはまったく殺傷能力はないどころか、撃っても怪我もさせられないものですから」
「?」

その言葉にドラノールは僅かに眉を潜める。
ヱリカが握っていたのはどう見ても古い銃のように見えたからだ。
あまり大きなものではなく、こんなものであのセブン達に傷を負わせられるのかとは思っていたのだが……。
それでも”まったく殺傷能力がない”というのは腑に落ちない言葉だった。

セブンと自分達は敵同士。
怪我もさせられないというならば、そんな無意味な兵器をなぜ彼女はこのような戦場に持ってきたのだろうか?

「ふふ、通常の武器よりもずっと面白い光景がみれますよぉ?
ああ!お待ちください、我が主。コレを使って、私が最高の悲劇を献上してみせます!
……なので、そろそろ良いのかもしれませんね。私自身が前に出るのも」
「!!………」

にやりと笑ったヱリカが少し離れた喧噪の方を見る。
山羊の海が連なるその場所からは、時折山羊が吹き飛ばされる大きな音と、激しい閃光が瞬いていた。





「くっ……!うぜーぜ!!これじゃキリがねぇぜ!!
一般人が大勢いる休日の真っ昼間にこんなに襲って来やがって……!」

近くにいた山羊の1匹を殴り飛ばしながら、イエローが奥歯を噛みしめる。
しかし、彼女が切り開いた僅かな隙間は直ぐに後ろから踏み出してきた山羊によって埋められる。
戦って、退けて、しかしキリのない敵の兵に直ぐに切り開いた場所は埋められる。
先ほどからその繰り返しだった。

「……幸い。霧江さん達の避難アナウンスが早かったから殆どの人が逃げた後だったけど……。
逃げ遅れた人達を助けるに予想以上に手間取ってしまったみたいだね。こんな広範囲に山羊達の進入を許すなんて迂闊だったよ……」

イエローの言葉に続けてグリーンも苦い表情を浮かべながらそう告げた。
彼らの周囲には、今、見渡す限りの山羊の群が暴徒となって彼らを取り囲んでいた。
このエリアを埋め尽くすほどの、……いや、ひょっとしたらそれ以上かもしれない山羊が、遊園地に呼び出されていたのだ。

だが、山羊の海の中に放り込まれたような状況の中で、それでも勝機は十分自分達の方にあるとグリーンは見積もっていた。
敵の数は多い。だが、それだけだ。
自分達はここ数回の戦いでどんどん強くなっている。
7人で立ち向かえば、山羊ぐらい何人相手にしようと負ける気はしなかったのだ。

そして、その考えは最前線で拳を奮っているイエロー、レッド、ブラック達も概ね賛成だった。
僅かに視線を合わせた3人は互いの背を庇い合うように立つと、自分の獲物を強く握り直した。

「よし!!行くぞみん……!?」

だが、その時。
彼らの予想に反したことが起こった。
目の前の山羊の海がさっと、自ら割れたのだ。

カツン、カツンと、小さな足音が響く。
まるで花道のように、割れた山羊の道を一人の少女が歩いてくる。
青い髪を靡かせ、たっぷりとしたフリルのドレスに身を包んだその少女は、セブン達の前に立つとスカートの端を掴み優雅に頭を下げた。



「初めまして、こんにちは!!
あの無能共の代わりにこの度ファントムの前線最高責任者になりました。古戸ヱリカと申します!!
まぁ、恐らくそう長い付き合いにはならないでしょうが、どうかお見知り置きを!!我こそは断罪者!うみねこセブンを滅ぼす者!!」

「「!!」」

告げられた言葉に思わずセブン達は息を飲む。
このような形で現れたのだ。彼女がただの兵士ではないことはもちろん解っていた。
一度壊滅したファントムに新たな支配者が送り込まれているだろうことも。

だが、ずっと姿を見せなかったその人物が、いきなりこのように堂々と姿を現すとは思ってもいなかったのだ。
むしろ、何か罠ではないかとグリーンは素早く辺りに注意を向ける。
その横でヱリカを強く睨みつけていたレッドが絞り出すような声で彼女にこう告げた。

「へっ、丁寧なご挨拶痛みいるぜ……!
それで?今までこそこそ隠れてたヱリカさんがなんで急に出て来る気になったんだ?」
「くすくす、申し訳ございません。こちらの部下が無能で随分退屈させてしまったみたいですのでね。
データも集まりましたし、そろそろ茶番は終わりにしようかと思いまして」

レッド達が向ける殺気に気づいていないはずはないだろうが、ヱリカの態度は何も変わらなかった。
くすくすと小馬鹿にするような笑みを漏らした彼女はそう告げると、ざっとセブン達を値踏みするように見渡した。

彼女の視線と、そして何より彼女が告げたその言葉にセブン達の間に緊張が走る。
今まで後ろに下がっていた彼女が告げた『茶番は終わり』という言葉が何を意味しているのか直ぐにわかったからだ。

「……つまり、ようやく山羊に任せずに自分で戦う覚悟が出来たってことか?上等だぜ!返り討ちにしてやるからどっからでも掛かって来やがれ!!」
「申し訳ありませんが、あなた達のお相手は私ではありません。もっと面白い相手をご紹介いたしますよ!」
「!?」

高らかに宣言したヱリカがくるりとスカートを翻す。
舞を踊るように回転し、再び正面を向いた彼女の姿にセブン達が目を見開く。
一体、どこから出したのか?彼女の手の中には、古式の銃のようなものが握られていたからだ。

瞬時に状況を理解したグリーンが全員に一度下がるように叫ぶ。
その声に反応してコンマ1秒遅れで我に返った仲間達は直ぐにグリーンの忠告に反応して後退しようとした。

その光景をヱリカはまるでテレビの向こうの光景でもみるように淡々と見つめていた。
逃げようとしているセブン達に焦る必要もない。
彼らが後退するよりも、こちらがターゲットを打ち抜く方がずっと早いからだ。

他の人間には目もくれずヱリカはある1人を、――仲間達に注意を呼びかけた分、一瞬待避が遅れたグリーンに銃口を向けた。


(この男はうみねこセブンのブレーンのはず。
誰に使うか迷いましたが、こいつを失って右往左往するセブン達は見物でしょうからね。
うみねこグリーン、今回の祭りの主役はあなたにやって頂きましょう?)

にやりと、ヱリカが笑う。
引き金に指を掛ける。逃げようとするセブン達の姿がヱリカにはまるでスローモーションのように見えていた。
これで外す道理などない。欠片の躊躇もなく、ヱリカが引き金を引いた、その時。

退却しようとする彼らの中で、1人だけ。
逆の動きをした者がいた。

「グリーン!あぶねぇ!!」
「「!?」」

それは、レッドだった。
ヱリカの銃口が狙う先にいち早く気づいた彼は、グリーンの指示とは正反対の方に飛び、彼の体を強く押した!

ヱリカが大きく目を見開く。
しかし、既に放ってしまった銃弾はもちろん止まりも、軌道を変えもしない。
空を斬り裂くように飛んだその弾丸は、真っ直ぐに元々グリーンがいた場所を、――彼を突き飛ばしたレッドを、貫いた。

「!!!?レッド!?」

黒い閃光というものがもしあるのならば、今、目の前で瞬いたものがそうなのだろう。
レッドが苦悶の声を上げるよりも更に早く、彼の身は黒い光に包まれた。
慌てて駆け寄ろうとしていた仲間達もその光に拒まれ近づくことすら出来ない。
誰しもが目の前の状況を理解できず次の行動を決めかねていたその場で、ヱリカだけがくすりと、満足そうな笑みを浮かべた。

「……予定とは違いましたが、まぁいいでしょう。
これからどのような惨劇を見せてくれるか楽しみにしていますよ?うみねこレッド?!」
「待て!どこに行くつもりだ?!レッドに何しやがった?!」
「ふふふ、それは自分で見てのお楽しみですよ。大丈夫、直ぐにわかりますよ。”アレ”が何だったのか」

一方的に告げたヱリカが何もない空から取り出した鎌を奮う。
何もない空間で鎌を奮っただけなのだ。普通ならば何も起こるはずがない。
だが、次の瞬間そこからは遊園地の光景が消え、代わりにまるで空間事態を斬り裂いたように黒い闇が顔を出した。

「てめぇ!待ちやがれ……!!」
「それでは、ご機嫌よう。
あなた達が”彼”に勝てるとは思えませんが、まぁせいぜい頑張ってください。
我が主に献上出来るような展開を期待していますよ?うみねこセブン?」

見覚えがあるその光景は、直ぐにセブン達にガァプのワープホールを連想させた。
ヱリカが撤退しようとしていることに気づいたイエローは必死に手を伸ばしたが、ヱリカまでは届かない。
現れた時と同じように優雅な礼を残した彼女は、イエローの手から簡単にすり抜けると闇の中へと消ようとした。

「……ああ、そうだ。これよかったら使ってくださいね?」
「!?」

消える最後の瞬間、彼女は思いだしたように持っていた銃を思い出したように放り投げた。
宙舞うその銃はもちろんセブン達に向かって投げれたわけではない。
彼らの上空を飛んだその銃は闇の中に吸い込まれるように落下し、パシリと一つの手に握られた。

そして、その手を始まりとして、”彼”が暗黒の中から現れた。

「!?……」

レッドを包んでいた黒い光が弾ける。
弾けた光にグリーン達が目を細める。
その中で動く人影があったことを、彼らは確かに見た。

中にいるのはレッドだ。
ならば、そこから誰かが出てくるのならば、閉じこめられたレッドがヱリカの攻撃を破って出てきたのだ、と。
誰もがそう思っていたし、思いたかった。
だが、視界が戻り現れた人影にセブン達は誰も駆け寄らなかった。
それだけではない、逆に武器を取り戦闘を仕掛けるものすらいなかったのだ。


それは、出てきた人物が味方でも、敵でもなかったからに他ならない。

目を見開いたセブンの中で誰かがごくりと喉を鳴らす。

光の中からゆっくりと歩み出してきたのは……。
深淵に塗りつぶされたスーツを身に纏った、レッドだったのだ。





「レッド……なの……?」

間合いから一歩離れた場所から恐る恐るブルーが”彼”に問いかける。
しかし、彼は答えなかった。
自分の周囲で不安げな視線を送るセブン達をゆっくりと見渡した”彼”は、片手で顔を覆う様に額を押さえると、小さく肩を奮わせた。

「あは……、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「!!?」

初めは小さく、そして徐々に遊園地中に響きわたるような笑い声が辺りに響いた。
セブン達は動かない。
聞きなれた彼の声で響く、1度として聞いたことがない冷たいその笑い声に、セブン達は誰しもが動けなかったのだ。
自分を見る彼らのその瞳に困惑と、そして何よりも目の前の現実を何かの冗談だと思いたい
彼らの願望がありありと見て取れて、レッドは耐えきれず小さく吹き出す。
そして、彼はセブン達に向かって口を開いた。

「なんだよ?その間抜け面?せっかく俺たちのために血塗られた最高のステージが用意されたんだ、もっと楽しもうぜ?」
「君は……?”誰”なんだ?レッドじゃないのかい……?」
「まだ、そんなこと言ってるのかよ?状況が理解できてないってんだったら、お前等、”死ぬ”ぜ?」

レッドが、片手を掲げる。瞬き1つする間も与えずに、彼の放った黒き力はセブン達を地面ごと吹き飛ばした。














「……何なのですか?あの銃は?」


黒き力が放たれたことを少し離れた上空で確認しながら、ドラノールは隣に立つヱリカに向かってそう尋ねた。
くすりとヱリカが得意げに笑う。
まるでその言葉を待っていたとでも言いたそうな饒舌な口調で、ヱリカはその問いの答えを語りだした。

「ふふふ、我が主が与えてくれた秘密兵器です。そうですね、言うならば力のベクトルの変換機でしょうか?」

自分達幻想の住人が使う力と、彼らセブンが使っている力は実はまったく別物というわけではない。
むしろ本質的には同じ物と言っていいぐらい近いものなのだ。

違っているのは力の方向性。
まるで正と負、昼と夜のように正反対の方向性を持つ彼らの力は、
逆に言えば無理矢理向きを変えることで自分達側に引き入れることが出来るということでもあった。
そして、思考までも幻想側に染めてしまうことで敵を強制的に自分達の駒としてしまうというのが、あの銃の力だった。

「まぁ、無理矢理ベクトルを変えるんですから、もちろん万能ではありません。
こちらが無理矢理押さえつけている力を吹き飛ばすほどの力で攻撃すれば途端に元に戻ってしまうでしょう。
………ただ、それだけの力の攻撃を”彼”に向かってセブンが撃てるのか?とっても見物だと思いませんかぁ?」

くすくすとヱリカが笑う。
そして、その邪悪な笑みを見て、ドラノールは理解した。
今回のこの作戦の目的は、セブン達の壊滅でも、その1人をファントム側の駒にすることでもない。

中途半端な洗脳はきっとそう長くない時間で、彼らに解かれしまうだろう。
その過程で仲間と戦い合わないといけない彼らの苦悩を見ることを彼女達は楽しみにしているのだ。

「……私には、なんとも。ただ、ヱリカ卿はとてもいい趣味をしていると思いマス」
「ふふ、ほめ言葉として受け取らせて頂きますよぉ?
さぁ、私たちは高見の見物とさせて頂こうじゃないですか?
仲間を攻撃できるか、せいぜい苦しんで悩んでくださいよねぇ?うみねこセブゥウウウン?!」

ヱリカの高笑いが見下ろした遊園地に響く。

その眼下で今まさに”彼”と対峙しているだろううみねこセブンを心の中で哀れみながら、
ドラノールは隣に立つ仲間の笑みから目を逸らした。



+++


「おい!レッド!やめろ!どうしちまったんだよ?!お前は!!」

転がるようにしてレッドが放つ黒き弾丸を避けながらイエローが叫ぶ。
しかし、彼女の悲痛な叫びはレッドまで届いているようには見えない。
ならば直接ぶん殴ってでも止めてやろうとイエローが地面を蹴った。

しかし、薄ら笑いすら浮かべながらイエローに向き合ったレッドは、容赦なく手にした銃弾を彼女に向かって撃ち放った。

「グリーン!!ブルー?!」

銃弾の音が空を切り裂きイエロー達とは離れた場所を撃ち抜いた。
レッドが小さく舌打ちをする。ブルーに蹴り倒され照準がブレた手首を押さえながらレッドが下がる。

それを確認しながら、とっさにイエローを掴んで脇に飛んだグリーンと、ブルーがほぼ同時に地面に降りる。
レッドの銃から距離を取った彼らは、それでも注意深くレッドの持つ銃を睨みつけた。

「グリーン!ブルー!イエロー!!」

そこに散会していたホワイトとブラック、そしてピンクが駆け寄ってくる。
青く染まった彼らの表情には一様に困惑の色が映っていた。

「これはどういうことなんでしょう……?どうして、レッドが急に……!」
「落ちついて、皆あの銃に注意して。レッドがおかしくなったのは僕を庇ってあの銃に撃たれてからだ。
恐らく、彼が今撃っている黒い銃弾に当たってしまったら僕達も同じようになってしまうんだと思う……」

険しい表情をしながらもグリーンはまだ冷静だった。
状況を考えればレッドがおかしくなったのはヱリカの攻撃を受けた以外には考えられない。
レッド自身が洗脳されているのか、それとも彼の体が別の何かに操られているのか、
それともあの暗黒の中で彼とそっくりの怪人に実は入れ替えられてしまったのかはわからない。
しかし、何れにせよたった1発の銃弾で敵を自分側に引き込んでしまうような能力があるならば、恐ろしい驚異だった。

「おいおい、逃げてばっかりじゃつまんねーぜ?ちゃんと遊んでくれよなぁ!!」

一定の距離を保ったまま近づいてこようともしないセブン達に業を煮やして、赤黒く染まったレッドが再び引き金を引く。
斬り裂くような激しい音と共にいつもの青い弾丸とは違う、黒い銃弾がセブン達の足下に放たれる!
跳び退くように銃弾を避けたグリーンは、仲間達に建物の影に隠れるように指示をし、立ち上がった。
そして、グリーンはホワイト達が止めるのも聞かず、自分は1人”彼”の前に立った。

逃げることをやめ、立った一人自分の前に立ったグリーンにレッドは楽しそうに目を輝かせたが、直ぐにその表情は怪訝なものに変わっていった。
反撃してくる、……なら解る。
だが、グリーンからは向かってくるような雰囲気は微塵も感じられなかった。
警戒は止めないまま、グリーンはただ自分の前に立ち鋭い視線を向けてくる。その意図が分からずレッドは僅かに眉を潜めた。


「君は……、レッドなのかい?なぜ僕らを攻撃するんだい……?」

距離を取りつつグリーンが注意深く尋ねる。
彼が一体どういう状況なのか、探る必要があった。
答える必要はないと切り捨てられるかと思ったその質問に、しかし彼は素直に応じた。

「レッド……、と言えばそうなのかもしれねぇし。
そうじゃないと言えばそうなのかもなぁ?少なくともこの体は奴のものだし、
俺自身だって奴とまったく関係がないわけじゃないからなぁ?」

にやりと笑い、黒いレッドは髪を掻き上げた。
その様子、口調、そして彼が告げる言葉を注意深くグリーンは見つめる。
レッド自身ではない、……と思う。
彼なら自分達を攻撃するわけはないし、この黒いレッドはレッドのことを”奴”と呼んだ。
しかし、細かい攻撃の癖や纏う空気は間違いなくレッドのものだった。結論を出しかねたグリーンは再び口を開いた。

「奴……?体は……、ってことは君はやっぱりレッドじゃないんだね?!じゃあ、レッドはどうなったんだい?!」
「奴だったらここで寝てるぜ。俺はあいつであってあいつではない。
無数の欠片の中に存在する俺達の中からファントムにとって有益な俺を探し出して、”上書き”する。それがこの銃の力らしいからな」

黒いレッドが告げた言葉にセブン達が目を瞬かせる。
彼の言葉の意味を理解しようと一瞬戸惑った彼らの中で真っ先に声を上げたのはイエローだった。

「じゃあ、お前は別の世界のレッドだって言うのかよ?!
嘘つくな!!どこの世界だろうと!レッドが私達の敵になるわけねぇだろ!?」
「俺みたいなお前だって、どこかには居るぜ?
そこにいるブラックをセブン達に消されて狂った世界とかなぁ?信じられないなら直ぐにでも呼び出してやってもいいんだぜ?!」

黒いレッドが再び引き金を引く!
しかし、彼の放った銃弾は彼女までは届かない。
一歩も動かなかったイエローの目の前で見えない壁に弾かれた銃弾は明後日の方向に飛んでいった。

予想外のその光景に黒いレッドが眉を潜める。
壁を作ったホワイトに小さく頷いたグリーンは彼の疑問に答えるために一歩前に出た。

「無駄だよ。その銃弾は当たれば確かに驚異だ。だが、軌道は直線だ。
射程もスピードも、レッドの”青き弾丸”に比べればとてもお粗末なものだね。
油断さえしていなければ十分避けられるし、防げるものだよ」
「へぇ……?」

淡々とグリーンが告げる。
その言葉に初めて黒いレッドは違った反応を見せた。
表面上は薄ら笑いを張り付かせていたが、その目には明らかに不機嫌な色が揺らめいていた。

黒いレッドが銃を握り直す。
リロードし、弾を込め直した彼は再び銃をセブン達に向けるとにやりとした笑みを浮かべた!

「じゃあ、試してみようじゃねぇか!!」

彼の宣言と共に銃弾が雨のように降り注ぐ。
しかし、そんな攻撃ではセブン達はもう呼吸すら乱さなかった。
グリーンの視線に頷いたイエローとブラックが横に、そして後衛を担うホワイト、ピンクが後ろに瞬時に飛ぶ。
黒いレッドは上空に飛んだイエローとブラックに直ぐに照準を向けたが、放った銃弾はどれも簡単にホワイトの壁によって弾き飛ばされた。

そして、次の瞬間。
彼が不味いと思った次の瞬間には、イエローとブラックは目の前まで迫っていた。
2人を打ち落とすことを諦めた黒いレッドは彼らの攻撃から逃れようと後ろに跳び退こうとした。
それをピンクは見逃さない。

すぐさま振られた彼女の杖からピンク色の煙が立ち上り、黒いレッド、そしてイエローとブラックを包み込む。
突然奪われた視界に、一瞬黒いレッドの足が、止まった。

「!!―――」

しかし、それは本当に一瞬だった。黒いレッドは行動を変えない。
見えないのは共に煙に包まれたイエローとブラックも同じなのだ。
急に自分に併せて行動を変えてくるなど、出来るわけがない。

迷うことなく黒いレッドが強く地面を蹴る。
黒いレッドが煙を抜け背後の地面に降り立ったのと、イエローとブラックが彼が居た場所を叩いたのはほぼ同時だった。

そして、その次の瞬間――。

「甘いよ。そろそろいいよね?こっちからも反撃しても――!!」
「!!?」

1つの影が彼の真上に掛かった。

飛び出してきたのはグリーンだった。
遙か上空から踵落としを食らわせようとグリーンは、
たった今、背後に跳んだ自分に向かってしっかりと構えていた。
彼の姿を見て黒いレッドは前の2人が単なるおとりだったことを理解する。

不味い、と。本能が告げる。
しかし、ピンクが放った煙はまだ消えていない。
視界が悪く、背後に跳んだばかりだった黒いレッドは一瞬次の行動を迷い、動きを止めた。

その一瞬が、グリーンが黒きレッドに鉄槌を落とすまでには十分だった。

大きく振りかぶったグリーンの蹴りが、叩きつけられる!
黒いレッドは来るであろう衝撃に耐えるために強く目を閉じ、体を強ばらせた。

地面が揺れる。しかし、予想していた衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
流石に怪訝に思った黒いレッドが僅かに目を開ける、……と。
その瞬間、彼の首も元に寸止めの蹴りが突きつけられた。

「警告する。その玩具で僕たちは倒せない。直ちに捨てて投降をお勧めする!レッド君の体から直ぐに出ていくんだ!!」
「………」

蹴りを突きつけながらグリーンが叫ぶ。
彼が少しでも力を入れるだけで自分は吹き飛んでしまうことを
悟った黒いレッドは素直に両手を上げると、右手に持っていた銃を地面へと落とした。

軽い音を立てて銃が地面を転がる。
いつの間にかグリーンの背後に立っていたブルーがソレを黒きレッドの手の届かない場所へと蹴り、遠ざけた。

そして、近づいて居たのはブルーだけではなかった。
左右には武器を構えたホワイトとピンクが、背後にはイエローとブラックが。
油断なく、黒いレッドを包囲していた。

視線だけをぐるりと回した黒いレッドは、そう簡単には彼らの包囲網から抜け出せないことを理解する。
少なくとも先ほど振り回していた銃ぐらいでは彼らには対抗出来ないだろう。

それを理解した黒いレッドに最初に浮かんだ感情は、
………気だるい授業から解放された時のような、晴れ晴れとした気分だった。

「はは、ははははははははははは!!」
「!?何を……!」

再び笑いだした黒いレッドにグリーンが困惑の表情を浮かべる。
引くにしろ突きつけた蹴りを放つにしろ、彼が動くより先に突きつけられたその足を黒いレッドが強く握る。
思いも掛けないその行動に目を瞬かせたグリーンに向かって、黒いレッドはねっとりとした笑みを浮かべた。

「あいつらには”ソレ”で出来るだけ駒を増やすように言われてたが……。
お前等には”太刀打ち出来なかった”んだ。もういいよな?
ああ、俺には知ったこっちゃねぇ。こんな面倒なことつき合ってられねぇよなぁ……!!」

グリーンを掴んだ黒いレッドの右手が光る。
慌てて動いたブルーが彼を止めるよりも先に、黒い闇が彼女達の目の前で弾けた――。




「――っ!………?」

その地響きは少し離れた場所に立つ、ベアトリーチェの元まで伝わっていた。
急に震えた地面によろけそうになり、ベアトが慌てて近くの壁に手を突く。
幸い揺れは一瞬で止んだが、それが進行方向で光った黒い光のせいだと気づき、彼女はごくりと息を飲んだ。

何が起こっているかは解らない。
だが、今の邪悪な光は恐らくセブン達の物ではないことぐらいは彼女も解っていた。
自分が行っても何も出来ない。それどころか敵に捕まって、彼らの足を引っ張ってしまう可能性も高かった。

「……でも」

胸の前で手を強く握りしめて、ベアトリーチェは立ち上がった。
震える足を一歩前に出して歩き出す。
迷いと逃げ出しそうになる気持ちを押さえつけて、ベアトリーチェは光の発生源に向かって再び走り出した。

知ってる。
戦人や真里亞が戦っている人達が自分と関係が深い人達だということを。
思い出せもしないけど、かつての自分がその人達と同じようにこの世界に害を与えていたことを。

セブンの基地に保護され、そのことを聞かされた時ベアトリーチェは信じられなかった。
それどころか、かつての自分がなぜそのようなことをしようと思ったのか、
具体的に彼らに何をしてしまったのか、想像することすらも出来なかったのだ。

それが、……ベアトリーチェには悔しい。

あの基地の人達は皆優しくて。
自分が何をしてしまったのかを問いかけても、困ったように笑うばかりで具体的には教えてくれなかった。
それが、記憶を失った自分を思ってのことだということはわかる。その気持ちを嬉しいとも思う。

だが、それでは嫌なのだ。
一体彼らとかつての自分の間に何があったのか。
彼女が何を願って、何をしようとしていたのか。
それを、知りたい。知らないといけない。

そのためにベアトリーチェは危険を承知で戦人達の所へと走っていた。

ベアトリーチェが居た場所からセブン達が戦っている場所まではそう離れてはいなかった。
しかし、彼らの方へ近づけば近づくほど、
道は山羊の大軍に覆われベアトリーチェは見つからないように迂回して、あるいは隠れて進むしかなかった。

幸い山羊達は自分の目線の下に動く物には反応が弱かった。
そのため時間は掛かったが、ベアトリーチェは建物や瓦礫の影に隠れるようにして
セブン達がいると思われる広場の方へと近づくことが出来た。

店舗の影に隠れながら、ベアトリーチェは注意深く広場の方を確認する。
そして、彼女は目の前に広がる光景に顔を真っ青にした。

「そんな……!?」


ほんの数時間前まで家族連れが行き交っていたはずの広場は見る影もなくなっていた。
周りに植えられていた木は倒れ、建物も一部崩れている所すらあった。

そして、何よりも驚いたのは、周囲に倒れている存在だった。

柱の影にピンク色の小さな体が倒れていた。
力なく倒れるその姿に叫び出しそうになった自分をベアトリーチェは必死に押さえ付ける。
大丈夫。僅かに胸が動いているのが見えたから、ただ倒れているだけなのだ。
どんどん早くなっていく鼓動を押さえつけながら、
ベアトリーチェは他のセブン達の姿を求めて視線を周囲へと向ける。
すぐにピンクの側に倒れるイエローとグリーンの腕を、
少し離れた所に座り込むホワイトと倒れるブラックの姿を、
何者かに壁に叩きつけられたように見えるブルーの姿をベアトリーチェは見つけることができた。

そして、何よりも彼女を混乱させたのは倒れている姿がそれだけではなかったことだった。
セブン達だけではなく、この遊園地を襲って来たはずの山羊達もまた同じように周囲に倒れていたのだ。

そして、全てが薙ぎ倒されていた広場の中で、1人だけ立っている者がいた。

「戦人……さん……?」

広場の中心を起点として、丁度自分の対角線上の店に寄り掛かるようにしてその男は立っていた。
その姿が山羊ではなく自分のよく知る戦人の者だと気づいて、
ベアトリーチェはほっと息をついて建物の影から姿を露わした。

しかし、その行動が誤りであったことを彼女が理解するまでにそう時間は掛からなかった。
呼びかけた声と、立ち上がった姿に戦人が、……違う。

戦人の姿をした別人がベアトリーチェに気づく。

ゆっくりと合った目には、震え上がってしまいそうなほど冷たい光と笑みが灯っていたのだ。

「……――っ!」

彼が一度だって浮かべたことがないその光によって、ベアトリーチェは彼が戦人ではなく
自分にとって害を加えるものであることを直ぐに悟る。
その瞬間、ぞくりとベアトリーチェの背筋に冷たい物が背上がって来るのを感じた。
直ぐにでも踵を返して逃げ出したくなった自分をなんとか押さえつけられたのは、
周囲に真里亞達が倒れたままになっていたことと、そして何より、本当の彼が見当たらなかったからだった。

「あ、あなたは……、”誰”ですか?!戦人さんはどこですか……?!」

精一杯虚勢を張ったつもりだったが、それでも絞り出した声は震えていた。
こっちの心境はとっくにばれているらしく、黒いレッドが小馬鹿にするように小さく笑う。
相手のその態度にベアトリーチェの方も多少感じるものはあったが、この状況では文句を言える状況でもない。
ベアトリーチェはせめて強く睨みつけながら、彼が何か答えるのを待った。

小さく黒いレッドが笑う。
愉快そうに口を開いた彼の瞳は、なぜか少し柔らかくなっていたように彼女には見えた。

「……驚いたな。ここではまだお前生きてるのか?
あいつらが出てきてるってことは、一度俺達がファントムを倒した後だろうに」
「………何をおっしゃっているのか、よく解りません。
それよりも質問に答えてください!あなたは”誰”ですか?!戦人さんは”どこ”なんですか?!」
「お前こそ何言ってるんだ?右代宮戦人なら”ここ”にいるじゃねぇか?」

不敵な笑みを浮かべて、黒いレッドが自身を指さす。
ベアトリーチェの目が瞬く。
それでも彼が何を言おうとしているのかを見定めようと、彼女はその言葉を否定しなかった。
黙ったまま、じっと彼女が黒いレッドを見つめる。
それを彼女が自分に萎縮した所為だとでも思ったのか、
黒いレッドは気をよくしたように笑うと饒舌な口調で先を続けた。

「俺が、そうだぜ?お前が探している”右代宮戦人”だ。
……”別の欠片の”だけどな。
でも、問題ないだろう?この体も、魂もお前が探している”右代宮戦人”と何も代わりはねぇ。
だったら俺が”右代宮戦人”でもいいはずだろ?」



「違います」

はっきりとした拒絶の言葉が辺りに響く。
それは、黒いレッドが思わず言葉を止めてしまうほど強い言葉だった。

黒いレッドが話していたままの姿で動きを止める。
その彼が浮かべていた表情はさっきまでの冷たい笑みが嘘のような、きょとんとした間の抜けたものだった。
その表情に笑うでもなく、驚くでもなく。ベアトリーチェは強い瞳で黒いレッドを睨みつけた。

一歩、彼女が前に出る。
そして彼女は、はっきりと宣言した。

「あなたは私が探している戦人さんじゃありません。
……私が、戦人さんが話したいと思っているベアトリーチェじゃないように」
「はっ……?」

さっきの戸惑った様子が嘘のように堂々と、ベアトリーチェは黒いレッドに詰め寄ろうとした。
急に彼女がとったその行動に黒いレッドが困惑の表情を浮かべる。
その目の前でベアトリーチェは小さく吐き捨てるように笑った。

「あなたが戦人さん?笑わせないでください。彼はあなたみたいな笑い方は”し”ない。
仲間が周りに倒れているこの状況で何もせずにいられるような人じゃない。
ましてや、自分から仲間を傷つけるような人じゃ絶対にない!
戦人さんは敵であったはずの私を助けて、気に掛けてくれるような優しい人です!
あなたが別の欠片とやらでどのような目に合われたのか私は知りません。
でも、その心を失った時点であなたは私が探していた戦人さんじゃありません!!」

ベアトリーチェがまた一歩前に出る。
それはいつの間にか、手を伸ば黒いレッドに届くような距離になっていた。
驚いて指一つ動かせなかった黒いレッドの前で彼女は躊躇することなくその腕を、掴んだ。

「成れないんです。
たとえどれほど姿が近くても、たとえ本質的には同じものだと言われても。
ここで誰かが望んでくれる”彼ら”には成れるわけがない……!
だって、彼らと私達は違うモノなんですから!!」

吐き捨てるようにベアトリーチェが叫ぶ。
自分を睨みつける青い大きな瞳は、今にも泣き出すのを堪えるように潤んでいた。
そしてmその瞳が自分を通り過ぎてどこか遠くを見ていることに気づき、黒いレッドは目を瞬かせた。


「”戦人”さんを返してください!あなたも……、この世界には必要とされてない!!」
「――っ……!!」

絞り出すようにベアトリーチェが叫ぶ。
更に強く握りしめられた腕を黒いレッドはそれ以上の力で振り払った。
元々力が強いわけではない。
跳ね飛ばされた力にベアトリーチェは為すすべもなく体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。

彼女から目を離さないまま、黒いレッドは近くに落ちたままになっていた銃を拾う。
小さな呻き声が倒れたベアトリーチェから響く。
なんとか起きあがろうと腕に力を込めたベアトリーチェの額に、カチャリと。
冷たい銃口が突きつけられた。

「………」

自分を見下ろす冷たい視線に対して、ベアトリーチェは負けない意志を灯した瞳で迎え撃った。

「……さっきの言葉、そのまま返すぜ。黙れ、何を言ってるのかさっぱりだぜ。」
「あなたは”右代宮戦人”ではありません。
少なくともこの世界で必要とされている”右代宮戦人”では。あなたが戦人さんを名乗るのは、……不快です」
「……どうやらお前と話して居ても時間の無駄みたいだな。
なら、もうちょっと話が分かる奴に出てきてもらうことにするぜ!!」
「!!」

黒いレッドが銃に引き金を掛ける。
そして、再び黒い光が、弾けた―――。

うみねこセブン 31話「欠片の向こう」=後編= - 葉月みんと URL

2013/10/07 (Mon) 21:55:01


暗い闇の中に落ちていく感覚だけがあった。
恐る恐る開けた目には何の光も映らない。
それでもベアトリーチェは自分がただひたすら暗い闇の中に落ちていることをはっきりと理解した。

穴は深く、そこまで考えた後でもちっとも底に叩きつけられる様子がなかった。
ただ落ちていくだけで何も出来ないと自然と思考に耽ることになる。
次にベアトリーチェの頭に浮かんで来たのは先ほどの自分の行動のことだった。

どうして、私は……。

「あんなにムキになってあの人に言い返したりしたんだろう……?」

あの冷たい目を見た時、あの人が自分のよく知る右代宮戦人ではないことは直ぐに解った。
とても近い、でも絶望的に違う人間。
にも関わらずあの人が当たり前のように”右代宮戦人”を名乗った瞬間、彼女は耐えきれなかった。


まるで”ベアトリーチェ”に成り済ましている自分を見ているようで、……耐えきれなかったのだ。



目覚めて彼らに最初に自分のことを説明された時から、本当は彼女はずっと違和感を感じていた。

自分がファントムという組織のリーダーだとか、恐ろしい力を持つ魔女だとか。
彼らと一緒に遊ぶぐらい仲が良かったのに、お互いに正体を知らないまま戦ってしまったとか。
「崩れた城で行方不明になった時は死んでしまったかと思ったけど、生きていて良かった」と
真里亞に抱きつかれた時も彼女はまったくその話を自分のこととして受け取れてはいなかった。

彼らが語る話はどこか遠い、まるで物語のヒロインの話のようで。
どれだけそれが自分の話だと言われても、そう思おうとしても、
どうしても他人事以上には感じることは出来なかったのだ。

最初はそれも自分が記憶を失っているせいかとも思った。
彼らの言うとおりそのうち記憶が戻れば、
彼らの話をちゃんと自分自身のことだと納得出来るようになり、
彼が求めている言葉も返すことが出来るようになるのではないのかと、そう信じていた。

だけど、彼らと一緒に生活してもその違和感は消えることはなく、むしろどんどん大きくなっていった。
前の自分の話をされてもぴんと来なくて、一緒に過ごしたという思い出に曖昧な笑顔しか返せない。


いつからだったのだろう?
この人達は人違いをしてる。

一緒に過ごす彼らとの日々の中で、そのことに気づいてしまったのは。



戦人も真里亞も、彼らが自分によくしてくれているのは”ベアトリーチェ”と関わりがあった所為だ。
真里亞が遊園地で一緒に遊びたかった相手も、戦人もう一度ちゃんと話したいと願った相手も、きっと自分ではない。

それなのに、自分は”ベアトリーチェ”のフリをして、彼女の居場所に居座ってしまっている。

そのことに気づいてから、彼らの笑顔を見る度に胸がちくりと痛んでたまらかった。
優しく笑い掛けてくれる彼らのことが大好きだからこそ、騙していることが辛くて仕方なかったのだ。

それでもここを追い出されてしまえば行く所もない。
言い出す勇気もなく、彼らから離れて1人で生きていくことも出来ず。
結局彼女は、はっきりと言い出せないまま今日まで来てしまった。

そして、その生活の中で大きくなっていったのは、
彼らに対する罪悪感と、………昔の自分への嫉妬にも似た憤りの感情だった。


「……どうして、”ベアトリーチェ”は」

……いなくなってしまったんだろう?

どこに行ってしまったんだろう?

何を想って、戦人さん達と戦っていたんだろう?


一筋の光すら見えない闇の中で思考だけがいくつも、いくつも浮かんでは消えていった。
本当に。自分でも押さえきれない涙みたいに、いくつも、いくつも……。

かつてのベアトリーチェのことを彼女は何も知らない。
何を思って、人間界を侵略しようと思ったのかも。
敵であったはずのベアトリーチェが、
セブンのメンバーである戦人や真里亞とどんな気持ちを抱いていたのかも。

だけど、戦人達と過ごした日々の中で、戦人達がベアトリーチェに思っていた感情は知っていた。
それはとても複雑で、きっと戦人自身ですらはっきりと自分の気持ちを理解していないのかもしれないけれど。
それでも、わかる。

戦人や真里亞は。
ひょっとしたら紗音や嘉音や他の皆だって、少なくとも本当はベアトリーチェと戦いたくなかったのだ。

もしかしたら本当は戦わなくても良い道があったのではないだろうか?と、
そんな後悔が彼等の胸には、今も重くのし掛かっているのだ。


何故ベアトリーチェやファントム達が人間界を侵略して来たのか、そんな理由すら知らないまま彼らは戦った。
いっそそれが気にならないほど未知存在だったなら、まだ彼らもこんな風に悩まなくても済んだのかもしれない。

だけど、”ベアト”というファントムのリーダー以外の彼女と出会ってしまっていた彼らには、
彼女達がただ残酷の限りを尽くすだけの化け物だと思い込めるほど無知にはなれなかった。

別の道を探すにはお互いのことを知らな過ぎて、
そのまま通り過ぎるにはお互いのことを知り過ぎていた彼らが、
突然現れた”ベアトリーチェ”と再会して、
出来ることならもう一度ちゃんと向き合ってやり直したいと思うのは当然のことだった。

その気持ちを理解してしまったからこそ、
……彼女は憎らしいのだ。

”ベアトリーチェ”とまったく同じ姿を持ちながら彼らのその想いに答えられない自分と。
その想いに答えられるのに、どこかに消えてしまった”ベアトリーチェ”が。
どうしようもなく、……やり切れないのだ。


「ねぇ?あなたは……、何のために戦人さん達と戦ったの……?
どんな気持ちで戦人さんや真里亞さんと一緒にこの遊園地で遊んだの……?」

落ちながら暗い闇の向こうに向かって呼びかけた。
答えは、ない。
あるわけがない。

それでも、涙と一緒に溢れる呼びかけを止めることは出来なかった。
押しつぶされそうになっていたのは、彼女もまた同じだったのかもしれない。
本当のことがばれるのを恐れて、ずっと胸に秘めたまま口にすることすら出来なかった想いは、
持ち続けるには重すぎた。

「どうして……、あなたは消えてしまったんですか?!
どこにいるんですか?!私だけを元の世界に置き去りにして、一体何をしてるんですか?!
私に……、どうしろって言うんですか?!
ねぇ?!答えてください?!アトリーチェェエエエエエエエエ!!」


彼女の流した涙が、引き裂くような叫び声が、闇の中に吸い込まれるように消えていく。
すると彼女の問いに答えるように、何も見えなかった暗闇の中に光が瞬いた――。



そして、気がつくと。
彼女は、暗い庭園の中に立っていた。

「……?」

不思議な場所だった。
どこにも光源となるものが見えないのに、なぜか薄暗い周囲ははっきりと見渡すことが出来た。

きれいに剪定された植木が見える。
少し離れた所に誰もいない東屋が、植木で作られたアーチのような物が見えた。
その所々に幾つもの薔薇が咲いているが、そのどれも色を失った灰色の薔薇だった。

誰かいないかと思って、彼女は灰色の世界の中を道に沿って歩いた。
人どころか生き物の気配すら感じない庭園の中を一人で歩く。
するとずっと続いているように思えた景色の中に直ぐに変化が現れた。


彼女の目の前に、見上げるように高い柵が現れたのだ。

行く手を塞ぐように現れたその柵は、木々に遮られて終わりが見えないぐらい遠くまで真っ直ぐに伸びていた。
近づいて、彼女は柵の向こうに視線を向ける。

塀の向こうに広がっていたのはこちら側で見た景色とまったく同じモノだった。
綺麗に整備された灰色の薔薇庭園と、彼女が歩いて来た道がずっと向こうまで続いている。
この柵に囲まれているのは向こう側なのか、それともこっち側なのか?
そんなことすらよく解らなくなるほど、良く似た柵の向こうの風景の中に。

彼女、”彼女”を見つけた――。




「――っ……!」

金色の髪を靡かせてゆっくりと1人の女性が歩いて来る。
黒いドレスが庭園に掠れて僅かに揺れる。
どこかぼんやりとした、様子のその女性は、髪を卸した自分とまったく同じ姿をしていた。



「ベアト……リーチェ………?あなたがベアトリーチェなんですか?!」

その女性が”誰”なのか?
直ぐに気付いた彼女は柵に縋りつくように身を乗り出して、そう叫んだ。
その声に漸くこちら側に気づいたのか、ベアトリーチェは立ち止まり、ぼんやりと生気のない瞳を彼女へと向けた。

その目に彼女は驚く。
戦人達に聞かされたベアトリーチェは彼らを振り回しながらどんどん進んで行ってしまうような、エネルギーに溢れた人だった。
だから、彼女には目の前に佇む幽霊のような希薄なこの女性がベアトリーチェだとは俄かには信じられなかったのだ。


「あなたが……、ベアトリーチェ?」

目の前の女性にもう一度問いかけた。
その問いに、女性は少しだけ考えるような素振りを見せた後、小さく頷いた。

「如何にも、……とは言え、それはそなたも同じであろう?
妾は確かに、かつてベアトリーチェと呼ばれていた魔女だが、今表に出ているのはそなたなのだし、
そう言う意味ならば、その名は妾ではなくそなたを示すものになるのではないかぁ?」
「それは……、そうかもしれませんが……!いいえ、そんなことより!
あなたがかつてのベアトリーチェだと言うんでしたら、あなたはどうして戦人さん達の前から姿を消したんですか?
こんな所であなたは何をしているんですか?!」
「………疲れたのだ。もう」
「え……?」

深く息を吐き出したベアトリーチェの言葉に彼女は目を瞬かせた。
呟かれた簡素な言葉の真意が見えず、じっと彼女はその目を見つめる。

流れた金色の髪の向こうでベアトリーチェの深い青が小さく揺らぐ。
じっと見つめる彼女の瞳から、こちらが続きを求めていることに気づいたのか、
ベアトリーチェは長い沈黙の後、再び口を開いた。



「疲れたのだ、もう。”ベアトリーチェ”でいることに」


無知だった。
本当に自分でも笑ってしまうぐらい、何も解っていない小娘だったのだ。
ファントムのリーダーとして祭り上げられ、
初めて外の世界に出れたことに舞い上がって、一体自分達が何をしようとしていたのか、
自分を外に出すために周りの大切な人達が何をしてくれたいたのかまったく理解していなかった。

漸く自分達がやろうとしていることを理解して舞台に上がる覚悟が出来たのは、
セブン達が城に乗り込んでくる直前のことだった。
いや、あの時点でも本当に理解していたのかは怪しいと今は思う。
ワルギリア達、幻想の住人を守るために戦うと決め、
相手が引かないならば迷わず倒すことが正しいと覚悟したはずだったのに。
セブン達の正体が戦人や真里亞達だと気づいた時その覚悟はあっさり崩れさり、
ベアトリーチェは確かに戦うことを躊躇してしまったのだから。

”自分のことを2人は知っていたのだろうか?”
”知っていて自分と一緒に過ごしたのだろうか?”
”彼らが自分に向けてくれた笑顔は嘘だったのだろうか?”
”いや、もし彼らも自分と同じように今、この事実を知ったのだとしても、戦人や真里亞は自分の正体を知ってどう思っただろうか?”
”優しい二人が自分を倒そうと考えるほど、自分達がしていたことは許されないことだったのだろうか?”

そんな疑問と不安が一度に溢れた。
戦いの最中にそんなことで頭を満たしてしまったベアトリーチェが敗北したのは、ある意味当たり前のことだった。


本当は、あの時。
自分の上に城が崩れて来てほっとしたのだ。

ここで消えればもう何も考えなくて済むと思った。
幻想の住人の行く末も、セブン達とこれからも戦い続けないといけないのかも、
自分達がしようとしていたことが本当はどういうことなのかも。

戦人や真里亞が、………本当はどんな気持ちで自分と関わっていたのかも。
自分の正体を知ってどう思ったのかも。
全部目を背けて、優しい記憶だけを持って消えてしまいたかった。



だからベアトリーチェは、あの崩落から奇跡的に生き残った時に、自ら目を覚ますことを拒んだ。
そして、その空っぽになった体に”彼女”の意志が宿ったのだ。


「もう、疲れた。妾はもう現実世界に戻りたくない。消えてしまいたいのだ」
「……」

いつの間にかベアトリーチェは柵の近く、彼女の前に立っていた。
淡々と語るベアトリーチェにどう返していいのか解らず、彼女は俯いた。
返事も返さない彼女が怒っているとでも思ったのか、
ベアトリーチェはもう一度深いため息をつくと、柵を握りしめる彼女の手にそっと自分の手を重ねた。


「……そなたに押しつけた、と言われればその通りなのだろう。
そのことに関しては素直に謝罪する。お詫びにもならぬかもしれぬが、代わりにその体は好きにすればよい。
そなたならばセブン達も敵意を向けたりはせぬであろう?
ファントムが奴らに対してしたことは全て妾の責であり、そなたには関係ない。
そなたが気に病む必要も、責任を取る必要ももちろんない。
これからはそなたはそなたとして、好きに生きれば良いのだ。
戦人や真里亞なら……、きっとそなたを受け入れてくれる」
「――…こと、――さい……」
「む?何だ?何か言ったか……?」

ずっと黙ったままベアトリーチェの言葉を聞いていた彼女の口が僅かに動く。
小さなその声はベアトにはなんと言ったかまでは聞きとることが出来なかった。
ちゃんと聞こうとベアトが彼女の口元に耳を近づけようとする。

その瞬間、急に彼女が強くベアトリーチェ腕を掴んだ。

「勝手なこと……、言わないでください……!!」


思いがけない彼女の行動に目を見開くのは今度はベアトリーチェの番だった。
絞り出すような声で叫んだ彼女の手は小さく震え続けていた。

「もう消えたい?知るのが怖い?そんなの許されるわけないじゃないですか……?
あなた達が始めた戦いでたくさんの人達が傷ついたんですよ……?
あなたが掲げた大義名分の下で、まだ戦ってる人がいるんですよ……?
そのリーダーだったあなたが、全てを投げ出すなんて許されるわけないじゃないですか?!」

震える彼女の手をベアトリーチェは驚いた表情で見つめていた。
大人しく見えた彼女がこんなにはっきりと非難の言葉を叩きつけて来るとは思ってなかったからかもしれない。

そして、叩きつけられた正当な非難の言葉にベアトの胸にまず浮かんだのは、逃げ出したいという感情だった。
だが、揺らいだベアトリーチェの瞳からかそれとも僅かに下がりかけたの足からか、その感情は直ぐに彼女に気づかれてしまった。
離れようとしたベアトリーチェの腕を、彼女は逃がさないと言うように逆に強く握る。

そして、彼女は真っ直ぐにベアトリーチェの目を見つめると、こう叫んだ。
彼女自身の、そしてきっと彼の願いをベアトリーチェに届けるために。


「あなたは帰るべきです!だって……!あなたを待ってる人がいるんですから!
私じゃなくて……、あなたともう一度話したいって願ってる人がいるんだから!!」
「――っ……!?」

叫んだ彼女がベアトリーチェの腕を強く引く。
彼女とベアトリーチェの間には2人を分け隔てる高い柵がある。
腕を引いても柵に遮られて彼女の行動は何の意味もないものになる、――はずだった。

なのにベアトリーチェは引かれるまま一歩前に踏み出した。
石が投げつけられた水面のように揺らいだ、柵の向こうへと。





黒いレッドの銃によって撃ち抜かれたベアトリーチェの体が、黒い光に包まれる。

それを眺めながら、黒いレッドは満足げに笑う。
この銃は幾千の欠片の中から術者にとって都合の良い、
――つまり、術者が望む対象者を連れてくる効果がある。

元々ファントムの一員であったベアトリーチェが対象では、現れる彼女は予想の範囲を出るようなものにはなりそうにないが、
それでもこれで自分に楯突く者は全て居なくなるだろう。

勝利を確信した黒いレッドは不敵な笑みを浮かべたまま、その光の中からベアトリーチェが現れるのを待った。

瞬いた光は彼の時とは違い、直ぐに光を止めた。
黒い光の中で何かが動く。
その、次の瞬間――。


黒いレッドは大きく後ろに跳び退いていた。




何故自分がそんな行動をとったのか黒いレッドにもわからなかった。
だが、その場に立っていてはまずいと彼の本能が告げたのだ。
その感が正しいことを告げるように、次の瞬間、大きく後ろに跳んだ黒いレッドが地面に降り立ったのとほぼ同時に、懐かしいあの笑い声が周囲に響いた。


「ほぉ?そなたがあやつが言っていた別の世界の右代宮戦人とやらかぁ?
 駄目だ、全然駄目だぜぇえええええええ?!妾に挑んできたレッドはもっと強かったぜぇえええええ?
 仮にも右代宮戦人を名乗るならば、その倍の速度で避けて貰わねぇとなぁあ?!ひゃっはははははははははははは!!」

黒い光が吹き飛ばされるように弾ける。
それは黒いレッドが現れた時とは違い、中から強引に吹き消されたモノだった。

予定外の展開に黒いレッドが鋭い視線で現れた彼女を睨みつける。
黒い光が弾けたその場所からゆっくりと進み出たのは、黒いドレスに金色の髪を風になびかせた女性。
黒いレッドが撃ち抜いた相手とまったく同じ姿をした彼女は、先ほどとは別人のような威厳と存在感を身に纏っていた。

「お前が……ベアトリーチェ、か?ファントムの?」
「如何にも、妾がファントムのリーダー、ベアトリーチェである!」

胸を張るようにしてベアトリーチェが答える。
その姿も声も、先ほどの気弱な彼女とまったく同じもののはずだったのに。
目の前に立つ存在に黒いレッドは完全に威圧されその場から動くことすら出来ない。

何故?彼女が正当なファントムのリーダーとしての資質を持つベアトリーチェだから?
至極まっとうなはずなその答えはなぜか黒いレッドの中でしっくりとは来なかった。
しかし、その答えを黒いレッドが出すよりも先に、ベアトリーチェはゆっくりと彼の方へと近づいてきた。

あと一歩踏み出せば手が届くほどの距離で彼女は止まる。
真っ直ぐ黒いレッドの赤い瞳を見つめたベアトリーチェは、にやりと、この上なく冷たい笑みを浮かべた。

「さて、別の世界の右代宮戦人とやらよ。
 せっかく来て頂いた所悪いが……、直ぐに御引き取り願おうか!!?」
「!?――っ!」

掲げたベアトリーチェのケーンが僅かに光り、彼女の前に小さな魔法陣が現れる。
数度瞬いたその魔法陣から現れたのは、3本の魔力を持った杭だった。
息をのむ暇すら許さず、杭が獲物を抉ろうと空を斬る。

その獲物が自分のことだと黒いレッドが気づいたのは、彼の鼻先を杭が抉るほんの一瞬前のことだった。

「……どういうつもりだ?!お前、ファントムのリーダーなんだろう?
俺の存在がどういうものかもわかってるだろ!?お前が俺を攻撃する理由もないはずだ!!」

大きく後ろに跳んだ黒いレッドは、今度は先ほどの倍以上の距離をベアトリーチェから取った。
状況が理解出来ない黒いレッドは苛立ちのまま叫ぶ。
だが、顔を上げた黒いレッドのその叫びに、ベアトリーチェは不敵な笑みを浮かべることで答えた。

すっと黒いレッドの表情が、変わる。
驚愕から自分への敵意の篭もったモノへと。
それを確認したベアトリーチェは不敵な笑みを浮かべたまま先を続けた。

「おかしいことはなかろう?何しろ妾は気まぐれ。
ちょーとばかし、ムカついてうっかり仲間であるロノウェの髭を燃やしてしまったことも一度や二度ではないしのぉ。
あの野郎、太る太るってうるせぇんだよ。そう言うなら毎回デザート山盛り作って持って来るなぁってんだよぉおお!」
「ふざけるな!!」

くすくすと笑みすら浮かべるベアトリーチェに焦れた黒いレッドが叫ぶ。
隠そうともしない敵意を込めたその鋭い視線で睨みつけられても、ベアトリーチェは動じない。
それ以上は近づいて来ようともしないまま、ベアトリーチェがケーンを持ち直す。
口元に携えた笑みは消さないまま、再び黒きレッドに向き合ったベアトリーチェの瞳には冷たい光が灯っていた。


「そなた、何か勘違いしておらぬかぁああああ?妾はファントムのリーダーである。
しかし、その銃から感じる魔力でわかるぞぉ?そなたの召還者は、妾の配下の者ではない!
駄目だぜ?全然駄目だ!!無断で妾の盤上に紛れ込んだ駒を妾が許すと思うかぁ?
何を企んでおるのかは知らぬが、そなたは妾がここで倒させて貰う!!!」
「!?」

その声と同時にさっと黒いレッドの頭部に影が掛かる。
それは、彼を囲むように四方から現れた4つ子の塔だった。
塔の最上部に取り付けられた銃口が一斉に黒いレッドの方を向く。
彼が自分の置かれている状況を理解するのと同時に、ぽっかりと口を開けていた銃口が目映く光った。

耳を突き刺すような音と共に、黒いレッドが立っていた場所に向かって4つ子の塔が一斉に銃弾を打ち込む。
魔法で作られた銃に弾切れという概念はないのか、
4つ子の塔は彼どころか地面ごと抉りとろうとするかのように無数の銃弾を雨のように降らせた。

黒いレッドの姿が硝煙と舞上げられた砂埃で一瞬、ベアトリーチェの視界から外れる。
………その瞬間を、黒いレッドは見逃さなかった。

「――っ……!!」

銃弾が自身の居た場所を撃ち抜くのとほぼ同時に黒いレッドがその場から跳び退く。
辺りを包み込んだ硝煙に隠れるように黒いレッドは走った。
自分が4つ子の塔により蜂の巣になったと思いこみ、油断しているであろうベアトリーチェの元へと。

案の定、ベアトリーチェは4つ子の塔を放ったのと同じ場所で無防備に立っていた。
4つ子の塔が派手にまき散らした煙のおかげで、彼女の背後に回り込むのは簡単だった。
素早くベアトリーチェの死角から背後に近づく。勝利を確信し、黒いレッドがベアトリーチェを自身の黒き真実で吹き飛ばそうと片手を掲げる。





その時、周囲の空気がぴたりと止まった。


急にゆっくりと流れるようになった時の中で、黒いレッドは確かに見た。
自分に背を向けていたはずのベアトリーチェと目が合う光景を。







「あやつにも頼まれたからなぁ。その体、戦人に返してもらうぞ」



ぽつりと呟いたその言葉が黒いレッドに届いていたのかは定かではない。
ベアトリーチェが黒いレッドに向かって差し出した右手が赤く光る。
目映く光ったソレは、複雑な模様で描かれた魔法陣だった。
数度、瞬いた魔法陣に力が集まる。しかしそれは、ほんの瞬きほどの時間のことだった。
黒いレッドが離れるどころか、瞬きする時間も与えないうちに魔法陣は周囲の空気と共に破裂した――!



大きく弧を描いて吹き飛ばされた黒いレッドがそのまま、地面に叩きつけられる。
ソレと同時に。レッドが倒れた場所で、黒い光の柱が立ち上った。
それは、彼が弾丸で撃ち抜かれたのと同じ光だった。
空に吸い込まれるように立ち上ったその光は、ほんの一瞬瞬いた後、弾けて空へと消えた。

少しだけ慌てた様子でベアトリーチェが彼の倒れた場所を確認する。
しかし、落ちたままの場所に戦人が倒れていたことと、そして何より、
彼が纏っていた空気が彼女のよく知るものに変わっていることに気づいて、ほっと息をついた。


「戦人……!」

名前を呼んでベアトリーチェは戦人の所に駆け寄ろうとした。
しかし、その歩みは数歩で止まる。歩きだした自分の状態に彼女自信が気づいたからだ。

「ああ……、そうかぁ……、まぁ、当然だよなぁ……」


自身の手をベアトリーチェが数度握り、離す。
白く透き通ったその手からは先ほどの戦人と同じ黒い光の粉が、蛍のようにゆっくりと空に溶けて消えていた。



今、この体の持ち主はあの銃の力により内に閉じこめられている”彼女”の方だ。
ベアトリーチェが再び外に現れたのはあの黒いレッドが持っていた銃の力のお陰。
ならばその銃の力の源がなくなった今、黒い戦人と同じように自分が消えてしまうことも
当然の結末だった。

そのことを理解してベアトリーチェがへらりと、笑う。
仕方ないと呟かれたその言葉に反して、彼女が浮かべた笑顔はどこか寂しそうだった。





徐々に消えゆく自分を自覚しながらもベアトリーチェは戦人の方へと歩み寄った。
倒れる戦人の前にベアトリーチェが膝を卸す。
気を失ったままの戦人がそれでも穏やかな表情をしていることに気づいて
ベアトリーチェはほっと息をつく。

戦人が目覚める気配はない。
自分も、まだ消えない。

……でも、何かが出来るほど自分に残された時間はない。

いつの間にか青く晴れていた空の下で一人。
ベアトリーチェは戦人の頭を膝の上に乗せたまま僅かに途方に暮れた。





時間を持て余して、とりあえず眠ったままの戦人の頬を押したり引っ張ったりしてみたが、
戦人の頬はまるで餅のようにぷにっとへこんだだけで彼が目覚める気配はない。

それはまったく意味のない馬鹿らしいだけの行為だったはずなのに、何故か楽しくて。
ベアトリーチェは久しぶりにくすくすと笑った。




あの戦いからどれぐらい時間がたったんだろう?

全てから目を背けて、殻に籠もっていたベアトリーチェにはわからない。
辺りの風景を見ればそう時間は経っていないような気もする。
だけど同時に膝に乗せた戦人は、前とは少し違う空気を纏っているようにも思えた。

………何があったんだろうか、あの後。
彼やワルギリア達ファントムの仲間はどうなってしまったんだろうか?

何も知らなくても、状況を見ればまだ彼らとファントムの戦いが続いていることぐらいはわかる。
自分が始めて放り出した世界の中でまだ戦っている人達がいることを悟って、罪悪感で胸が痛んだ。

考えたくなくて、ベアトリーチェは早く自分が消えてしまうことを祈って強く目を閉じる。
しかし、暗く染まった世界の中で蘇ってきたのは、
彼女が告げた「自分を待っていてくれる人がいる」という言葉だった。



「………」

……本当に居るんだろうか?
待ってて、話したいと思ってくれる人が。
………全てから目を反らして逃げだした自分なんかを。

それはにわかには信じられない言葉だった。
それでも、一蹴出来なかったのは、そうであって欲しいという願望も彼女の中から消えなかったからだった。


膝に乗せた戦人の頬に手を当てて顔を覗き込む。
気を失った戦人が目覚める気配はない。
だからこそベアトリーチェは、あの日出来なかった願望をぽつりと呟くことが出来た。



「ちゃんと、話、すれば良かったなぁ……」

真里亞やそなたと。

あんな風になる前に、……いや。
ああなってしまったからこそ、ちゃんともう一度話しをすれば良かった。

何かを変えるだけの力が自分にあるのかはわからないけど。
彼らが今更敵である自分の話なんて聞いてくれるかもわからないけど。

それでも、逃げずに向き合っていれば………、あったんだろうか?

もう一度、一緒に遊園地に行くようなそんな未来も。



「妾も、そなた達と話したかったなぁ……」

握りしめた手にぽたりと水滴が落ちて跳ねる。
それを合図にしたかのように、同時にふわりとベアトリーチェ体から強い光が空に舞い上がった。



ベアトリーチェがそっと目を閉じる。
辺りを明るく照らし出したその光の束は、一瞬強く瞬くと、空に弾けるように消えた。








誰かの声が聞こえた気がして、戦人は小さく身じろぎをした。
頭がはっきりとせず、自分がどこにいるのか、そもそも何故自分が倒れて倒れているのかも良く分からない。
それでも泥のように重い体をなんとか奮い立たせて戦人が目を開ける。

ぼんやりとした視界の中で最初に見えたのは、目映い金色だった。












「おはようございます、戦人さん」



逆光の中でベアトリーチェが微笑む。
彼女が記憶を失ってからいつも浮かべていたはずのその優しい笑顔は、
何故か今は少しだけ泣いているように見えた。

うみねこセブン 31話「欠片の向こう」概要 - 葉月みんと URL

2013/10/04 (Fri) 23:15:32

【概要】

ファントムの山羊や怪人を何度も退けて来たうみねこセブン。
しかし、数々のデータの採取を終え、ついにワルギリアが失脚した後、
ファントムの前衛リーダーを務めていたヱリカが動き出す。

ベアトリーチェを連れて遊園地を回っていた戦人と真里亞は
突然の襲撃を受け、彼女を残し直ぐに他の仲間達と大量の山羊が
現われたミッドナイトウイングエリアを向かう。

遂にセブン達の前に現れたヱリカの姿に決戦をセブン達は覚悟するが、
ヱリカは姿を現したにも関わらず「貴方達の相手は自分ではない」と、
不敵な笑みを浮かべるのだった。

そして、ヱリカは銃を抜く。
グリーンを庇ってヱリカの銃弾を受けたレッド。
彼を包んだ黒い光が晴れたその時、その場に立っていたのは――。

うみねこセブン 30話 - らいた

2013/06/30 (Sun) 21:44:21

<b>『今回予告』</b>


「予告?面倒くせェ、手短に言うぜ。『ヱリカの卑劣な作戦が、うみねこセブンたちを襲う』…以上だ」


<b>『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第30話 「うみねこセブン殲滅作戦」</b>


「うみねこセブン、おまえ達の力……見極めさせてもらうぞ」


<hr><hr>

【オープニング】

「ふふふ、これでもう次の戦いではチェックメイトをすればいいだけ。引き上げますよドラノールッ!ガートルードッ!コーネリアッ!…それでは御機嫌 よう、うみねこイエロー。次にお会いした時が皆様の、うみねこセブンの最期の時だとしっかりとお伝え下さいね?!…くっくく、あーーーーっはっはっはっ はっはっはっはッッ!!!」

新生ファントムのヱリカによる不敵な必勝宣言、警戒を強めるうみねこセブンの面々であったが、以降ファントムの襲撃はなく、不気味な静けさを感じながらではあったが、それぞれ日常の生活を送っていた。

      ☆       ☆       ☆

「遅くなってごめんなさい。お留守番大丈夫でしたか?」

「う~、ばっちり!」

Ushiromiya Fantasyland【クラシックセレナーデ】入り口付近にあるインフォメーションセンターで、アルバイトが風邪で休んでしまったため急遽ピンチヒッターとして、紗音と真里亞は案内の仕事をしていた。

当初は紗音一人であったが、土産物コーナーを探していた老人が耳が遠くなかなか言葉が伝わらなく困っていたところ、真里亞が留守番を買ってくれたので、紗音は直接老人の案内をしてきたところであった。

「ふふっ、それにしても真里亞ちゃん、すごく張り切ってますね。道案内の仕事に興味があったのかな?」

「うー…そういうわけじゃないけど、ベアトが真里亞たちのこと忘れたから…真里亞たちと遊んだこと一緒に笑ったこと、全部忘れたから、もう一度、遊園地のいろんな場所を案内してあげようと思って」

「…あ」

「それなら、今度は前以上にいっぱい色んな所を見せてあげようと思って!そしたら思い出すと思う、そしたらまた戦人や、今度はみんなと一緒にパレード見るの!だからこの遊園地のいろんな場所のこと覚えておこうと思って!」

「……みんなとパレードを見るの楽しみだね」
「うん!」

ベアトリーチェが記憶を失っていたことで皆が様々な思いを抱いていたが、この幼い少女は誰よりも早くそのことを受け入れ、前に進んでいたのだと紗音は知り、そして素直にすごいな、と思った。

「すいません、食事のとれるところはありませんか?多少遠くてもいいのだけれども」

「あ!すいません、それでしたら…」

会話は道を聞きに来た家族連れによって中断される。

「(え~っと熊沢さんのところはギックリ腰で臨時休業、郷田さんのところは…あ、そういえばベルゼが来てたから駄目か…)九羽鳥庵レストランがお勧めです、行き方は…」

「う~!真里亞が案内する!さっきも同じ場所案内したから大丈夫!」

真里亞が胸を張って案内を始める。が、

「あそこはね~この道をギュイーンと行ってから、ガーと行ってバリバリ……」

「こ、この左側の道をまっすぐ道なりに進んでください。のんびり行くならフラワーウィッチバスがお勧めです。またアトラクションにもなってるエンドレスナインバスターで行く方法もありますよ」

ほぼ擬音で道順を伝えようとする真里亞を慌てて紗音がフォローをする。案内を終えた紗音は恐る恐る真里亞に問いかける。

「あの……真里亞ちゃん?私が留守の間に道案内は何人ぐらいの方にしたのかな?」

「ん~一人だけ。でも思い出すとさっきの人と同じところに行きたい人だったのに、反対方向に歩いていったような…なんでだろ?」

ああ、私が留守の間に来た人ごめんなさいごめんなさい、と紗音は心の中で何度も謝った。

「!!(この魔力はッ!!)」

二人は察知する、ファントムの魔力を。二人は悟る、どうやら道案内の仕事はここまでだと。
直後二人の前にはファントムの山羊の従者たちの姿と駆けつけたうみねこセブンの仲間たちの姿があった。

     *     *     *

《 うみねこセブン本部・作戦司令室 》

「ついに動き出したか……状況は?」

「クラシックセレナーデとエンジェルスノウにファントム出現、観客の避難は完了しています。紗音ちゃんと真里亞ちゃんが入り口付近の案内センターにいましたが、その場での変身は正体がばれる恐れがあったので『うみねこグリーンが二人を避難誘導する』フリをしながら、3人にはエンジェルスノウに向かってもらっています。敵は山羊の従者が多数、クラシックセレナーデには幻想怪人の姿もあります」

「前回のように、伏兵を仕込んでいる可能性もある。全エリアのチェックを怠らぬように……どうした?」

楼座の報告を受けて金蔵は指示をだす。しかし直後、その楼座が少し狼狽するのを金蔵はいぶかしむ。

「あ、いえ…間違い?いやそんなはずは…エンジェルスノウに出現した山羊たちの反応が……消えました」

     *     *     *

Ushiromiya Fantasyland・エンジェルスノウ。避難を終えたため人の姿は無い、楼座が報告したような山羊の姿も無い。
そこには青いコートに身を包む一人の男の姿だけがあった。

「飯を食う前に戦う羽目になるなんざ、ついてねェぜ………ガーっと行ってゴーと行っても飯屋に着きゃしねェし…」

ぶつくさと文句を垂れながら黒き刀剣を鞘にしまうと、男はその場を後にした。

<hr>
《 Ushiromiya Fantasyland・クラシックセレナーデ 》

ファントムと戦ううみねこセブンたち。うみねこレッド・ブラック・ブルーが山羊の従者達と戦う中、うみねこイエローは敵怪人と交戦していた。

「クラーケンウィップ!」
「破魔連撃拳!」

蛸や烏賊を思わせる無数の触手が唸りをあげてうみねこイエローを襲う。しかしイエローは怪人が放つ攻撃を拳で全て弾いた。

「私の攻撃を悉く防ぐとは…やるネ、うみねこイエロー」

中国の民族衣装とパーカーを併せたような服装、そして容姿は美しい女性のようであったが、手足の代わりに生える無数の触手が、人間以外の何かであることを物語っていた。

「この手の攻撃は前にイヤというほど喰らったからな、慣れちまったぜ」

イエローは軽くステップを踏みながら同じような攻撃をする怪人と戦った時のことを思い出す。

「たしかに、いたネ、くらげ型の怪人。あれ初期型の雑魚、一緒にされる心外。私、ヱリカ様に再改造されたネ。この幻想怪人クトゥルナ…今までのやつらとは違うネ!」

「……そのようだな」

イエローはチラリと後ろの方を見る。イエローを外したクトゥルナの攻撃が、まるでチーズケーキでも切るかのように、石畳に無数の深き傷跡を残し、その傷は幻想へと変じていた。

     *     *     *

《 Ushiromiya Fantasyland・エンジェルスノウ 》

「本当に山羊達の姿はありませんね」
「う~、いない…」

エンジェルスノウエリアに到着したグリーン・ホワイト・ピンクの3人。向かう途中で山羊達の反応が消えたとの報告を受けたが、調査のためにそのままやってきたのだった。

「しかし、誰もいないと言う訳でもないみたいだね…」

「ヱリカ様の特訓を受け強化したと聞いていましたが、山羊は所詮山羊でございますなぁ」

「新手の幻想怪人!?」

うみねこセブンの3人に近づく影がひとつ。赤いタキシードにシルクハット、黒い羽を持ち、肩には鴉が一羽止まっている、そしてその面貌の右半分も鴉と同じそれであった。

「幻想怪人クロウズと申します、以後お見知り置きを…山羊たちを知りませんか?逃げたのか…それとも、すでに倒されたのですかな?」

「……(今の口ぶりからすると、何かの作戦というわけではない…のか?)」

「まぁいいでしょう。会ったばかりで恐縮ですが……死んでいただきます」

クロウズと名乗る幻想怪人の体から無数の鴉が生み出される。そしてその鴉が弾丸のような勢いでうみねこセブンの3人に襲い掛かった。

     *     *     *

《 ファントム地上前線基地 》

「幻想怪人クトゥルナはレッド・ブルー・イエロー・ブラックと交戦、幻想怪人クロウズはグリーン・ホワイト・ピンクと交戦……なかなかに理想的な分かれ方をしてくれましたね。実にグッドです。まぁ想定外の自体も早々に起こりやがりましたが、クロウズがうまくフォローしてくれるでしょう」

キャッスルファンタジアの地下深くに存在するファントムのアジト。空間に映し出されるのは幻想怪人とうみねこセブンの戦い。その映像をそこそこに見ながら、テーブルの上のチェス盤を前にヱリカは考えていた。

チェス盤の自軍のポーンは半分失われている。

「エンジェルスノウの山羊たちに何があったのでしょうか?いくらなんでもやられるのが早すぎデス」

傍に控えていたドラノールが口を挟む。

「考えられる可能性としては、①思いのほかうみねこセブンが強かった ②逃げた ③別の何者かに倒された といったところでしょうね」

①は前の戦いで収集したデータからすればありえない。②がもっとも可能性が高いとヱリカは踏んでいた。

前回の作戦において、負傷した山羊を投入したことでファントム内部のヱリカへの反感は益々高まっていた。事実、少数ながら、山羊たちの何人かにヱリカは襲われている。

二度とこんなことが起こらないよう、返り討ちにした山羊たちには凄惨な『見せしめ』が施されたが、念のため信頼のおける忠誠心の高い精鋭の山羊は今回の作戦から外して手元に置き、反抗の兆しの見える山羊たちを中心に投入されていた。

「ま、今のところ作戦に支障はありません。気にせず〔うみねこセブン殲滅作戦〕を続けるとしましょう」

しかし、そう言いながらもヱリカは③の可能性についても捨てきれずにいた。故に最も信頼のおける戦力ドラノールは、戦況によっては投入予定であったが、手の内を隠す意味でも、今回は待機であった。

そんなことも考えながら、新たに映し出された映像にヱリカは注目する。その映像には建物の屋上で待機する砲魔怪人シュトラールの姿が映し出されていた。

<hr>
《 Ushiromiya Fantasyland・クラシックセレナーデ 》

「みんな気をつけて!アトラクション『ビルからダイブ』の建物屋上に敵怪人の姿を確認したわ」

「なんだって!」

夏妃からの通信を受け、イエローが目に組み込まれた望遠機能で確認すると確かに前回と同じ怪人の姿がそこにあった。

「私が行くわ。レッド、ブレードショットの準備をお願い。たとえ伏兵がいたとしても、今度は前のような遅れはとらないわ」

ドラノールに一撃で倒された時のことを思い出し、ブルーは拳を握りしめる。

「イエロー、他に敵の姿は?」

「いないみたいだけど…注意は必要だろうな、一人は危険だぜ」

「イエローはここの怪人と相性がいい。だから行くならボクだ。伏兵がいた時のためにブルーをサポートします」

敵との交戦中のわずかな接触の機会を利用して作戦を打ち合わせる。

「気付かれたみたいネ。しかしさせないネ、私もおまえらもここで消える運命ネ!」

クトゥルナの触手が迫り動きを封じようとする。しかしイエローの拳打がそれを防ぐ。

「攻撃力が上がっても、前戦った怪人と攻撃パターンがそんなに変わらないなら、防ぐのは訳ないぜ!おまえの相手は、私一人でも十分だぜ!」

「くっ」

イエローがクトゥルナの動きを抑えてる隙に、レッドがブレードショットを二連射で放ち、ブルーとブラックがそれに飛び乗り『ビルからダイブ』屋上にいる敵怪人の元へと向かった。

うみねこセブン達は気づかなかった。今まであまり感情を表に出さなかった幻想怪人が口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべていたことに……

     *     *     *

《 うみねこセブン本部・作戦司令室 》

「譲治達と連絡が取れないわ…おかしいわね、さっきは通信できたのに…」

ビル屋上にいる敵怪人のことを、エンジェルスノウにいる3人にも伝えようとしていた絵羽はもどかしそうに結果を伝える。

「しかし見たところエネルギーチャージもまだ進んでないようだ。今回は待ち伏せする敵の姿も見当たらない。戦人くんが前回みたいに仲間を向かわせれば大丈夫だろう……どうした留弗夫、それに霧江さんも?」

「いや、俺のは何ていうか…胸騒ぎっていうか、勘みたいなもんだが……霧江、どうだ?」

楽観的な蔵臼とは対照的に、留弗夫は何か自分でも説明のできないひっかかりを感じているようだった。そのひっかかりが説明できないため、同じように違和感を感じる霧江に助言を求めた。

「前回と同じ…同型の怪人…場所も同じ、私が相手の立場なら、そんなことはしない…」

(間違いなく対策を立てられてしまうから。現に今回は早々に発見されている)

「何度やってもダメね…これは通信妨害されてる可能性があるわね」

(……!)

毒づく絵羽の姿を見て霧江は気づき、青ざめる。
通信を妨害する手段があるのになぜ怪人の発見を許したのか、そしてなぜ待ち伏せする敵の姿が無いのかを。

「だめ!!罠よ!!!」

霧江は通信マイクに向かって叫んだ。

     *     *     *

「えっ?」

高速で敵怪人の元へ飛来するうみねこブルーとうみねこブラックはその身を襲う攻撃の意味を理解することができなかった。


『ビルからダイブ』の屋上は轟音を立てて大爆発し、巨大な火柱を上げた。

以前のような倒されたことによる制御不能の爆発とは桁が違う。
それは明らかに、その場所で爆発することを目的とした…自爆であった。

遠くから見てもわかる異常な火力、あれに巻き込まれて無事でいられるとは、とても考えられなかった。

     *     *     *

「まずは二人」

巨大な蝋燭のように炎を灯す高層ビルの映像を満足げに見ながら、ヱリカは目の前にあるチェス盤の相手陣地にある[クィーン]と[ナイト]の駒を指で弾く。

二つの駒はゆっくりと傾き、そして倒れた。

<hr>
《 Ushiromiya Fantasyland・エンジェルスノウ 》

「あ、あれは、いったい!?」

炎を上げるビルに対して、うみねこグリーン・ホワイト・ピンクの3人は驚きの表情を浮かべた。その様子を見て怪人クロウズは面白そうに笑った。

「ハ!ハ!ハ!どうやらヱリカ様の作戦は成功したようですなぁ。といっても貴方たち3人は私の生み出す魔法鴉の影響で魔力を探ることもままならず、その[通信機]と言うのでしたかな?それも使い物にならないはず。何が起こっているのかわからないでしょうな」

上空を飛び回る夥しい数の鴉の群れは全て幻想怪人クロウズより生み出されたもの、そしてその鴉の発する鳴き声が電波妨害だけでなく魔力探知をも阻害していた。

「よろしい!今がどういう状況なのかを説明して差し上げましょう!」

口髭を撫でながらクロウズは、前回と同じようにビル屋上に突っ込んできたうみねこセブンを仕留める作戦であったことを説明した。

「そ、そんな」

「くっ、ボクが状況を理解していれば…」

「おっと、うみねこセブンの頭脳うみねこグリーンを隔離することこそが私の役目、その仮定は無意味ですな。そして作戦が成功したので…本気で仕留めさせていただきましょう」

無数の鴉がうみねこセブンの3人に襲い掛かる。バリアで防ぎ、格闘術で打ち払い、魔法弾で撃ち落すが、その数は減るどころか増していく一方であった。

「う~!数が多すぎ!」

「これだけの数を生み出すには相当な魔力を必要とするはず、あの怪人の魔力は無限なの?」

「ハ!ハ!ハ!ヱリカ様の手により再調整された我が肉体には『ある宝玉』が埋め込まれておりましてな!外部より補給される魔力により、鴉たちは無限に生み出すことが可能なんですよ!」

「よくしゃべるね、でももう対策は考えたよ」

「ハ!ハ!……え?」

次の瞬間、クロウズの肩に止まっていた鴉が奇妙な鳴き声を上げ飛び去っていった。うみねこセブンたちを襲っていた鴉たちもまるで酔っ払ったかのようにふらふらと当ても無く飛び回り始める。

「こ、これはいったい!?」

「ジャミング能力を持つのは貴方だけではありません!」

「霊子波動による霍乱だと!?」

「水の精霊よ、我が声に応えて巡れ【シー・オブ・アクア・マーメイド!!】」

うみねこホワイトの霊子波動による攻撃で前後不覚となった鴉の隙を突き、ピンクが放つ津波のごとき魔法が直線上にいる鴉ともども敵怪人を襲う。

「ク!クッ!……この程度の攻撃耐えられないことは……ッ!!」

うみねこピンクの魔法攻撃に耐えるクロウズだが、水の中から迫るうみねこグリーンの姿に戦慄する。

「海王渦流脚!」

濁流のスピードを上乗せしたうみねこグリーンの錐揉み状の蹴りをモロに受けたクロウズは、身体を九の字に曲げたまま断末魔を上げることもできず消滅し、主を失った鴉達は散り散りに飛び去っていった。

「やりましたね!でもあの怪人の話だと誰かが……グリーン?」

駆け寄り言葉をかけるホワイトだったが、自分の言葉に反応を示さず空を睨むうみねこグリーンの様子に心配そうな表情を浮かべる。、

「あ、ああ、ごめん……そうだね『ビルからダイブ』に急いで向かおう」


次の瞬間、3人は赤き結界に閉じ込められた。


「「「!!!??」」」

うみねこグリーンは敵怪人のジャミングのもう一つの目的を知る。より強大な魔力を持つ敵の接近を隠蔽することであったこと、そして怪人を倒した直後の油断を最初から狙っていたのだと。

「謹啓、謹んで申し上げ奉る。貴方達の命はここで潰えるものと知り給え」

誰にも気づかれることなく現れたガートルードは魔力をこめた右手を握りつぶす。それと同時に結界の中には魔力の爆発が起こった。

     *     *     *

《 Ushiromiya Fantasyland・クラシックセレナーデ 》

「どけええぇぇぇぇ!!!」

拳を敵怪人に叩きつけようと うみねこイエローが大きくジャンプしながら拳を振るう。その攻撃を幻想怪人クトゥルナは難なく避ける。敵怪人を外したイエローの攻撃は地面を抉り、大きな傷跡を残した。

砲魔怪人シュトラールの自爆により、動揺したうみねこイエローはすぐさまブルーとブラックの元に駆けつけようとしたが、それをクトゥルナは阻止しながら挑発。そしてうみねこイエローは、ファントムの『予定通り』に、逆上攻撃を繰り返していた。

(情報では威力値3000と聞いてたが、怒りで力を増しているみたいネ。しかし、どれだけ威力があろうが当たらなければ意味がないネ)

しかし、そのことごとくをクトゥルナは避ける。回避に専念していれば勝手に相手は疲労し自滅する。対してクトゥルナにスタミナ切れは存在しない。

クトゥルナは【GEドライブ】搭載型の試作怪人である。砲魔怪人シュトラールや七姉妹マモンのような一撃必殺の攻撃手段は持たない。しかし魔力炉から送られる魔力の全てを運動性能に変換することにより、常時最高性能で戦うことができる迫撃戦タイプであった。

前回の戦いにおいて、ヱリカが最も注目したのは威力値や防御値ではなく、実は機動力であり、柔軟な身体と回避能力を持つクトゥルナが今回の作戦に抜擢された理由もそこにあった。

「ち、ちくしょう…はぁはぁ…なんで当たらないんだ……」

疲れを見せ始めたイエローを見てクトゥルナはほくそ笑む。もう少しで動きが止まる、そうなればとどめを……

「【蒼き弾丸(ブルー・ブリッド)】っ!!」

「!?」

うみねこレッドの攻撃にクトゥルナは驚愕する。うみねこレッドは出鱈目な攻撃を繰り出すうみねこイエローに弾を当てないように苦心していて、照準を合わすことができずにいた。それはイエローの動きが鈍くなってきた今もまだ変わらない。

クトゥルナは大きく回避行動をとり弾丸を避けるが、案の定、弾丸の何発かはイエローに当たった。

「レッド、て、てめっ!」

「すまねぇなイエロー、でもちっと頭冷やそうぜ」

ダメージを受け動きを止めたイエローの傍にレッドは近づき、敵怪人に対しての防御姿勢をとる。

「(仲間を助けるために敢えて味方ごと攻撃を)…情報だともっと熱い性格かと思ってたネ。意外と冷静。それとも仲間はどうでもいい存在か?」

「んなわけねぇだろ。ただあいつらがあの程度でくたばるわけがねぇ」

「!」

「でもまぁ動けないぐらいのダメージは負ってるかもしれないな。だったらおまえを確実に倒して迎えに行かねぇとな」

うみねこイエローと同じように、うみねこレッドを挑発するクトゥルナ。しかし、レッドはその挑発に乗ってこない。うみねこレッドの揺るぎないその瞳を見てクトゥルナは、挑発は無駄だと理解する。

「………なるほど理解したネ。先に倒すべきは、うみねこレッド!貴様ネ!!」

クトゥルナは触手のなぎ払いをうみねこレッドに仕掛ける。
しかしその攻撃を受けたのは再び立ち上がったうみねこイエローであった。

「イエロー!」

「痛ッッ……ありがとなレッド、目が覚めたぜ」

(そうだ、私が二人を…嘉音君を信じなくてどうする…キャッスルファンタジアでのロノウェとの戦いで嘉音君は私の力を信じてくれたのに)

うみねこイエローは半ば自棄になっていた自分を恥じた。
そしてわき腹に食い込むクトゥルナの触手をしっかり掴む。

「そして捕まえたぜ!うおおおぉおおお!(楼座叔母さん直伝!黄金の夢ぇぇ!)」

「なっ!!うわあぁぁああああ!?」

うみねこイエローはそのままハンマー投げの要領でクトゥルナの体を空中高く放り投げた。クトゥルナは焦る、彼女には飛行能力は無く、自慢の機動力も空中では意味を成さないからだ。

「空中じゃあ思うように動けないだろ!いまだ!レッド!」

「おうよ!喰らえ!【蒼き幻想砕き(ブルー・ファントムブレイカー)】!!!!」

     *     *     *

《 ファントム地上前線基地 》

「仲間の死に動揺して素直に倒されてくれるかと思いましたが、そこまでスムーズにはいきませんか」

クトゥルナの左胸に蒼き幻想砕きが被弾する様をヱリカは冷めた目で観察していた。

「ま、そろそろ残りのうみねこセブンをガートルードが始末してる頃でしょうし、残りは2人。戦力を集中させれば、後はゴリ押しでいけるでしょう、予定通りです。残念ですが、あなたの出番はありませんよドラノール………?」

ドラノールの方を見るヱリカ。しかしドラノールは返事もせず、映像を凝視していた。
様子がおかしい、映像に何が写されているというのか?ヱリカは再び映像を見て、そして言葉を失った。

「なんだ……あれは……?」

<hr>アイキャッチ
<hr>

《 Ushiromiya Fantasyland・クラシックセレナーデ 》

上空で蒼き幻想砕きを喰らったクトゥルナはそのまま地上にふわりと着地する。

「な、なぜ、私は生きてるネ?それに、こ、この身から噴き出す力は……!?」

死を覚悟したクトゥルナであったが、無事であることにむしろ彼女自身が戸惑う。
クトゥルナの胸にくすぶる幻想砕きの威力は、彼女の身体から噴出す禍々しい魔気によって消滅した。

「なッ!まともに【蒼き幻想砕き】を喰らって無傷だと!?」

「レッド、気をつけろ!なぜかわからないけど、あいつ異常にパワーアップ…」

次の瞬間、うみねこレッドたちの前方にいたはずの幻想怪人は、はるか後ろにいた。超スピードによる高速移動、そして同時に無数の攻撃を叩き込まれた二人は何が起こったのかも理解できずに地面に叩きつけられた。

「ガッ!」
「ぐは!」

「は…ははは、身体が軽いネ、それにこの圧倒的な力!誰にも負ける気がしないネ!これなら倒せる…破壊でキる!!破壊するゥuuあAAAAAA!!!」

クトゥルナは気づかない、自分の魂が強大な魔力によって塗り替えられようとしていることに、そして自分の肉体がこの魔力に耐え切れないことに。彼女の触手は内側から弾けるように膨れ上がり、膨張に耐えられず裂け、再生し、また膨れ上がり、裂け、再生し…。
その異常な光景にうみねこセブンたちも山羊達も動けず、目を奪われていた。

「きょ……巨大化した……だと」

よろよろと立ち上がるうみねこレッドとうみねこイエローの目の前には、もはや先ほどまでの怪人の面影など微塵もない巨大な触手の塊が存在した。

     *     *     *

《 ファントム地上前線基地 》

「ば、バカな!あんな力…まして巨大化能力など私は与えていない!!」

予想を超えた事態にヱリカは動揺する。

「謹啓!上司ヱリカに謹んで申し上げ奉る!異常事態也や!」

「あぁ?」

「あ…う…」

GEドライブへ魔力を供給する魔力炉をチェックしていたコーネリアが慌てて駆け込んでくるが、ヱリカの勢いに気圧される。

「ヱリカ、落ち着いてください、話を聞きましょう。コーネリア報告を……」

「き、謹啓謹んで申し上げ奉る!幻想怪人クトゥルナに魔力を送っていた魔力炉は魔力の供給を止めていると知り給え!」

「なっ!ならあの力はいったいどこから……」

そこでヱリカは心当たりに気づく。今回の作戦のことを『あのお方』に説明した時のことを、そしてクトゥルナに埋め込む予定のGEドライブを手に取り興味深そうに観察していた『あのお方』のことを。

「ま、まさか……」

     *     *     *

《 魔界・???? 》

「我が魔力を受けたものがどうなるか…少し興味があったが、150秒と持たないとはな…今の幻想怪人の肉体では器として脆すぎるといったところか…」

地上の様子を伺っていたミラージュは、少しがっかりした表情を浮かべながらため息をつく。

「暴走状態でも作戦に支障はないだろうが…勝手なことをしてしまったからな、たとえ作戦が失敗したとしても不問にしてやらねばな、ふふふ」

ちょっとした好奇心から宝玉の魔力経路を自分に結びつけたミラージュであったが、期待していた結果にならず、すでに興味は失われていた。

ミラージュは静かに目を閉じ眠りについた。

<hr>
《 Ushiromiya Fantasyland・クラシックセレナーデ 》

「GYAAAAHAAAAAAA!!!!」

「メェ――ッ!?」

巨大な魔物はその触手を無造作に奮う。

その攻撃は、仲間のはずの山羊達をも巻き込みながら、建物を紙切れのように破壊していった。

「こいつ無差別に攻撃を!暴走しているのか!?」

「くっ、遊園地を壊すんじゃねぇ!」

魔物は以前のような華麗な身のこなしで攻撃を避けることはしなかった。うみねこレッドの放つ弾丸が魔物にヒットする。しかし、魔物の表皮には傷一つつけることはできなかった。

攻撃を受けたことに反応したのか、魔物の触手がうみねこセブンの二人を襲う。が、その攻撃をうみねこイエローが拳で止める。

「うぐっ!触手一本だけでこのパワーかよ……レッド、エスペランサーだ!このデカブツを倒す火力があるとしたら、それしかねぇぜ!私が時間を稼ぐ!その間に!」

「それしかねぇか…イエローすまねぇが少しだけ持ちこたえてくれ!」

うみねこレッドはエヴァとシエスタを吹き飛ばした必殺の一撃を放つべく、エスペランサーを構えた。

「硬化付与!重量付与!おりゃああぁぁ!!」

魔物の攻撃をうみねこイエローが付与魔法を施した拳で迎撃している。近接格闘において随一の攻撃力を誇るうみねこイエローの拳も魔物には通じず、足止めで精一杯のようであった。

(幻想砕きもイエローの攻撃も通じないんじゃ、確かにこれに賭けるしかねぇ!)

魔物に照準を合わせ、うみねこレッドは引き金に手をかける。

「うわあああぁぁ!!」
「なっ!?」

純粋な防衛本能なのか、魔物に理性が残っていたのかはわからない。うみねこイエローを触手に捕らえた魔物は、ボールでも投げるように、うみねこレッドに向かってイエローを投げつけた。
うみねこイエローにエスペランサーの攻撃が当たるのを回避するため、咄嗟に銃口をそらすレッド、激突する二人。
そしてエスペランサーの一撃は、一度しか放つことのできないその一撃は、無常にも上空へと飛んでいってしまった。

万策は尽きた。

「ぐあああああああ!」

魔物の触手がうみねこレッドに巻きつき、その胴体を締め上げる。

「ちく…しょう……」

そして、うずくまるイエローに対しては、人間が腕に止まった蚊を叩き潰すかのように、触手の一撃が振り下ろされた。



「天使の十字斬!」

うみねこレッドを締め上げていた触手をうみねこブルーが切断する。

「大丈夫か?イエロー!!」

叩き潰されそうになったうみねこイエローを間一髪でうみねこブラックが助け出した(お姫様抱っこで)。

「ブラック…無事でよかった……あ……うん……///」

「ブルーにブラック!?…ははっ、助けに行くつもりが助けられちまったな、詳しい話は…してる暇はないな」

「ええ、そうね、まずはこいつを何とかしないと、生半可な攻撃ではビクともしないみたいね、エスペランサーの一撃が失敗したのも確認したわ。レッド、七人の力を合わせた、あの攻撃の準備を」

ブルーが何を指しているのかは、すぐにわかった。キャッスルファンタジアでベアトリーチェを打倒したあの攻撃、一瞬だけ顔を曇らせたレッドだが、すぐに平静に戻り、条件の困難さを指摘する。

「アレか?でもこの怪物、意外と隙がねぇし、みんなが揃わないと…」

「大丈夫、なんとかするために金蔵が今準備しているわ」

     *     *     *

《 うみねこセブン本部・作戦司令室 》

「セーフティ解除!移動モードから攻撃モードへの移行完了!」

「角度修正。目標、クラシックセレナーデ、敵巨大怪人」

「エネルギー充填完了や!いつでもいけるで!」

「お館様、全ての準備、整いました」

「うむ……ファントムよ、我々が度重なる襲撃に対して、何の対抗措置も考えなかったと思うなよ……」

きっかけはアバレタオックス。セブンの攻撃の効かぬ巨大な敵に対してどうするか、南條博士をはじめとしたうみねこセブンをサポートするスタッフが考え抜いた、打開策の一つの形がここにあった。

金蔵はゆっくりと右手を振り上げ、そして振り下ろし叫ぶ。

「エンドレスナインバスター、発射!!」

     *     *     *

移動砲台エンドレスナインバスターから、普段からは考えられない勢いで何かが発射される。白い球体のソレはクトゥルナに直撃、流石の巨体もその勢いに倒れこむ。

「【シルフシールディング】解除!」

球体の中からうみねこホワイトが現れる。

倒れながらも自分に攻撃を仕掛けたものを捕らえようと魔物の触手がホワイトを襲うが、一緒に中にいたうみねこグリーンのナイフ攻撃とピンクの魔法弾によって阻まれる。

「南條先生の編み出した、ホワイトの能力を活かした攻撃手段…ぶっつけ本番だったけど、なんとかうまくいったみたいだね」

「うー!スリル満点だった!」

「グリーン・ホワイト・ピンク!…へへっ、この戦い、やっと7人全員が揃ったな、それじゃ最後にあの化け物を倒そうぜ!」

敵巨大怪人が今の攻撃によるダメージで動きを止めている隙に、うみねこセブンの7人が集い、うみねこレッドのエスペランサーに【コア】のパワーを集中する。

「喰らえぇぇぇぇ!!」
そして銃口より放たれた7人の力は黄金の片翼の鷲へと形を変え、魔物に襲い掛かった。

「GYYYYAAAAAAAAAA!!!!」

幻想怪人クトゥルナだったものは、断末魔の悲鳴を上げながら消滅した。

     *     *     *

《 ファントム地上前線基地 》

「ガートルード、帰還いたしました」

うみねこグリーン・ピンク・ホワイトの3人を後一歩のところまで追い詰めたガートルードであったが、うみねこブラックとうみねこブルーの邪魔が入ったことでとどめを刺すことができず、ヱリカの帰還命令によりそのまま退却したのであった。

「おかえり、あら?怪我してるんですかぁ?まったく、あんたほどの使い手ならうみねこセブンの2,3人仕留めてくれるかと思ったのですが、とんだ計算違いでしたねぇ」

「……………」

「き、謹啓!謹んで申し上げ…」

肩口を血に染めるガートルードに対して欠片も心配することなく逆に侮蔑の言葉を送るヱリカ。そんなヱリカにコーネリアが抗議しようとしたが、ガートルードはそっと制した。

「ま、シュトラールの自爆攻撃をうみねこブルーとブラックが生き延びたのは予定外でしたからね、大目に見てあげましょう」

「その自爆攻撃の件……私は何も聞かされていないと知り給え……」

「あ~あれですよ、敵を騙すには味方からって奴です」

空間に写しだされる映像を見ながら、ヱリカはガートルードの方を見向きもしない。これ以上の説明をヱリカから聞くことはできないと判断したガートルードは無言でその場を後にし、その後を追って怪我の治療をすべく、心配そうな表情のコーネリアが続いた。

そんな二人に全く関心を示さずヱリカは戦場の状況を確認する。うみねこセブンの7人が力を合わせた攻撃によりクトゥルナが消滅するところが映し出されていた。

「ベアトリーチェを倒した攻撃、くくく、それしかないですよねぇ~。そして、これだけの大威力の攻撃を放って、まともな力は残されていないですよねえぇぇ?チェックメイトです!」

     *     *     *

《 Ushiromiya Fantasyland・クラシックセレナーデ 》

「ハ!ハ!ハ!待っていましたよ!この瞬間を!」

「なにっ!」

「この声は!?」

建物の影から、木々の中から、飛び出す恐るべき数の鴉、そしてどこからともなく響く声に、うみねこグリーンは青ざめる。

「クロウズ!生きていたのか!」

「ハ!ハ!ハ!私の本体はこの無数の鴉の中にいる一体でしてね、貴方が倒したのは私の影法師にすぎなかったのですよ、お久しぶりアンドはじめまして!うみねこセブンの皆様方!」

うみねこホワイトがバリアを張ろうとする。しかし今回の戦いにおいて最も魔力を消費していた彼女には、もはや防御魔法を展開する力は残されてはいなかった。

無防備のうみねこセブンに、戦艦の一斉射撃の如き、クロウズの魔法鴉による特攻攻撃が降り注ぐ……


 灰は灰に――  塵は塵に――


「ハ!ハ!……え?」

次の瞬間、うみねこセブンに襲い掛かった鴉達は、縦横無尽に走る剣閃により瞬く間に倒された。
そして、うみねこセブンの前には、青きコートを纏った黒き刀を手にした男の姿があった。



<hr>
時間は少し遡って 《 Ushiromiya Fantasyland・エンジェルスノウ 》 


「くっ、私のバリアが……」

「(バリアの負荷限界値2000程度と聞いていたけど、よく耐えたものね…でも、それも終わり……)」

赤き結界に捉えられたうみねこグリーン・ホワイト・ピンクの3人は、うみねこホワイトが展開したバリアにより、なんとかガートルードの攻撃を耐えしのいでいたが、いよいよバリアは砕け散ってしまった。

(!?あれは、いったい?)

止めの攻撃を繰り出そうとガートルードは掌に魔力を込める。しかし、クラッシックセレナーデにて膨れ上がる凶々しい魔力、そして建物を無差別に破壊する巨大な触手の存在に、攻撃を止め注視する。

「ガートルード!前回の借り、返すわ!」

その隙を突かれた。

「!!…ぐっ!!!」

クラシックセレナーデの魔物に気を取られていたため、本来であれば避けられる攻撃を喰らってしまう。それは先ほど、うみねこグリーンら3人に不意打ちをしたガートルードに対しての皮肉のようでもあった。

「うみねこブルー!うみねこブラック!バカな…さっきのビル屋上の爆発に巻き込まれたのでは…」

「貴方達の思惑通りにはいかなかった、それだけよ。それにしても仲間を自爆させるなんて悪趣味ね……」

「!?」

ガートルードは、作戦のことは聞いていたが、シュトラール自爆のことについては聞いていない。単にトラップによる爆発としか説明を受けていなかった。ガートルードの性格上、仲間を犠牲にする作戦に簡単に同意するわけがない。そのため、作戦内容の一部を伏せて伝えられたのはあきらかであった。

ガートルードはすぐさまヱリカに通信を送った。

(こちらガートルード…申し上げ奉る、うみねこブルー・うみねこブラックは健在也や)

(!…あの爆発を免れたとは意外ですね)

(それと、クラシックセレナーデに異常あり、説明を求めるもの也や)

(ミラージュ様のご助力によりクトゥルナがパワーアップしたのよ、何も心配はない。むしろこれで作戦は磐石なものになったわ)

(…ビルの爆発のことでお伺いしたいこともあります)

(……あ~…わかったわ、あんたは一度帰還しなさい)

面倒くさそうに指示を出すヱリカの態度に眉をひそめながら、ガートルードは姿を消し、戦場を後にする。ガートルードが消えたことにより、赤き結界も解除され、グリーン・ホワイト・ピンクの3人は解放された。

「みんな!大丈夫ですか?」

「うん、なんとかね、そっちこそ無事で何より、心配したよ」

「ええ…」

「それにしても、クラッシックセレナーデのあれはいったい?」

「ファントムはおまえらの想像以上に深い闇を秘めているってことだ」

「「!!!」」

(あ、道聞いてきた人だ)

クラシックセレナーデの怪物の方を見ながら歩いてくる男の姿に、皆が注目する。うみねこブラックが戸惑いながらフォローする。

「僕とブルーは彼に助けられたんです」

「かなり手荒い方法だったけどね…」

うみねこブルーとブラックは、『ビルからダイブ』に到着する寸前、ブレードショットに良く似た『飛ぶ斬撃』によって下から撃ち落とされたのだった。

着弾する直前に気づき、ブレードショットを放棄したので大した怪我も無く、そしておかげでビル屋上の大爆発に巻き込まれることもなかったが、高度からの着地にえらく難儀したこと、この男とひと悶着があったことをブルーは思い出す。

「貴方は?」

「敵ではない…とだけ今は言っておく。うみねこセブン、おまえたちの力であれを倒して見せろ……露払いはしておいてやる」

<hr>
「『露払い』…あの時は、何を指しているのかわからなかったけど、このことか…」

敵を倒した時の手ごたえの軽さ、消滅せず散っていく鴉、違和感を感じておきながら、敵の本質を見抜けなかったことを猛省しつつ、うみねこグリーンは男の言葉の意味を理解した。

「き、貴様一体何者……おおぉう!??」

クロウズの声を無視して青いコートの男は『飛ぶ斬撃』を無数放つ、その攻撃を受け何体かの鴉は更に打ち倒された。

(なんなんだこいつは!?しかし、数体倒したところで、GEドライブから魔力が供給される限り、いくらでも鴉は増やせる!持久戦に持ち込め…ば……!!!!)

クロウズは恐怖と驚愕で目を見開く。
男が鴉の群れに向かって跳躍し、一体の鴉と対峙したのだが、その鴉こそ、クロウズの本体であったからだ。

「バ、バカなっっ!!なぜ本体たる私の存在が見抜かれたのだッ!??」

「手下の鴉共は恐怖も何も感じず命令を遂行するように作られてるようだが、失敗だったな…鴉の群れの中で回避行動を取ったのは……おまえだけ、おまえが本体だ」

男はその手に握られた刀を振るい、そして着地する。

「う、噂話を思い出した…黒き刀、そしてその赤き一筋の髪…き、貴様、まさか……」

「灰は灰に、塵は塵に…そして怪人は灰塵に帰りやがれ」

男は刀を鞘に納める。それと同時にクロウズは真っ二つに切り裂かれ消滅した。本体の消滅を受け、他の鴉たちも次々に消滅していった。



幻想怪人を倒した謎の男に、他のメンバーから経緯を聞いたうみねこレッドが話しかける。

「助けてくれてありがとな。あ~一応自己紹介したほうがいいのかな?俺はうみねこレッド、どうやらお互いファントムと戦う者同士みたいだな。だったら共に…」

レッドの言葉を遮るように男は剣の切っ先を向ける。

「何回死にかけた?」

「えっ?」

「おまえらの戦いぶりは見させてもらったが、まだまだ未熟…足手まといと手を組むつもりはねぇ」

「な、なんだと!言わせておけば…」

抗議するうみねこイエローだが、すでに男の姿は視界から消えていた。

「悪いことは言わん、ファントムの事は俺たちに任せて手を引きな、うみねこセブン」

声のする方に皆が振り向く、いつの間にか男は遊園地の入り口付近まで移動していた。

「今のままだと………おまえら死ぬぞ」

男はそう言って姿を消した。

「未熟か…そう言われても仕方がないね」

何度も危機を救われた事実をかみ締めながら、うみねこグリーンが俯きつぶやく。

「いったい何者だったのでしょうか……」

「結局、名前すらも聞けなかったわね…」


ファントムの攻撃を退けたうみねこセブン達であったが、自分達の力不足を痛感させられた事実と謎の男の存在により、その心は空に広がる曇天のようであった。


     *     *     *


クロウズが倒されたことにより、映像を目から投射していた鴉も朽ち、先ほどまで戦場を映し出していた空間は何もない暗闇に戻っていた。その暗闇をヱリカは睨み続けていた。

「おのれぇぇ!よくも私の作戦をっ!!」

目の前のチェス盤を乱暴に払いのけるヱリカ。盤上の駒が床に打ち付けられる乾いた音が、虚しく響き渡る。

「魔界での動きがおとなしいと思っていましたが…地上に来ていたようデスね」

ヱリカとは対称的に傍に控えていたドラノールは静かに呟く、しかしその身体には闘志がみなぎっていた。

幻想怪人クロウズから送られた最後の映像…男の姿を思い出しながら、ヱリカは敵の名を絞り出した。


「ウィラード・H・ライト!!!」



【エンディング】

うみねこセブン 29話 後編 - KENM

2013/04/14 (Sun) 23:05:57



ドラノール「…ヱリカ卿、魔界より帰還してすぐさま立案して実行に移しタその行動力はお見事デスが…今回の作戦、少々杜撰であるト感じマスが……本当に宜しいのデスカ?」

ヱリカ「ええ、ミラージュ様は寛大にも少しずつ戦力を殺げばよい、とおっしゃって下さいましたが結果は早く出すに越したことはありません。それに、今回はこれまでの訓練で傷付き過ぎて殆ど使えなくなった捨て駒用の山羊達を使って活きたデータを収集する事が目的の言わば布石としての一手。どうせ処分するなら少しでも私の実績の為の役に立って貰おうってのが狙いですから作戦と呼ぶのもおこがましいです。強いて名付けるなら…『廃品再利用作戦』とでも名付けましょうか?」


そう言って口端を嫌らしく釣り上げて可笑しそうにクスクスと笑うヱリカの様子に眉をひそめるドラノール。
規律第一の容赦ない猛特訓によって確かに新生ファントムの陣容は兵卒である山羊達でさえこれまでとは比較にならないほどの精強さにまで鍛え上げられていた。
…だが、その陰には数えきれぬほど振るいに掛けられた結果として『脱落』していった者達の血肉が積み上げられての事である。
ファントムの総合力は以前より遥かに上がっているだろうが…数の上では少なく見積もっても2割はまともに戦えなくなっただろう。その『戦傷者』とも言える負傷者達をヱリカは此処で何の慰労も躊躇もなく役立たずとして「捨てる」つもりでいるのだ。

自分がもしヱリカの上司であれば鉄拳の一つもお見舞いしてすぐさまこの暴挙の中止を宣言する所だろうが…残念ながらヱリカは上司であり宰相ミラージュ様からの信頼も篤い。

自分の権限では苦言は呈せても中止を促す事は到底不可能だ。


ヱリカ「さぁって、それじゃあ全員指定の配置に付いたみたいですし、始めましょうかッ!!」


スカートの端を軽く摘まんで誰にともなく一礼して攻撃開始を宣言する古戸ヱリカ。
こうして、既に閉園して月明かりが遊具を照らす深夜にファントムによる突然の夜襲は開始されたのだった。





レッド「クッ。な…何なんだよこいつ等はッ!」

グリーン「これは…一体…?…クッ!」

ホワイト「皆さん、油断しないで下さい!この山羊達…見た目はボロボロですが…気合いが違います!」

イエロー「くそッ!怪我人なら怪我人らしく大人しく寝てやがれってんだッ!!やりにくいッたらねぇぜッ!!」


『Ushiromiya Fantasyland』の入り口付近に当たるクラシックセレナーデエリアにファントム襲来の報を受けてすぐさま出撃したうみねこセブンの面々は今回のファントムの襲撃の『異常さ』にかなりの苦戦を強いられていた。
数こそこれまでにないほどの大軍だったが…現れた山羊達の殆どが全身の至る所に包帯を巻き付けた『負傷者』だったのだ。

負傷の度合いによって攻撃の重さも動きの機敏さもばらばらであり、更には指揮官と呼べる者すら居らずに全くと言っていいほど統制が執れてはいなかったが…個々の気迫が尋常では無かった。
腕の傷が開いたらしく、巻かれた包帯からかなりの血が滲んでいるにも関わらず意にも介さず全力で殴り掛かって来る者。
脚の傷が深く途中で倒れ込んでも這い寄ってでも必死に足を掴んで噛み付こうと地を這いつくばりながら襲い掛かって来る者。
怪我が酷過ぎて辿り着く前に力尽きてもその身が消え失せるまでその爛々とした瞳で射殺さんばかりにこちらを睨み続ける者。
…これほど『死兵』と言う表現が似合う者達もいないという……おぞましさを覚える凄惨な戦いであった。


レッド「く…そぉ!倒される訳にはいかねぇから倒すしかねぇってのに……胸が痛みやがる!」

ホワイト「もう…もう退いて下さいッ!!これ以上は……きゃああッ!!」

ブラック「ッ!気圧されちゃ駄目だ姉さん!!」

グリーン「伏せてホワイトッ!【破岩魔王脚】ッ!!」


ホワイトの張っていたバリアに亡者の如く群がっていた山羊達を強烈な蹴りの一撃で吹き飛ばして一斉に消し去るグリーン。
非情…とも思えたが、あのままではバリアを破られていた事を思えばそれしかなかった。



ヱリカ「いいのが出ましたねぇ。観測班、今のうみねこグリーンの蹴り技の威力値はどうでしたか?」

コーネ「謹啓、上司ヱリカに本作戦における観測担当班班長を任ぜられたコーネリアが謹んで報告申し奉る。今の蹴りにて計測された威力値は1800に上るものと知り給え」

ヱリカ「1800…ですか。うみねこホワイトの先程のバリアの負荷限界値は確認出来た限りで2100…ほぼ破れていましたから誤差はせいぜいプラス500以内でしょう。正に『この程度』、ですね。どうやらあなたの実力なら余裕で吹き飛ばせるようです、ドラノール」

ドラノール「…デスが、緑の戦士も白の戦士も…いえ、七人の何れも全力デハ無いように見受けられマス。ドウやら相手が満身創痍と言う事デ手加減が生じてイる模様デスネ」

ヱリカ「予想以上の甘ちゃん共ですねぇ。これならこのまま攻撃隊も組み込んで一気に倒す作戦に切り替えましょうか。ガートルード、砲魔怪人シュトラールに【魔導粒子砲】のチャージを始めさせておいてください」

ガート「…謹啓、上司ヱリカに謹んで申し立て奉る。シュトラールの超高威力砲の使用は一撃にて現戦場を余さず瓦礫と焦土に帰する殲滅の一撃になると知り給え」

ヱリカ「んなこたぁ言われるまでも無く百も承知です。シュトラールは【GEドライブ】搭載型怪人の試作型の言うなれば残らず皆殺しにする為の大量虐殺用怪人。いいからチャージさせるよう指示してください。それでうみねこセブンの連中が廃品共と一緒にまとめて掃除出来るってんなら安いもんなんですから」


ヱリカの躊躇ない一方的な催促に通信先のガートルードの復唱が返らない。
命令に対しての従順さはドラノール以上であろう彼女でさえ今の命令には明らかな拒否の意を示しているのだ。


ドラノール「…ガートルード、『上司』ヱリカの命令の復唱を」


これ以上の沈黙はヱリカの不興を買うと判断してガートルードに復唱を促すドラノール。
なおも数秒の沈黙が続きヱリカのこめかみに血管が浮き出はじめたところでようやく返答が返る。


ガート「………………真に『遺憾』ながら、上司ヱリカの命を復唱するもの也や。砲魔怪人シュトラールの【魔導粒子砲】のチャージ開始を指示するものと知り給え」

ドラノール「ッ!」

ヱリカ「……いい度胸です。そのぐらいの気概がある部下の方が返って心強いってもんです。ですが、」


その後に続く言葉を敢えて言わぬ事でガートルードへの無言の圧力とするヱリカ。
ヱリカとガートルードの相性は控えめに言ってもあまり良いものだとは言えない。
根本的な部下への価値観の相違から来るものである以上、その軋轢はドラノールのように語る事で埋められるものでは無く、決して相容れない類の『溝』だ。

新生ファントムは確かに強かったが、一個人による急進的な改革にありがちな幹部間での連携と意思疎通という面では全くと言っていいほど信頼関係が構築されずにいたのだった。




全力で戦い切れずに苦戦を強いられ続けていたうみねこセブンであったが、山羊達の負傷による根本的な体力やスタミナの不足が徐々に顕著になって来た事でようやく形勢を巻き返して総数の半分以下にまで撃退する事に成功する。


レッド「はぁ、はぁ、はぁ。……かなり手こずったけど…これだけ削れば大技の二、三発もあれば一掃出来そう…だな」

イエロー「最後通告だてめぇら!ここで退かなきゃ終わりだ!大人しく帰りやがれッ!!」


山羊達に最後の引き際を与えるつもりでイエローが叫ぶ。……が、その声は猛々しい山羊達の雄叫びによって空しくかき消される。
これだけの大軍が戦力の五割以上も損耗すれば少なからず動揺するのが普通だが…山羊達の士気は未だに旺盛だ。一兵たりとも引き下がるつもりがない…殺るか殺られるかの殲滅戦の様相であった。


グリーン「説得は不可能…だね。よし!こうなったら一気に片を付けよう!みんな、レッドとピンク、ブルーの三人に魔力を集束させて大技を使う時間を稼………ッッ?!」


一気に片を付ける為に態勢を整えようとしたグリーンの掛け声が驚愕と共に止まる。
遥か遠方に位置する『ビルからダイブ』のアトラクションの建物の屋上からこちらを狙い撃とうとする高エネルギー反応に気が付いたからだ。


ブラック「あれは…長距離砲!?」

イエロー「『イエロー・アイ』スコープ=オン!……ッ!ヤバいぜみんな!あれは左腕が丸ごと戦車砲みたいな大砲になってる怪人だッ!1km以上離れてるけど集束されてる魔力の量が半端ないッ!あの大口径砲は間違いなく…この辺り一帯を吹っ飛ばす威力があるッ!」

レッド「なッ?!味方もお構いなしってことかよ!!?」

ホワイト「い、急いで防御用の結界を用意します!」

グリーン「いや!いくらホワイトのバリアでも防ぎ切れる保証は無い!ピンク、強力な大魔法で迎撃をッ!!」

ピンク「うー!向こうの方が魔力の集束の方が早いの!先手を取るのも撃ち返すのも無理!間に合わないッ!!」

イエロー「…くっ!万事休す…って奴かよッ?!」

ブルー「いいえ、まだ手はあるわッ!レッド!【ガン・イーグル】の射撃モードを『ブレードショット』に切り替えてッ!!」

レッド「はぁッ?!?『ブレードショット』…って、なんの話だよ?!」

ブルー「ッ!まだ知らなかった?!【ガン・イーグル】のグリップカバーを外してバレルの後部にストックするの!急いで!」


ブルーの発言の意図が分からず困惑しつつも急を要する事態と察して言われた通りに【ガン・イーグル】を組み替えるレッド。
すると…試射した一発が今までにない刃状の魔弾…いや、魔刃として撃ち出されて鋭利な刃物で切り裂いたような傷跡が深々と大地に刻まれた。


レッド「な…なんだこりゃ!?【ガン・イーグル】にこんな機能が…」

ブルー「準備は出来たわね!?さぁ、それで早く屋上で狙い撃とうとしている奴に向かって撃ってッ!!」

レッド「わ、分かったッ!これならあの距離でも届くってんだな!?いっけえええええええぇッッ!!」


レッドの【ガン・イーグル】より撃ち出された魔刃が遠方の射手へと向かって中空を駆けて飛翔する。


ブルー「……これで三度目!上手く行ってッ!」

イエロー「な!?お、おいブルーッ!!?」

ホワイト「何て無茶な事を!!」


その飛翔する魔刃に向かって飛び込んだかと思うとスノーボードの様に魔刃の上に乗って空を駆けてみせるブルー。
変化した魔弾の形状を利用して即席の高速移動ユニットとして用いたのだ。


【ガン・イーグル】より撃ち出される魔弾は火薬式の実包でこそ無いが射撃武器として体を成す上で相応の弾速は当然ながら有している。
…つまり、届きさえすれば1km程度の間合いなど数秒あればすぐにでも詰められる、と言う事だ。


シュトラール「なッ!なにいぃいいいぃいッ!!?」

ブルー「くらえええええええええぇッッ!!【幻影の双剣】ッ!!」


あっという間に間合いを詰めたブルーが魔刃上より【幻影の双剣】の二刀を構えて臨界寸前までチャージしていたシュトラールへと交錯する様に襲い掛かってその身を断ち斬る。


シュトラール「ぐっ!?オオオオォオォォォォオオオオオオッッッ!!!?」


チャージされていた魔導粒子が断たれた身体の左腕を中心に制御不能に陥り大爆発を起こして消し飛ぶシュトラール。

…あとほんの数秒でもチャージの開始が早ければ臨界を迎えてブルーの強襲が間に合わずに逆に撃ち落とされていたことがヱリカに知られなかったのはガートルードにとって不幸中の幸いであった。


ブルー「はぁ!はぁ!はぁ!…痛ッ…何とか…倒せ……ッ!?」

???「見事な機転と敬意を表するものですが…シュトラールに気を取られて私を見逃していたのは致命的な誤りであったと知り給え」


辛うじてシュトラールを倒したものの、斬り掛かった勢いで乗っていた魔刃から転げ落ちた上に断末魔の大爆発を至近で受けた事によって少なからず手傷を負って片膝を衝いていたブルーの周囲に赤き結界が張り巡らされてそのまま身動きの一切を封じられる。
…そう。シュトラールへの指示が遅くなった結果としてガートルードはその直ぐ近くに控えていたのだ。

仲間と大きく離れて単独行動状態の上に消耗したブルーの目の前に奇襲の形で現れた新生ファントムの新幹部ガートルード。

……最悪のシチュエーションである。


ブルー「くッ!【幻影の双剣】ッ!!」

ガート「…。消耗している上にその姿勢の攻撃で威力値2500オーバー…。上司ヱリカの分析通り、やはり貴女が7人の中で最も厄介であるというのは事実の様ですね」

ブルー「そんなッ!?魔力霧散効果がある【幻影の双剣】で斬り裂けないなんて!?」

ガート「この【赤鍵】によって作り出された結界は天界側の属性をも有する特殊結界。よってその構成も魔力のみに依存した軟弱なものではないと知り給え」


押し込められた結界内で双剣を振るえる限り振るって必死の脱出を試みるブルー。
しかし、幾重に斬り付けても結界は傷一つ入らず徒労感と無力感がブルーの脳裏を支配する。


まずいッ!まずいッ!!まずいまずいまずいッッ!!!

今の新生ファントムには以前の様な甘さが一切ない。捕えた以上は余計な舌舐めずりなどせずに一気に始末に来るだろう。


ブルー「こ…こんなところで……」

ガート「好機には確実に仕留めよ、との厳命。…貴女の命、この一撃にて終わるものと知れッ!!」


振り上げられたガートルードの右手に集束された魔力が結界内へと直に放たれ強烈な一撃が内部炸裂する直前


????「ちょっと待ちやがれ、このやろおおおおおおぉおおおッ!!」

ガート「ッ!?うみねこ…イエロー!?」


突如として間に割って入ったうみねこイエローの強烈な右の拳のストレートがガートルードの左頬へと襲い掛かる。
ガートルードは咄嗟に結界へと押し込むつもりだった魔力が集束された右手でその鉄拳をガードし、一気に倒されかねなかったイエローの絶妙な奇襲をその場から数メートルに渡って弾き飛ばされる程度の被害に留める。


イエロー「すまねぇブルー!私がコイツを見逃してたせいで危ない目に遭わせちまった!」


『イエロー=アイ』による遠視に長けたイエローはシュトラール撃破後のブルーの危機にいち早く気付いてすぐさまブルーに倣って魔刃に乗って強引にこの場に駆け付けたのだ。


ガート「…威力値3000オーバー。右手の手袋が破れましたか。これが全力…と言う事ですか、うみねこイエロー」

イエロー「はぁ?なんの数字か分かんねぇけど、そんなもん気持ちや気合いでどうとでも変わるんもんだぜ?」

ガート「………。成程、精神のムラの多さ故の不安定さもまた武器とは、一つ利口になりました」

イエロー「…てめぇ、さり気無く馬鹿にしやがらなかったか?」

ガート「若さ故の強さ、そう感じたまでのこと」

イエロー「…まぁいい、とにかく、この結界をぶっ壊して今すぐ出してやるぜブルーッ!てぃッ!……って、なにぃ!?」

ブルー「無駄よイエロー。この結界はそう簡単に破れない」


外側から鉄拳を喰らわせて結界を砕きに行った拳が軽々と弾かれてたたらを踏むイエロー。
単純な物理破壊力に対する耐性ですら尋常では無い、と言う事だ。


イエロー「くっ!この手応え…まさかロノウェのシールドよりも固ぇってのか…?」

ガート「【赤鍵】で構成されたその結界の強度は魔界でも屈指のもの。拳打で破るは至難の極みであると知り給え」


ブルー「結界を構成している力がまるで違うのよ。私達の力は魔力には強いみたいだけどその力の前には…」

イエロー「……へへ、なぁに悲観的になってんだよブルー、らしくねぇぜッ!私達が今までどうやって強敵達を倒して来たと思ってるんだ!?一人で壊せねぇなら、二人で壊しゃいいんだよッ!!」

ブルー「ッ!!」


イエローの言葉にハッとなるブルー。
自分の攻撃が効かなかった事ですっかり弱気になっていた事を思い知らされる。
…そして、『一人で戦い続けていた事』による思考の停滞についても…だ。


イエロー「行くぜブルー!3、2、1、今だッ!!」

ガート「ッ!これは…」


外側からの拳撃と内側からの斬撃の同時攻撃によって砕け散る赤き結界。
結界を壊されたガートルードは軽く感心した様子で二人を見る。


イエロー「なんだよ、魔界で屈指の結界ってのもこの程度じゃねぇか」

ブルー「…………ありがと…イエロー」


ブルーは小声でわざと聞こえないようイエローに礼を言いつつ、二人は揃ってガートルードに向かって身構える。
対するガートルードは結界を破られた上に二対一になったにも関わらず涼しい顔だ。


ブルー「不利になったのに随分と落ち着いたものね」

ガート「不利?シュトラールを倒して結界を破って見せただけに過ぎない。それは大局としては然したる変化は無いものと知り給え」

イエロー「それは違うぜ。私がこっちに来る前に山羊達との戦いは決着がついてた。今頃他の5人もここを目指してるはずだ」

ガート「山羊達が?…いくらなんでも早過ぎる」

イエロー「レッドとピンク、ウチの火力担当を舐めないで欲しいぜ」

ブルー「何よりも今二対一だって事が大きな変化よッ!!さぁッ!新生ファントムの新幹部ガートルード、討ち取れる好機は最大限に活かさせてもらうわッ!覚悟ォッ!!」

イエロー「幹部ってことは怪我人山羊達をけしかけやがった責任は当然持ってるよな?!ぶん殴って修正してやるから覚悟しやがれッ!!」


二人同時に左右からガートルードを挟み込むようにして攻撃を仕掛けるブルーとイエロー。
流れを味方に付けての反撃態勢に入ったことにより一気に仕留められるかと思えたが…


コーネリア「ッ!その拳打、我が結界によって上司ガートルードへと届く事、罷り成らぬ事と知れッ!!」

イエロー「チィッ!ここで新手かよッ!?けどッ!」

ブルー「この間合いなら(ファントムの奴も後々良い人になる事もあるんだって、そう思ってたって事ですよねぇ?)…ッッ!違うッ!ファントムは敵!全て敵!敵は此処で…倒すッ!もらったァッ!!」

ガート「勇敢なる蒼き戦士よ、我が仲間は一人に非ず。故にその刃、決して我が身に届かぬと知れ」

ブルー「ガッ?!はぁッッ!!?」

イエロー「なッ!!?嘘だろッ!?ブルーーーーーッッ!!」


イエローは見た。ブルーが構えた双剣の刃がガートルードを捉えようとしたその瞬間、彼女の側面より現れたもう一人の新手より放たれた赤き斬撃の一閃がブルーの【幻影の双剣】を叩き折りながら彼女の身に直撃するという悪夢のような光景を。

金属バットで打った野球ボールの様な手軽さと速さで十数メートルに渡って吹き飛び、屋上端の鉄柵へと激しく叩き付けられて倒れ伏すうみねこブルー。
アトラクションの安全の為に設けられて一際頑丈なはずの鉄柵は打ち込まれたコンクリートの根元が露出するほど激しくひしゃげて人型をそのまま象り、受けた衝撃の凄まじさをありありと示していた。
そして…ピクリとも動かないブルーのその様子は良くて気絶、最悪なら即死ですらあり得るほどの酷い打ちのめされ方であり、コーネリアとガートルードと対峙していたイエローがブルーを打ちのめした新手の正体であるドラノールに続いて更にヱリカまで現れたという危機的状況をも無視して駆け寄るのも無理からぬものであった。


イエロー「おいブルー!しっかりしろッ!!おい!おいッ!!…ッ!息が…あるッ!良かった!気絶で済んでるッ!!」

ヱリカ「威力値4000。…アベレージで5000オーバーな貴女がなぁに手加減しちゃってるんですか?」

ドラノール「…うみねこブルーの今のガートルードへの攻撃、その刃ニハ躊躇いと手加減がありまシタ。その意を汲んデこちらも加減をするノハ当然カト?」


既に気を失っていたブルーにとっては実に皮肉な話であった。
戦場には無用と思っていた相手への配慮が結果としてドラノールの刃を鈍らせ、自身の命を救う結果になっていたのだから。


ヱリカ「はぁッ?!意を汲んで手加減ッ?!狩ってナンボの処刑人がなぁに一端に騎士道気取ったセリフほざいてるんですかッ!?こっちは端っからブチ殺せる時には確実に殺っとけって命令出してんだろうがッ!それを」

コーネリア「じ、上司ヱリカに謹んで報告申し奉るッ!うみねこセブンの残りのメンバーがこの屋上まで辿り着くまでの猶予はそう無きものと知り給えッ!」


自分の厳命を反故にして自身の矜持を優先させたドラノールを激しく叱責するヱリカの言葉を遮るようにしてうみねこレッド達の来襲が間近であることを伝えるコーネリア。
報告内容に緊急性があるとはいえ、明らかにその怒りを有耶無耶にしようとの意図は見て取れる行動だ。


ヱリカ「…ちっ。まぁ、いいです。今回のところは此処までにしておきましょう。調子に乗って大技を連発してくれましたので有用なデータは十分に揃いましたからうみねこセブンの戦力はもう丸裸も同然です」


この場でこれ以上咎めても有効ではないと悟り一先ずその怒りを鎮めつつ、手元のデータチップと思しきケースを見ながら妖しく濁った瞳で満足そうな冷笑を浮かべるヱリカ。…その表情は先程までの激情に駆られたものよりも一層寒気を催すおぞましさをまとっていた事はこの場にいた全ての者が感じ取っていた。


ヱリカ「ふふふ、これでもう次の戦いではチェックメイトをすればいいだけ。引き上げますよドラノールッ!ガートルードッ!コーネリアッ!…それでは御機嫌よう、うみねこイエロー。次にお会いした時が皆様の、うみねこセブンの最期の時だとしっかりとお伝え下さいね?!…くっくく、あーーーーっはっはっはっはっはっはっはッッ!!!」


不吉な言葉と嘲る様な高笑いを残して消え去るヱリカと新生ファントムの三幹部達。
4人の姿が完全に消え去って数秒の後にうみねこレッド達が屋上の階段から駆け上がって来て二人の元へと辿り着く。


幸いうみねこブルーのダメージは打撲中心でそれほど酷いものではなく、ホワイトの治療によって数日もあれば全快出来る程度のものであったことだが……


…………イエローから伝えられたヱリカの不吉な予言めいた言葉は彼等の胸に大きな不安を残すことになるのであった。








ほぼ同時刻 ウィッチハートエリア 『魔女の森』 

この主戦場となった二つのエリアから離れた場所で、ヱリカ達が去った事で戦いが終結したと思われていた頃合いを見計らって動き始めた二つの影があった。


45「45より410へのデータリンク完了。第一射、発射可能です」

410「410データ受領。にひひひひひひひ!大きな戦いの直後でまさか私達がこんな所からこっそり狙っているなんてあの連中、ぜ~んぜん気付いてないにぇ♪」


シュトラールよりも更に遠かったこの場所から木陰に隠れて狙撃の機会をずっと窺い続けていたシエスタ410と45のシエスタの姉妹兵が誰にも気付かれないうちにひっそりと黄金弓の矢の照準を『ビルからダイブ』の建物屋上でうみねこブルーの治療の様子を見守っていたうみねこレッドの脳天へと発射準備を整え終える。

410が独断で45を連れ出し、自らの足で狙撃ポイントを選んでチャンスが来るのを強かに待ち続けていたのだ。

独断行動ながらヱリカですらも知り得ず作戦行動からも完全に切り離されていたその独立遊撃兵としての行動は正に伏兵中の伏兵。
それが狙撃兵ともなれば、狙われた相手はその一撃でその身の生命を穿たれ終えるその刹那に自分が撃たれたのだとようやく気付くというレベルだろう。


410「にひ。発射」


それだけの必殺の一撃であるにも関わらずあまりにも無造作に、無感動に放たれる黄金の一矢。
シエスタ410という完成された狙撃手による『本物の狙撃』である以上、射手は相手をその照準に収めた時点で仕留められるか否かを悟っていたと言って良かった。

…故に、うみねこレッドはこれまでの長きに渡る戦いが嘘の様に、あまりにも呆気なく死を迎えるはずであった。


410「…にぇ?…にぇえええええええッ!?そんな…馬鹿な事が…ッ!!」

45「黄金弓の矢を…素手で止めたッ?!」

???「派手な戦いが終わってやっと静かになったんだ。無粋な横槍はやめてもらいてぇな、シエスタウサギの姉ちゃん達」


青いコートを身に纏った精鍛な男がその左手で掴んだ黄金の矢を握り潰しながらシエスタの二人に語り掛ける。
矢は放たれた『直後』ではなく、確実に百メートル以上に及ぶ距離の中空を独特の無軌道さを以って翔け抜けていた最中だった。
…それを…この男は突如として木立ちの脇から飛び掛かり、そのうねり狂う蛇の如き矢の先端部を素手で掴んで止めてしまったのだ。

矢を斬り払うなどというレベルの芸当ではない。


410「な…何者だにぇお前ッ!名を名乗るにぇッッ!!」

???「…いいのか?俺としちゃあ名乗るのは別に吝かでもねぇんだが……この場で俺が『誰か』を知ってしまったら、姉ちゃん達を見逃して生かして帰す訳には行かなくなるんだが?」

410&45「「ヒッッ!!」」


410と45はその男の金色の双眸から一瞬だけ放たれた殺気に中てられてただけで揃って腰を抜かしてその場にへたり込む。
その一瞬で互いにその身を両断されたと錯覚するだけの『死の恐怖』を与えられてしまったからだ。

…ドラノールやあのお方が脳裏に浮かぶ事を禁じ得ない『別格さ』を思い知らされて竦み上がる二人だったが…45はふとこの男が何者であるかに気付いてしまう。


45「……ぁ……その髪……まさか……二十の……」

???「そこのピンク髪のウサギは此処で死にたいらしいな?」

45「な、何でもないですッ!!」

410「そ、そうだにぇッ!私達は今日は一日部屋でのんびりゴロゴロ寝てたんだにぇッ!何も無かったし誰にも会わなかったんだにぇッ!と言う訳で、お助けえぇーーーだにぇえええーーーッッ!!」

45「あッ!ま、待って下さい410!私もッ!私も今日は一日寝ていましたので何も記憶にありませんのですッ!寝惚けてたら此処に居たんですッ!お、置いてかないでぇえええーーーッッ!!」


これ以上ないほど取り乱しながら慌ててその場から我先にと逃げ出す410と45。
男の腕前をもってすれば十分に追い討つ事は可能ではあったが…例え敵であっても戦意無き者を狩るのは忍びない、と自身の矜持に従ってそのまま見逃すことにした。


???「…正に脱兎の如き逃げっぷりだな。まぁ、あれだけ脅しておけば二度と狙撃する気にはならないだろうし誰かに話すこともねぇだろ。……それにしても」


男は遥か遠方の建物の屋上で命の危機に晒されていたことなど露とも知らずにブルーの治療の様子を見守りつつ、イエローからの報告を受けていたうみねこセブンの面々へと視線を投げ、


???「………あの程度の未熟者の集まりが本当に俺達にとっての『希望』になるってのか?…頭痛がすらぁ」


失意に満ちた口調でそう言い捨てたのであった。



【エンディング】



《To be continued》

うみねこセブン 29話 前編 - KENM

2013/04/14 (Sun) 22:42:20



<B>『今回予告』</B>

うー!今回の予告は本編では出番が少ないからって真里亞なの!
…って、真里亞落ち込んでなんかいないの!今回予告も立派な出番なんだからいっぱい頑張るの!
今回はほぼ前回の続き状態から始まるんだけど…ベアトリーチェの記憶がなかったり、みんなびっくりな提案が飛び出したり、それを聞いてグレーテルがバタバターって飛び出し行っちゃったり、観覧車でワーってなったり…かと思ったらとんでもない数の敵まで来ちゃうの!
しかも、非道なヱリカが用意した敵はちょっと困った相手で真里亞…じゃない、ピンク達うみねこセブンはみんな大苦戦なの!
それに、それに!またまたうみねこブルーの不可思議な発言や行動が飛び出したり敵の新しい幹部との闘いだったりドカーンって一撃だったりでもうドタバタだらけッ!
……それに……何か大きなことが起こりそうな予兆も見え隠れしはじめてるの。

<B>『六軒島戦隊 うみねこセブン』 29話 変わり始める世界 近付き始める変革の時</B>

と・に・か・く!いろんな意味で今回は大変なの!うーッ!


<hr><hr>


【オープニング】


戦人「…南條先生どうなんですか?」

南條「考えられるケースとしては極度のショックによる一時的な記憶喪失か、或いは力を使い果たした事による影響か…何せ彼女は普通の人間と同じ概念で診察出来るとは言い切れませんのでな」

戦人「くっそ…やっと皆の意見もまとまってこれからだって時に…何てこった!」


初診の結果を聞いて悔しそうにドンッ!と激しく右手を壁に打ち付ける戦人。
ドリーマーとの戦いの後、何も覚えていないような受け答えをしたベアトはあの後すぐに気を失ってしまい医療室へと運び込まれる事になったのだ。

それから半日、ようやく目覚めて南條先生による本格的な診察が終わったのがつい今しがたのことだ。

そして…今の診察結果で昨日のベアトの発言が現実のものであったことを実感させられたのだった。


黄金の魔女ベアトリーチェは……その全ての記憶を失っていたのだ。
気を失う前に交わした僅かの会話の中でも確信が持てるほどの、生まれたばかりの雛を思わせる無垢な表情の変化に演技では無いことは誰の目にも明らかだった。
だから…この診察結果はやはりと言えばやはりであったが……それでも、微かな期待を打ち砕かれてしまったのもまた事実だった。


真里亞「うー…やっとお話しできると思ったのに…」

譲治「振り出しに戻った、とまでは言わないけれど…返って彼女をどう扱えばいいのかが一層難しくなってしまったね。彼女が戦う理由を、守りたいものを知ることが出来れば歩み寄ることも理解する事も出来たかも知れないんだけど……こうなってしまっては……」

朱志香「だからって倒すってのは無しだぜ?記憶が無いんじゃ無抵抗な相手よりも寝覚めが悪ぃぜ」

紗音「申し訳ありません。もしかしたら…私の治療の仕方が悪かったせいなのかも…」

嘉音「それは姉さんの気にし過ぎだよ。現にベアトリーチェ様の傷は癒えていたんだ。それが精神にだけ副作用が生じたなんてまず考えられない」

紗音「…でも…」


一つの結論を出すに至って払われていた筈の重苦しい空気が再び彼等を包み込み始めていた。
運命の神とやらはどこまで彼等に試練を与えれば気が済むのか?…いや、此処まで性質が悪いと案外ポップコーンでも食いながら悩み苦しむ姿を見て楽しんでいるのではないかとすら思えてくる。


譲治「とにかく、ベアトの処遇については保留するしかないだろうね」

グレーテル「……保留?それはいつ記憶が戻って攻撃してくるかも分からない時限爆弾を懐深くに抱え込むようなものじゃないの?」

譲治「ッ。…それは…」


グレーテルの厳しい指摘に口籠る譲治。いつ記憶が戻るのか分からない以上、その瞬間に彼等が立ち会えなければ話し合う事が可能かどうかも分からない上にサッサと逃げられて終わりだ。…いや、最悪を想定するならグレーテルが時限爆弾と評した通り、基地内部であの膨大な魔力を炸裂させてうみねこセブン基地が跡形も無く壊滅する可能性でさえ十分に有り得るのだ。

厳重な牢で軟禁しようにも、うみねこセブンの全員を相手取ってでも互角以上に渡り合ってみせた彼女を推し留めて置ける牢など到底作れるわけもない。
…負傷でほとんど動けない状態かつホワイトの治療によって目覚めさせるタイミングが図れたからこそ『話し合う』と言う選択肢は成立していたといっても過言では無かったのだ。


再びの沈黙。

譲治の保留と言う意見に反論したグレーテルではあったが、ドリーマーとの戦闘前の戦人や譲治達の会話を聞いて思うところもあって先程の畳みかける様な抹殺論は出さないでいたからこその議論の停滞ではあったが……だからと言って、実際どうすればいいのか案の出し様が無いのが現状であった。


明確な意志を持ってベアトを倒さない、と誓った戦人もまた沈黙する。自分が譲治と同様に保留を宣言すれば敢えて二の句を続けなかったグレーテルも恐らく折れるであろうとの予想は出来ていた。
…だが、再び状況が二転三転してしまった今のベアトの状態ではグレーテルの危惧を跳ね除けて否定しきれないのだ。


もし、自分達が新たに現れた敵と戦う為に出撃している最中にベアトの記憶が戻ってしまったら……うみねこセブンの基地はファントムの居城の様に瓦礫の山にされてしまいかねない。その時、金蔵を始め大人達、基地の仲間達がどうなるのかは想像したくもない事態だ。


そんなやり場のない沈黙を破ったのは医療室から出て来た南條であった。


南條「うみねこセブンの皆さんは全員揃っていますな。ベアトリーチェさんが皆さんと話をしたがっています。中に入ってもらっても宜しいですかな?」


記憶が無いはずのベアトからの意外な申し出に驚く一同。
今のままでは埒が明かないことからその申し出に乗り七人全員が医療室へと入室する。


ベアト「…ぁ……その…あなた方が…うみねこ……セブンの方々……なのです…か?」


強張った口調で質問するベアトに頷く七人。
その様子から記憶が戻った訳では無いと分かり内心では落胆していたが…ならば何故自分達を招き入れたのかと身構える。


ベアト「…その……南條先生から…ある程度のお話をお聞きしました。……私のこと、ファントムのこと……そして…記憶を失う前の私とあなた方が戦っていたという…うみねこセブンの皆さんとのことを…です」


話を聞いたと言いつつも何処か他人事の様にぽつぽつと語るベアト。
記憶が無い以上無理も無い事ではあったが、それでも自分達が敵対関係にあって、とても友好的に話し合える相手では無い事だけは充分過ぎる程察しているはずだ。


グレーテル「そこまで聞いているなら私達に何の用があるって言うの!?要件をサッサと言いなさいッ!」

ベアト「ひッ!」


真意を掴みかねて苛立ったのかグレーテルがベアトに食って掛かる。
すぐさま隣にいた朱志香と紗音が止めに入ってそれ以上は続かなかったが、お互いの険悪さを身を持って知るには充分過ぎたのか、ベアトは一気に小動物の様に怯えてしまったが…それでも必死に伝えようと唇をキュッと噛み締めてから、敢えて自分達を招き入れて話したかった要件を話し始める。


ベアト「き、記憶を失っているとはいえ……わ…わたし…は皆さんにとって許し難い存在なのだと理解しました。だから……この場で一思いに…」

戦人「…なん……だって?」

ベアト「怖いんです!もし私の記憶が戻ってしまった時……私は…私を助けて頂いた皆さんや罪の無い多くの人々を攻撃してしまうかも知れません!ならいっそのこと…いえ、そんな危険な存在は居てはいけないんです!私を…私を皆さんの手で、殺して下さい!」


誰もが全く想定していなかったベアトからの提案に驚くうみねこセブン。
それを望んでいたグレーテルですら、まさかベアトの口から望んで殺されたいなどと言い出すとは思いもよらず目を見開いて立ち尽くしていた。

そして、驚くと同時に七人全員が今のベアトと言う存在を理解した。
今の彼女は『みたいな』ではなく、正真正銘の『雛』なのだ、と。
記憶を失う前の自分が危険な存在だったと知らされ、そうなるぐらいならばいっその事、と自ら死を選ぼうとしているのだ。

戦人、譲治、朱志香、嘉音、紗音、真里亞の六人はそれを理解した瞬間、彼女の処遇への葛藤を捨て、『保留』で決を出していた。
唯一人、残ったグレーテルは………自身が抱いた答えを否定してその場から逃げ去る様に走り去っていた。




その後、グレーテルを除いた戦人達六人はベアトからの提案について金蔵や南條達大人達とも細かく協議し、最終的に基地の安全保障などの観点からベアト自身の希望と合意の上で遠隔操作で起爆可能な爆弾付きの首輪を取り付ける。と言う事で話はまとまったのだった。
…無論、人道的ではないとの意見も多かったが、記憶が戻った際の暴走を恐れたベアト自身が強く自らを律する枷を求めた事による措置との感が大きかった。




医療室から走り去っていったグレーテルは自ら話し合いの場に出る事を拒否して観覧車の中で協議が終わるのを待っていた。
係員を困らせつつも何周も居座り続け、幾度も回り終えて辺りが暗くなった頃、その対面の席には協議の様子と決定した結果を伝えに来た天草が座り二人での周回が始まっていた。


天草「…って感じで最後は金蔵氏が締めて話は終わりました。…って、ちゃんと聞いてましたか、お嬢?」


肩肘を突いて窓の外を呆然と眺め続けるグレーテルの様子に一声かける天草。
微かだが首が頷き聞いていた事は分かったが…それ以外は依然無反応だ。



周回が頂上に近付き始めた頃、グレーテルはようやくぽつりぽつりと小声で呟き始める。


グレーテル「……性善説って知ってる?簡単に言えば人の本性は善人寄りだって話…」


問い掛けとも取れるグレーテルのその呟きに天草は答えない。それは敢えて無視しているのではなく、答えが欲しくて話しているのでは無いと理解してのことだ。


グレーテル「………私はね…ファントムの連中は例外なく性悪説で成立すると思っていたの。だってそうでしょう?これ以上ないほど人間にとって敵となる、害悪となる連中なんだから……」


なおも天草は沈黙で返す。その呟きの意図を察したからだ。


グレーテル「……それが…さぁ、寄りにも寄ってファントムの首魁が記憶がぶっ飛んだら『私を殺して下さい』ですって?…何それ?記憶が戻ったら悪人になるから?だから殺せ?何処の聖人君子様だってのよ?」


吐き捨てるように呟きながらグレーテルの頬には大粒の涙が幾筋も零れていた。
倒すべき最大の敵が自身の悪人像を完膚なきまでに全否定する善人振りを見せたのだ。
それは…グレーテルにとって戦う意義の根底を揺るがし得るだけの衝撃的な『事件』だったのだ。

嗚咽を漏らし始めたグレーテルを前になおも沈黙を守り続ける天草。
観覧車は頂点を越えて少しずつ降下を始めている。
この観覧車から最も夜景が綺麗に見える時間帯に大泣きして見逃す辺りがいかにも「お嬢らしいなぁ…」と内心で軽く苦笑しつつ、天草はようやく紡ぐべき言葉を決めて第一声をグレーテルに掛ける。


天草「お嬢、性悪説の意味を勘違いしてやせんか?」

グレーテル「……………え?」

天草「あれは「生まれた時は悪だが成長すると善い行いを学ぶ」って意味で「生まれた時からワルで以降も生涯極悪人決定」ってコトじゃあないんですぜ?」

グレーテル「……え?……え?……ええッ?!」

天草「お嬢の言う通りファントムの連中が性悪説に当てはまるんだとしたら、後々良い人になる事もあるんだって、そう思ってたって事ですよねぇ?」

グレーテル「ち、違ッ!そ、そんなつもりじゃ無くて…ッ!!あいつ等は人にとっての天敵であって相容れない存在であってそんな事は…ッ!!」


沈黙を守り続けていた天草のまさかの揚げ足取りに柄にも無く取り乱すグレーテル。
この場で天草の話の真偽は分からないものの、真面目に話して大泣きまでしていた全てが失笑ものの勘違いだったと思われてしまっては堪ったものでは無い。

観覧車は残すところあと数メートルにまで回ってようやく大慌てな騒ぎが収まる。


天草「ははは。まぁ、散々茶化した後に言うのもなんですが…お嬢、人間だろうがファントムだろうが、なんてのは些末な話って事ですよ。武力に長ければ人を制する力に長けるって事で、智謀に長ければ人を騙す事に長けるって事でさぁ。そこには大なり小なり『良し悪し』がある。ファントムの連中が人間よりその辺りが長けてれば必然としてその『良し悪し』の振れ幅も大きくなる。つまりは、『そこだけ』が目に付いちまうって事です」


大人らしい言い回しを気取っているのか難解そうな話を繋げて饒舌に語る天草にグレーテルは苦笑する。
難しく言わずとも要は『彼等の悪目立ち』を自分がピックアップして色眼鏡で見ていただけだ。そう言いたいのだ。


……今日の出来事でその言葉に少なからず同意の意思を示しつつも………内心ではどうしても拭えぬ一抹の反発もあった。
天草の言うファントムの『悪目立ち』と自分が知るファントムの『悪目立ち』は間違いなく大きな差異を孕んでいると分かっていたからだ。

…グレーテルにとって、自分だけが知る『あの事』を知った上でもなお天草に同じ事が言えるのだろうか?



…その思いだけは………今の彼女にはどうしても拭い難いものであったのだ。


【アイキャッチ】

うみねこセブン 28話(その2)修正版 - 祐貴

2013/02/10 (Sun) 00:50:28

28話修正版続きです。


 本土から離れた六軒島は、東京よりずっと星が綺麗に見える。
 六軒島にあるうみねこセブン本部の屋上―――戦人は、ずっと空を見上げていた。

「ああ、やっぱりここだったんだ」
「……兄貴……」
「部屋にいなかったから、後はここかなって。お互い、良くここに来ていたよね」

 お互い何も話さず、並んで空を見上げるだけで落ち着いた。心が軽くなった。
 満天の雄大な星空に比べたら、自分の悩みなんてちっぽけなものに思えてくるから。
 なのに今、空を見上げて浮かぶのは、彼女の事ばかりだ。

「ちょっと……いいかな?」
「…………」

 譲治は、制止のなさを了承と受け取り、寝そべって空を見上げる戦人の隣に腰を下ろした。

「……兄貴……」
「真里亞ちゃんは大丈夫だよ。わかってくれてる」
「……ちぇ。かなわねぇな」
「僕はこの件で遠いところにいるからね。その分冷静になれるだけだよ」
「………俺……さ、あいつが生きてたって聞いて、ほっとしたんだ。あいつを助けられなかった事……ずっと後悔していたから。もっとやりようがあったんじゃないかって」

 ベアトリーチェが、ベアトだと知った瞬間の驚き、倒れ付す彼女を見た時の震えは今でも思い出せる。

「けど……さ、グレーテルの言葉を聞いて思い出した。俺とあいつは敵同士なんだって。戦いを挑んで来たら、戦わないといけない。俺は……うみねこレッドなんだから」

 知らなければ戦えた。
 戦い、相手を倒す事に抵抗がない訳ではなかったが、守る為だと思えば我慢出来た。
 正しい事だと、信じていられたから。

「けど、今目覚めたあいつが攻撃してきたら、俺は戦えるのか……自分でもわからない。迷っている余裕なんてないのに。……あのまま亡くなってくれていたら、こんな事考えずに済んだのに……一瞬、そんな事さえ思った」

 ベアトだとわかった時は、自らの思いのまま、素直に動けた。助けたいと思った。
 だが、冷静になって考えれば、ファントムのトップであるベアトリーチェが自分達の敵である事実は揺るがない。
 ならば、こうなるしかなかった。これでよかったんだ。
 そう。自らを納得させるしかなかった。失われた命はもう戻っては来ないのだから。

 そうして自らの心に蓋をした。後は時間が解決してくれる筈だった。
 それなのに―――隠していたそれを突きつけられた。

「俺はあのとき、あいつより、縁寿達の所へ戻る事を選んだ。あいつを助けには行けなかった」
「それは……仕方ないよ。止めたのは僕だ」
「いや、兄貴が言わなかったとしても、冷静に考える時間があったなら、あそこで助けには行けないよ。縁寿が……皆が待ってる。縁寿達とあいつなら縁寿達を取るしか出来ない。あのときそうしたように」

 遊園地で知り合った不思議な少女。
 くるくると勢い良く変わる表情、パレードを食い入るように見つめていた満面の笑顔。
 もっと喜ばせてやりたい……仲良くなりたいと思った。

 だが……それだけだ。
 新しく出来た友達……自分達にはまだそれだけの関係しかない。
 素性も知らない、苗字も知らない、連絡先も知らない。追求して欲しくなさそうだったから聞かなかった。
 これからいくらでも、お互いの事を知り合う時間があると思っていたから。

 だから―――それだけの関係でしかない。
 大切な家族、仲間達、苦しむ人々……それと引き換えにしても助ける理由がない。
 助けたくても助けられない。

「当然だよな。1人とそれ以外の皆なら、皆を取る。縁寿ひとりだったとしても、縁寿を取るさ。何度考えても……それしか選べない」

 新しい友達だと思っていた時は、悩む必要なんてなかった。
 彼女は縁寿と同じ、守るべき存在だったから。

「あいつは必死だった。譲れないものがあるんだって思えた。だから戦った。……俺に大切なものがあるように、あいつにもそれがある。なら、戦うしか……斬るしかないじゃないか!」

 ベアトなんていない。
 いるのは、ファントムの首領、黄金の魔女ベアトリーチェ―――そう思わねば戦えない。

「必要があるなら、僕がやるよ。戦人くんは……」
「……いや、俺がやる。俺じゃなきゃ駄目なんだ。その覚悟が必要だ……そうだろ?」

 倒さねばならないというなら、せめて自分の手で。
 他の奴にはやらせない。

「俺は誰も恨みたくないんだ……だから……」
「そうか……でも、一つだけ聞いてくれないか」

 注がれる真っ直ぐな眼差。

「……戦人くん……僕は君をリーダーに推薦した。今でもそれは正しいと思っている。だけど、リーダーは皆の中心、先頭であって、7人の内のひとりである事に代わりはないんだよ」
「兄貴……」
「君はひとりじゃない。僕達は7人いて『うみねこセブン』だ。だから……ひとりで背負っては駄目だ。……まぁ、僕も良く忘れそうになるけどね」
「だよな」

 微笑う。ぎこちないけれど、それでも、確かに。

「やっぱりいいよな。……ひとりじゃないって。俺……あいつも助けてやりたいんだ」
「あいつ?」
「グレーテル。……なんか放っておけないんだよな。必死で一生懸命で……言われたら凄くムカつくんだけど、でも、それって、自分の為じゃないんだよな。……それだけはわかる」
「そうだね」
「俺……戦いの前にあいつと約束したんだ。『大切な人を絶対に守る』って。でも……その中にはあいつ自身は入ってないんだよな。傷ついても、憎まれても、死んでも構わないって思ってる。……一番それがムカつくんだよ。俺約束したんだぜ。『お前も絶対に笑顔でここに戻ってこい』って……俺に要求するなら、てめぇも守りやがれってんだ」
「ははは……戦人くんらしいな」

 頭上で星が瞬く。
 しんしんと静かに、けれど確かに輝いている。

「……戦人くんも、必要ない事はたくさん言うのに、肝心の事は言わないことがあるからね。レッドだからとか考えずに、もっと言っていいと思うよ」
「……そう…かな……」

 話せば、皆を巻き込む。更に迷わせる。
 人の心というフィルターを通した時、事実は変わる。
 公平に真実のみを語る事など出来ない。それが出来るなら、誰もこんな風に悩みはしない。

「明日、……いや、もう今日かな。朝起きたら、もう一度みんなで話そう。グレーテルも一緒に」
「ああ。ありがとう。兄貴」

 譲治は立ち上がると、そのまま屋上を後にした。

 満天の星が輝き、瞬く。
 パレードの光を、キラキラした眼差で見つめていた少女の姿が浮かんだ。
 幸せに満ち溢れていた笑顔。見ているだけで嬉しくなってしまうような。

 ―――輝きが、揺らぎ、歪み、ぼやけていく。

「…………なんでなんだよ」

 熱くなるものを押さえるように、額に手を当てる。

 泣いては駄目だ。
 折れたら、そこできっと立ち上がれなくなってしまう。

「なんで……そのままで……同じ処にいてくれなかったんだよ…っ……!」

 そうしたら、そのまま――でいられたのに。


<hr>

 彼女は、懐かしい場所にいた。
 柔らかな光に包まれた館……九羽鳥庵。
 優しくて穏やかで温かい場所。
 守られた小さな楽園。

『ベアト……さぁ、こちらにいらっしゃい』
『お茶にいたしましょう。お嬢様』
『このスコーン、美味しいわよ。リーチェ』

 大切な人たち、大好きな人たちが傍にいる。
 いつまでも続くお茶会、永遠の幸せ。

 ―――それなのに、何か落ち着かない。

 心の奥がざわざわする。
 哀しくて、苦しい。
 暗い闇が周囲から押し寄せて来る。
 楽園を取り囲むように。

『どうしたのですか』
『お師匠様、妾は……怖いのだ』
『ここにいれば、安心ですよ』
『はい。私達がお嬢様をお守り致します』
『そうよ。リーチェは何も心配しなくていいの』

 そう。ここにいれば、心配ない。
 何も苦しい事はない。幸せでいられる。幼いあの頃のように。

 闇がざわめく。微かな微かな声が聞こえる。

 なら、どうして、妾は外に出たいと思ったのであろう。
 外はあんなに暗くて恐ろしいのに。

『なら、ボクが、もっと幸せになれる処へ連れて行ってあげるよ』

 温かい眩い光。

『怖い闇が決してやって来ないところ。光に満ちた世界にね。……さぁ、おいで。ボクの処へ』

 導くように伸びる光の道。

『ボクが君を……君の大切な人たちを守ってあげる。みんな幸せになれるよ』

 彼女は、闇から逃れるように、光へ向かって歩き出した。
 幸せへと向かって。


<hr>

 ―――グレーテルは、先程と同じ曲がり角に立っていた。

 左に曲がれば、医務室がある。
 南條1人なら、敵ではない。
 
 必要な事だ。仕方ない事だ。
 皆の為に、繰り返さない為に。

 それなのに―――

『俺……さ、あいつが生きてたって聞いて、ほっとしたんだ。あいつを助けられなかった事……ずっと後悔していたから。もっとやりようがあったんじゃないかって』

 ―――何故、譲治の後を追って、戦人の処に行ってしまったのだろう。

 目的の為には、必要などない事なのに。

『縁寿が……皆が待ってる。縁寿達とあいつなら縁寿達を取るしか出来ない。あのときそうしたように」
『当然だよな。1人とそれ以外の皆なら、皆を取る。縁寿ひとりだったとしても、縁寿を取るさ。何度考えても……それしか選べない』

 それは望んでいた言葉。紛れない真実。
 喜ぶべき言葉だ。

『……俺に大切なものがあるように、あいつにもそれがある。なら、戦うしか……斬るしかないじゃないか!』
『その覚悟が必要だ……そうだろ?』

 言わなくてもわかっている。わかってくれている。
 なのに、どうして……苦しいのだろう。

『俺は正気だっ!!!! お前は敵なら誰でも彼でも殺しゃいいって思ってんのか!? 敵なら友達でも親兄弟でも殺すのかよっ!!!?』

 あの戦いの時……心の底からの叫び。

『あんな奴のために……あなたはあいつとあなたの帰りを待ってる妹とどっちが大事なのよっっっ!!!!? あなたはお兄ちゃんなんでしょう!!? お兄ちゃんが妹を残して死んでいいと思ってるのっっっ!!!!?』

 突きつけたのは、自分だ。
 想いという鎖で、心を捉えた。共に帰る為に。
 それから、彼はずっと何度も何度も考え、言い聞かせて来たのだ。きっと。
 表面上普通を装いながら、繰り返し、繰り返し。皆の為に……帰りを待つ妹の為に。これが正しい事なのだと。
 そうして……変わってしまった。あの時あの魔女に手を伸ばそうとした彼ではなくなってしまった。

「……関係……ないわ」

 関係ない。関係ない。関係ない。
 必要な事だ。皆を助ける為に。彼を生かして妹の元へ戻す為に。

 その為なら、どんな事をしても―――

『……本当は……助けたいんです。今すぐにでも、癒してあげたい。私のこの力は傷ついている人を、助ける為にあるんですから。……でも、駄目なんです。わかっているんです』
『俺……あいつも助けてやりたいんだ』
『私は、うみねこホワイト……ひとりじゃない。仲間が……皆がいる。勝手にしてはいけないって……皆を信じているなら』
『よくない! そんなのよくないよ。お姉ちゃんがしあわせでないと、縁寿もしあわせになれないもん。みんなでしあわせにならないとダメだよ!』
『俺……戦いの前にあいつと約束したんだ。『大切な人を絶対に守る』って。でも……その中にはあいつ自身は入ってないんだよな。傷ついても、憎まれても構わないって思ってる。……一番それがムカつくんだよ。俺約束したんだぜ。『お前も絶対に笑顔でここに戻ってこい』って……俺に要求するなら、てめぇも守りやがれってんだ』

「……馬鹿……みたい」

 ぽつり、呟くと、医務室と反対側へと足を向ける。

「……行かなくていいんですかい」
「……天草……」

 壁にもたれて立つ人影。

「目的があってここまで来たんでしょう」
「……あなた……つけてたの」
「俺はお嬢の護衛ですからね。仕事をしているだけです。大体、ストーカー&ピーピングのお嬢には言われたくないですね」
「……だ、誰がストーカーよっ……!」

 すたすたとその前を通り過ぎる。

「ま、子供はとっくに寝る時間ですしね」
「……あなた、私を止めるつもりだったの?」
「……何の事ですか?」
「…………」
「お嬢は此処にいる。それだけが確かな事でしょう。仮定を言われても……ね」
「……必要な事だからよ」
「はい?」
「戦いは終わっていなかった。新たな敵に立ち向かう為に、ここで面倒ごとを起こす訳には行かないのよ」
「……なるほど」
「それだけよ」
「そういう事にしときましょう」

 廊下に、グレーテルの早い足音と、天草のゆったりした足音が続く。

「どこまでついて来るつもり?」
「もう夜中ですし、部屋の入り口までお送りしようかと」
「必要ないわ」
「では……一つだけ」
「何?」
「俺も加えておいて下さい。『お嬢を幸せにしたい同盟』の一員にね」
「……頭おかしいんじゃないの」

 グレーテルは振り返らずそういい、そのまま歩き去って行く。
 天草は、苦笑めいた笑みを零した。

「ゴールは遥か彼方なり……か。それでも、道はそこに在る」

 ―――その時、ふいに大きな警告音が響いた。



「何?」

 各所にいたセブンの面々は、皆一斉に頭上を見上げた。

《緊急事態だ》

 スピーカーから、金蔵の声が響く。

《ベアトリーチェが姿を消した。ガァプシステムを使って、遊園地の方へと出て行ったようだ》

「!」
「なんですって!」

《すまない。ふいに強い睡魔が襲って来て……気づいた時には……》

 南條の言葉が被る。

《おそらくファントムの怪人の仕業だ。波動を感知している》

「すぐ追いかけないと!」

《まだ動ける状態ではない筈なのだが……》

《皆! 遊園地にファントムが現れたわ。人がバタバタと倒れて行ってる》

「まさか……陽動?」
「うー! ベアトそんな事しない!」
「話は後だ。皆、遊園地に向かおう!」


<hr>

「ドリーマーァアアア。皆ボクの夢の中で楽しい幻想の夢を見るといいよ」

 体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎……つぎはぎしたような姿で二本足で立つそれは、明らかに現実の獣ではない。
 人の夢を喰って生きると言われる伝説の生物、獏を模して作られた怪人、ドリーマーは鼻を得意げに蠢かせた。

「嫌な事も、辛い事、全てボクが食べてあげる。ゆっくりお休み……ドリーマァァー」

 ドリーマーの言葉と同時に、人がどこからともなく、その周囲へと現れ、バタバタと倒れていく。

「世の中辛いことばかり……夢の中の方が幸せさ。……遊園地の夜は人が少ないな。まぁ、明日は街中に出掛ければいいか。ボクの夢の中で皆幸せになり、ファントムは力を得る……一石二鳥だね。さぁ、山羊さん達、ボクの前に、旅人を連れて来ておくれ」

 手にした杖を掲げながら、山羊達に指示を飛ばす。

「ボクが世界を幻想に変えてあげるよ。……ん? 新しい旅人だね。さぁ、おいで」

 空ろな瞳の金髪の女性が、奥から覚束ない足取りで歩いて来る。

「……皆……幸せ……」
「そうだよ。皆……幸せになれる。ボクの言う通りにしていれば。さぁ、山羊さん、その人もボクのところに」

 山羊が、その身を取り囲む。

 その瞬間―――

「ベアトぉおおおおおおっ!」

 ―――飛び込んで来た赤い影が、山羊を弾き飛ばしていた。




 ベアトリーチェがいなくなった……それを聞いた瞬間、戦人は基地を飛び出していた。
 考えるよりも早く反射的に。

 冗談じゃねぇ!
 まだ俺達は何も……何も話してねぇんだぞ…っ……。

 走って、走って、山羊の中央にいる彼女を見た瞬間、そこに飛び込んでいた。
 これまで避けて来たその名前と共に。

「……!……俺……」

 ずっと考えていた。戦わずに済む方法……それが無理なときは、戦う覚悟を。
 殺したくない。倒したくない。
 だが、相手はファントムの首領、ベアトリーチェだ。
 あの遊園地で出会った幻のベアトではない。彼女は存在していなかった。

 それなのに―――腕の中の金髪の少女を見下ろす。

「ああ。そっか……そうだよな」

 ―――俺はベアトリーチェなんて知らない―――

「俺にとって、おまえはベアトなんだ」
「ベア……ト……?」
「そうだ」

 幻でも、存在していなくても。
 嘘で彩られた偽者だったとしても。
 それでも、それが戦人にとっての真実だ。

 山羊の中にいる姿を見たとき、助けなければと思った。
 あれほど疑わなければと思っていたのに、結託しているなど思いもしなかった。
 あの城の中で、彼女を助けようとしたときのように。

 彼女は……微笑っていたから。
 嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに。
 あれをなかった事には、出来ない。あの思い出を嘘には出来ない。少なくとも、自分には。

「レッド!」
「大丈夫かい!」

 後方から仲間達が走ってくる。

「話は後だ! 皆……頼む。こいつを……」
「わかった! 任せとけ!」

 イエローが前へと突っ込んで行く。

「ドリーマァアアアア! 良くも邪魔をしてくれたね。でも、もうその子はボクのものだよ。ドリーマァァァ……君の夢を邪魔しようと闇がやって来ているよ」
「……や……み…………嫌……だ」
「おい! ベアト!」

 掴みかかって来るベアトリーチェの手を掴む。




 九羽鳥庵の更に奥深く……黄金の鳥篭の中に彼女はいた。
 揺りかごのような、母親の胎内のような……安心出来るところ。
 ここにいれば、何も悩む事はない。考える必要がない。

 辛い事も、哀しい事も、苦しい事もない。
 戦う必要も、傷つく必要もない。

『そうよ。リーチェ』
『あなたは私達が守ります』
『ゆっくりお休み下さい。何も考えずに』

 いつまでも、幸せでいられる。穏やかで優しい時の中で。

 ワルギリア、ロノウェ、ガァプ……使用人の皆との幸福な日々。
 かけがえのない大切な人たち。

「ん? おかしくはないか」
『どうしてですか?』
「……足りなくはないか」
『何が? 元からこの人数よね』
「そうだったな。だけど、何か……」

 もっと、別の幸せもあった気がする。
 こんなに優しく穏やかではないけれど、強く激しく熱い想い。
 走って汗だくになって、元気に跳ねて、遊んで、これまで出来なかった事をたくさんした。たくさん見た。

『なぁ。お師匠様、今度外でお茶しようぜ。紹介したい奴がいるのだ』
『前言っていた戦人くん達ですか』
『そうそう。皆一緒だと更に楽しいと思うんだよなー。戦人達も友達連れて来るってさ』
『……そう……出来ると良いですね』
『出来るさ。ファントムの目的を達成して、人間界を幻想で染めればいいんだろ。そうしたら……』
『そうね。その時は、世界はあなたのものよ。リーチェ』

 ちりっ……と心の奥が痛んだ。
 何かが、おかしい気がする。自分の望んだ世界はこんなものだっただろうか。

『君は辛い思いをしたんだよね。だから、ボクの夢に魅かれた。このままだと、辛い事……闇に捕まってしまうよ』

「ベアト! おまえ、何の為に俺と戦ったんだよ。守りたいって言ったじゃねぇか! しっかりしやがれ! このまま訳のわかんねぇ夢に捕まるのがおまえの望みかよ!」

 声が、叫びが、闇と共に突き刺さるように追って来る。
 暗くて怖い筈なのに、足が動かない。

『考えては駄目よ。リーチェ』
『そうです。全て私達に任せて下さい』
『お嬢様は誰にも傷つけさせはいたしません』

「……わ、妾は……それが嫌だったのだ…っ……!」

 守られるだけは嫌だった。
 自分に良くしてくれている皆を、守りたいと思った。

『ならば、あなたが戦うというのはどうでしょうか』
『妾が……戦う?』
『そうです。人間界を幻想で染め、幻想の人々を救うのです。あなたになら、それが出来ます。あなたは黄金の魔女ベアトリーチェなのですから』

 かつて黒髪の宰相と交わした言葉。

「さっさと起きろ! このまま逃げるのは許さねぇぞ。ベアトぉおおおおっ!」

 強い想いのこもった魂を揺さぶる声。

「妾は……皆を守る為、救う為に来たのだ。幸せになりたかった訳ではないわ!」
『ドリーマァアアアアアアッ!!』

 黄金の鳥篭が、弾け飛ぶ。
 光の細かい粒になり、消えていく。
 大切な守りたい人達の面影と共に。

「……足りぬ……わ……」

 新たな守りたいもの……その笑顔と共に、彼女の意識は途切れた。



 ふいに、ベアトリーチェの体が黄金の光に包まれた。
 眩い輝きが溢れ、周囲の幻想を吹き飛ばしていく。

「な、なんだ? ドリーマァアアアアアァッ!」
「ベアト!」

 光と共に、力を失った身体を抱き止める。

「レッド、ここは私が……」
「よし、頼んだぜ!」

 ホワイトに、ベアトリーチェの身体を託して、立ち上がる。

「ドリ、ドリーィイイイイィッッ……食べた夢が……消えてる。ボクの力の源が……」
「いいか! 良く聞け! 象もどき野郎!」
「象もどき……」
「獏だと思うんだけど……」
「無理無理。レッドが知ってる訳ねぇって」
「うー! イエローは知ってる?」
「も、もちろんだぜ。ははははは……」

 レッドのテンションに引っ張られ、皆の空気が変わる。
 いつものうみねこセブンへと戻って行く。

「燃える闘志は不死鳥の如く!うみねこレッド!!」
「岩を穿つ雫(こころ)は龍の如く!うみねこイエロー!!」
「静かな決意は獅子の如く!うみねこグリーン!!」
「桃色旋風は猫の如く、うみねこピンク!!」
「白き癒しは一角獣が如く、うみねこホワイト!!」
「黒き疾風は黒豹が如く、うみねこブラック!!」
「孤高の刃は鮫が如く、うみねこブルー!!」

「輝く未来を守るため! 六軒島戦隊 うみねこセブン!」

「ドリィイイイイィィッ! ……消えたならまた集めればいいだけ……君達もボクの夢に案内してあげるよ。ドリィイイイマァアアアァァ」

 ドリーマーの身体から、幻想の夢の力が広がり、セブンを包んでいく。

「さぁ……嫌な事は全てボクが引き受けてあげる。……全て忘れて、ゆっくりお休み」

「くっ……皆気をつけて!」
「……へへっ。母さん見てくれよ。凄いいいステージだろ」
「……うー。ママお仕事辞めたの? ずっと真里亞と一緒?」
「……園長先生……生きて…いて……くれたんですね」
「……はい。皆、一緒です。ずっと、ずっと……皆一緒に、幸せ……に」
「……おに…ちゃん……良かった……わた…し……」

 宙を見上げ、ぶつぶつと呟き、それぞれ別々の方向へと歩き出そうとするセブン達。
 グリーンでさえ、自らを抑えるのに精一杯で何も出来ない。

 そこに銃声と共に、大きく強い輝きが走った。
 光はドリーマーの鼻先をかすめ、幻想を切り裂いていく。

「ドリィィイイイイイイイッ! な、何を!」
「だーーーっ! 皆いい加減にしやがれ! そんないい加減な夢に惑わされるな!」
「ドリィマァアアアッ。いい加減とはなんだよ。ボクは皆の望む幸せを」
「結局夢じゃねぇか! 自分の望む事しか起こらないんだろ。そんな予定調和つまらねぇよ」
「辛い事がなくなるんだよ。全て忘れられるんだ。幸せだと思わないかい」
「……辛いだけじゃねぇよ」

 あの戦いの事を思い出すと心の奥が疼く。
 戦う事に迷いが過ぎる。背を向けてしまいたくなる。
 ベアトリーチェの事を、これからを考えると、辛く苦しい。
 けれど―――

「この記憶が消えるって事は、それに関する事全てが消えるって事じゃねぇか」

 あの始まりの記憶。戦おう、守りたいと思った日。
 続く戦い。辛い事や苦しい事がたくさんあった。
 けれど、そうして戦う事で得られたものもあった。

「嫌なことも、苦しいことも、皆ひっくるめて、大切な記憶なんだよ。それを失くしちまったら、楽しい思い出も消えちまうだろうが!」

 助けた人々の笑顔、新たな仲間、絆……友達。
 暖かで幸せな記憶。
 出会わなければ、あの思い出がなければ、この苦しさもなかったのだ。

「……そう……だな。母さんにちゃんと認めて貰うんだ。私自身を……私自身の力で」
「うー。真里亞、我慢出来るもん。ママ、お仕事頑張ってるんだから、真里亞も頑張る。そして、また一緒に遊園地に行くの。その方が真里亞もママも嬉しいもん!」
「僕が夢に……殻に閉じこもる事を先生は望まない。未熟な僕にだって、それくらいはわかる。……僕は、もう間違えない」
「昔には戻れないけれど、今の私には大切な仲間が……皆がいます。自分で選んだ場所……幸せも自分で選びます!」
「……そう…。私は……れるのではなく、変える為に……ここにいる……のよ」
「皆……」

 仲間達の目が光を取り戻していく。

「よっしゃ! 皆、このエセ象もどきに、さっさと引導渡してやろうぜ」
「おう! 乙女の心を操ろうとした罪万死に値するぜ」
「うーうー! あんなの真里亞のママじゃない」
「はい。非情に不愉快です」
「人の傷ついた心につけこもうとするなんて許せません」

「……やっぱり、正解だな」
「ん? 何が?」
「戦人くんはレッドだってことだよ」

 皆の心に炎を……希望を灯す存在。

「ド、ドリィィイイイ! そんな、夢が……夢が消えていくぅうううううううっ!」

「へっ。そんな悪夢は必要ねぇぜ!!」

 ―――【蒼き幻想砕き】の弾丸が、弱った幻想をかき消した。

<hr>

「戦人!」
「やったね。戦人。うーうーうー!」

 皆が、スーツ姿を解除した戦人へと駆け寄って来る。
 戦人は、そっとホワイトへと歩み寄った。

「ベアトの様子は?」
「……余り良くありません。今の力の放出で、生命力が弱まっています……」

 ベアトリーチェの額に手を当てながら、首を振るホワイト。
 戦人は、垂れ下がったその手を取った。驚く程冷たい。

「兄貴……俺、こいつをこのまま見殺しには出来ない。ベアトは……友達だから」
「戦人くん……」
「俺はベアトしか知らない。だから……話してみたい。ベアトリーチェと。戦い、殺しあう事になったとしても、何も知らないままは嫌なんだ」

 譲れないものはある。避けえない事も。
 かつての自分達は何も知らなかった。知らないまま、来てしまった。

「……戦人……」
「悪ぃ。グレーテル。……俺は、大切なものを守る為でも、抵抗出来ない友達に手をかける事は出来ない」
「……それが偽物だったとしても?」
「ああ。ベアトが俺をどう思っていたとしても、俺の気持ちには関係ない。今ここでこいつを死なせたら、俺はもう正義の味方……ヒーローでいられない。そんな気がするんだ」
「うー! ベアト、友達! 真里亞変わらないよ。うーうー」
「前と同じようになれるなんて甘いことは思っちゃいねぇよ。けど……知らないこいつを手にかけて終わり……そんな結末は変える事が出来る」
「……その結果あなたが死んだとしても?」

 ブルーの真っ直ぐな視線を受け止める。

「……後悔はしねぇよ。……って、そんな不吉な事言うなよ! 約束しただろ? あの約束はまだ有効だぜ。……守ってくれるんだろ?」
「…………」

 揺ぎ無い眼差を返す戦人。
 マスクの下のブルーの表情は伺えない。

「決めたんだね。戦人くん」
「……決めたというか、決まっちまったというか、なんだろうな……俺はベアトの全てが嘘だったとは思えねぇんだ。どうしても。その上で……どうにもならなければ、もう一度戦う。全てをわかって覚悟した上で。……こいつの力はとんでもないから、責任取るなんて事はいえねぇんだけどな」
「その為に私達がいるんだろうが! 水臭いぜ!」

 朱志香が、その背中を勢いよく叩く。

「げほ! おまえ……相変わらず……殺す気かっての!」
「生きてる……生きていたからこそ、こんな話が出来るんだしな。私は構わねぇぜ。現時点で戦人のようには思えねぇけど、友達の友達は、私にとっても友達だしな。未知の危険の為に仲間に我慢させるより、そいつをぶち破る方が性にあってるぜ」
「話したいという気持ちは……僕にもわかります。僕も……そうでしたから。戦人さん達は、僕達にそれを許してくれた。僕達は駄目でしたけど……だからこそ、僕は力になりたいと思います」
「……そうだね。やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。戦人くん1人でどうにも出来ない事でも、僕達がいるよ」

 そんな甘いものではない。
 気合だけでどうにかなるような状況じゃない。

 そう頭の中で声が響く。

「兄貴、俺がどうするかなんて、最初からわかっていたんじゃねぇの」
「……まぁ、戦人くんはレッドだからね」
「理由になってないっての」

 僅かな笑い……そして、皆の視線が一つに集まる。
 微動だにしない、ブルーへと。

「……グレーテルさん……構いませんか?」

 ホワイトが、癒しの力を宿した手を掲げ、伺う。
 皆の総意は出ている。それでも、彼女は……皆は自分にも問いかける。
 そうして、自分が反対したならば、強行はしないのだろう。仲間だから。

 黄金の魔女の力は危険だ。ファントムは甘い事を考えていて勝てる相手ではない。
 その思いは変わらない。変われる筈もない。
 脳裏を炎に彩られた映像が過ぎる。
 あの想いが忘れられる筈がない。

「…………勝手にすれば」
「あ、ありがとうございます!」

 ここで彼女を殺せば、皆は助かる。
 けれど、同時に心が―――死ぬ。

 きっと、皆もう笑う事は出来なくなる。待っているあの子も。

 皮肉な運命の手に操られているような気がしてもどかしい。
 それでも……皆が笑っている。自分の知っている守りたいものがここに在る。

 今は、それだけで……いいような気がした。



「癒しの風よ。我が祈りに応えよ。『ヒーリング・ウインド』」

 ベアトリーチェの身体を戦人に預け、ホワイトが癒しの技を使う。
 純白の光が、傷ついた身体を包み、癒していく。
 蒼白だった頬に赤みが差し、表情が穏やかになっていく。

「……ん……」

 金の睫に縁取られた瞼が開き、蒼の瞳が覗く。
 皆が緊張し、一斉に身構える。

「……ここ…は……」
「ベアト、気づいたか。ここは俺とおまえが出会った遊園地だよ」
「遊園地……って、何ですか?」
「え?」
「……私は、一体……」

 きょとんと首を傾げる仕草からは、あの黄金の魔女の面影は全く読み取れない。

「お、おまえは、ファントムのベアトリーチェだろ」
「ファントム? ベアトリーチェ……? それは一体なんですか?」

「え、えええええええええっ!!」

 驚愕の叫びが辺りに響き渡った。
 運命の神の嘲笑が……聞こえた気がした。


<hr>


 遠く離れた魔界にそびえる城―――ファントムの本拠地にある司令室……そこに彼の人の姿はあった。
 ファントム宰相、ミラージュ……ベアトリーチェが消えた今、ファントムの実質的なトップである。
 だが、ベアトリーチェがセブンに破れ、行方不明になった今も、依然宰相のまま上に立とうとはしていない。
 椅子に座ったミラージュの両端には、ヱリカとドラノールの姿があった。

<P align="left"><img src="img/uzuki-fantom.jpg" width="500" height="400" border="0"><br>
</a></P><br>

「ドリーマーの力の波動が途切れました。どうやら、人間界で命を落としたようです」
「どういう状況で命を落としたのですか?」
「申し訳ございません。そこまでは……」
「全くどいつもこいつも役立たずもいいところです」
「無理を言うな。ヱリカ。……おまえのような者はそうはおらぬ」
「……やはり、私かせめてドラノールが残るべきでした。そうすればこのような事には」
「良い。気にするな。余り早く決着がついてしまっては、つまらなかろう。人間達に我等の力と存在を示すのも、目的の一つ……少しずつセブンとやらの力を殺いでいけばよい。おまえの……我らの勝利は確定しているのだからな」
「は、はい。ありがとうございます。必ずやご期待に添うよう頑張ります」

 階段を降り、ミラージュの前に立ったヱリカは跪き、頭を垂れた。
 そのすぐ後ろに、ドラノールがつき従う。

「ミラージュ様、では、私は人間界へと戻ります」
「そうか。良い成果を期待している」
「はっ」

 顔を上げたヱリカの瞳に逡巡の色が浮かぶ。

「どうした?」
「ミラージュ様、ベアトリーチェ様はもういらっしゃいません。今このファントムを支えていらっしゃるのは、ミラージュ様です。ミラージュ様が、ファントムを治められても良いかと思うのですが」
「いや、ベアトリーチェ様が亡くなられたと決まった訳ではない。ベアトリーチェ様は、強大な力を持つ稀有な方。その方を差し置いて、私が至尊の位に就こうとは思わぬ。ファントムの為に大義を成す……その為だけならば、今のこの地位があれば十分だ」
「も、申し訳ございません。余計な事を申しました」
「いや、その気持ちは嬉しく思う。感謝する」
「はっ。失礼します!」

 ヱリカは敬礼と共に、退出した。

「……まったく……理解出来ませんわ」
「どうなさいまシタカ。ヱリカ卿」
「どうして、ミラージュ様は、あのようなものを評価しているんでしょう。理解出来ませんわ。頭脳はもちろん、力でも、引けをとらない筈ですのに……」

 眉をひそめる。
 ヱリカの眼から見れば、ベアトリーチェは、強大な魔力を持つとはいえ、世間知らずの箱入りに過ぎない。
 実質的にファントムを掌握し、取り仕切っていたのがミラージュだというのは、皆わかっている事だ。
 だからこそ、ベアトリーチェが亡くなった今も、ファントムは変わらず揺るがず在る。

「まぁ、ミラージュ様にはミラージュ様のお考えがあるのでしょう。行きますよ」
「はい」

 二人の姿は、かき消えるように消えた。




「……ベルンカステル卿。何用か」
「やっぱり気づいていたのね」

 ミラージュの言葉と同時に、その背後の空間からドレスを纏った長い髪の少女が滲み出るように姿を現す。
 
「隠す気もなかったように見受けられるが。……久しいな」

 ミラージュは振り返る事なく言葉を返す。
 その表情はとても穏やかで、笑顔は見惚れる程に優しげで美しい。

「そうね。あなた相手なら、隠れても無駄でしょうから。私無駄な努力はしないの」
「ファントムの重鎮、ベルンカステル卿なら、造作もない事であろう」
「そうかしら。……それを言うなら、貴方は実質上ファントムの支配者だわ。皆口に出さないだけでそれを知っている。まぁ、それは、彼女がいたときから同じだったけれど。黄金の麗しの魔女ベアトリーチェ。その実態は、お飾りの姫君、籠の中の小鳥……そして、小鳥は籠から出ては生きられない……あなたならさっきのあの子がやった事も知っているんでしょう」
「……彼の方の行方、そなたは知っているのではないか」
「あら、答えてくれないのね。答える必要はないという事かしら。……黄金の魔女は城と運命を共にした……そうではなくって?」

 疑問に疑問で返し、繋がらぬ会話。
 それでも互いに薄く笑みを浮かべた表情は変わらない。

「黄金の魔女は、強大な魔力を身に秘めた存在……それが失われたならば、世界が揺らぐ。……今の世界は平穏過ぎると思わぬか」
「平穏はいいことではなくて。私達ファントムの望みは、世界を幻想の者の手にすること……平穏であればこそ、侵略も出来る。そうでしょう。……わかっていて、彼女には何も言わないのね。流石宰相殿」
「……わざわざ言葉遊びに来るとは……流石退屈を嫌う魔女殿だな」

 どちらも視線を合わせず、最初の位置から近づく事はない。
 美しい黒髪の青年と少女。一幅の絵のようなふたり。

「何か思う事があるなら、力ずくで聞いてみればどう? あなたには可能ではなくって?」
「私の力など、魔女の名を冠する方々に比べたら微々たるものだ。それに、女性に無理を強いるのは紳士とはいえまい」
「……余裕ね。全てあなたの計画通りという事かしら」
「私に何か思うところがあるなら、好きにすればいい」
「あら、そんな度胸はないわ。私、これでも、小心者の子猫なのよ」

 ベルンカステルは、ふわりと笑うと姿を消した。
 後に残るのは、緩やかな笑みを浮かべた青年がひとり。

「……人も世界も変わらない。在るべきものは、在るべき処に……それが運命だ」


【エンディング】

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うみねこセブン 28話(その1)修正版 - 祐貴

2013/02/02 (Sat) 20:56:13

28話修正版前半です。
大きくは変化していませんが、全体的に手を加えて修正しています。

<b>『今回予告』</b>
俺達、うみねこセブンはファントムを倒し、この世界……皆を守った。
その為に、あいつを……ファントム首領ベアトリーチェを―――――殺した。
知った時には……全てが終わっていた。
必要な事だった。それしかなかった。そう思うしか……なかった。

それでも―――これで平和になる筈だった。
地球は守られ、人々は笑顔になれる……それでいい。それだけで……いい。
今の俺は右代宮戦人であるより先に、うみねこレッドなのだから。

それなのに―――

新たな敵の登場。再度始まる戦い。
だとしたら、俺達は……俺は何の為に…っ……!

そんな中「Ushiromiya Fantasyland」に現れたベアトリーチェ。
死んだ筈だった、殺した筈だった存在を前に、揺らぐうみねこセブン。
偶然なのか。罠なのか。
純粋に喜ぶ真里亞と倒すべきだと主張するグレーテル。
それぞれの正義が、想いが、交差する。

<b>『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第28話 「それぞれの正義」</b>

「ベアトなんて奴は何処にも存在しない……幻だったんだよ!」

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【オープニング】



「ベア……っ! ベアトリーチェが生きていただって!」

 戦人は、驚愕の思いにつられ、椅子から立ち上がった。

「そ、そうなんだよ。お祖父様が遊園地の中で倒れているところを見つけたって……今、医務室に……」
「!」
「あ、戦人!」

 飛び込んで来た朱志香を押しのけるように飛び出していく戦人。

「……それは、本当なの?」

 突き飛ばされ、呆然とする朱志香の肩を掴むグレーテル。

「私も、ついさっき兄貴に聞いたばっかりなんだ。ひとまず戦人を呼んで来てくれって言われたから」
「……まずいわね」

 舌打ちと共に、戦人の後を追って駆け出すグレーテル。

「え? っと、グレーテル!」

 朱志香も、慌ててその後を追う。

「朱志香さん!?」
「あ、嘉音くん、丁度良かった。嘉音くんも来てくれないか」
「どうしたんですか?」
「……嫌な……予感がするんだ」

 朱志香の脳裏には、グレーテルの思いつめたような昏い眼差が浮かんでいた。



 医務室に飛び込んだ戦人。
 そこには既に大勢の人間がベッドを取り囲んでいた。
 金蔵、南條、譲治、紗音、真里亞、そして―――ベッドの上の少女。
 長い金髪、彫りの深い顔立ち、目を閉じ横たわる少女は、戦人の記憶の中の彼女と酷似していた。

「戦人!」

 目を輝かせた真里亞が、戦人の腕へと飛び込んで来る。

「ベアト生きていたんだよ! 良かった。良かったね。うーうー!」
「あ、あぁ」
「冗談じゃないわ」

 戦人の言葉の途中で、ぴしりとした声が割って入った。

「……グレーテル……」
「私達が倒した敵の首領が生き残っていたのよ。喜ぶべきことではないわ」
「で、でも……」
「人々を苦しめてきたファントムのトップ、ベアトリーチェよ。私達は、それを倒す為に、戦いに赴いた筈よ。違って?」
「!」

 厳しいグレーテルの言葉に、後ろから入って来た朱志香達も、息を呑む。

「そ、それはそうだけど……ベアトリーチェはベアトだったんだよ! だから……」
「だから、どうしたって言うの。ベアトリーチェがファントムのトップであること、ファントムが地球侵略を仕掛けて来た敵である事に代わりはしないわ。まさか、あの戦い……攻撃してきた彼女を忘れた訳ではないわよね」
「…………」

 的確なグレーテルの指摘に、口篭る真里亞。
 グレーテルは冷たい瞳で、横たわるベアトリーチェを見下ろす。

「一体どういう事ですか?」
「……キャッスルファンタジアの前で倒れていたところを金蔵さんが見つけたらしい。擦り傷程度で目立った外傷はないが、かなり消耗しておる。命に別状はなさそうだが、このままの状態だと今日、明日で目を覚ます事はないだろう。……もちろん、ホワイトの力を使えば別だが……」

 診察を行っていた南條が答える。

「どうして今頃……」

 あの戦いからもう何ヶ月も経っている。
 何故、今になって現れたのか。

「わからん。単純にあちらとこちらの時間の流れが違うだけなのかもしれん。空間、時間の流れが違えば、どのような事も起こりえる。だが……」

 新たな敵が出現したその後というのは、あまりにもタイミングが良すぎる。
 運命の皮肉か、何らかの作為か。

「考える必要はないわ。今意識がないのなら、丁度いい。今ここでとどめをさしてしまえばいいのよ」
「!」

 言い切ったグレーテルに、その場に衝撃が走る。

「何を驚いているの。当然の事でしょう。元々私達はその為に戦いに赴いたのよ。そうして、敵の首領を倒した。そう認識していた。それが違っていただけよ。今結果を同じにすれば問題ないわ」
「違うよ。だって、相手はベアトだったんだよ! ベアトを殺すなんて……」
「私達はその為に戦って来たんでしょう。そして、実際に倒した……違うの?」
「そうだけど……でも、ベアトだなんて知らなかったんだもん」

 グレーテルの指摘に、押されつつも、必死に対抗しようとする真里亞。
 同じ言葉を何度も紡ぐ。想いを伝えようとするように。

「知らなかったからって、事実が変わる訳ではないでしょう」
「だって、ベアトなんだよ。悪い人じゃないよ。一緒に遊んで凄く楽しそうだったもん」
「甘いわね。相手はファントムのトップなのよ」

 ぴしりと言い切るグレーテル。

「ファントムがこれまで何をしてきたかわかっているんでしょう。たくさんの人が苦しんで来た……その為に戦って来たんでしょう。相手が友達だからって関係ないわ。相手は侵略者なのよ。あなたを騙してたのよ」
「……そうかもしれない。しれないけど……でも、ベアトびっくりしてたもん。きっと何か事情があったんだよ。だから……」

 後ずさりそうになる足を留め、首を振りながら言い募る真里亞。
 冷静に言葉を発していたグレーテルの瞳に怒りの色が浮かぶ。

「だから? だから何なの!」

 真里亞の肩に掴みかかる。

「事情があれば何をしても許されるの? 失われたもの……なくなったものは二度と戻って来ないのよ。後からどんなに後悔しても遅いのよ!」
「グレーテル!」

 譲治がグレーテルを引き剥がす。

「やり過ぎだよ。落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないわ。この女は倒すべき敵なのよ! 皆が傷つき、苦しむのよ。もう何をしても、取り戻せない……そんな事は……」
「だからって、傷ついているベアトを殺すの? 真里亞そんなの嫌だよ! 真里亞は、皆を……大切な人を守る為にヒーローになったんだよ!」
「!」

「やめい!」

 対峙する2人―――ぴんと張り詰めた空気を破ったのは、机を叩いた金蔵の拳だった。

「2人とも、落ち着け。それではお互い自分の主張を叩きつけているだけだ。何の解決にもならぬ。……おまえ達はどう思う?」

 金蔵は、2人の争いに口を挟まなかった、他の者達に問いかけた。

「どう思うって言われたってな……生きているって聞かされたのがついさっきだし……」
「正直……混乱しています」

 朱志香と嘉音は顔を見合わせる。

「私の気持ちでいえば、傷ついている方は癒して差し上げたいと思います。ロノウェさ……彼女を想っていた人達の事も知っていますし……ですが、だからこそ、私が私だけの気持ちで動いてしまってはいけない……というのも理解しています」

 何かを堪えるかのように、ぎゅっと手を握り締める紗音。
 譲治はそっとその手を押さえ、顔を上げた。

「すぐ結論を出せるような問題ではないと思います。余りに突然の事ですし……情報が足りなさ過ぎる。何より……僕は、彼女の事を良く知りません。ファントムのトップ、ベアトリーチェとしか……」

 案ずるような眼を隣の……飛び込んで来て以降、微動だにしない戦人へと向ける。
 遊園地で出会った少女、新しい友達の事を楽しげに話していた戦人と真里亞。
 彼らの言葉なくして、何も決める事は出来ない。

「ふむ。……戦人はどうだ?」
「! お、俺……俺は……」
「戦人は真里亞の味方だよね! 一緒にベアトを守ってくれるよね!」

 真里亞が戦人に乞うようにしがみつく。
 戦人が口を開くより先に、グレーテルの言葉が空気を切り裂く。

「そうして、皆を仲間を殺すの」
「!」
「ち、違うよ」
「違わないわ。敵を守るという事は、味方より敵を取るという事よ。全てを守る事なんて出来はしない。助けたベアトリーチェが攻撃してきたらどうするの?」

 頭がぐるぐるする。世界が揺らぐ。
 何が正しい。何をすればいい。

「ベアトはそんな事……」
「しないって言える? 言い切れるの? これまで戦って来たのに?」

 真里亞が泣いてる。助けてやらないと。
 でも、俺に何が出来る。あいつを手にかけても、何も変わらなかったのに。

 助けてやりたかった。救いたかった―――誰を?
 うみねこレッドとして、守るべきモノは……何だ?

「うっ……でも、でも……」
「あなたの言っている事は、子供の我侭に過ぎないわ。ここにいる皆、世界、その全てよりその女を取る覚悟があるの。ないでしょう! その魔女が目覚めて、皆を殺して……そうなった時、どうするの!」
「グレーテル!!」

 譲治がその間に割って入る。

「そこまでだよ。君の言う事は、ある意味では正しい。けれど……それを振りかざしちゃいけない。君の『正義』は仲間を傷つける為にあるのかい」
「!」
「……前から不思議だったんだ。……君は『何を知っている』んだい」
「! な、……何の事? 私は私の正しいと思う事を言っているだけよ……」

 冷や水をかけられたように、グレーテルの勢いが下がる。

「……ふむ。このままではらちがあかぬな。少し時間を置くとしよう」
「金蔵! あなたまでそんな事を……」
「グレーテル……冷静になるがいい。このままでは……セブンが割れるぞ」
「……っ…!……」
「新たな敵が現れたこの状況で、それがどれだけ致命的な事か、わからぬおまえではあるまい。おまえにも、皆にも考える時間が必要だ」
「お祖父様は……どう思ってらっしゃるのですか」

 譲治の問いかけに、金蔵は思案するように目を閉じる。

「私なりの想いがない訳ではない。だが……それを口にするつもりはない」
「な、なんでだよ。祖父様」
「戦っているのは、おまえ達だからだ。私や他の大人達が決める事は簡単だ。そうしたらおまえ達はそれに従うだろう。だが……それでおまえ達は納得出来るか。心の底から迷いなしに戦えるか?」
「…………」
「戦うこと、人を傷つける事は、己の心を傷つける事でもある。その痛みを知らぬものには戦う資格などない。その上で戦う為には、拠所……自分なりの『正義』が必要だ。それは人に与えられるものではない。迷い、常に考えながら、自らの手で掴み取って行くものだと私は思う。……私はおまえ達に戦っては欲しくなかった。だが、戦おうというおまえ達を止めはしなかった。それは……お前たち自身が選んだ事だからだ」
「戦う理由……」
「考えてみるといい。おまえ達の『正義』は何なのか」

 金蔵はそういい残し、医務室を後にした。

「さぁさぁ、皆さん、病室で騒ぐのは良くありませんよ。ひとまず外に出ましょう。お茶でもお淹れ致しますから」

 様子を伺っていたらしい熊沢が出て来て、皆を促す。

「熊沢さんのお茶かぁ。怖いな」
「ほっほっほっ。もちろん、特製の鯖茶ですよぉ」

 明るく振舞う譲治に、にやりと笑う熊沢。

「その組み合わせは流石にデンジャラス過ぎるんじゃないかな。ねぇ、グレーテ」
「話にならないわ。いくら考えても、私の考えは変わらない。敵は倒すべきよ。取り返しのつかない事になる前にね」

 言い切り、出て行くグレーテル。
 その後姿は、全てを拒絶していた。譲治ですら、後を追いかけられない。

「……ここまで一緒に戦って来て、ある程度心が通じ合ったと思ったんだけど……難しいな」
「何ていうか……立ち位置が違うって気がするよな。凄い必死っていうか……」
「僕達が知らない事を知っている……そう思います」
「ファントムをあれだけ警戒し、恐れている理由……余りいい想像にはなりそうもないね。だからこそ、それに眼を背けてはならないと思う」
「譲治お兄ちゃんも、グレーテルの言う事に賛成なの?」

 真里亞がむっとした顔をする。

「全面的に賛成という訳ではないよ。ただ……一つの手段として有効なのは確かだ。ここで彼女を倒してしまえば、起こるかもしれない被害は無くなる。芽を摘むという言葉もあるように」
「そんな……ねぇ、戦人、言ってよ。ベアトは悪い人じゃないって。私達の友達だって」

 真里亞が袖を引く。

『!!…べ、別に泣きそうな顔なんてしておらぬ…、…それよりも気安く触るな!こら!頭を撫でるでない…!!』

 恥ずかしそうに顔を赤らめていた少女。

『うみねこセブン。貴様たちは今まで我が眷属達を倒してくれていたようだが…これからは、そうもいかねェぜ? なんてったって、この《黄金の魔女》ベアトリーチェ様が、お前たちの敵になるんだからなァ、くっひゃひゃひゃひゃひゃ……!』

 高らかに宣言する魔女。

『うむ。悪くはなかったぞ』

 黒猫を探し回って、汗だくであちこち汚しながら、満足そうに微笑うベアト。

『そなたら人間が蒼き力で幻想を否定しようと言うなら妾は幻想の紅き力で世界を染めようぞ!!』

 強大な力と意思を持ち、敵として立ちふさがって来たベアトリーチェ。
 ただ1人で自分達を圧倒していた。あのとき勝てたのは、運が良かっただけに過ぎない。

『戦人』
『レッド!』
『戦人』
『うみねこレッドぉおおおおおっ!』

 どちらが本当だ?
 そんなものは……決まっている。明らかだ。
 何があろうと目を背けようと変わらない。
 だからこそ、自分達は戦わねばならなかったのだから。

「……ベアトは……俺達の友達だ」
「だ、だよね。そうだよね!」
「だけど、そのベアトは……もういない。いや……最初からいなかったんだ。ベアトなんて奴は……」
「え?」
「あいつはベアトじゃない。ファントムのトップ、ベアトリーチェだ」
「戦人!」
「あいつをベアトなんて呼ぶな。ベアトなんて奴は何処にも存在しない……幻だったんだよ!」
「戦…人……」
「真里亞ちゃん!」

 信じられないという顔で後ずさる真里亞を、紗音が抱きとめる。

「戦人くん……」
「……兄貴、悪ぃ。少し……時間をくれ。まだ整理出来ていねぇんだ。ベアトリーチェに対して。もう……終わったと思っていたからな。これからファントムとどう戦っていくかも含めて……覚悟を決めないと駄目だよな」
「……わかったよ」
「……ごめん」

 扉の向こうに消えていく戦人。

「兄貴、いいのかよ」
「……今は仕方ない。戦人くんはもちろん、僕も混乱している……突然立て続けに事態が動いたからね。新たな敵の出現にベアトリーチェの登場」
「……戦人は、真里亞の味方になってくれるって……信じてたのに……」

 譲治は涙を零す真里亞の前に膝をついた。

「もちろん、戦人くんは真里亞ちゃんの味方だよ。だからこそ……じゃないかな」
「え?」
「真里亞ちゃんが彼女を慕って信じているからこそ、戦人くんは味方出来なかったんじゃないかな。彼女が敵に回ったとき、真里亞ちゃんを守る為に」
「守る……為?」
「……真里亞ちゃんは彼女が目覚めた時、僕達の味方になってくれると思うかい。彼女はファントムのトップとして、僕達に戦いを挑んで来た相手だよ」
「そ、それは何か事情があって……」
「そうだね。そうかもしれない。でも、どんな事情があろうと、ファントムが戦いを仕掛けて来たのは変わらない。そして、だからこそ、戦いは避けられないかもしれない。相手が戦いを仕掛けて来たとき、真里亞ちゃんはどうする?」
「…………」
「一つ例え話をしようか。死の病に侵されている国が二つあったとする。だが、それを治す薬は一つの国の国民の分しかない。自分達の国を守る為に、救う為に、二国は戦い争う事になる。どちらも悪い訳じゃない。ただ、生きたいだけだ。……どうする?」
「……わ、わかんないよ」

 俯く真里亞。一杯で苦しくて顔をあげられない。

「そうだね。僕もわからない」
「え?」
「こんな問題に絶対の正解はないんだよ。戦わない方法だけなら色々ある。例えば、両国の年若い者達から薬を投与する。それでも、誰に投与するか、それぞれの国の中で争いは起こるだろう。薬を半分に分けて投与する……効き目が足りず、全滅するかもしれない……実際やってみないと結果なんてわからない。それでも選択しなければならない事はある……。信じる……信じたいと思うのは、自由だ。だけど、今回の場合、それには責任が伴う。それの影響は僕達だけに留まらない。……覚悟が必要なんだ」
「……うん。……真里亞、間違ってた?」
「間違ってなんかいないさ」

 横から、真里亞の頭の上に、ぽんと手を置く朱志香。

「真里亞はそれでいいんだよ。助けたいって好きだって思いは、すっごく大事だと思うぜ」
「はい。それが僕達の戦う理由ですから」
「戦人だって、殺したいと思っている訳じゃないさ。真里亞に負けない位大切な友達だって思ってた筈だぜ。だからこそ……辛いんだよ」
「うん……」
「真里亞ちゃん、もう夜遅いですし、一度休みましょう」

 紗音が真里亞の肩に手をかける。

「いつ敵がやってくるかわかりません。……休むのも仕事のうちですよ」
「私達は1人じゃないんだぜ。ここまで皆一緒に乗り越えて来たんじゃないか。今度も大丈夫さ」
「う、うん!」

 皆の言葉に、真里亞の瞳がやっと和らぐ。
 真里亞はそのまま、紗音に付き添われて、姿を消した。

「僕達も移動しようか」
「そうしなさい。ここは私が見ておくよ。……この状態だと暫く意識は戻らないだろうから、大丈夫」

 南條の笑顔に見送られ、3人は医務室を後にした。

<hr>

 ミーティングルーム―――譲治は熊沢の代わりにコーヒーを淹れ、朱志香と嘉音の前へと置いた。
 年配である熊沢をこれ以上付き合わせる訳にはいかない。それに、少し自分達で考えたかった。
 熊沢は3人の気持ちがわかったのか、笑顔でネタを飛ばすと姿を消した。
 金蔵が何か言ったのだろうか。事情を知っている筈の親達も姿を見せない。

「ありがと。兄貴」
「母さん直伝だから、ちょっと濃いかもしれないけどね」
「目が覚めるから丁度いいですよ」

 顔を見合わせ、誰からともなく、溜息をつく。

「なんというか……参ったね。あの後、戦人くんと真里亞ちゃんは酷く落ち込んでいたから、そういう意味では喜ぶべきなんだろうけど」

 何故今更なのかという思いは否めない。
 2人とも、彼女の死を納得出来ないまでも整理し、前を向こうとしていた矢先だったのだ。
 終わってしまった事、過ぎてしまった事は戻せない。変えられない。
 それでも、ファントムを倒し、戦いは終わった。
 もうこれで、人々が苦しむ事はない。そう励ますしかなかった。
 それなのに―――

「また新たな敵が出てきちゃったもんな。たまんねぇぜ」
「嘉音くん……ヱリカと言ったっけ。彼女の事は」
「……すみません。僕は会った事はもちろん、聞いた事もありません。ファントムの本拠地はずっと遠い異世界にあるようで、彼らは『本国』と呼んでいました。おそらくそこから来たのではないかと思いますが……」
「前線基地を潰せば、諦めるだろうと思ったけど、甘かったって事だね。そこまでの魅力があるのかな。地球は」
「……わかりません。人間達を脅かし、苦しめる事で、幻想の存在を人間の心に焼き付け、世界を幻想で染めていく……それによって、力を手に入れる事が目的の一つであり、彼らがこちらにやって来ていたのが『本国』の指示なのは、間違いないようですが……僕には、地球にやって来ていたロノウェさ……彼らが本心から、人間界侵略を望んでいるようには……思えませんでした。ですから、話し合いが出来ないか姉さんと試みてはみたのですが……どうあっても、引かない……そういう強い意志を感じて叶いませんでした」
「……そう……か。そうすると、難しいだろうな。あのヱリカも一筋縄では行かないだろうし」

 新たな敵の登場と、ベアトリーチェ……余りにもタイミングが良過ぎる。
 普通に考えれば、罠の可能性が高い。
 少なくとも、譲治は、最年長者として、それを考慮しない訳には行かない。

「…………グレーテルの言う事は極端だけど、間違ってはいないんだよな。ファントムは敵で、ベアトリーチェはそのトップだ。私達は命懸けで戦って、あいつを倒した……殺したいと思っていたわけじゃないけど、その覚悟はあったし、あのままあいつが城と共に命を落としていたなら、私達が殺したのと同じ事だった筈だ」

 戦いたかった訳でも、殺したかった訳でもない。
 倒す事しか、選べなかっただけだ。
 地球から手を引いてくれればそれで良かった。

「けど、今傷ついているあいつを殺すってのはなぁ……結果は同じだとしても……違うんじゃないかなって思う。私は……甘いのかな」
「僕は……ロノウェ様を、この手で殺すような状況にならなくて、ほっとしました。覚悟はしていました。それでも……いざとどめをささなければならない状況になったとき、それが出来たかどうか今でもわかりません。だから……朱志香さんの気持ちは、良く……わかります」
「あー、もう! 難しいぜ。私達、正義の味方の筈だよな。うー」
「絶対の正義なんてありはしないよ。僕達には僕達の正義があり、相手には相手の正義がある。全ての願いが叶う理想郷なんて存在しない。だからこそ、人はぶつかり、対立する……僕達は僕達の立場で戦う事を選んだ。服従する事は出来ず、対話の道は拒絶された……劣勢を覆すあの機会を逃す訳には行かなかった。それが間違っていたとは思わない」

 強く拳を握り締める。
 倒した相手が彼女だと知った時の戦人達の悲痛な叫び、表情は今でもありありと思い出せる。

「だが……間違っていないからといって、正しいとは限らない。もっといい最善があったんじゃないか……あのとき戦人くん達を見てそう思ったよ」

<hr>


「全く、話にならないわ。どうして……どうしてわからないのよ」

 グレーテルは、沸きあがる焦燥を抑えるように、唇を噛みしめた。

 あの女は……ファントムは危険なのだ。
 自分はそれを知っている。誰よりも。
 既に自分が知っているものからは違って来てしまっている。
 それでも、だからこそ、危険なものは排除しなければならないのだ。皆を……大切な人を守る為に。

「……お姉ちゃん」

 そう。私は間違っていない。
 皆を守る為なら、私は何だって出来る。
 その為に、私は―――

「お姉ちゃん!」
「! な、……縁寿……」

 幼い少女が、曲がり角の角に佇んでいた。

「どうしたの。もう夜中よ。早く休みなさい」
「……かなしい声がきこえた気がして……」
「!」
「お姉ちゃん、とっても、いたそうな顔してる。縁寿といっしょに南條先生のところに行こう。いいおくすり出してくれるよ」
「大丈夫。何でもないのよ。ありがとう」
「……お兄ちゃんも、真里亞お姉ちゃんも……みんなかなしいめをしてる。みんながかなしいの、縁寿もかなしい」
「……心配しないで。あなたは……皆は私が守るから」

 そっと、優しく頭に手を置く。
 そう。彼女は何も心配しなくていい。
 きっと、守ってみせる。ずっと、幸せで……笑顔でいられるように。

「……じゃあ、お姉ちゃんはだれが守るの?」
「え?」

 真っ直ぐ澄んだ瞳を向けてくる縁寿。

「……私は、いいのよ」
「よくない! そんなのよくないよ。お姉ちゃんがしあわせでないと、縁寿もしあわせになれないもん。みんなでしあわせにならないとダメだよ!」

 それは不可能だ。ありえない事だ。
 だけど、この幼い少女にそれを告げる事は出来ない。

「ありがとう」

 純粋に皆の幸せを願う幸福な少女。
 彼女はそのままでいて欲しい。
 その為になら―――自分はどうなっても、何をしても構わない。

<hr>


「紗音」
「譲治さん……どうしたんですか?」

 紗音は、奥から歩いて来る譲治へと駆け寄った。

「真里亞ちゃん、どうしたかと思ってね、戦人くんのところに行く前に来て見たんだ」
「……楼座さんがいらっしゃいましたので、お預けして来ました」
「そうか。それなら、安心だね」

 どちらからともなく、廊下の壁に寄りかかる。

「……どう…なったんですか?」
「思う事を話して……ひとまず解散って感じだよ。……真里亞ちゃんの意見は聞いたけれど、君や戦人くんはまだだしね。皆の意見抜きには決められないよ」
「そう……ですか。私は……皆さんの意見に従います」
「……それでいいのかい?」
「私は元ファントム側の人間……裏切り者です」
「誰もそんな風に思っていないよ」
「わかっています。でも、そちら寄りの気持ちがあるのは確かです。だからこそ……私が意見を言うべきではないと……思います」

 公平に冷静に判断する事は出来ないから。
 先程金蔵に告げた言葉で精一杯だ。
 自分が庇えば、疑念を呼ぶ。それは亀裂となり、崩壊を招く。
 それは……それだけは駄目だ。

「……うん。わかるよ。わかるけど……グレーテルと足して二で割ると、丁度いい感じだな」
「え?」
「彼女は言葉にし過ぎで、君はしなさ過ぎだ。……まぁ、彼女も肝心の事は何も言ってないと思うけどね。もっと上手く言えばいいのになって思う。必死なんだろうな。だからこそ……信じられるし、その言葉は考えないといけないと思う。……故に物凄くやっかいなんだけどね」

 乾いた笑いが漏れる。

「……僕は知っているんだ。君も戦人くんや、真里亞ちゃんと同じように、彼女と繋がりがあるって事」
「!」
「前に話してくれたよね。遊園地で会った女性のこと……自分達と同じように、守りたいって思って悩んでいた人に会ったって」

『守られているだけで何も出来ないって、悩んでいらしたんです。ああ、私と同じだなって。きっと、皆この人の事大好きなんだろうなって。だから、少しでも出来る事をすればいい。小さな事でも返してあげられればいいって……私、改めて思いました。彼女のような人達の幸せを守る為に戦うんだって』

「あの戦いの後の君の様子を見ていて気づいた。……でも、言えなかった。亡くなってしまった人の事を持ち出しても、君を悲しませるだけだと思ったから」
「譲治……さん……」
「あの戦いに出掛ける前の夜に遊園地で約束したよね」

『二人とも無事に帰ってこれたら、またここに一緒に来て欲しい。その時に……話したいことがあるんだ』

 それは一つの誓い。絶対に帰ってくるという決意の表れ。

「僕達は二人とも、生きて帰って来た。でも……君を誘う事は出来なかった。君が傷ついていたから。……今も言えない」

 まだ何も終わっていない。望んだ明日は遥かに遠い。

「かっこ悪いなぁって思うんだけどね。でも、今は……だけど、だからこそ、僕にだけは隠さないで欲しいんだ」

 優しく頭の上に手が載せられる。その温かさに目頭が熱くなった。

「……凄く一生懸命で凄く悩んでいたんです。大好きで大事な人を守りたいって。守られるだけは辛いって」
「うん」
「だから私言ったんです。出来る事をすればいいって。助けてあげればいいって。あなたなら出来るって……」
「うん」
「そうしたら、とても嬉しそうに微笑って……私がああ言わなければ、もしかしたら戦う事はなかったんじゃないかって……」

 言葉の代わりに、優しくたしなめるように、ぽんぽんと頭を叩かれる。

「……本当は……助けたいんです。今すぐにでも、癒してあげたい。私のこの力は傷ついている人を、助ける為にあるんですから。……でも、駄目なんです。わかっているんです」

 自分には出来る。出来るからこそ、やれない。

「私は、うみねこホワイト……ひとりじゃない。仲間が……皆がいる。勝手にしてはいけないって。……皆を信じているのなら」
「うん。そうだね。君ひとりが全てを背負っては駄目だ。どういう選択をするとしても……それは皆で分かち合うべきものだよ。……前に君が僕にそう言ってくれたよね」
「……はい……」




 ―――そんな二人から少し離れた場所、曲がり角の先に佇む人影があった。

「すみません。泣いてしまったりして」
「いや、僕が無理やり泣かせたようなものだからね。……もう大丈夫かい」
「はい」

 通路の奥から二人の声が聞こえて来る。
 目的がある。……その為にここまで来たというのに、グレーテルは動く事が出来なかった。
 目指す部屋―――医務室は、その手前の角を曲がった先だ。

 誰が何を言おうと関係ない。
 誰の言葉も、聞くつもりなどなかったのに、二人の姿を見つけて、思わず足を止めてしまった。

 何をしているの。早く行きなさい。

 頭の奥から声がする。

 他の者は頼りにならない。考えが甘過ぎる。
 ならば自分がやるべきなのだ。皆の為に。

 ―――ベアトリーチェを、殺す―――

 後でどれだけ恨まれても構わない。
 罵られても、殴られても、後悔しない。

 どうせ、私は―――

「じゃあ、僕は戦人くんのところに行くよ」
「はい」

 今なら邪魔は入らない。
 戦人達以外で、自分を止められる者はいない。


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うみねこセブン 28話(その2) - 祐貴

2012/12/30 (Sun) 17:06:35

28話の後半です。
すぐ下に前半をアップしていますので、そちらからお願いします。



 本土から離れた六軒島は、東京よりずっと星が良く見える。
 六軒島にあるうみねこセブン本部の屋上―――そこで戦人は、ずっと空を見上げていた。

「ああ、やっぱりここだったんだ」
「……兄貴……」
「部屋にいなかったから、後はここかなって。お互い、良くここに来ていたよね」

 満天の星空に比べたら、自分の悩みなんてちっぽけなものに思えてくるから。

「ちょっと……いいかな」
「…………」

 制止のなさを了承と受け取り、寝そべって空を見上げる戦人の隣に腰を下ろす。

「……兄貴……」
「真里亞ちゃんは大丈夫だよ。わかってくれてる」
「ちぇ。かなわねぇな」
「……僕はこの件で遠いところにいるからね。その分冷静になれるだけだよ」
「俺……さ、あいつが生きてたって聞いて、ほっとしたんだ。あいつを助けられなかった事……ずっと後悔していたから。もっとやりようがあったんじゃないかって」

 ベアトリーチェが、ベアトだと知った瞬間の驚き、倒れ付す彼女を見た時の震えは今でも思い出せる。

「けど……さ、グレーテルの言葉を聞いて思い出した。俺とあいつは敵同士なんだって。戦いを挑んで来たら、戦わないといけない。俺は……うみねこレッドなんだから」

 知らなければ戦えた。
 戦い、相手を倒す事に抵抗がない訳ではなかったが、守る為だと思えば大丈夫だった。

「けど、今目覚めたあいつが攻撃してきたら、俺は戦えるのか……自分でもわからない。迷っている余裕なんてないのに。……あのまま亡くなってくれていたら、こんな事考えずに済んだのに……そんな事さえ思った」

 ベアトだとわかった時は、自らの思いのまま、素直に動けた。助けたいと思った。
 だが、冷静になって考えれば、ファントムのトップであるベアトリーチェが自分達の敵である事実は揺るがない。
 ならば、こうなるしかなかった。これでよかったんだ。
 そう。自らを納得させるしかなかった。失われた命はもう戻っては来ないのだから。

 そうして自らの心に蓋をした。後は時間が解決してくれる筈だった。
 それなのに―――隠していたそれを突きつけられた。

「俺はあのとき、あいつより、縁寿達の所へ戻る事を選んだ。あいつを助けには行けなかった」
「それは……仕方ないよ。止めたのは僕だ」
「いや、兄貴が言わなかったとしても、冷静に考える時間があったなら、あそこで助けには行けないよ。縁寿が……皆が待ってる。縁寿達とあいつなら……俺は縁寿達を取る。あのときそうしたように」

 遊園地で知り合った不思議な少女。
 くるくると勢い良く変わる表情、パレードを食い入るように見つめていた満面の笑顔。
 もっと喜ばせてやりたい……仲良くなりたいと思った。

 だが……それだけだ。
 新しく出来た友達……自分達にはそれだけの関係しかない。
 素性も知らない、苗字も知らない、連絡先も知らない。追求して欲しくなさそうだったから聞かなかった。
 これからいくらでも、お互いの事を知り合う時間があると思っていたから。

 だから―――それだけの関係でしかない。
 大切な家族、仲間達、苦しむ人々……それと引き換えにしても助ける理由がない。

「当然だよな。1人とそれ以外の皆なら、皆を取る。縁寿ひとりだったとしても、縁寿を取るさ。何度考えても……それしか選べない」

 新しい友達だと思っていた時は、悩む必要なんてなかった。
 彼女は縁寿と同じ、守るべき存在だったから。

「あいつは必死だった。譲れないものがあるんだって思えた。だから戦った。……俺に大切なものがあるように、あいつにもそれがある。なら、戦うしか……斬るしかないじゃないか!」

 ベアトなんていない。
 ファントムの首領、黄金の魔女ベアトリーチェ―――そう思わねば戦えない。

「必要があるなら、僕がやるよ。戦人くんは……」
「……いや、俺がやる。俺じゃなきゃ駄目なんだ。その覚悟が必要だ……そうだろ?」

 倒さねばならないというなら、せめて自分の手で。
 他の奴にはやらせない。

「俺は誰も恨みたくないんだ……だから……」
「そうか……でも、一つだけ聞いてくれないか」

 注がれる真っ直ぐな眼差。

「……戦人くん……僕は君をリーダーに推薦した。今でもそれは正しいと思っている。だけど、リーダーは皆の中心、先頭であって、7人の内のひとりである事に代わりはないんだよ」
「兄貴……」
「君はひとりじゃない。僕達は7人いて『うみねこセブン』だ。だから……ひとりで背負っては駄目だ。……まぁ、僕も良く忘れそうになるけどね」
「だよな」

 微笑う。ぎこちないけれど、それでも、確かに。

「やっぱりいいよな。……ひとりじゃないって。俺……あいつも助けてやりたいんだ」
「あいつ?」
「グレーテル。……なんか放っておけないんだよな。必死で一生懸命で……言われたら凄くムカつくんだけど、でも、それって、自分の為じゃないんだよな。……それだけはわかる」
「そうだね」
「俺……戦いの前にあいつと約束したんだ。『大切な人を絶対に守る』って。でも……その中にはあいつ自身は入ってないんだよな。傷ついても、憎まれても構わないって思ってる。……一番それがムカつくんだよ。俺約束したんだぜ。『お前も絶対に笑顔でここに戻ってこい』って……俺に要求するなら、てめぇも守りやがれってんだ」
「ははは……戦人くんらしいな」

 頭上で星が瞬く。

「……戦人くんも、必要ない事はたくさん言うのに、肝心の事は言わないことがあるからね。レッドだからとか考えずに、もっと言っていいと思うよ」
「……そう…かな……」

 話せば、皆を巻き込む。更に迷わせる。
 人の心というフィルターを通した時、事実は変わる。
 公平に真実のみを語る事など出来ない。それが出来るなら、こんな風に悩みはしない。

「明日、……いや、もう今日かな。朝起きたら、もう一度みんなで話そう。グレーテルも一緒に」
「ああ。ありがとう。兄貴」

 譲治は立ち上がると、そのまま屋上を後にした。


「…………なんでなんだよ」

 熱くなるものを押さえるように、額に手を当てる。

 泣いては駄目だ。
 折れたら、そこできっと立ち上がれなくなってしまう。

「なんで……そのままで……同じ処にいてくれなかったんだよ…っ……!」

 そうしたら、そのまま――でいられたのに。


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 彼女は、懐かしい場所にいた。
 柔らかな光に包まれた館……九羽鳥庵。
 優しくて柔らかで温かい場所。
 守られた小さな楽園。

『ベアト……さぁ、こちらにいらっしゃい』
『お茶にいたしましょう。お嬢様』
『このスコーン、美味しいわよ。リーチェ』

 大切な人たち、大好きな人たちが傍にいる。
 いつまでも続くお茶会、永遠の幸せ。

 ―――それなのに、何か落ち着かない。

 心の奥がざわざわする。
 哀しくて、苦しい。
 暗い闇が周囲から押し寄せて来る。
 楽園を取り囲むように。

『どうしたのですか』
『お師匠様、妾は……怖いのだ』
『ここにいれば、安心ですよ』
『はい。私達がお嬢様をお守り致します』
『そうよ。リーチェは何も心配しなくていいの』

 そう。ここにいれば、心配ない。
 何も苦しい事はない。幸せでいられる。幼いあの時のように。

 闇がざわめく。微かな微かな声が聞こえる。

 なら、どうして、妾は外に出たいと思ったのであろう。
 外はこんなに暗くて恐ろしいのに。

『なら、ボクが、もっと幸せになれる処へ連れて行ってあげるよ』

 温かい眩い光。

『怖い闇が決してやって来ないところ。光に満ちた世界にね。……さぁ、おいで。ボクの処へ』

 導くように伸びる光の道。
 彼女は、闇から逃れるように、光へ向かって歩き出した。
 幸せへと向かって。


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 ―――グレーテルは、先程と同じ曲がり角に立っていた。

 左に曲がれば、医務室がある。
 南條1人なら、敵ではない。
 
 必要な事だ。仕方ない事だ。
 皆の為に、繰り返さない為に。

 それなのに―――

『俺……さ、あいつが生きてたって聞いて、ほっとしたんだ。あいつを助けられなかった事……ずっと後悔していたから。もっとやりようがあったんじゃないかって』

 ―――何故、譲治の後を追ってしまったのだろう。

 目的の為には、必要のない事なのに。

『縁寿が……皆が待ってる。縁寿達とあいつなら……俺は縁寿達を取る。あのときそうしたように」
『当然だよな。1人とそれ以外の皆なら、皆を取る。縁寿ひとりだったとしても、縁寿を取るさ。何度考えても……それしか選べない』

 それは望んでいた言葉。紛れない真実。
 喜ぶべき言葉だ。

『……俺に大切なものがあるように、あいつにもそれがある。なら、戦うしか……斬るしかないじゃないか!』
『その覚悟が必要だ……そうだろ?』

 言わなくてもわかっている。わかってくれている。
 なのに、どうして……苦しいのだろう。

『俺は正気だっ!!!! お前は敵なら誰でも彼でも殺しゃいいって思ってんのか!? 敵なら友達でも親兄弟でも殺すのかよっ!!!?』

 あの戦いの時……心の底からの叫び。

『あんな奴のために……あなたはあいつとあなたの帰りを待ってる妹とどっちが大事なのよっっっ!!!!? あなたはお兄ちゃんなんでしょう!!? お兄ちゃんが妹を残して死んでいいと思ってるのっっっ!!!!?』

 突きつけたのは、自分だ。
 想いという鎖で、心を捉えた。共に帰る為に。
 それから、彼はずっと何度も何度も考えて来たのだ。きっと。
 表面上普通を装いながら、繰り返し、繰り返し。皆の為に……帰りを待つ妹の為に。

「……関係……ないわ」

 関係ない。関係ない。関係ない。
 必要な事だ。皆を助ける為に。彼を生かして妹の元へ戻す為に。

 その為なら、どんな事をしても―――

『……本当は……助けたいんです。今すぐにでも、癒してあげたい。私のこの力は傷ついている人を、助ける為にあるんですから。……でも、駄目なんです。わかっているんです』
『俺……あいつも助けてやりたいんだ』
『私は、うみねこホワイト……ひとりじゃない。仲間が……皆がいる。勝手にしてはいけないって……皆を信じているなら』
『よくない! そんなのよくないよ。お姉ちゃんがしあわせでないと、縁寿もしあわせになれないもん。みんなでしあわせにならないとダメだよ!』
『俺……戦いの前にあいつと約束したんだ。『大切な人を絶対に守る』って。でも……その中にはあいつ自身は入ってないんだよな。傷ついても、憎まれても構わないって思ってる。……一番それがムカつくんだよ。俺約束したんだぜ。『お前も絶対に笑顔でここに戻ってこい』って……俺に要求するなら、てめぇも守りやがれってんだ』

「……馬鹿……みたい」

 ぽつり、呟くと、右へと足を向ける。

「……行かなくていいんですかい」
「……天草……」

 壁にもたれるような人影。

「目的があってここまで来たんでしょう」
「……あなたつけてたの」
「俺はお嬢の護衛ですからね。仕事をしているだけです。大体、ストーカー&ピーピングのお嬢には言われたくないですね」
「……だ、誰がストーカーよっ……!」

 すたすたとその前を通り過ぎる。

「ま、子供はとっくに寝る時間ですしね」
「……あなた、私を止めるつもりだったの?」
「……何の事ですか?」
「…………」
「お嬢は此処にいる。それだけが確かな事でしょう。仮定を言われても……ね」
「……必要な事だからよ」
「はい?」
「戦いは終わっていなかった。新たな敵に立ち向かう為に、ここで面倒ごとを起こす訳には行かないのよ」
「……なるほど」
「それだけよ」
「そういう事にしときましょう」

 廊下に、グレーテルの早い足音と、天草のゆったりした足音が続く。

「どこまでついて来るつもり」
「もう夜中ですし、部屋の入り口までお送りしようかと」
「必要ないわ」
「では……一つだけ」
「何?」
「俺も加えておいて下さい。『お嬢を幸せにしたい同盟』の一員にね」
「……頭おかしいんじゃないの」

 縁寿は振り返らずそういい、そのまま歩き去って行く。

「ゴールは遥か彼方なり……か。それでも、道はそこに在る」

 ―――その時、ふいに大きな警告音が響いた。



「何?」

 各所にいたセブンの面々は、皆一斉に頭上を見上げた。

《緊急事態だ》

 スピーカーから、金蔵の声が響く。

《ベアトリーチェが姿を消した。ガァプシステムを使って、遊園地の方へと出て行ったようだ》

「!」

「なんですって!」

《すまない。ふいに強い睡魔が襲って来て……気づいた時には……》

 南條の言葉が被る。

「すぐ追いかけないと!」

《まだ動ける状態ではない筈なのだが……》

《皆! 遊園地にファントムが現れたわ。人がバタバタと倒れて行ってる》

「まさか……陽動?」

「うー! ベアトそんな事しない!」

「話は後だ。皆、遊園地に向かおう!」


<hr>

「ドリーマーァアアア。皆ボクの夢の中で楽しい幻想の夢を見るといいよ」

 体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎……つぎはぎしたような姿で二本足で立つそれは、明らかに現実の獣ではない。
 人の夢を喰って生きると言われる伝説の生物、獏を模して作られた怪人、ドリーマーは鼻を得意げに蠢かせた。

「嫌な事も、辛い事、全てボクが食べてあげる。ゆっくりお休み……ドリーマァァー」

 ドリーマーの言葉と同時に、人がどこからともなく、その周囲へと現れ、バタバタと倒れていく。

「世の中辛いことばかり……夢の中の方が幸せさ。……遊園地の夜は人が少ないな。まぁ、明日は街中に出掛ければいいか。ボクの夢の中で皆幸せになり、ファントムは力を得る……一石二鳥だね。さぁ、山羊さん達、ボクの前に、旅人を連れて来ておくれ」

 手にした杖を掲げながら、山羊達に指示を飛ばす。

「ボクが世界を幻想に変えてあげるよ。……ん? 新しい旅人だね。さぁ、おいで」

 空ろな瞳の金髪の女性が、奥から覚束ない足取りで歩いて来る。

「……皆……幸せ……」
「そうだよ。皆……幸せになれる。ボクの言う通りにしていれば。さぁ、山羊さん、その人もボクのところ」

 山羊が、その身を取り囲む。

 その瞬間―――

「ベアトぉおおおおおおっ!」

 ―――飛び込んで来た赤い影が、山羊を弾き飛ばしていた。




 ベアトリーチェがいなくなった……それを聞いた瞬間、戦人は飛び出していた。
 考えるよりも早く反射的に。

 まだ俺達は何も……何も話してねぇんだぞ…っ……。

 走って、走って、山羊の中央にいる彼女を見た瞬間、そこに飛び込んでいた。
 これまで避けて来たその名前と共に。

「……俺……」

 ずっと考えていた。戦わずに済む方法……それが無理なときは、戦う覚悟を。
 殺したくない。倒したくない。
 だが、相手はファントムの首領、ベアトリーチェだ。
 あの遊園地で出会った幻のベアトではない。彼女は存在していなかった。

 それなのに―――

「ああ。そっか……そうだよな」

 俺はベアトリーチェなんて知らない。

「俺にとって、おまえはベアトなんだ」
「ベア……ト……?」
「そうだ」

 幻でも、存在していなくても。
 それでも、それが戦人にとっての真実だ。

 山羊の中にいる姿を見たとき、助けなければと思った。
 あれほど疑わなければと思っていたのに、結託しているなど思いもしなかった。
 あの城の中で、彼女を助けようとしたときのように。

 彼女は……微笑っていたから。
 嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに。
 あれをなかった事には、出来ない。少なくとも、自分には。

「レッド!」
「大丈夫かい!」

 後方から仲間達が走ってくる。

「話は後だ! 皆……頼む。こいつを……」
「わかった! 任せとけ!」

 イエローが前へと突っ込んで行く。

「ドリーマァアアアア! 良くも邪魔をしてくれたね。でも、もうその子はボクのものだよ。ドリーマァァァ……君の夢を邪魔しようと闇がやって来ているよ」
「……や……み…………嫌……だ」
「おい! ベアト!」

 掴みかかって来るベアトリーチェの手を掴む。




 九羽鳥庵の更に奥深く……黄金の鳥篭の中に彼女はいた。
 揺りかごのような、母親の胎内のような……安心出来るところ。
 ここにいれば、何も悩む事はない。考える必要がない。

 辛い事も、哀しい事も、苦しい事もない。
 戦う必要も、傷つく必要もない。

『そうよ。リーチェ』
『あなたは私達が守ります』
『ゆっくりお休み下さい。何も考えずに』

 いつまでも、幸せでいられる。穏やかで優しい時の中で。

 ワルギリア、ロノウェ、ガァプ……使用人の皆との幸福な日々。
 かけがえのない大切な人たち。

「あれ? おかしくないか」
『どうしてですか?』
「……足りなくはないか」
『何が? 元からこの人数よね』
「そうだったな。だけど、何か……」

 もっと、別の幸せがあった気がする。
 こんなに優しく柔らかではないけれど、強く激しい気持ち。
 走って汗だくになって、元気に跳ねて、遊んで、これまで出来なかった事をたくさんした。たくさん見た。

『なぁ。お師匠様、今度外でお茶しようぜ。紹介したい奴がいるのだ』
『前言っていた戦人くん達ですか』
『そうそう。皆一緒だと更に楽しいと思うんだよなー。戦人達も友達連れて来るってさ』
『……そう……出来ると良いですね』
『出来るさ。ファントムの目的を達成して、人間界を幻想で染めればいいんだろ。そうしたら……』
『そうね。その時は、世界はあなたのものよ。リーチェ』

 ちりっ……と心の奥が痛んだ。
 何かが、おかしい気がする。自分の望んだ世界はこんなものだっただろうか。

『君は辛い思いをしたんだよね。だから、ボクの夢に魅かれた。このままだと、辛い事……闇に捕まってしまうよ』

「ベアト! おまえ、何の為に俺と戦ったんだよ。守りたいって言ったじゃねぇか! しっかりしやがれ!」

 声が叫びが、闇と共に突き刺さるように迫って来る。

『考えては駄目よ。リーチェ』
『そうです。全て私達に任せて下さい』
『お嬢様は誰にも傷つけさせはしません」

「……わ、妾は……それが嫌だったのだ」

 守られるだけは嫌だった。
 自分に良くしてくれている皆を守らねばと思った。

『ならば、あなたが戦うというのはどうでしょうか』
『妾が……戦う?』
『そうです。人間界を幻想で染め、幻想の人々を救うのです。あなたになら、それが出来ます。あなたは黄金の魔女ベアトリーチェなのですから』

 かつて交わした言葉。

「妾は……皆を守る為、救う為に来たのだ。幸せになりたかった訳ではないわ!」
『ドリーマァアアアアアアッ!』

 黄金の鳥篭が、弾け飛ぶ。
 光の細かい粒になり、消えていく。
 大切な守りたい人達と共に。

「……足りぬ……わ……」

 新たな守りたいもの……その笑顔と共に、彼女の意識は途切れた。



 ふいに、周囲に黄金の光が溢れた。
 ベアトリーチェの身体から、溢れていく。
 その力が、周囲の幻想を吹き飛ばしていく。

「な、なんだ。これはぁああああっ!」
「ベアト!」

 力を失った身体を抱き止める。

「レッド、ここは私が……」
「よし、頼んだぜ!」

 ホワイトに、ベアトリーチェの身体を託して、立ち上がる。

「ドリ、ドリー……食べた夢が……消えてる。ボクの力の源が……」
「いいか! 良く聞け! 象もどき野郎!」
「象もどき……」
「獏だと思うんだけど……」
「無理無理。レッドが知ってる訳ねぇって」
「うー! イエローは知ってる?」
「も、もちろんだぜ。ははははは……」

 レッドのテンションに引っ張られ、皆の空気が変わる。
 いつものうみねこセブンへと戻って行く。

「嫌なことも、苦しいことも、皆ひっくるめて、大切な記憶なんだよ。それを失くしちまったら、楽しい思い出も消えちまうだろうが!」

 ベアトリーチェの事を、これからを考えると、辛く苦しい。
 けれど、出会わなければ、あの思い出がなければ、この苦しさもなかったのだ。

「そんな悪夢は必要ねぇぜ!」

 ―――【蒼き幻想砕き】の弾丸が、弱った幻想をかき消した。

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「戦人!」
「やったね。戦人。うーうーうー!」

 皆が、スーツ姿を解除した戦人へと駆け寄って来る。
 戦人は、そっとホワイトへと歩み寄った。

「ベアトの様子は?」
「……余り良くありません。今の力の放出で、生命力が弱まっています……」

 ベアトリーチェの額に手を当てながら、首を振るホワイト。
 戦人は、垂れ下がったその手を取った。驚く程冷たい。

「兄貴……俺、こいつをこのまま見殺しには出来ない。ベアトは……友達だから」
「戦人くん……」
「俺はベアトしか知らない。だから……話してみたい。ベアトリーチェと。戦い、殺しあう事になったとしても、何も知らないままは嫌だ」

 譲れないものはある。避けえない事も。
 かつての自分達は何も知らなかった。知らないまま、来てしまった。

「戦人……」
「悪ぃ。グレーテル。……俺は、大切なものを守る為でも、抵抗出来ない友達に手をかける事は出来ない」
「……それが偽物だったとしても?」
「ああ。ベアトが俺をどう思っていたとしても、俺の気持ちには関係ない。今ここでこいつを死なせたら、俺はもう正義の味方……ヒーローでいられない。そんな気がするんだ」
「うー! ベアト、友達! 真里亞変わらないよ。うーうー」
「……前と同じようになれるなんて甘いことは思っちゃいねぇよ。けど……知らないこいつを手にかけて終わり……そんな結末は変える事が出来る」
「……その結果あなたが死んだとしても?」
「……後悔はしねぇよ。……って、そんな不吉な事言うなよ! 約束しただろ? あの約束はまだ有効だぜ。……守ってくれるんだろ?」
「…………」

 真っ直ぐ見上げる戦人。
 マスクの下のブルーの表情は伺えない。

「決めたんだね。戦人くん」
「……決めたというか、決まっちまったというか、なんだろうな……俺はベアトの全てが嘘だったとは思えねぇんだ。どうしても。その上で……どうにもならなければ、もう一度戦う。全てをわかった上で。……こいつの力はとんでもないから、責任取るなんて……いえねぇんだけどな」
「その為に私達がいるんだろうが! 水臭いぜ!」

 朱志香が、その背中を勢いよく叩く。

「げほ! おまえは……相変わらず……殺す気かっての!」
「生きてる……生きていたからこそ、こんな話が出来るんだしな。私は構わねぇぜ。現時点で戦人のようには思えねぇけど、友達の友達は、私にとっても友達だしな。未知の危険の為に仲間に我慢させるより、そいつをぶち破る方が性にあってるぜ」
「話したいという気持ちは……僕にもわかります。僕も……そうでしたから。戦人さん達は、僕達にそれを許してくれた。僕達は駄目でしたけど……だからこそ、僕は力になりたいと思います」
「……そうだね。やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。戦人くん1人でどうにも出来ない事でも、僕達がいるよ」

 そんな甘いものではない。
 気合だけでどうにかなるような状況じゃない。

 そう頭の中で声が響く。

「兄貴、俺がどうするかなんて、最初からわかっていたんじゃねぇの」
「……まぁ、戦人くんはレッドだからね」
「理由になってないっての」

 僅かな笑い……そして、皆の視線が一つに集まる。
 微動だにしない、ブルーへと。

「……グレーテルさん……構いませんか?」

 皆の総意は出ている。それでも、彼女は……皆は自分にも問いかける。
 そうして、反対したならば、強行はしない。仲間だから。

 黄金の魔女の力は危険だ。ファントムは甘い事を考えていて勝てる相手ではない。
 その思いは変わらない。変われる筈もない。

「…………勝手にすれば」
「あ、ありがとうございます!」

 ここで彼女を殺せば、皆は助かる。
 けれど、同時に心が―――死ぬ。

 きっと、皆もう笑う事は出来なくなる。待っているあの子も。

 皮肉な運命の手に操られているような気がしてもどかしい。
 それでも……皆が笑っている。自分の知っている守りたいものがここに在る。
 今は、それだけで……いいような気がした。

「癒しの風よ。我が祈りに応えよ。『ヒーリング・ウインド』」

 ベアトリーチェの身体を戦人に預け、ホワイトが癒しの技を使う。
 純白の光が、傷ついた身体を包み、癒していく。
 蒼白だった頬に赤みが差し、表情が穏やかになっていく。

「……ん……」

 金の睫に縁取られた瞼が開き、蒼の瞳が覗く。
 皆が緊張し、一斉に身構える。

「……ここ…は……」
「ベアト、気づいたか。ここは俺とおまえが出会った遊園地だよ」
「遊園地……って、何ですか?」
「え?」
「……私は、一体……」

 きょとんと首を傾げる仕草からは、あの黄金の魔女の面影は全く読み取れない。

「お、おまえは、ファントムのベアトリーチェだろ」
「ファントム? ベアトリーチェ……? それは一体なんですか?」

「え、えええええええええっ!!」

 驚愕の叫びが辺りに響き渡った。
 運命の神の嘲笑が……聞こえた気がした。


<hr>


 遠く離れた魔界にそびえる城―――ファントムの本拠地にある司令室……そこに彼の人の姿はあった。
 ファントム宰相、ミラージュ……ベアトリーチェが消えた今、ファントムの実質的なトップである。
 だが、ベアトリーチェがセブンに破れ、行方不明になった今も、依然宰相のまま上に立とうとはしていない。
 椅子に座ったミラージュの両端には、ヱリカとドラノールの姿があった。

<P align="left"><img src="img/uzuki-fantom.jpg" width="500" height="400" border="0"><br>
</a></P><br>

「ドリーマーの力の波動が途切れました。どうやら、人間界で命を落としたようです」
「どういう状況で命を落としたのですか?」
「申し訳ございません。そこまでは……」
「全くどいつもこいつも役立たずもいいところです」
「無理を言うな。ヱリカ。……おまえのような者はそうはおらぬ」
「……やはり、私かせめてドラノールが残るべきでした。そうすればこのような事には」
「良い。気にするな。余り早く決着がついてしまっては、つまらなかろう。人間達に我等の力と存在を示すのも、目的の一つ……少しずつセブンとやらの力を殺いでいけばよい。おまえの……我らの勝利は確定しているのだからな」
「は、はい。ありがとうございます。必ずやご期待に添うよう頑張ります」

 階段を降り、ミラージュの前に立ったヱリカは跪き、頭を垂れた。
 そのすぐ後ろに、ドラノールがつき従う。

「ミラージュ様、では、私は人間界へと戻ります」
「そうか。良い成果を期待している」
「はっ」

 顔を上げたヱリカの瞳に逡巡の色が浮かぶ。

「どうした?」
「ミラージュ様、ベアトリーチェ様はもういらっしゃいません。今このファントムを支えていらっしゃるのは、ミラージュ様です。ミラージュ様が、ファントムを治められても良いかと思うのですが」
「いや、ベアトリーチェ様が亡くなられたと決まった訳ではない。ベアトリーチェ様は、強大な力を持つ稀有な方。その方を差し置いて、私が至尊の位に就こうとは思わぬ。ファントムの為に大義を成す……その為だけならば、今のこの地位があれば十分だ」
「も、申し訳ございません。余計な事を申しました」
「いや、その気持ちは嬉しく思う。ありがとう」
「はっ。失礼します!」

 ヱリカは敬礼と共に、退出した。

「……まったく……理解出来ませんわ」
「どうなさいまシタカ。ヱリカ卿」
「どうして、ミラージュ様は、あのようなものを評価しているんでしょう。理解出来ませんわ。頭脳はもちろん、力でも、引けをとらない筈ですのに……」

 眉をひそめる。
 ヱリカの眼から見れば、ベアトリーチェは、強大な魔力を持つとはいえ、世間知らずの箱入りに過ぎない。
 実質的にファントムを掌握し、取り仕切っていたのはミラージュだというのは、皆わかっている事だ。
 だからこそ、ベアトリーチェが亡くなった今も、ファントムは変わらず揺るがず在る。

「まぁ、ミラージュ様にはミラージュ様のお考えがあるのでしょう。行きますよ」
「はい」



「ベルンカステル卿。何用か」
「やっぱり気づいていたのね」

 ミラージュの言葉と同時に、その背後の空間からドレスを纏った髪の長い少女が滲み出るように姿を現す。
 
「隠す気もなかったように見受けられるが。久しいな」

 ミラージュは振り返る事なく言葉を返す。
 その表情はとても穏やかで、笑顔は見惚れる程に優しげで美しい。

「そうね。あなた相手なら、隠れても無駄でしょうから。私無駄な努力はしないの」
「ファントムの重鎮、ベルンカステル卿なら、造作もない事であろう」
「そうかしら。……それを言うなら、貴方は実質上ファントムの支配者だわ。皆口に出さないだけでそれを知っている。まぁ、それは、彼女がいたときから同じだったけれど。黄金の麗しの魔女ベアトリーチェ。その実態は、お飾りの姫君、籠の中の小鳥……そして、小鳥は籠から出ては生きられない……あの子がやった事も知っているんでしょう」
「……彼の方の行方、そなたは知っているのではないか」
「あら、答えてくれないのね。答える必要はないという事かしら。……黄金の魔女は城と運命を共にした……そうではなくって」

 疑問に疑問で返し、繋がらぬ会話。
 それでも互いに薄く笑みを浮かべた表情は変わらない。

「黄金の魔女は、強大な魔力を身に秘めた存在……それが失われたならば、世界が揺らぐ。……今の世界は平穏過ぎると思わぬか」
「平穏はいいことではなくて。私達ファントムの望みは、世界を幻想の者の手にすること……平穏であればこそ、侵略も出来る。そうでしょう。……わかっていて、彼女には何も言わないのね。流石宰相殿」
「……わざわざ言葉遊びに来るとは……流石退屈を嫌う魔女殿だな」
「何か思う事があるなら、力ずくで聞いてみればどう? あなたには可能ではなくって?」
「私の力など、魔女を冠する者達に比べたら微々たるものだ。それに、女性に無理を強いるのは紳士とはいえまい」
「……余裕ね。全てあなたの計画通りという事かしら」
「私に何か思うところがあるなら、好きにすればいい」
「あら、そんな度胸はないわ。私、これでも、小心者の子猫なのよ」

 ベルンカステルは、ふわりと笑うと姿を消した。
 後に残るのは、緩やかな笑みを浮かべた青年がひとり。

「……人も世界も変わらない。在るべきものは、在るべき処に……それが運命だ」


【エンディング】

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うみねこセブン 28話(その1) - 祐貴

2012/12/30 (Sun) 16:48:30

長すぎて後半が切れてしまっていましたので、分割アップします。

<b>『今回予告』</b>
俺達、うみねこセブンはファントムを倒し、この世界……皆を守った。
その為に、あいつを……ファントム首領ベアトリーチェを…………殺した。
必要な事だった。それしかなかった。知った時には、全てが終わっていた。

それでも―――これで平和になる筈だった。
地球は守られ、人々は笑顔になれる……それでいい。それだけで……いい。
今の俺は右代宮戦人であるより先に、うみねこレッドなのだから。

それなのに―――

新たな敵の登場。再度始まる戦い。
だとしたら、俺達は……俺は何の為に…っ……。

そんな中「Ushiromiya Fantasyland」に現れたベアトリーチェ。
死んだ筈だった、殺した筈だった存在を前に、揺らぐうみねこセブン。
偶然なのか。罠なのか。
純粋に喜ぶ真里亞と倒すべきだと主張するグレーテル。
それぞれの正義が、想いが、交差する。

<b>『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第28話 「それぞれの正義」</b>

「ベアトなんて奴は何処にも存在しない……幻だったんだよ!」

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【オープニング】



「ベア……ベアトリーチェが生きていただって!」

 戦人は、驚きのまま椅子から立ち上がった。

「そ、そうなんだよ。お祖父様が遊園地の中で倒れているところを見つけたって……今、医務室に……」
「!」
「あ、戦人!」

 飛び込んで来た朱志香を押しのけるように飛び出していく戦人。

「それは、本当なの?」

 突き飛ばされ、呆然とする朱志香の肩を掴むグレーテル。

「私も、ついさっき兄貴に聞いたばっかりなんだ。ひとまず戦人を呼んで来てくれって言われたから」
「……まずいわね」

 舌打ちと共に、戦人の後を追って駆け出すグレーテル。

「え? っと、グレーテル!」

 朱志香も、慌ててその後を追う。

「朱志香さん!?」
「あ、嘉音くん、丁度良かった。嘉音くんも来てくれないか」
「どうしたんですか?」
「……嫌な……予感がするんだ」

 朱志香の脳裏には、グレーテルの思いつめたような昏い眼差が浮かんでいた。



 医務室に飛び込んだ戦人。
 そこには既に大勢の人間がベッドを取り囲んでいた。
 金蔵、南條、譲治、紗音、真里亞、そして―――ベッドの上の少女。
 長い金髪、彫りの深い顔立ち、目を閉じ横たわる少女は、戦人の記憶の中の彼女と酷似していた。

「戦人!」

 目を輝かせた真里亞が、戦人の腕へと飛び込んで来る。

「ベアト生きていたんだよ! 良かった。良かったね。うーうー」
「あ、あ」
「冗談じゃないわ」

 戦人の言葉の途中で、ぴしりとした声が割って入った。

「……グレーテル……」
「私達が倒した敵の首領が生き残っていたのよ。喜ぶべきことではないわ」
「で、でも……」
「人々を苦しめてきたファントムのトップ、ベアトリーチェよ。私達は、それを倒す為に、戦いに赴いた筈よ。違って?」
「!」

 厳しいグレーテルの言葉に、後から入って来た朱志香達も、言葉をのむ。

「そ、それはそうだけど……ベアトリーチェはベアトだったんだよ! だから……」
「だから、どうしたって言うの。ベアトリーチェがファントムのトップであること、ファントムが地球侵略を仕掛けて来た敵である事に代わりはしないわ。まさか、あの戦い……攻撃してきた彼女を忘れた訳ではないわよね」
「…………」

 的確なグレーテルの指摘に、口篭る真里亞。
 グレーテルは冷たい瞳で、横たわるベアトリーチェを見下ろす。

「一体どういう事ですか?」
「……キャッスルファンタジアの前で倒れていたところを金蔵さんが見つけたらしい。擦り傷程度で目立った外傷はないが、かなり消耗しておる。命に別状はなさそうだが、このままの状態だと今日、明日で目を覚ます事はないだろう。……もちろん、ホワイトの力を使えば別だが……」

 診察を行っていた南條が答える。

「どうして今頃……」

 あの戦いからもう何ヶ月も経っている。
 何故、今になって現れたのか。

「わからん。単純にあちらとこちらの時間の流れが違うだけなのかもしれん。空間、時間の流れが違えば、どのような事も起こりえる。だが……」

 新たな敵が出現したその後というのは、あまりにもタイミングが良すぎる。
 運命の皮肉か、何らかの作為か。

「考える必要はないわ。今意識がないのなら、丁度いい。今ここでとどめをさしてしまえばいいのよ」
「!」

 言い切ったグレーテルに、その場に衝撃が走る。

「何を驚いているの。当然の事でしょう。元々私達はその為に戦いに赴いたのよ。そうして、敵の首領を倒した。そう認識していた。それが違っていただけよ。今結果を同じにすれば問題ないわ」
「違うよ。だって、相手はベアトだったんだよ! ベアトを殺すなんて……」
「私達はその為に戦って来たんでしょう。そして、実際に倒した……違うの?」
「そうだけど……でも、ベアトだなんて知らなかったんだもん」

 グレーテルの指摘に、押されつつも、必死に対抗しようとする真里亞。

「知らなかったからって事実が変わる訳ではないでしょう」
「だって、ベアトなんだよ。悪い人じゃないよ。一緒に遊んで凄く楽しそうだったもん」
「甘いわね。相手はファントムのトップなのよ。ファントムがこれまで何をしてきたかわかっているんでしょう。たくさんの人が苦しんで来た……その為に戦って来たんでしょう。相手が友達だからって関係ないわ。相手は侵略者なのよ。あなたを騙してたのよ」
「……そうかもしれない。しれないけど……でも、ベアトびっくりしてたもん。きっと何か事情があったんだよ。だから……」

 後ずさりそうになる足を留め、首を振りながら言い募る真里亞。
 冷静に言葉を発していたグレーテルの瞳に怒りの色が浮かぶ。

「だから? だから何なの?」

 真里亞の肩に掴みかかる。

「事情があれば何をしても許されるの? 失われたもの……なくなったものは二度と戻って来ないのよ。後からどんなに後悔しても遅いのよ!」
「グレーテル!」

 譲治がグレーテルを引き剥がす。

「やり過ぎだよ。落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないわ。この女は倒すべき敵なのよ! 皆が傷つき、苦しむのよ。もう何をしても、取り戻せない……そんな事は……」
「だからって、傷ついているベアトを殺すの? 真里亞そんなの嫌だよ! 真里亞は、皆を……大切な人を守る為にヒーローになったんだよ!」
「!」

「やめい!」

 対峙する2人―――ぴんと張り詰めた空気を破ったのは、机を叩いた金蔵の拳だった。

「2人とも、落ち着け。それではお互い自分の主張を叩きつけているだけだ。何の解決にもならぬ。……おまえ達はどう思う?」

 金蔵は、2人の争いに口を挟まなかった、他の者達に問いかけた。

「どう思うって言われたってな……生きているって聞かされたのがついさっきだし……」
「正直……混乱しています」

 朱志香と嘉音は顔を見合わせる。

「私の気持ちでいえば、傷ついている方は癒して差し上げたいと思います。ロノウェさ……いえ、彼女を想っていた人達の事も知っていますし……ですが、だからこそ、私が私だけの気持ちで動いてしまってはいけない……というのも理解しています」

 何かを堪えるかのように、ぎゅっと手を握り締める紗音。
 譲治はそっとその手を押さえ、顔を上げた。

「すぐ結論を出せるような問題ではないと思います。余りに突然の事ですし……情報が足りなさ過ぎる。何より……僕は、彼女の事を良く知りません。ファントムのトップ、ベアトリーチェとしか……」

 案ずるような眼を隣の……飛び込んで来て以降、微動だにしない戦人へと向ける。
 遊園地で出会った少女、新しい友達の事を楽しげに話していた戦人と真里亞。
 彼らの言葉なくして、何も決める事は出来ない。

「ふむ。……戦人はどうだ?」
「! お、俺……俺は……」
「戦人は真里亞の味方だよね! 一緒にベアトを守ってくれるよね!」

 真里亞が戦人に乞うようにしがみつく。
 戦人が口を開くより先に、グレーテルの言葉が空気を切り裂く。

「そうして、皆を仲間を殺すの」
「!」
「ち、違うよ」
「違わないわ。敵を守るという事は、味方より敵を取るという事よ。全てを守る事なんて出来はしない。助けたベアトリーチェが攻撃してきたらどうするの?」

 頭がぐるぐるする。世界が揺らぐ。
 何が正しい。何をすればいい。

「ベアトはそんな事……」
「しないって言える? 言い切れるの? これまで戦って来たのに?」

 真里亞が泣いてる。助けてやらないと。
 でも、俺に何が出来る。あいつを手にかけても、何も変わらなかったのに。

 助けてやりたかった。救いたかった―――誰を?
 うみねこレッドとして、守るべきモノは……何だ?

「うっ……でも、でも……」
「あなたの言っている事は、子供の我侭に過ぎないわ。ここにいる皆、世界、その全てよりその女を取る覚悟があるの。ないでしょう! その魔女が目覚めて、皆を殺して……そうなった時、どうするの!」
「グレーテル!!」

 譲治がその間に割って入る。

「そこまでだよ。君の言う事は、ある意味では正しい。けれど……それを振りかざしちゃいけない。君の正義は仲間を傷つける為にあるのかい」
「!」
「……前から不思議だったんだ。……君は『何を知っている』んだい」
「! な、……何の事? 私は私の正しいと思う事を言っているだけよ……」

 冷や水をかけられたように、グレーテルの勢いが下がる。

「……ふむ。このままではらちがあかぬな。少し時間を置くとしよう」
「金蔵! あなたまでそんな事を……」
「グレーテル……冷静になるがいい。このままでは……セブンが割れるぞ」
「……っ……」
「新たな敵が現れたこの状況で、それがどれだけ致命的な事か、わからぬおまえではあるまい。おまえにも、皆にも考える時間が必要だ」
「お祖父様は……どう思ってらっしゃるのですか」

 譲治の問いかけに、金蔵は思案するように目を閉じる。

「私なりの想いがない訳ではない。だが……それを口にするつもりはない」
「な、なんでだよ。祖父様」
「戦っているのは、おまえ達だからだ。私や他の大人達が決める事は簡単だ。そうしたらおまえ達はそれに従うだろう。だが……それでおまえ達は納得出来るか。心の底から迷いなしに戦えるか?」
「…………」
「戦うこと、人を傷つける事は、己の心を傷つける事でもある。その痛みを知らぬものには戦う資格などない。その上で戦う為には、拠所……自らの正義が必要だ。それは人に与えられるものではない。迷い、常に考えながら、自らの手で掴み取って行くものだと私は思う。私はおまえ達に戦っては欲しくなかった。だが、戦おうというおまえ達を止めはしなかった。それは……お前たちが選んだ事だからだ」
「戦う理由……」
「考えてみるといい。おまえ達の正義は何なのか」

 金蔵はそういい残し、医務室を後にした。

「さぁ、さぁ、皆さん、病室で騒ぐのは良くありませんよ。ひとまず外に出ましょう。お茶でもお淹れ致しますから」

 様子を伺っていたらしい熊沢が出て来て、皆を促す。

「熊沢さんのお茶かぁ。怖いな」
「ほっほっほっ。もちろん、特製の鯖茶ですよぉ」

 明るく振舞う譲治に、にやりと笑う熊沢。

「その組み合わせは流石にデンジャラス過ぎるんじゃないかな。ねぇ、グレーテ」
「話にならないわ。いくら考えても、私の考えは変わらない。敵は倒すべきよ。取り返しのつかない事になる前にね」

 言い切り、出て行くグレーテル。
 その後姿は全てを拒絶していた。譲治ですら、後を追いかけられない。

「ある程度心が通じ合ったと思ったんだけど……難しいな」
「何ていうか……立ち位置が違うって気がするよな。凄い必死っていうか……」
「僕達が知らない事を知っている……そう思います」
「ファントムをあれだけ警戒し、恐れている理由……余りいい想像にはなりそうもないね。だからこそ、それに眼を背けてはならないと思う」
「譲治お兄ちゃんも、グレーテルの言う事に賛成なの?」

 真里亞がむっとした顔をする。

「全面的に賛成という訳ではないよ。ただ……一つの手段として有効なのは確かだ。ここで彼女を倒してしまえば、起こるかもしれない被害は無くなる。芽を摘むという言葉もあるように」
「そんな……ねぇ、戦人、言ってよ。ベアトは悪い人じゃないって。私達の友達だって」

 真里亞が袖を引く。

『!!…べ、別に泣きそうな顔なんてしておらぬ…、…それよりも気安く触るな!こら!頭を撫でるでない…!!』
 恥ずかしそうに顔を赤らめていた少女。

『うみねこセブン。貴様たちは今まで我が眷属達を倒してくれていたようだが…これからは、そうもいかねェぜ? なんてったって、この《黄金の魔女》ベアトリーチェ様が、お前たちの敵になるんだからなァ、くっひゃひゃひゃひゃひゃ……!』
 高らかに宣言する魔女。

『うむ。悪くはなかったぞ』
 黒猫を探し回って、汗だくであちこち汚しながら、満足そうに微笑うベアト。

『そなたら人間が蒼き力で幻想を否定しようと言うなら妾は幻想の紅き力で世界を染めようぞ!!』
 強大な力と意思を持ち、敵として立ちふさがって来たベアトリーチェ。
 ただ1人で自分達を圧倒していた。あのとき勝てたのは、運が良かっただけに過ぎない。

『戦人』
『レッド!』
『戦人』
『うみねこレッドぉおおおおおっ!』

 どちらが本当だ?
 そんなものは……決まっている。明らかだ。
 何があろうと目を背けようと変わらない。
 だからこそ、自分達は戦わねばならなかったのだから。

「……ベアトは……俺達の友達だ」
「だ、だよね。そうだよね!」
「だけど、そのベアトは……もういない。いや……最初からいなかったんだ。ベアトなんて奴は……」
「え?」
「あいつはベアトじゃない。ファントムのトップ、ベアトリーチェだ」
「戦人!」
「あいつをベアトなんて呼ぶな。ベアトなんて奴は何処にも存在しない……幻だったんだよ!」
「戦…人……」
「真里亞ちゃん!」

 信じられないという顔で後ずさる真里亞を、紗音が抱きとめる。

「戦人くん……」
「……兄貴、悪ぃ。少し……時間をくれ。まだ整理出来ていねぇんだ。ベアトリーチェに対して。もう……終わったと思っていたからな。これからファントムとどう戦っていくかも含めて……覚悟を決めないと駄目だよな」
「……わかったよ」
「……ごめん」

 扉の向こうに消えていく戦人。

「兄貴、いいのかよ」
「……今は仕方ない。戦人くんはもちろん、僕も混乱している……突然立て続けに事態が動いたからね。新たな敵の出現にベアトリーチェの登場」
「……戦人は、真里亞の味方になってくれるって……信じてたのに……」

 譲治は涙を零す真里亞の前に膝をついた。

「もちろん、戦人くんは真里亞ちゃんの味方だよ。だからこそ……じゃないかな」
「え?」
「真里亞ちゃんが彼女を慕って信じているからこそ、戦人くんは味方出来なかったんじゃないかな。彼女が敵に回ったとき、真里亞ちゃんを守る為に」
「……真里亞ちゃんは彼女が目覚めた時、僕達の味方になってくれると思うかい。彼女はファントムのトップとして、僕達に戦いを挑んで来た相手だよ」
「そ、それは何か事情があって……」
「そうだね。そうかもしれない。でも、どんな事情があろうと、ファントムが戦いを仕掛けて来たのは変わらない。そして、だからこそ、戦いは避けられないかもしれない。相手が戦いを仕掛けて来たとき、真里亞ちゃんはどうする?」
「…………」
「例え話として、死の病に侵されている国が二つあったとする。だが、それを治す薬は一つの国の国民の分しかない。自分達の国を守る為に、救う為に、二国は戦い争う事になる。どちらも悪い訳じゃない。ただ、生きたいだけだ。……どうする?」
「……わ、わかんないよ」
「そうだね。僕もわからない」
「え?」
「こんな問題に絶対の正解はないんだよ。戦わない方法だけなら色々ある。例えば、両国の年若い者達から薬を投与する。それでも、誰に投与するか、それぞれの国の中で争いは起こるだろう。薬を半分に分けて投与する……効き目が足りず、全滅するかもしれない……実際やってみないと結果なんてわからない。それでも選択しなければならない事はある……。信じる……信じたいと思うのは、自由だ。だけど、今回の場合、それには責任が伴う。それの影響は僕達だけに留まらない。……覚悟が必要なんだ」
「……うん……真里亞、間違ってた?」
「間違ってなんかいないさ」

 真里亞の頭の上に、ぽんと手を置く朱志香。

「真里亞はそれでいいんだよ。助けたいって好きだって思いは、すっごく大事だと思うぜ」
「はい。それが僕達の戦う理由ですから」
「戦人だって、殺したいと思っている訳じゃないさ。真里亞に負けない位大切な友達だって思ってた筈だぜ。だからこそ……辛いんだよ」
「うん……」
「真里亞ちゃん、もう夜遅いですし、一度休みましょう」

 紗音が真里亞の肩に手をかける。

「いつ敵がやってくるかわかりません。……休むのも仕事のうちですよ」
「私達は1人じゃないんだぜ。ここまで皆一緒に乗り越えて来たんじゃないか。今度も大丈夫さ」
「う、うん!」

 紗音に付き添われて、真里亞が出て行く。

「僕達も移動しようか」
「そうしなさい。ここは私が見ておくよ。……この状態だと暫く意識は戻らないだろうから、大丈夫」

 南條の笑顔に見送られ、3人は医務室を後にした。

<hr>

 ミーティングルーム―――譲治は熊沢の代わりにコーヒーを淹れ、朱志香と嘉音の前へと置いた。
 年配である熊沢をこれ以上付き合わせる訳にはいかない。それに、少し自分達で考えたかった。
 熊沢は3人の気持ちがわかったのか、笑顔でネタを飛ばすと姿を消した。
 金蔵が何か言ったのだろうか。事情を知っている筈の親達も姿を見せない。

「ありがと。兄貴」
「母さん直伝だから、ちょっと濃いかもしれないけどね」
「目が覚めるから丁度いいですよ」

 顔を見合わせ、誰からともなく、溜息をつく。

「なんというか……参ったね。あの後、戦人くんと真里亞ちゃんは酷く落ち込んでいたから、そういう意味では喜ぶべきなんだろうけど」

 何故今更なのかという思いは否めない。
 2人とも、彼女の死を納得出来ないまでも整理し、前を向こうとしていた矢先だったのだ。
 終わってしまった事、過ぎてしまった事は戻せない。変えられない。
 それでも、ファントムを倒し、戦いは終わった。
 もうこれで、人々が苦しむ事はない。そう励ますしかなかった。
 それなのに―――

「また新たな敵が出てきちゃったもんな。たまんねぇぜ」
「嘉音くん……ヱリカと言ったっけ。彼女の事は」
「……すみません。僕は会った事はもちろん、聞いた事もありません。ファントムの本拠地はずっと遠い異世界にあるようで、彼らは『本国』と呼んでいました。おそらくそこから来たのではないかと思いますが……」
「前線基地を潰せば、諦めるだろうと思ったが、そこまでの魅力があるのかな。地球は」
「……わかりません。人間達を脅かし、苦しめる事で、幻想の存在を人間の心に焼き付け、世界を幻想で染めていく……それによって、力を手に入れる事が目的の一つであり、彼らがこちらにやって来ていたのが『本国』の指示なのは、間違いないようですが……僕には、彼らが本心から、人間界侵略を望んでいるようには……思えませんでした。ただ……どうあっても、引かない……そういう強い意志は感じました。話し合いが出来ないかと姉さんと試みてはみたのですが……」
「……そう……か。そうすると、難しいだろうな。あのヱリカも一筋縄では行かないだろうし」

 新たな敵の登場と、ベアトリーチェ……余りにもタイミングが良過ぎる。
 普通に考えれば、罠の可能性が高い。
 少なくとも、譲治は……最年長者として、それを考慮しない訳には行かない。

「…………グレーテルの言う事は極端だけど、間違ってはいないんだよな。ファントムは敵で、ベアトリーチェはそのトップだ。私達は命懸けで戦って、あいつを倒した……殺したいと思っていたわけじゃないけど、その覚悟はあったし、あのままあいつが城と共に命を落としていたなら、私達が殺したのと同じ事だった筈だ」

 戦いたかった訳でも、殺したかった訳でもない。
 倒す事しか選べなかっただけだ。
 地球から手を引いてくれればそれで良かった。

「けど、今傷ついているあいつを殺すってのはなぁ……結果は同じだとしても……違うんじゃないかなって思う。私は……甘いのかな」
「僕は……ロノウェ様を、この手で殺すような状況にならなくて、ほっとしました。覚悟はしていました。それでも……いざとどめをささなければならない状況になったとき、それが出来たかどうかわかりません。だから……朱志香さんの気持ちは、良く……わかります」
「あー、難しいよな。私達、正義の味方の筈だよな。うー」
「絶対の正義なんてありはしないよ。僕達には僕達の正義があり、相手には相手の正義がある。全ての願いが叶う理想郷なんて存在しない。だからこそ、人はぶつかり、対立する……僕達は僕達の立場で戦う事を選んだ。服従する事は出来ず、対話の道は拒絶された……劣勢を覆すあの機会を逃す訳には行かなかった。それが間違っていたとは思わない」

 強く拳を握り締める。
 倒した相手が彼女だと知った時の戦人達の叫び、表情は今でもありありと思い出せる。

「だが……間違っていないからといって、正しいとは限らない。もっといい最善があったんじゃないか……あのとき戦人くん達を見てそう思ったよ」

<hr>


「全く、話にならないわ。どうして……どうしてわからないのよ」

 グレーテルは、沸きあがる焦燥を抑えるように、唇を噛みしめた。

 あの女は……ファントムは危険なのだ。
 自分はそれを知っている。誰よりも。
 既に自分が知っているものからは違って来てしまっている。
 それでも、だからこそ、危険なものは排除しなければならないのだ。皆を……大切な人を守る為に。

「……お姉ちゃん」

 そう。私は間違っていない。
 皆を守る為なら、私は何だって出来る。
 その為に、私は―――

「お姉ちゃん!」
「! な、……縁寿……」

 幼い少女が、曲がり角の角に佇んでいた。

「どうしたの。もう夜中よ。早く休みなさい」
「……かなしい声がきこえた気がして……」
「!」
「お姉ちゃん、とっても、いたそうな顔してる。縁寿といっしょに南條先生のところに行こう。いいおくすり出してくれるよ」
「大丈夫。何でもないのよ。ありがとう」
「……お兄ちゃんも、真里亞お姉ちゃんも……みんなかなしいめをしてる。みんながかなしいの、縁寿もかなしい」
「……心配しないで。あなたは……皆は私が守るから」

 そっと、優しく頭に手を置く。
 そう。彼女は何も心配しなくていい。
 きっと、守ってみせる。ずっと、幸せで……笑顔でいられるように。

「……じゃあ、お姉ちゃんはだれが守るの?」
「え?」
「私は……いいのよ」
「よくない! そんなのよくないよ。お姉ちゃんがしあわせでないと、縁寿もしあわせになれないもん。みんなでしあわせにならないとダメだよ!」

 それは不可能だ。ありえない事だ。
 だけど、この幼い少女にそれを告げる事は出来ない。

「ありがとう」

 純粋に皆の幸せを願う幸福な少女。
 彼女はそのままでいて欲しい。
 その為になら―――どれだけ汚れても構わない。

<hr>


「紗音」
「譲治さん……どうしたんですか?」

 紗音は、奥から歩いて来る譲治へと駆け寄った。

「真里亞ちゃん、どうしたかと思ってね、戦人くんのところに行く前に来て見たんだ」
「……楼座さんがいらっしゃいましたので、お預けして来ました」
「そうか。それなら、安心だね」

 どちらからともなく、廊下の壁に寄りかかる。

「……どう…なったんですか?」
「思う事を話して……ひとまず解散って感じだよ。……真里亞ちゃんの意見は聞いたけれど、君や戦人くんはまだだしね。皆の意見抜きには決められないよ」
「そう……ですか。私は……皆さんの意見に従います」
「ええ。それでいいの?」
「私は元ファントム側の人間……裏切り者です」
「誰もそんな風に思っていないよ」
「わかっています。でも、そちら寄りの気持ちがあるのは確かです。だからこそ……私が意見を言うべきではないと……思います」

 公平に冷静に判断する事は出来ないから。
 先程金蔵に告げた言葉で精一杯だ。
 自分が庇えば、疑念を呼ぶ。それは亀裂となり、崩壊を招く。
 それは……それだけは駄目だ。

「……うん。わかるよ。わかるけど……グレーテルと足して二で割ると、丁度いい感じだな」
「え?」
「彼女は言葉にし過ぎで、君はしなさ過ぎだ。……まぁ、彼女も肝心の事は何も言ってないと思うけどね。もっと上手く言えばいいのになって思う。必死なんだろうな。だからこそ……信じられるし、その言葉は考えないといけないと思う。……故に物凄くやっかいなんだけどね」

 乾いた笑いが漏れる。

「……僕は知っているんだ。君も戦人くんや、真里亞ちゃんと同じように、彼女と繋がりがあるって事」
「!」
「前に話してくれたよね。遊園地で会った女性のこと……自分達と同じように、守りたいって思って悩んでいた人に会ったって」

『守られているだけで何も出来ないって、悩んでいらしたんです。ああ、私と同じだなって。きっと、皆この人の事大好きなんだろうなって。だから、少しでも出来る事をすればいい。小さな事でも返してあげられればいいって……私、改めて思いました。彼女のような人達の幸せを守る為に戦うんだって』

「あの戦いの後の君の様子を見ていて気づいた。……でも、言えなかった。亡くなってしまった人の事を持ち出しても、君を悲しませるだけだと思ったから」
「譲治……さん……」
「あの戦いに出掛ける前の夜に遊園地で約束したよね」

『二人とも無事に帰ってこれたら、またここに一緒に来て欲しい。その時に……話したいことがあるんだ』
 それは一つの誓い。絶対に帰ってくるという決意の表れ。

「僕達は二人とも、生きて帰って来た。でも……君を誘う事は出来なかった。君が傷ついていたから。……今も言えない」

 まだ何も終わっていない。望んだ明日は遥かに遠い。

「かっこ悪いなぁって思うんだけどね。でも、今は……だけど、だからこそ、僕にだけは隠さないで欲しいんだ」

 優しく頭の上に手が載せられる。その温かさに目頭が熱くなった。

「凄く一生懸命で凄く悩んでいたんです。大好きで大事な人を守りたいって。守られるだけは辛いって」
「うん」
「だから私言ったんです。出来る事をすればいいって。助けてあげればいいって。あなたなら出来るって……」
「うん」
「そうしたら、凄く嬉しそうに微笑って……私がああ言わなければ、もしかしたら戦う事はなかったんじゃないかって……」

 言葉の代わりに、たしなめるように、ぽんぽんと頭を叩かれる。

「……本当は……助けたいんです。今すぐにでも、癒してあげたい。私のこの力は傷ついている人を、助ける為にあるんですから。……でも、駄目なんです。わかっているんです」

 自分には出来る。出来るからこそ、やれない。

「私は、うみねこホワイト……ひとりじゃない。仲間が……皆がいる。勝手にしてはいけないって……皆を信じているなら」
「うん。そうだね。君ひとりが全てを背負っては駄目だ。どういう選択をするとしても……それは皆で分かち合うべきものだよ」
「……はい……」




 ―――そんな二人から少し離れた場所、曲がり角の先に佇む人影があった。

「すみません。泣いてしまったりして」
「いや、僕が無理やり泣かせたようなものだからね。……もう大丈夫かい」
「はい」

 奥から二人の声が聞こえて来る。
 目的がある。……その為にここまで来たというのに、グレーテルは動く事が出来なかった。
 目指す部屋―――医務室は、その手前の角を曲がった先だ。
 誰が何を言おうと関係ない。聞くつもりなどなかったのに、足を止めてしまった。

 何をしているの。早く行きなさい。
 頭の奥から声がする。

 他の者は頼りにならない。考えが甘過ぎる。
 ならば自分がやるべきなのだ。皆の為に。

 ―――ベアトリーチェを、殺す―――

 後でどれだけ恨まれても構わない。
 罵られても、殴られても、後悔しない。

 どうせ、私は……。

「じゃあ、僕は戦人くんのところに行くよ」
「はい」

 今なら邪魔は入らない。
 戦人達以外で、自分を止められる者はいない。


<hr>

【アイキャッチ(CM)】

<hr>

Re: 【本編投稿用】 - ぷにぷに

2012/07/13 (Fri) 20:25:40

<b>【あらすじ】</b>
今まで直接表舞台には出てこなかった『あの者』と『あの方』が遂に動き出した。
現状が整い次第、次々と改革を行うつもりである『あの者』。
まずはファントムの末端である山羊に対して徹底した『指導』を行う。
異彩を放つ彼女。ベアトリーチェ達とは一線を画す。
まだロノウェ達の安否が不明な今、ファントムの管理は彼女が担当している。シエスタ姉妹もおとなしく従うしかない。

――今度は彼女の目がベアトを中心としたメンバーに向く。
怒りと蔑視の伴った言葉に、シエスタ達は反論できない。
シエスタ姉妹も『指導』の対象に入れようか検討する『あの者』。
そして……。

――『あの方』がその容貌を露わにする。もっとも、『あの方』の名前が意味するように、それは本来の姿ではないのかもしれないが。

うみねこセブンの命運や如何に。
今、新たな運命の歯車が動き出す。


<hr>


<b>『今回予告』</b>

 初めまして……とはいえ、名乗る必要はありませんね。私を知らない人はまずいませんし、いたとしてもすぐに忘れられなくなりますから。
 それにしても……今までのファントムの醜態、皆さんはどう思われますか? 少なくとも私は正直見ていられません。
 しかしそれも終わりです。私が登場した以上、ファントムの汚名は必ず返上して見せます!
 あの方も本格的に動き出しました。うみねこセブンが全滅する日もそう遠くないでしょう。

<b>『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第26話 「再編成」</b>

 ……これ以上語るのは野暮ですね。百聞は一見に如かず。本編にてしっかり実感していただきます。

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 ――魔界に響き渡る銃声。 間隔を置いて不定期に何度も。
 それは新たな災いの産声だった。



<b>【オープニング】</b>



 魔界のとある平地。そこで山羊達が二人一組になって訓練をしていた。身体は汗にまみれ、傍から見ても疲労に満ちている。それでも休むことはしない。――いや、できないと言った方が的確だろう。何故ならその時は――。
 山羊達の様子を少し離れた場所から眺める少女がいた。ツインテールの蒼髪が小刻みに揺れている。そして、その表情は不快に満ちている。苛立ちも隠せていない。もとより隠す気もない。右手には彼女の身長より少し長くて大きい鎌。その鎌を縦にして支え、山羊達の方を見据えている。
 少女の隣にはシエスタ姉妹。同じように山羊達の方を向いているが、少女とは打って変わって怯えた表情をしている。視線が定まらず、どちらかというと山羊達のそれに近い。
 ――一匹の山羊が体力の限界に達し、両膝に両手を置いて自分の体重を支えた。
 それを見た少女はしびれを切らし、その山羊と目に余る他の山羊2匹の頭蓋に向けて、左手に持っていた拳銃で素早く発砲。致命傷を負った山羊達はその場で黄金の蝶の群れと化し、その蝶達はすぐに散り散りになり、跡形もなくなる。
 シエスタ姉妹は悲鳴を上げそうになるが、少女に目をつけられるのを嫌い、それを飲み込む。
 一瞬の静寂の後、少女は叫んだ。

「警告はしません! 手続き保障もしません! 見込みがないと私が判断したら、今のように即処刑します!」

 その言葉に山羊一同は身体を硬直させる。 シエスタ姉妹も少女の行動は予想していたが、直に見て怯む。
 山羊達のその様子も彼女の癇に触れたらしく、声を張り上げた。

「何をしているんですか!? 続けなさい!」

 一同は少し躊躇した後、訓練を再開する。せめて彼女視点でそう見えるように努めながら。
 少女は深く溜息をつき、今までのファントムの失態を回想していた。

(今更ながら、この生ぬるい空気には耐えがたいものがありますね。真剣さが足りません、足らなさすぎです!)

 ファントムのアジトをベアトリーチェ達が居るにも関わらず爆破した彼女は、山羊達の現状を目の当たりにし、改めて衝撃を受ける。

(まぁあの遊び人は問題外として、任せていた組織の幹部があのような指揮をとっていたのなら、山羊達がこのようになっていても不思議ではありませんね。……少しでも信頼した私が馬鹿だったということでしょう。少なくともベアトリーチェは始末して正解でしたね)

 それでも後悔せずにはいられない。

(もっと早く引導を渡して自分が場を仕切っていたら……)

 そして、これからのファントムについて思案する。

(しなければいけないことは色々ありますが、とりあえずの懸念は、行方不明になったファントム幹部の安否の確認と、うみねこセブンに寝返った家具達への<ruby><rb>制裁<rt>サンクション</ruby>と……このグズ共の扱いですわね……)

 山羊達は複雑な命令を理解できない。だからどうしても命令の範囲は限られる。しかし、だからといってこのままでは、ファントムの戦力としては心もとない。
 ――左手を庇いながら訓練を続けている山羊が少女の視界に入った。彼女は鎌と拳銃を持ったまま早足で近寄る。その際注意が削がれ、少女の方を向いた山羊に対して確認できる範囲で発砲。シエスタ姉妹も怖じ気づきながらそれに続く。

「どうしたんですか?」

 その山羊は質問に対して、訓練中に先程左手を負傷し、痛みのせいで今まで通り訓練を続けることが困難であることを傷を見せながら告げた。

「そうですか。でしたら――」

 言うと同時に、少女の鎌が山羊の左手首を垂直に横切った。手首を切断された山羊は左腕を握りながら悲鳴をあげる。

「ヱリカ様っ!?」

 シエスタ姉妹が思わず少女の名を口にする。しかしヱリカはそれを無視。床に落ちた左手を蹴飛ばす。他の山羊達は恐怖しながらもそれを避ける。

「うるさいですわね。これで左手の痛みは取れたでしょう、左手がなくなったんですから。あっ、あまり腕を振り回さないでください! 新調したての洋服に血が付いたらどうしてくれるんですか! ……あとは――」

 拳銃をホルスターにしまい、空いた手を上の方に翳すと、手の周りの空間が歪み、先の方が赤く太い棒が彼女の左手に舞い降りた。棒の赤い部分からは白い煙が立ち、高温であることを物語っている。そして赤い部分を左腕の傷口に押しつける。山羊は絶叫した。

「あーもう、うるさいと言っているでしょう。これで止血と消毒が同時にできました。迅速な処置に感謝してほしいくらいです」

 ヱリカは口端をつり上げ、目を細めて笑う。一方、彼女の処置を受けた山羊はあまりの激痛でその場に膝をついた。

「まだ痛みがとれないんですか? 仕方ありませんね……。痛みというのは身体への刺激に対する脳の信号です。そして脳の信号は首を経由します。つまり首を――」

 説明しながらヱリカは鎌を大きく振りかぶる。膝まづいた山羊はそれを見て、「もう痛みは取れました」と必死になって訴える。もちろん激痛を堪えながら。

「痛くないんですか? まったく、混乱させないでください。それくらいの連絡は的確にできるでしょう? 戦場では<ruby><rb>師団<rt>ディヴィジョン</ruby>そのものの壊滅に繋がるんですよ!?」

 体勢を元に戻し山羊を気にかけることなく説教をした後、元の監視場所に戻る。
 シエスタ一同はヱリカの後についていく途中で、二回ほどこっそり山羊達の方を振り返る。
 その様子はヱリカには悟られていたが、今は何も言わないことにした。
 再び山羊達の訓練の様子を窺うヱリカとシエスタ姉妹。
 
「処刑の仕事は今回は私が引き受けます。次からはお願いしますね?」

 山羊達の方へ視線を向けたまま依頼する。 有無を言わさぬ物言いにシエスタ達はただ「はい」と答えるしかなかった。

(このままでは埒があきませんわね……)

 訓練の様子を見てそう思う。

(一度、自分達がどういう存在なのか直接教える必要がありそうですね)

 そう実感した彼女は山羊達に向かって「聞きなさい!」と声を張り上げ注目させる。
 その際、反応が遅れた山羊数名を射殺。

「いいですか、貴方達はファントムの中でも下位の存在です。そんな貴方達の存在価値がどれほどのものか考えたことはありますか? ありませんよね? 教えてあげます」

 山羊達が固唾を飲む。

「貴方達は個体としての価値がない上に個体数は無限ですので供給曲線は縦軸に近くて縦軸に並行。そして需要曲線は横軸にとても近くて横軸にほぼ並行。この2曲線の交点が労働市場における貴方達の価値です」

 もちろん彼らは具体的な内容を理解できない。ただ、彼女に言われるまでもなく、自分達が他のファントムと比べて劣っていることだけは分かっていた。だからそのような内容だと判断する。

「もともと<ruby><rb>goods<rt>グッズ</ruby>としての価値がほとんどない貴方達です。効用逓減どころか<ruby><rb>bads<rt>バッズ</ruby>になったと判断したらすぐさま処分します」

 つい先程のやり取りで自分達が大切に扱われていないと痛感し、半ば諦めの感情に囚われる。
 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、ヱリカは止めの一言を放つ。

「……それでも貴方達にはここ以外に居場所がないんです」

 鎮まる場。今度は士気を高めるため、山羊達をとことん貶めたヱリカは口を開いた。

「目的達成に置いて必要なものは二つ。<ruby><rb>力<rt>フォース</ruby>と<ruby><rb>知恵<rt>ウィズダム</ruby>です。貴方達に<ruby><rb>知恵<rt>ウィズダム</ruby>は期待できません。<ruby><rb>力<rt>フォース</ruby>です、貴方達に求めるのは<ruby><rb>力<rt>フォース</ruby>です! この点に置いて貴方達には戦力としての価値があります」

 山羊一同は自分達の存在価値を一応認めてもらえたことに安堵した。
 その気配を察し、ヱリカは激励する。

「鍛えなさい! それだけが今のあなた達にできることです!」

 その一言に山羊達は訓練を再開する。今まで以上に訓練に集中している。
 鬱憤も晴れ満足したヱリカは口元を歪め、シエスタ姉妹と共にその場を後にした。



<b>【アイキャッチ】</b>



 大会議室の机の上に置かれた書類。椅子に腰掛けることもなく、机の上に手を置き、今までの戦歴などが書かれた資料に目を落としながら、ヱリカは眉をひそめる。

「全く……あれだけうみねこセブンと接触してきたのに使えそうな資料はこれだけですか?」
「は、はい。何せ情報収集を目的とした戦闘ではありませんでしたので……」

 シエスタ達はベアトリーチェ一同を擁護する。しかし、それはヱリカの逆鱗に触れる結果となった。手に取った資料に目を通しながら、

「それだけが原因ではないでしょう。私が何も知らないとでも思ってるんですか? うみねこセブンの情報収集も早々に止め、やみくもに自らの手の内を晒し続け、挙句の果てに自分のアジトの場所を教えるなど、やる気があるとはとても思えません! 目的をはっきり意識していない証拠です!」

 鎌の柄の先を床に思いっきり突き立てた。顔を凝視されたシエスタ達はたじろぎ、二の句が継げなくなる。

(ベアトリーチェはある意味山羊以上の<ruby><rb>bads<rt>バッズ</ruby>でしたね。城ごと吹き飛ばしたのですから、まず死んでいるでしょう。それはともかく、他のファントムから情報を得たいのですが……)

 現時点において、うみねこセブンと直接戦ったファントムの中で証言が得られるのはアバレタオックスとゲリュオンだけ。行方不明のファントム幹部に少し期待しかけるも、今までの彼らを思い返し、あてにはしないよう努める。
 そしてこれからのファントムを案じ、頭を手で押さえる。

(<ruby><rb>大隊<rt>バタリオン</ruby>を率いて<ruby><rb>電撃的<rt>ライトニング</ruby>に攻めれば一気に片を付けられたものを……)

 かつて彼女はワルギリアにそのような旨を勧告した。
 しかし今になって考え直すと、その場の勢いでの発言だったことを自覚する。何故なら、固有名詞を持つ、いわゆる強いファントム達は個性が強すぎて、統率がとれない。そういう意味ではベアトリーチェと変わらない。

(山羊達の手前あのように脅しておきましたが、あまりに<ruby><rb>制裁<rt>サンクション</ruby>しすぎると、今度は私に対するファントム達の信頼が揺らぐかもしれない……。内部崩壊なんて本末転倒ですものね、少し気をつけることにしましょう)

 先程の指導でやや感情的になったことを反省する。

(今後どうやってまとめていくかも視野に入れないといけませんね……)

 数々の懸念にこめかみを押さえる。
 突然、思いついたようにシエスタに問う。

「貴方達に出題します。貴方達は狙撃専門でしたよね? 狙撃の際、相手が狙撃手に気付いて、攻撃を避けようと動きまわっているとします。 さて、このような場合、山羊を使えば簡単に仕留めることができるのですが、それは一体どんな方法でしょう?」

 シエスタ達は突然の出題に思考が働かない。お互いに目を合わせる。が、確信できる答えどころか、答えの候補すら浮かばない。
 その様子を見て、ヱリカは呆れる。

「時間の無駄ですから答えを言いますね。正解は、『人海戦術で山羊達に敵の動きを封じさせて、山羊ごと射抜く』です」

 彼女が出した答えにシエスタ達は驚く。
 シエスタ達の表情を見ながらヱリカは淡々と口を開く。

「何を驚いているんです? 目的の為には手段を選ばない、基本じゃないですか。それに先程のやり取りを貴方達も聞いてたでしょう? 山羊そのものの存在価値は皆無に等しいんです。<ruby><rb>捨て駒<rt>サクリファイス</ruby>、使い捨ての戦力です。躊躇する理由はないでしょう?」

 彼女の説明にシエスタ達は黙り込む。

(このうさぎ達にも教育が必要ですわね。先程の処刑も、できればシエスタにやらせたかったんですが……。お陰で余計に疲れましたわ)

 半ば分かりきっていた結果を突き付けられ、仕事量の多さに辟易する。

(うみねこセブンにも私達と同じく背後に組織があるはずです。それについて全く情報がないのは痛いところですね。しかし、現代の技術であのような武器が作れるとは思えません。……うみねこセブン達はもちろん、背後にいる組織にも要注意……いえ、注意だけでは足りませんね、こちらから積極的に情報収集しないと……。どのように仕掛ければ尻尾を出すのか……)

 今後の方針について黙考するヱリカ。
 突如、シエスタ達の耳が廊下に響く小さな足音を拾った。それと同時に別の恐怖に戦慄する。

「どうなさいました?」

 怪訝な顔で訊くヱリカに、

「廊下で……足音が……」

 歩く為の場所なのだから足音がしてもおかしくない。しかし、シエスタ達は今の状況と足音の特徴から、足音の主の正体に気付いてしまい震えあがる。

「とりあえず、少し休憩しましょう」

 シエスタの言動の理由を察知したヱリカはそう告げ、早足で廊下に出る。その際、背後でシエスタ達が「あの方が……」と言っているのを耳にし、自分の勘は正しかったと確信する。薄暗い廊下の中、足音の方向に身体を向けると、暗闇が彼女に話しかけてきた。

「山羊達の士気はどうだ?」
「はい、今までのような遊び感覚を払拭しておきました」

 ヱリカにしては珍しく畏まる。つまりはそのような相手ということ。彼女にそのような態度を取らせる者など、そう多くはいない。

「そうか。お前は本当に優秀だ。感謝している」
「もったいなきお言葉でございます」

 姿が次第に彼女の目で確認できるくらいまで声の主が近づいてくる。少しずつ……少しずつ。

「謙遜はよい。それと今後の<ruby><rb>計画<rt>プラン</ruby>は? 何か立案はできたか?」
「も、申し訳ありません。もうしばらく時間を……」

 年齢は外見から判断するに十代後半といったところだろうか。だが、その身から発せられるオーラはとても歳相応のものをはるかに超えている。身に纏っている軍服も、下級兵士のものとは違う。

「急かしているわけではない。じっくり考えてくれ。何せ大がかりな再編成だからな」
「はい、必ずやご期待に添えるよう」

 一般的な短髪より少し長めの黒髪。清潔感にあふれ、一般人がすれ違えば振り返るほど。

「済まぬな、お前ばかりに負担をかけて。今ファントムの管理ができるのはお前だけなのだ」
「滅相もありません! 何かありましたら、またお申し付け下さい」

 右の瞳は黒。そして左の瞳は赤。いわゆるオッドアイ。この特徴が存在感を一層引き立てている。

「お前を部下に持てた私は幸せ者だ」
「ありがとうございます、ミラージュ様」

 ミラージュと呼ばれた少年は微笑を浮かべる。他意のない微笑。

「とにかく、この混乱した状況を一刻も早く回復させて、態勢を整えねばな」
「はい」

 ヱリカの眼は恍惚に満ちている。その理由は容姿か、存在感か、能力か、あるいは全てなのかもしれない。
 その様子を見て、ミラージュは提案する。

「どうだ、休憩がてら私と一緒に食事でも?」
「は、はい、是非!」

 そうして二人は横に並んで歩き、暗闇の中へ消えていく。
 ふと、ミラージュが思い出したように呟いた。

「一人の死は悲劇だが――」

 ヱリカを見て無言で続きを促した。彼女もそれに応える。

「集団の死は統計上の数字に過ぎない!」



<b>【エンディング】</b>

編集キー:1234

Re: 【本編投稿用】 - 神風刹那

2012/07/01 (Sun) 06:31:43

【今回予告】
よォ!妾のお前たちぃ? 黄金の魔女にしてファントムのNo.1、ベアトリーチェだぞ。
近頃は七姉妹も揃ってやられており、大した戦果も上げられておらぬ。このままじり貧が続いては、侵略に更なる支障が出るが……どうする? ここは妾が出て、さっさと終わらせようかの……
――……む? 何、戦人と真里亞が新しい店を? ベアトも一緒だったらいいのにね……、とな。そうかそうか!そんなに妾が恋しかったんだなァ、よーし今行くぞぉ♪

二人と共に店巡りを楽しんでいた時、不意に外に出てみないかと誘われる。この広い遊園地より、さらに大きな世界があると言うのか? むぅ、これは面白い!連れていってもらおうか!
と思った矢先に起こった強烈な眩暈。何だこれは……。何故だ、何故こんなちゃちな門の前で倒れねばならぬのだ!?

その頃一体の幻想獣が遊園地内に。何やら調教が終わる前に逃げ出したそうだが……
縦横無尽に暴れ回る怪獣と戦うセブンたち、それを物陰から静かに見つめる黒き瞳。そなた、迷っておるのか? それとも……

『六軒島戦隊 うみねこセブン』第17話「内と外・光と闇」

教えてくれ友よ。妾は一体……何なのだ?



オープニング

「……まったく!」
ここはファントムのアジト。誰もいない冷たい廊下を、不快に靴を鳴らしながら歩くベアトリーチェ。彼女はいつになく不機嫌だった。
「せっかくの妾の草案を即座にポイしおって!昨日どれ程悩んだか分からんのかっ……」
ついさっきまでワルギリアやロノウェと昼食がてら、今後の方針について相談し合っていた。いつしかベアトリーチェは自分で考えた侵攻計画を揚々と見せるが、すげなく取り下げられてしまったのだった。
近頃の二人は休日返上も良い所。ベアトも彼女なりに気を利かせたつもりだったが、却って邪魔になってしまったらしい。慣れぬことはしなければ良かったとは思いつつ、特にロノウェの対応に不満を感じていた。
「まぁ? お師匠様はこの後も仕事で暇が無かったし、逡巡してはいたものの評価してくれた。だが気に入らんのはロノウェ!よく見もせずに眺めただけで『ボーダーには程遠いですな。』……だと!? えっらそうにぃ!それならお前の戦果はどうなのだっ!」
ロノウェ自身そこまで強く言うつもりではなかった。ベアトリーチェの計画はきちんと練られたものだったが、そこそこくらいだったため普段の彼でも苦笑はしていただろう。
しかし主様の案は苦言を呈すきっかけに過ぎなかった。長らく溜めこんでいた不満もあるだろうが一番の要因は一つ。
最近密かに受け持ったある難題。ベアトリーチェも認知はしているが深く関わっていない、関わらせてもらえない非常に危険な実験。
これに捗々しい結果が見られず、珍しく顔に出ても隠そうとしない程イラついていた。その憤りを自分にぶつけられ、何くそと感じていた。
「――むうぅぅぅ……!つまらぬ、つまらぬ……」
にべも無く隅に追いやられては誰でもカチンとくる。それを吐き出そうという所で足元に浮遊感。気付くと親友にお得意のワープホールで部屋から遠ざけられた次第。
しばらくは大人しくしていましょうと言われ、了承も拒絶もしない内にガァプが消えて今に至る。
「こういう時は外に出て、誰ぞからかってやらねば。うん、それが良いそれが良い。……ロノウェが外には出ぬよう言っておったが、だーれが聞いてやるものか。正面から堂々と出ていってやるっ。」
そう決心し、一旦立ち止まって振り返る。お目付け役のいる部屋の方に向かって舌を出し、またのっしのっしと歩き始める。

――そんなに邪魔なら、こちらから出ていってやるわ!妾を怒らせたこと、後悔するが良い!――

ふと淋しげな表情を見せるも、すぐに表情を変える。ふんと鼻を鳴らし、いつもの場所へ向かっていくベアトであった。










虫の居所が悪い時にはぶらつくのが一番。そう思って森から出てみたが、どうも園内全域を使った催し物が行われているようだった。
でかでかと掲げられた看板によると、こんならしい。

『あなたは奇跡のカケラを探せて? 黒猫の祭具店』

祭具……とな。祭り、といえば飲食物やら何やらを思い浮かべるが、添えられた絵によれば装飾品を揃えている様子。だが肝心の場所が書かれておらぬ。ということは、探せということ? それを示すように注意書きもされておる、今回の企画は探索が目的のアトラクションか。
「動く宝探し、か。始めてしばらく経つようだが、見つけられた風でも無い。ガァプシステムでも使っておるのか?」
謳い文句にはこうもある。『見つかる確率は奇跡。あなたは待つ? それとも追う?』と。
神出鬼没に園内を動き回る店舗。当たりを付けて動かずにいるか、どこまでも追って練り歩くか。好きなように楽しめ、ということか。
ここならではの仕掛けを使った、面白い試みであるな。南中も過ぎた頃合い、腹ごなしには丁度良い。
「……ん。あれは………戦人と真里亞?」



「――それで? 当てはあるのかよ。」
「うー。無い。」
「おいおい……。俺たち家族にすら教えられていないんだから、そう簡単に探せっこないぜ? ぐるぐる回っている内に見つかりゃ良いんだけどな………」
「絶対見つける!だから戦人も気合入れる!」
「お、おう。……はーっ。こりゃ見つかるまで解放してもらえそうにないな――」

二人も何やら探し物のようだ。真里亞の握っているチラシを見るに、二人もこの祭具店なるものを探しているのか?
万人をこうも惹き付け、尚も逃げ続けるか。面白い!妾も参加しようぞ、その遊戯!
まずは手始めにあの二人をお付きにでもしようぞ。三人寄れば文殊の知恵と言うしな。むぅ。だがただ呼びかけるのもつまらぬな。ここは一つ……くっくっく!

「ベアトは何しているのかな?」
「あいつか? そうだなぁ。どこかで優雅にティータイム、ってか。ははっ、見た目通りのことをしていると思うと、なんか笑えちまうぜ。」
「うー。失礼。」

そうだそうだ!何がおかしいというのだ痴れ者め!
唸る真里亞を尻目に尚も笑うか。戦人め……、後で覚えておれよぉ?

「いっひっひ!……それにしてもどんな店なんだろうなぁ。どういう外見なのか分かればもう少し楽なんだけど。」
「でかでかと書かれてある。黒猫が目印。」

ふむふむ、あの絵の通りで良いのか。園内のどこかにいる黒い猫を見つけて、その後は追いかければ良いと書いてあったな。見つけて追いかけさえすれば辿りつけるような風でも無かったが。

「んー。黒猫と言われてもねぇ……」
「遊園地の中に普通猫はいない。見ればすぐ分かるよ。でもどこにもいない。」
「だよなぁ。そう簡単に見つかるもんなのかよ。……、魔女ならいざ知らず。」
「うー?」
「何やってんだベアト?」
「うー!」

おぉっ?!よ、よもやこうも簡単に見つかるとは……。何故ばれた?

「よ、よぉ!奇遇だな。それにしても、よく分かったものだな?」
「いや、なーんかふと後ろ振り返ったら見えた。」
「気付かなかった!戦人、何で分かったの?」

気になるぞ。妾の気配の消し方は完璧だったはず。それが何故……

「今時木の描かれた看板持って隠れようとする奴がいるかって。」
「そうか、やはり場所に合わせたもので行うべきだったな……」

この男中々観察眼がある。案外推理物の一つを愛読書として挙げているに違いないわ!
と感心しているとあからさまに溜め息を吐かれる。何だ、何かおかしなことを言ったか?

「そうじゃねーよ。不自然この上無しってことだよ。そんなハリボテで、この戦人様を欺けると思うな? ひっひ!」

しかし下手糞な、と終いには笑いだす始末。むむむ、よくお師匠様たちがやっているのを見て使えると思ったんだがなぁ。

「そいつらきっと大真面目に隠れようとしているのと、くすくす笑いながらやっているのといると思うぞ。」
「真里亞もそう思う。シュール。」

おっと、お師匠様たちは今は考えてはいかん。特にロノウェなんか思い出したら胸糞悪くなる。封印封印。まずは話題を変えねばな。

「そ、それよりも!そなたたち、二人で何をしていたのだ? 何かを探しているような雰囲気だったが。」
「ん? ああ、そうなんだ。真里亞が新しく出るっていう店を探しに行きたいって言うんでな、半ドンで暇だった俺が強制的に。」

ほう。土曜でも休みではないのか。感心なことよ。親類も忙しいのかの? どこも同じ……って、またロノウェたちのことをっ!今は忘れる忘れる!

「戦人、嫌?」
「だってよ、探すなら皆と一緒の方が効率良かったんじゃないか? 土日毎にやるって話だろ。だったら明日とか。」
「ママはかく語りき。『初物よ!人生は初物を奪ったもん勝ちなの!分かるわね!? 初物万歳ッ!そして、どちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』……と。」
「……頑張れ、楼座叔母さん。」

何だか妾も無性に哀しくなってきたぞ。めげるな、楼座とやら……
妾と戦人があさっての方向を向いて涙を拭く。真里亞は不思議そうにそれを見ている。分からないなら今はそれで良いのだ……

「そしてそれを真面目に取る真里亞も、子供らしいというか。それは置いておくとして。ベアトはどうしたんだ?」
「ん? 妾も少々気になったのでな。面白そうな話は大好物だ!というわけでだ、まだ探すのであれば妾がついていってやっても良いぞぉ? いつもは高い利子が付くのだが、今回は特別に途中でアイスを買ってくれれば良しとしよう!」
「へっ、一緒に来て下さいの間違いだろぉ? つか、お前ちゃっかりねだるんじゃねーっ。金出すのは俺なんだぞ。高校生厳しいんだぞ!」

と言いつつ嫌そうな顔をしないのが戦人らしい。こういう所でケチ臭くないのは好印象であるな。
隣で真里亞もはしゃぎだす。

「うー!ベアトも探そう!戦人とベアトと真里亞、三人で探す!」
「俺も特に問題は無いぜ。但し、お菓子は一つまで!良いな? 小遣いもう無いんでね。」

そこはもう少し羽振り良くはいかぬか? ふん、まぁ良い。庶民派気取りをせっついても大して出しはせんだろう。
二人の快諾に妾の気分も高まっていく。景気良く天高く拳を突き上げ出発の音頭を取る。

「異論は無いな? では行くぞ、付いて参れ!」
「お前もどこにあるか知らないんだろーが。とりあえずは散歩って所だな。」
「ベアトとお散歩!うーうー!」
「うむ!真里亞と散歩だ」!うーうー!」
「ははは、俺もいることをお忘れなく、っと。こんなにぎやかだとこういう所じゃなきゃ浮いちまうなぁ。まっ、楽しけりゃ良いか。」



「さーて、三人になったわけだが。どう探す?」
「目印は猫なのだろう? 他には何か無いのか。もっとこう、場所を限定できそうな情報は?」
「どうだ真里亞?」
「知らない。」
「だよなぁ。どっかに気の良い情報屋でもいないものか……」
「ふむ……」

そういえばお師匠様は何か言っていなかったか? 立案者が誰かは知らぬが、経営者の一人なのだから何か知っていて良いはず。

「こうやって散策しているだけっていうのもなぁ。」
「うー、絶対見つける。ママと約束した。初物手に入れたらプレゼントする。」
「そうかぁ。なら、張り切って、と行きたいんだが……」

戦人が言うにはそろそろ機嫌が悪くなる頃らしい。小さい子特有の何とやらだそうだ。探そうと言った手前、見つけられずに悲しませてはいかぬ。むぅーん、何か言っておった気がするのだがなぁ。

「戦人は何も分からぬか?」
「そりゃあな。秘密の企画だし、噂も流れてこなかったからな。今日になって初めて知ったくらいだ、どうにも――ん?」

と、手を繋いで歩いていた真里亞の足が止まる。横道をじっと見つめているが、何か見つけたのか?

「真里亞? どうした。」
「……うー。」
「何かいるのか? ――む。」

ある一点を凝視する真里亞。この先は森の奥へ通じる道だが、昼間といえど少々見辛い。あの暗がりに何かを捉えたか。

「……猫。猫だ。」
「猫? 本当にそうだとすると、走っていたか?」
「うー、見てる。黒猫、ずっと見てる。奥で止まって、見てる。……うー。」
「んー……」

戦人と共に目を凝らす。どうやら件の黒い猫らしいが、あの極小の点、よく見ると生き物らしい物体がそうか?
しばらく見つめていると点がふっと消える。それに合わせて真里亞が走り出す。

「お、おい真里亞!」
「追うぞ戦人、ぐずぐずするな!」
「あ、えっと、おう!」

これは幸運と言うべきか? それとも見間違え? 何でも良い、まずは行動あるのみだ。待っておれ、奇跡の黒猫よ!






一方その頃。
「ロノウェ様!」
一人、否一体?の山羊が悪魔の執事に話しかける。
ベアトリーチェと喧嘩別れをした後、ロノウェは終始表情を曇らせたままだった。ここ数日よく見るものだったが、今は拍車を掛けて暗い顔をしている。
「……どうかしましたか。」
笑顔とも言えない顔を取り繕うこともせず、走り寄ってきた部下に応じる。
「かくかくしかじか……」
事のあらましを聞いていく内、苦笑いが零れる。
抱えていた案件が悪い方向へ行ってしまっている。予想通りといえばその通りだが、現実となるとやはり――。そんな様子が垣間見られる。
「……やはりそうなってしまいましたか。来た時にはいずれこうなるやも、と申し上げましたのに。やれやれ、彼らにも参ります。待遇の差こそ違えど、同じ目的のための同志でしょうに。」
「お察しします。して、如何致しますか?」
「しばらく様子を見ましょう。――これも下に就く者の定めですかねぇ。」
自虐的に小さく笑うロノウェ。しかしすぐに顔を引き締め、賢い山羊さんへ細かな対応を言いつける。
部下がいつもより大きな足音を立てて走り去る。それを見送りながら、抱いてきた恐れの開花に思いを巡らせる。

――せめてここだけでも守らねばなりませんか。困ったものだ……――

深い溜め息を一つ。そして己の仕事を全うするため、今一度心の中で喝を入れる。
彼も一人本部を後にする。後ろ姿は急ぎ足ながら、纏う空気は常と同じ優雅さが戻っていた。










果たして妾たちは件の店に辿り着いた。そして今はその帰り道。
今でこそ笑い話を茶菓に散策再開、だが数刻前は地獄に等しい時間だった。僅かとはいえ体が悲鳴を上げる瞬間が永遠に続くかという恐怖を味わった。

「ふーっ、一時はどうなるかと思ったぜ。」
「うー!とっても楽しかった!」
「走ってばかりで疲れたとしか思えなかったがのぅ……。妾は爽やかな汗をかくより、知的な営みに心血を注ぐ方が好きだぞ。」
「はいはい。まぁ良い運動になったんじゃないか?」

戦人はああいうが皆全速力、更には森中をあっちこっちと走り回ったため息も絶え絶え。店に着く頃には妾はおろか戦人ですらぼろぼろになっておった。真里亞? 小児の体力は無限大というてな……すげぇよ子供。
その後は三人して発見記念にもらったラムネを並んで飲み干した。一気に飲んだから三人とも揃ってむせたがな。それでもとても爽快だった。一人がくすくすから大笑いに、そして店主と四人で爆笑。何とも馬鹿馬鹿しい、そして小気味良いものだった。

「売り子は男一人だったが、あれだけ抱えてこれまで園内中を練り歩いていたとはな。」
「ははは、確かに。真里亞追い掛けるのにぜぇぜぇ言っていた俺たちとは比べ物にならない程体力あるよなぁ。そしてその人の場所をきちんと察していたあの猫も凄いぜ。」
「きっと奴の行動パターンを読み切っているに相違無いわ。まるで長年連れ添った相方よのぅ。……羨ましい限りだ。」

あの黒猫、店主の青年が言うには案内役だったらしい。走る看板娘といったところか。
本気で追い掛けてくる者には必ず奇跡を見せる、それに向かえない者は容赦無く残して去る。一見慈悲も愛も無いように見えて本当は優しい子だと話していた。本人――本猫は振り返ってこちらを見るそぶりはしたものの、すぐに走って先に行ってしまったから優しさなんて感じなかったがな。妾たちが着いた頃には悠々と木陰で休んでおったし、後で寄っていってもそっけなかった。あれでもそういうものなのか? むーん……

「にしても従業員の人をあいつって言うのは気が引けるけど、そう言って良い程気さくな好い人だったな。」
「戦人と似た感じがした。知り合い?」
「じゃねぇけど、どこか親近感が湧くぜ。ああいう男友達は良いもんだ、お互い腹割って話せそうな雰囲気だったな。」
「お互いに口説いてきた女の話でもするのか? くっく!」
「んな!俺がいつ女口説いていたよ。てかお前俺の日常知らないだろうが。」

知らずとも分かるわ、きっと星の数程の女性を泣かせてきたに違いない!きっとあの男も大層な、えっと確かスケコマシ……か?であるだろう。根拠は無いが絶対そうだ。うむ!
ところであの青年、今日は自分の当番だと言っておったが何故か哀しそうな眼をしていた。まさか本来は当番制ではない? よもや罰ゲームか何かなのでは……
っと。話が逸れたな。
猫の巧みな案内術に翻弄されながらも見付けた黒猫の祭具店。やはり普通のアクセサリー屋だった。品自体もよくよく見てみれば子供向けの偽物宝石等が大半。さりとて値の張る物は置かれていなかった。
だがそれ自体に何の意味も無かったのだろう。売り子の男も言っていた。

『確かにこいつはいわゆる偽物だよ。俗に言う宝石の構成要素は皆無、単なるガラス細工だから何にも詰まっちゃいない。子供の時分によく飛び付く、単なるおもちゃの宝石。でもさ、それに思い出っていう“本物”を入れてやればどうだ? 走って走って、ようやく見つかった場所にある色とりどりの宝物。例え何億とするダイヤやルビーだって、この数百円しかしないガラスの欠片に勝てやしない。そう考えると、中々良い企画だと思わないか?』

本気で駆け回った後の冷えた飲み物は老若男女に総受けだけどな。素直に目を輝かせていた真里亞に微笑みかけながら、そうつけ加えつつ彼は言った。妾も戦人も理解できた。
辿り着いた結果にあったのが偽物でも、過程が辛く苦しく、それでいて思い返して微小でも快いものであったなら。その贋物でしかなかった玩具は楽しい思い出という魔法で、この世に二つとない宝物に変わる。
ふっ、まさに無限の魔法ではないか。あの男、年若い形の割には既にその境地に至っておるのか。かつて何か大きな存在を打ち破ってきたに違いない。

「つーか真里亞、荷物持ちがいるからってこんなに買って。皆に配るのか? 全部叔母さんにじゃないよな。」
「皆にあげる!それと猫さんとの勝負も話す!うー!」
「真里亞の見事な粘り勝ちであったなぁ。根気強く追い続けた結果だ、誇って良いぞ。」
「ありがとベアト!真里亞勝った。ママ褒めてくれるかな?」
「ああ。きっと褒めてくれるさ。こんなに良い顔しているんだからよ。なんなら俺が先にしっかりがっつり褒めてやろうか? いっひっひ!」

ママが良い、うー!と真里亞が唸る。戦人も分かっているよと手をひらひらさせる。その度に、袋一杯に詰まった思い出が軽やかな音色を奏でる。
三人で過ごす和やかな時間。とても心地良い。何か考えていたような気がするが、まぁいいや。やはりこういうのが一番よのぅ。

「ベアト、やけににやついているな。」
「今日一番の笑顔だねとでも言えんのか。」
「へーへー。……楽しかったな。」
「うむ。悪くはなかったぞ。」

こんな一時がずっと続けば良い。こんな時間を無限の魔法で続けられたらとても素敵。
だがもう楽しい時間は終わりに近づいていた。あらぶるものの地響きは静かに確かに、我等の足元に迫ってきていたのだった――










「――はいもしもし? あぁ父さん。……え? ファントム!? いや、私は気が付かなかったけど……」



「うん、……うん。まさか!突然気配を発するだなんて、そんな怪人聞いたことが……。あのガァプだったらそんなそぶりさえ見せずに事を運ぶだろうし。じゃあ一体……?」



「……いえ、私も聞いたことがありません。でもさっき確かに突然怪人の、これまでより遥かに強力な波動を感じました。ですが隠されていたとしてもあの大きさは私たちでなくても……」



「「「これは……どういうことなんだ?」」」









「……あれは……」

気付いた時には惨劇は始まっていた。
木陰で思案していた嘉音。一際大きな叫び声に思想の海から引き揚げられた所だった。周りを見ると一目散に逃げ出す者、腰を抜かす者とそれを助ける者、各人様々にそれから遠ざかろうとしていた。

「あれだけ大きな怪人――いや怪獣か? どこに置いていたんだろう。幹部級でなければ知らされなかったとか……なのか。」

既に嘉音も遠巻きに観察できる位置まで退いている。付近に建物が無いため、辺りで一番背の高い木に駆け上がって注意深く見守っていた。
と、怪獣が残してきたと思しき足跡に鈍く光るものを見つける。注視するとどうやら拘束具か。それもうっすらとだが魔法的な処理が施されていた風にも見える。

「――ッ!? 凄い……絶叫だ……っ!」

状況把握に気を取られていたため再度響く咆哮に耳を防げなかった。その大音量に押される形で眼下の人々が数人倒れ込む。
牛を思わせる風貌はとてつもなく大きい。
その巨躯からも納得の雄叫びは至近距離なら常人なら気絶しかねない。ショック死すらあり得る。
コンクリート製の固い壁をやすやす突き抜く太く鋭い両の角。人間の貧弱な体など造作もなく破れるはず。
四足は丸太など比ではない程の筋肉で覆われ、それを支える蹄は力を込めれば舗装路をいとも容易く踏み抜く。
これ程までの幻想が、我がファントムにいたとは。当然と思えば当然、だが今までと比べると遥かに攻撃性を増している。果たしてこれは――

「まさか……脱走? いや、管理体制はきちんとしているはず。それじゃあ……故意に? ――ッ、くうっ!!」

そんな思案の途中、耳の奥が鋭い痛みに襲われる。自分から遮蔽物が無い空近くに赴いたせいだが、それ以上にあの幻想の獣は凄まじい唸りを上げている。そこいらを駆け回って手当たり次第に破壊する度に叫ぶ。お陰で耳鳴りは治まらない、どころか悪化の一途を辿っている。

「……うみねこセブン!」

ふと後方に目をやると、地鳴りに戦きながら三人の勇士が全速力で走っていた。視認できるのは黄・緑、そして――白色。
このままだと鉢合わせる。今でこそ誰も木の上など見るわけもなく逃げているが、こちらに来る以上目に入る可能性は大。一旦降り、過ぎるまで隠れるか?

「――はっ!」

僅かに木の葉を舞わせつつ速やかに着地、通るであろう道からは見えない木の裏側に背を付ける。
そして数秒経たない内に三人は走り抜ける。敵対する自分がいるとも知らずに。
何か言い合っていたが大騒ぎで聞こえなかった。あるとすれば今いない残りの仲間のことか。いの一番に駆けつけそうなのはレッドだが、彼らしい気配は後にも前にも感じられない。恐らく仲間が集まっていないことに不安を感じている所か。

「それにしても……」

嘉音の頭によぎるのは疑問。
パレードの時間帯でもない。動物園でもないのだから脱走も基本的には無い。
あんな獰猛な獣だ、幻想であろうが本物であろうが見れば必ず何かしら噂されていて然るべき。それがアナウンスも一切されていなかったし、目視していたのなら今の今まで誰も逃げるなり離れるなりしなかったのは何故?
――そもそも僕だって傍にいた。否、正確に言えば僕の傍で奴は姿で表した。もっと言えば、……突如出没した。何らかの魔法を使っていたとか?――

「……ロノウェ様?」

不意に強い魔力を感じ、横に目をやる嘉音。
ロノウェだった。その視線はあの怪獣に向けられている。今は任務に赴く者に相応しい精巧な顔つきをしているが、どこか虚ろで心ここに非ずという印象を受けるのは気のせいか?
声を掛けようか迷っていると当人も気付いたらしく、ふっと微笑み挨拶する。

「……おや。嘉音君ですか。元気にしていましたか。」
「はい、心身共に壮健です。……ロノウェ様、あれは一体?」
「見ての通り怪人です。それ以外にどう見えますかな? ぷっくっく!」

人間の余興にしては手に余りそうですねぇ、といつものように一人含み笑う。だがその挙動もどこか惰性的。別段行動が活発な方ではないが今は特にそうだ。覇気が見られないといったところか、と嘉音は黙考する。
周りの音だけがひとしきり鳴り渡り、徐々にそれも消えていった時だった。様子を眺めるだけのロノウェに嘉音が問いかける。

「……ロノウェ様。あれについてのことなのですが。ロノウェ様は何か御存じでしょうか。」
「はい。それはもう、関係大いにありですねぇ。私の知っていることで構わないのであれば教えましょう。」
「有り難う御座います。――まず、あの怪獣そのものではないのですが聞きたいことが。言葉を選ばすに申し訳ないことではありますが、これまでのものとでは比較にならない程強い気を発しています。そして実際に凶暴で、いつになくらしくというか、正常に破壊工作を推し進めている。何と言いますか、本気の度合いが違うというか……」
「良い指摘ですね。……ええ。あれは本国からのサンプルです。曰く、『自分たちの本分を再確認せよ。』とのこと。いやはや、口調は穏やかでしたが、あれは全くそうではない。」
「本国から……。ということは、七姉妹が悉くやられていることや、……紗音の離反等が?」
「そうなのでしょうね。彼等からすれば、見事に手を尽くされた手抜き、だそうですよ。困りましたねぇ、明日から本気を出すと申したのですが。ぷっくっく!」

また笑う。笑顔ではあるが、そうではない。憤怒、自虐、苦悩、そんな負の感情を押し殺すための仮面。
辛い立場に置かれているのは自分だけではない、そう感じる嘉音。そしてそれを表に出さない責任ある者としてあるべき姿を見せるロノウェに、尊敬と悲哀の籠もった視線を向けるのを憚らなかった。

「僕たちは……間違っているのでしょうか。敵から見ても、味方から見ても。」
「その判断はあなたが決めなさい。……まだ時間が必要でしょう。」
「そんなことはありません!僕は……人間ではない。だから……」

人間に見放された者。それはすなわち人間であることを許されなくなったということ。
紗音と嘉音、二人は人間をやめさせられた。だがそれを受け入れたのなら、自ら辞めたに等しい。だからこそ彼等は家具であるはず。

――にも拘らず、また人間に戻ろうとするなんて。紗音は愚かだ。僕には……できない。しちゃいけないことなんだ。――

あの怪獣が現れて忘れていたが、未だそのことについて悩んでいた。結局答えは出ないまま。
判断のつかない問答に嘉音は一度区切りをつけ、今し方暴れている怪獣について尋ねることにする。

「申し訳ございません、話を戻します。よろしいでしょうか?」
「ええ。まずは名前から教えないといけませんか。あれはアバレタオックス。牛の見た目にこの名前、まさに名は体を表すですねぇ。ぷっくっく!」
「アバレタオックス……ですか。では――」
「好きにお聞きなさい。あれが何故誰にも気づかれずに園内を闊歩できたのか、ということ以外なら。」

やはり何でもお見通しか。恐ろしさを感じつつ肯定し話を進める。

「……何らかの魔法、いや遠目に見えましたがあの拘束具で?」
「ええ。殆どの動きを制限しますが外れるまでどんな方法でも認識させない物品です。視認はもちろんレーダーすら確認不可能、例え見える範囲にいても何もいないと認識される。質量は今の所そのままですがね。“フォースバインド”と呼ばれる隠密・奇襲用武装の試作品だそうで、侵攻も兼ねてそれぞれテストしておけと言付かりました。ファントム内にいれば効果が出ないため問題無く管理できるのですが、行動制限も作動しなくなるのが課題でしょうね。」
「通常の拘束具では奴を止め切れなかったということですか……」
「そうです。調整し切れていれば下級の山羊でさえも操れる程従順な怪人ではあります。だが元々この世界には存在しない生物です。地球の環境が合わなかったのでしょう、当初は大人しかったのですが目に見えてストレスを溜めていきました。それだけが要因ではないようですが。」
「そして募らせていた憤りがここに来て爆発……、ですか。」
「出たら出たでフォースバインドの力で束縛されて、更に不満を溜めたことでしょう。あの爆発ぶりは聞いた以上ですよ。いやはや、ここまでの逸材を任されるとは。」

ロノウェの口ぶりから多少の悪意はあるものの、少なくとも能力については高い評価を受けている牛の幻想獣。嘉音にはそれでも尚ロノウェの心が晴れないのが不思議だった。

「ですが、あれならうみねこセブンは一網打尽。暴走しているとはいえ問題は無いのでは?」
「困ったことに、未だに壊して良いモノと悪いモノの区別がつかないのです。それが人だろうが山羊だろうがお構い無し、それこそ我々やベアトリーチェ様であろうと容赦しません。ファントム本部も例外ではありません。」

前者は対処可能ですが、後者が地味に痛いですねぇと朗らかに笑う。笑いごとではないだろうと青ざめつつ、嘉音は再度暴れ回る猛牛を見やる。

「つまり……攻撃対象にされたら損害は免れ得ないということですね。」
「見えるモノにひとしきり攻撃する分かりやすい性質なので、進撃の調整に気を付ければ心配は無いでしょう。もしもの時は私が止めに行きます。所詮は怪人ですからね。」

所詮と言い放てる所が幹部の幹部たる所以か。今一度ロノウェの力に畏怖する嘉音だった。
すると今までの騒ぎが嘘のように静まる。どうやらようやくセブンたちと対峙したようだ。

「かなり遠くまで駆けていったようでセブンの方々も大変そうだ。あの先は西部劇の催し物がありましたか。」
「はい、ワイルド・ウェスト・シューティング周辺の荒野エリアですね。」
「ショー会場から飛び出た本物の猛獣が荒野を行く!B級映画にもってこいの構図ですねぇ。そういうのは嫌いではありませんよ。ぷっくっく!」
「近付きますか? それともこのまま?」
「見えさえすればすぐに向かえます。高みの見物と行きましょう。」
「分かりました。では僕は監視を行います。」
「頼みますよ嘉音。」

頷くと即座に元いた枝へ跳び上がる嘉音。
少々遠くはなったものの目を凝らせば人影が見えた。
そして三つの輪郭と比べて格段に巨大な塊。
三対一となっても負ける要素が見当たらない。質量は段違い。実力も相応。
勝てる。勝ててしまう。
嘉音は味方である怪獣に安心感と一抹の不安を、そして敵であるセブンたちに何とも言い難い感情を覚えるのだった。










少し遡って戦人たち。

「今日は大分脚使ったなー。筋肉痛にでもならなきゃ良いんだけど。」

しばらく適当にぶらついていた戦人たち。そろそろ門が見えてくる所までやってきていた。
昼を過ぎ腹も空いてきた頃。

「軟弱な。若い者。それも男があれくらいで疲れてどうする。」
「そういうお前だって時々脚さすってんじゃんか。」
「むむむ……」

飽きもせずお互いに罵り合う。だがそれも同じ戦い?を潜り抜けた者同士の挨拶のようなもの。嫌悪感のない、爽やかな雑談。今日という日を心から楽しんでいた。
そんな折一番気に入った宝石を眺めていた真里亞が戦人の袖を引っ張る。どうやら楼座のことを思い出し、自分の成果を報告したくなったようだ。

「戦人、真里亞早くママにこれ見せたいから戻る!」
「ん? そうか、じゃあ……」

本部に行こうかと言おうとして無関係のベアトがいることに気が付く戦人。下手なことを漏らして皆に迷惑をかけるわけにもいかず、ひとまず園外へ出てから別れようと思いつく。

「――今日はここらで帰るとするか。じゃあなベアト、また今度な。」
「何だもう行くのか? むぅ、つまらん。だが真里亞も母親のために頑張ったのだし仕方あるまいな。」
「うー、また今度もっと一緒に遊ぼう? 今日は御免なさい。」
「そうか。妾も少し休みたい、一服も兼ねて今日はここまでとしようぞ。」

また今度、そんな約束が当たり前のようにできる程彼等は仲良くなっていた。
だから戦人も自然に、あることを提案していた。

「ん、そうだ。まだ暇なんだろ? 真里亞を送りがてらどこかぶらつこうぜ。腹も減ったことだしな。」
「む? だから今日はここまで――」
「園内ではここまで、だろ。外で……ってことだけど?」
「外?」

外。この遊園地という囲いから抜け出た世界。
外。言われなければ思いつきもしなかった世界。
その何の気無しの提案が、彼女の心に興味という芽を出させる。

「戦人ー!早く行くのー!」
「ああ、わりぃわりぃ!ほれ、来いよ。たまにはここ以外で食う飯も良いもんだぜ。」
「ん、あ……あぁ。」

それはほんの些細な一言。
それがどれだけ重い一言か。
彼等は気付いていない。






「きゃっきゃっ!」
「おいおいそんなに走ると危ないぞ真里亞!ったく子供って奴はやんちゃでいけないぜ。」

弾けんばかりの笑顔で門を駆け抜けていく真里亞。それを見て肩を竦める戦人がいつものように軽口を叩く。

「……」

答えは返ってこない。
求められた女はただ前に開けた向こうの世界に目を向けていた。

「お? 何だよ、そなたも子供だろうにー、とか言わないのかよ?」
「……なぁ戦人。」

半笑いだった戦人に真面目な顔で問い掛けるベアトリーチェ。

「どうした。」
「――この先には何があるのだ?」
「は?」

それは全く以て不自然な問い。
しかし彼女には何も分からなかったのだ。だからその問いは間違っていない。

「この門をくぐったら、何が視えるのだ?」
「何が見える、って……普通に街並みじゃないか。後は人通り? それがどうかしたかよ。」

いつしかスカートをぎゅっと握りしめていた。手にはうっすらと冷たいものが浮かんでくる。
足が重い。時折小刻みに震える。それが疲れから来るものか、今や定かではない。
――それは一種の不安。
子供の頃、小学校に初めて行った時は緊張したことがあるだろう。見知らぬ土地であればどこでも良い、とにかく未開の地に赴く時どこか怖い気持ちがあっただろう。
目の前に広がる世界は関心をそそるものばかりではない。ある程度危険なものを知りつつある中で、知らない世界に飛び込むことは躊躇われるもの。

「……」
「おい、ベアト……?」
「――怖いものは、無いか?」

自分のやってきたことを否定された。そんな中自分の常識が通用しない世界に素直に行けるか?
自分を蔑ろにした者たちから離れられるとも思った。だが離れたら会えなくなるかもしれないのではないか?
興味は尽きぬ、だが頼れる者は――

「どうしたよ、この俺が近くにいるのに怖いものなんてあるか?」
「――!」

――否、何を恐れるか。
妾は黄金の魔女、絶対無敵のファントムの主。
そしてその隣には――

「……?」
「……いや、何でも無い。行こうぞ戦人。案内せよ、外の世界とやら!」
「……へっ、御意。姫様の御心のままに、てか?」

差し出されたのは大きな手。
握る。
動かすのは鉛入りの細い足。
滑らす。
太陽のように熱い掌が妾を掴み、力強くあちらへ引っ張っていく。
連れていってくれ。
霞がかった心の底から何かが告げる、か細くもこちらへ戻れと叫ぶ。
構うものか。
あちらとこちらの境目が近付く。
ああ、その先には何が――



――あれ?――

――身体が、動かぬ。――

――耳が、遠い。――

――目が、回る。――

――光が、弾ける。――

――闇に、覆われる。――

――世界が、暗い。――

――……世界って、何だ?――

――ここは、どこだ?――

――妾は、……何だ?――










「レッドたちは!?」
「園内にはいる!でもまだ時間掛かるって……」

アバレタオックスの破壊活動を止めるべく飛びだしたグリーンたち。
しかしその巨体から繰り出される重い突撃を止めるには、残念ながら味方の数が少なかった。
建物に猛進する所に横やりを入れてもみた。
逃げ遅れた人々に追撃を仕掛けるのを正面から対抗してもみた。
分かったことと言えば、圧倒的な威力の差。

「厳しいな……、ホワイト!あとどれくらい耐え切れる!?」
「うぅ……ッ!もう、長く持たないかも……」

無論ホワイトの防御はとても優れているから、そうそう破られはしない。
グリーンもイエローも一撃を加える隙さえ見つかれば、すぐにでも反撃する準備はしている。
だがその隙が生まれない。相手はただ闇雲に走り続けているだけにも拘らず、だ。

「畜生、防戦一方じゃないか!あれだけ突進し続けて、まだ動けるのかよ!?」
「遠巻きに注意を逸らそうにも僕等の遠距離攻撃じゃ焼け石に水だし、真っ向からぶつかろうにもあと一人は攻撃を支援してくれる人がいないと……!」

絆の力が彼等の武器。それが今はまだ揃っていない。
まさに総力戦の様相を呈していた。






「……凄い力だ。」

嘉音も遠巻きに監視をしつつ、一体だけで三人と拮抗し今や優勢を得ようとしている荒れ狂う獣に驚愕していた。

「確かに恐ろしいまでの強さだ……。見えるもの全てを破壊し尽くす。それだけに特化しているからこそ、あれだけ痛打を入れられても突進することだけはやめない。」

セブンたちも一応アバレタオックスが動きを止める瞬間に攻撃を当てている。それまでの怪人だったら倒し切れるはずの大技も使っている。怪獣の方も当初から比べれば遥かに動きも落ちてきているのだ。
予想の通りの完勝とはいきそうになかった。だが尚怪獣の強靭さは際立っていた。彼らの敗北も有り得ない話ではないだろう。

「足は動くから、走る。動けるから、壊す。できるから、……やり続ける。」

心中どんなものかは分からない。そもそも奴らに心なんてあるはずがない。
それでも、他者からの悪意によって集積された怒りは、そして生来持ち得た折れぬ闘志は、嘉音に強く響いていた。

「ふん、馬鹿馬鹿しい……。何を考えているんだ僕は……」

不意に、遥か後方人混みを掻き分け進む者たちの気配を感じる。
その力強い意思は、彼らの要。

「うみねこレッド、うみねこピンク……!」

討つべきか?
ロノウェ様は特段指令を下されなかった。それでも状況に応じ動くのが臣たる者の務め。
だが……それで良いのか?

「……良いさ、きっとあいつらもアレにやられる。そうしたら後始末を代わってやれば良いんだ。僕自ら出る場面じゃない……」

そう決めた。そう言い聞かせた。
そして気付くそぶりも見せず走り去る二人を虚ろに見下ろし、嘉音はまた観察に戻る。何についての観察か、定かでなくなりながら。



「悪い、遅れた!……こいつか今度の敵は!」
「うー……酷い、皆めちゃくちゃ。全部……こいつが?」

五人が揃った時、辺り一帯はまさに荒廃した土地となってしまっていた。演劇のセットなどでは生み出せない、生半可でない現実の荒野。そのあまりの甚大な被害に、レッドもピンクも苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべる。

「おせーぞレッド!」
「待っていたよピンク!さっそくだけど陽動を頼むよ。あいつの目を回してくれるかい?」
「野郎、こんなにめたくそにしてくれやがって……。お返しは三倍どころじゃねえな。百倍返しにしてやるぜ!」
「うー!……下がってホワイト!さくたろ、皆と一緒にあの牛みたいなのの前を飛んで回って。」
「うりゅ!」

もう何度盾を構えたか数えるのも忘れる程ぶつかり合い、心身ともにぼろぼろなホワイト。
自慢の拳を打ちつけても手応えどころか反動ばかり食らい、煮え切らない気持ちに溢れるイエロー。
戦場の崩壊を何とか防ごうと画策するも自身の疲労に負け、結局為されるがままの状況に苦心するグリーン。
三者三様だが、全員が疲労困憊。誰もが気を抜けばじり貧になる戦いに心を砕いていた。そんな様子を見てレッドは済まなそうにするも、すぐに顔を引き締め最後にしたい戦略会議を始める。

「状況はすこぶる悪い、けど二人が来てくれたなら引っ繰り返せるはずだ。もう一度正面から盾で防いでもらって、抑えている内に僕等が左右から叩く。足を集中的に狙ってきたからそろそろ止められるはずだ、体勢を崩したらレッドにとどめの一撃をやってもらう。」

砂の上に簡単に図を描きポイントを指し示すグリーン。話は簡単、受ける者、崩す者、そして撃つ者。役割を分けて叩く、それだけ。本来ならすぐにやれていたことだけに、レッドも作戦の単純さを笑う余裕は無かった。

「初めから最後まで戦ってくれたのに、遅れてきた俺が良いとこ取りか。こいつは後に引けないな。」
「精々きっちり仕事しろよ? 言っておくがあいつの突進をまともに受けちゃ駄目だぜ。何度か額を小突いてやろうとしたんだけど、向かってくる時の風圧やら威圧感やらで動けなくなってさ。だから正面は絶対にホワイトに任せる。卑怯な手だけど背後からやるしかないぜ。」
「まともに立ち合ったら万全でもきついか……、恐ろしいな。おし分かった。ただ皆満身創痍だろ? 特にシールドはもうそんなに出せないんじゃないか? どれだけ耐え切れそうだい? 案外まだまだバーンと跳ね返せない?」

ようやく前線から離れることができ、息を落ちつけていたホワイトに尋ねる。あれだけの圧力を受け続けられる力は素晴らしいものの、それすら無かったらと考え身震いを抑えきれない。和ませようとした軽口もやや上擦ったものになる。

「いいえ。回復に回す力も防衛に費やしてしまいましたから、できて一・二回全力の突進を受け止められるかどうか……」
「こうなるとピンクにもまだしばらく陽動してもらわないとね。行けるかい!?」
「うー、任せる!皆を守る!頑張れさくたろ!」

グリーンが向かいの瓦礫の影にいるピンクに声を掛ける。今もさくたろうたちに指示を出し、つかず離れずの威嚇を行わせていた。いきなりのことだが疲弊した相手のため何とかこなせているようだ。

「おっ、闘志満々だな。頼んだぜー!……まったく、ここまで苦戦するとは思わなかったぜ。一体何やっていたんだよ? 事と次第によっちゃ……」
「駄目だよイエロー、今は戦闘に集中するんだ。――ただレッド。詳しくは聞かないが、後で親族の皆でパーティーをする予定でね。時間は開けておいてくれよ?」

二人の視線が痛い。しかしその眼も強い怒気は無く、むしろ期待に満ちていた。

「おお、こえー。どんな歓迎をされるんだか。――野暮用があってな、あのまま放っておくわけにもいかなくってさ。埋め合わせは……こいつでするぜ!」

希望を託されたレッドのコアが強く光り出す。増やしてしまった被害への申し訳無さ、悲しみを生んだ悪を憎む気持ちに呼応する。

「それじゃあ行こう。号令、頼むよ。」
「ああ!うみねこセブン、出撃だ!」
「「「「了解!」」」」






「これ以上の好き勝手はさせねぇ!うみねこレッド!」
「猛獣退治の総仕上げだぜ!うみねこイエロー!」
「そろそろ怪獣ショーも幕引きだよ。うみねこグリーン。」
「もう壊させはしない!うみねこピンク!」
「守り切ってみせます。うみねこホワイト!」

五人の掛け声に猛牛の咆哮が応える。激しい攻防を続け、尚も叫ぶことができるのはその強靭な肉体ゆえか。それとも?

「ぎっ……!何だよ、まだこんなに張り上げられるのか?」
「さぁ来るよ、ピンク!ホワイトの後ろで待機して。突進してきたらとりあえず邪魔してくれ!」
「うー!さくたろ、準備は良い!?」
「うりゅ、いつでも良いよ!」
「イエロー!右から頼むよ、僕は左からだ!進行方向を盾の方にする、真っ直ぐ向かってこちらに誘導。ある程度近付いたら横に急旋回して一旦離れて、ぶつかり合ったら左右を突く!」
「要は真正面からと見せかけて横からドンッ!だろ? 任せとけ!」
「レッドはあいつが走り始めたら裏へ回り込んでくれ!」
「レッド、私のことは気にせず全力で攻撃してください。そうじゃなきゃ止められないはずです。お願いします……!」
「大丈夫……だよな。信じるぜホワイト!」

確認完了と見たか、全員が前に向き直した瞬間嘶く声と蹄の音が鳴り響く。

「今だ、走れ皆!」
「おっし、回り込む!」
「行くぜ兄さん!」
「シールド……展開!」
「さくたろ、皆、ホワイトを守って!」

黄色と緑の閃光が真っ直ぐ走り抜ける。
その横を大回りに赤い閃光が駆ける。
獰猛な黒き粉塵を白き盾が迎え、桃色の守護隊が脇を固める。

「……それっ!!」
「……よっ!!」

ほぼ直角に二つの光が分かれる。そして盾と頭蓋がぶつかろうとした刹那、高速の拳と脚が地を踏みしめようとした両足に飛来する。

「突き崩す!『破岩魔王脚』!!」
「連撃必倒!『破魔連撃拳』ッ!!」

勢いを殺された猛牛の突き、だがそれでも衝撃は重く盾にぶつかろうと倒れ込むことは無かった。

「ピンク、囲んで!」
「張り付いて、さくたろ!」
「うりゅりゅりゅー!!」

退きながらグリーンが指示を飛ばし、続け様人形たちが取り囲み動きを抑える。我を忘れた猛牛は盾を突き破ることしか頭に無い。

「後ろはもらったぜ、……行くぞ皆!唸れ幻想砕く弾丸よ、突き破る!『レッド・ガンナーズ・ブルーム』ッ!!」

様々な思いを込めた必殺の弾丸が、蒼き閃光となって放たれる。土砂も瓦礫も纏めて吹き飛ばし、光の波動は狂獣の背中を覆い尽くす――






「勝った……?」

噴煙が収まった時、そこにはあえなく横たわる牛の怪物がいた。

「……へ、へへっ。やったぜ、俺たちの勝ちだ!」

他のメンバーは力を使い切り動くこともままならない。グリーンもイエローも盾の後ろの二人を左右に退避させた姿勢のまま気絶している。唯一全力の一撃を放っただけのレッドが立てているだけ。

「何だよ、結構……楽に終わった――!?」

と、垂れ下がっていたはずのアバレタオックスの尾が跳ね上がる。
近付いていた足を止め警戒をするレッド。

「ま、まだ動けるってのか……!」

すると徐々に上体を持ち上げ、ふらふらとしながらもしっかと地面を踏み怪獣が立ち上がっていく。その姿にレッドは戦き後ずさる。

「待てよ、もう充分だろ? ここいらで倒れちまっとけよ……な? な……っ?」

そんな情けない声に闘志が戻ったか、今一度高らかに猛牛は雄叫びを上げる。そしてゆっくりと蹄を鳴らし、大きく足を振り上げ――

「……ッ!!」

――何も音はしなかった。
恐る恐るレッドが覆った腕を下ろすと、そこにいたのは……

「ロ……ノウェ?」

大悪魔、ファントムの柱、最強とも噂されるその男は今――ヒトではなかった。

「……グウゥゥゥゥゥゥッ!!!」

汗が止まる程の戦慄が走った。
呼吸が止まるかと思う程の攻撃が放たれた。
それはおぞましくも美しい、悪魔らしい暴力の円舞。
そして気が付いた頃には、もう何が先刻の惨劇を起こしていたのか誰にも分からなくなっていた。

「――このような刺激も良い薬でしょう。」

悪魔は風のように去っていった。何の感情も無く、仕事を淡々とこなしていった。
何のためにここに現れ、何故味方である幻想を自ら打ち砕いたのか。彼等は知らない。
彼が何を思い暴れさせ、何故それの後始末を自ら行ったのか。誰も知らない。
残ったのはいつものように甘く、どこか悲しい香りだけだった。










「……チェ。」

――誰……――

「リ……ェ。」

――呼んでいる……――

「……リーチェ。」

――私……?――



真っ赤な夕日が差し込んでくる。
目が痛い、誰かカーテンを閉めてくれ。
あれは嫌いだ。

「起きた?」

脚を組み壁にもたれかかっている人影が見える。
その奇抜な衣装、間違い無い。

「……ガァプ。」
「驚いたわ、まさかニンゲンの休憩所で魔女を見付けるだなんて。」

いつの間にやらベッドにいた。
脚元の空いたスペースに座り、今までにない程優しげに声を掛けてくる。
何故だろう?
そもそも妾は、どうしてここにいるのだろう?

「……何があったのだ。」
「疲れて寝ちゃったのよ。若いからって無茶しちゃ駄目よ?」

ああ、お前は知っているんだな。そして言わないんだな。
顔に掛かった髪を払ってくれながら笑いかけるガァプはそう言った。その言葉が正しくないことだけ分かる。そして彼女もそれを承知した上で、聞きたい?とでもいう風に見つめてきた。

「善処しよう……くっく。」

ならば聞くまい。
何を感じたか、何を見たのか、全て自分が知っている。当人が思い出せば良いこと。
妾が悩まなければならぬ、自分の知らない自分の異変を。

「リーアも心配して飛び出して来そうだったから、早めに戻って報告するわ。あなたも歩けるようになったら自分で帰ってきなさい。真っ直ぐ、ね?」

さらりと釘を刺しつつ、ふわりと立ち上がっていつものように消えようとする。
その前に、これだけは聞いておかねば。

「なぁガァプ……」
「ん?」
「妾は一体……何なのだ?」

ああ、またその顔か。
何も答えぬか。
知っていて、何も答えてはくれぬのか。
眠ればこの気持ちも消えるのか?
聞きたい。聞きたくない。でも眠ればそんなことを思ったことすら忘れるのか?
そうなんだろう?
そうなのか?
――ああ、やっぱりその顔……か――

「……それに答えるにはまだ早いわ。もう少しお眠りなさい、時期が来たらきっと教えてあげる。それまでは――」

カーテンの向こうの日差しが熱い。
赤々と燃える太陽が来る、誰か閉めてくれ。
あれは……嫌いだ――






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Re: 【本編投稿用】 - 神風刹那

2012/07/01 (Sun) 06:10:44

【あらすじ】
度重なるうみねこセブンの妨害に、ファントムのボス・ベアトリーチェは思案を巡らせていた。
このままのんびりと構えていては侵略にも支障が出る。自分なりに手段を考えて相談するものの、ワルギリアやロノウェからは自分たちに任せろと言われるばかり。
喧嘩とは言わないまでも険悪な雰囲気となり、少々不満な顔をしながら遊園地内を歩いていた。

同じ頃新店舗の情報を得て遊びに来ていた戦人と真里亞。
ふと真里亞がベアトのことを呟くと、偶然にも当の本人とばったり。三人でお目当ての商品を求めて園内を回ることに。

場面は変わりファントム側は。
調整をしていた幻想猛牛アバレタオックスが突如暴走、レインボーステーション内に誤って放たれてしまう。
凶暴化した幻想獣は逃げ惑う人々に向かって突進し、何でもかんでも手当たり次第に壊しまくる。
直ちにうみねこセブンが対処に走るが、あまりの攻撃性に歯が立たず苦戦する。
見兼ねたロノウェ・居合わせた嘉音も陰でそれを見守るが、別の場所では更に大変な事態が起こっていた。

遡って戦人たち。
真里亞と戦人のふとした会話から遊園地から出てみようとするベアト。しかし門を通り抜けようとした刹那、急に激しい動悸と立ち眩みに襲われてしまう。
慌てて戦人たちは救護室に運ぶが、着いて間もなく爆音と悲鳴が。すぐに仲間たちからの連絡を受け、躊躇いながらもセブンとして加勢に向かう。

瀕死の仲間たちの元へレッドたちが駆け付けセブン集結。アバレタオックスの猛攻に何とか倒すことに成功する。
しかし逆襲の突進を仕掛けた怪獣。万事休すかと思われたが、ロノウェの一閃によって一瞬で片が着く。驚くセブンたちだったが、意味深な言葉を残し去っていく執事。嘉音も姿を現さぬまま消えていく。

一連の騒ぎの間、ベアトリーチェは夢の中で自分の意義について悩んでいた。
しばらくして目を覚ますと、親友のガァプが傍で彼女を看ていた。一言だけ自身のことを問うも、再び眠らされ運ばれていく。

編集1234

Re: 【本編投稿用】 - アルブレード

2012/04/01 (Sun) 19:45:31



                             25話あらすじ

 玉座の間でレッドとベアトリーチェは戦いを開始する、互いの力と想いをぶつけ合い続く戦いの中でかけつけるセブンの仲間達。
 それをワルギリア達が死んだと思いこんだベアトリーチェは怒りと悲しみでその魔力を暴走させセブン達はピンチに陥るがとっさの機転で【エスペランサ―】に直接コアエネルギーを送る事を試み、そしてそれはベアトリーチェを討ち倒すだけの奇跡を見せた。
 しかしその最後の瞬間に互いが誰なのかという事を気がついてしまう、そしてベアトリーチェを救おうとするレッドの気持ちを踏みにじるかのように城が崩壊を始めたのだった……。

Re: 【本編投稿用】 - アルブレード

2012/04/01 (Sun) 19:41:43


                            『今回予告』

 俺は負けない、今も必死で敵を食い止めてくれてる皆のために!
 妾は負けられぬ! 敵を必死で食い止めてくれておるお師匠達のためにも!
 俺は絶対ファントムを倒す! 罪もない人達がこれ以上被害に遭わないために!
 妾はセブンを倒さねばならぬ! 罪もなき幻想の者達を守るためにも!
 俺は生きて帰る! 縁寿や仲間たちと再び平穏な生活を過ごすために!!!!
 妾は絶対に死なぬ!! お師匠様達との平穏な生活、そしてあの戦人や真里亞とまた一緒に遊ぶためになっ!!!!!
そう俺は……
  そう妾は……

                  第25話   必ず守りぬいてみせる!!!!                    
 

セブン達が戦っている城の地下深くにはこの城の主であるベアトリーチェですら知らない区画があった、明かりのほとんどないその部屋を照らすは怪しげんな魔法陣の光……そしてその上に立つ謎の蒼いツインテールの少女。
 「……ワスデヤイハンデグイサ」
 少女がコマンドワードを唱えると空中に無数の文字が浮かび上がった、ルーン文字のようなそれはこの魔法陣の魔法を構成するプログラムであり彼女はそれに問題がない事を確認する。
 「……さて、ベアトリーチェはセブンを討ち倒せるでしょうかね? どう思われます皆様方?」
 彼女一人しかいない部屋でまるで観客でもいるかのように問う、それはこの”カケラ”を覗き見る観劇者に対してのものかも知れなかった。


 扉を開くとそこはさながらゲームなんかで見た様な西洋風な謁見の間、そして城の主が奥の玉座にいるのもまさにゲームの通りでる。
 「……ああ、来たぜお前がベアトリーチェだな?」
 見た目こそ少女であってもその身体から放たれている臨戦態勢の魔力の波動を感じればそうである事は疑いようもない、レッドは油断なく【ガン・イーグル】を構えた。
 「……一人とは妾も甘く見られたものよ……と思うべきか?」
 「……まさか……心配しなくても俺の仲間達はすぐに来るさ、お前の手下をぶっ倒してなっ!!」
 「お師匠様やロノウェやガァプが負けるはずがないわっ!!!」
 ベアトリーチェが手に持ったキセル――ケーンを振うと彼女の前に三角錐状の赤い光が出現した。
 「妾のこの【赤き楔】……受けてみるがよいっっっ!!!!」
 言葉と同時に【赤き楔】がレッドめがけて襲い掛かるが十分に距離があった事もありレッドはそれを回避すると【ガン・イーグル】のトリガーを引いた、だがベアトリーチェも高速で迫る【通常弾】を【バリア】を張り防ぐ。
 「……ちっ! あっさり防いでくれるもんだぜ……だがお前は絶対に倒すぜっ!!」
 「そう易々と倒されるわけにもいかんな!」
 「そんなに人間界を侵略したいのかよ! お前はっっっ!!!!」
 叫びながら【通常弾】のカートリッジを排出する、だがその間にもベアトリーチェの【赤き楔】が攻撃を仕掛けてくる。
 「……ちっ!?」
 「そうよ! 妾はやらねばならんのだっ!!!!」
 「こいつっ!!?」
 新しいカートリッジの装填を完了すると同時に照準もそこそこにトリガーを引くレッド、今度は銃口から放たれたのは蒼き光弾だったがそれは【蒼き幻想砕き(ブルー・ファントムブレイカー)】よりもはるかに小さい。
 「【蒼き弾丸(ブルー・ブリッド)】っ!! こいつならどうだっ!!!!」
 「……!!!?」
 【紅き楔】と【蒼き弾丸】が衝突し対消滅した。
 【蒼き幻想砕き】を研究し開発されたこの弾丸は威力こそ格段に落ちるが十分な数を作るだけの生産性を確保出来た、一撃必殺ではなくとにかく数をぶつけて勝負するのがこの【蒼き弾丸】だ。
 「……幻想を打ち消す蒼き力だとっ!!!?」
 「へへへへへ、レッドが蒼い弾ってのも奇妙だがな!」
 言いながらも一発、二発と弾丸を撃ち込んでいく、それをベアトリーチェは【バリア】で防ぎながらも忌々しげな表情を浮かべていた。
 「……成程な……その力で……その蒼き力でルシファー達も殺したかぁっっっ!!!!!」
 それまでより一回り大きな【紅き楔】が今度は二つ出現する、レッドはすかさず【蒼き弾丸】を撃ち込むが今度は対消滅しない。
 「……ちっ!」
 さらにもう一発撃ち込むと対消滅したがその間にもう一方の【紅き楔】が襲いかかってくる、舌打ちしつつも迎撃するためトリガーを引くが銃口から【蒼き弾丸】は出てこなかった。
 「弾切れかよっ!!?」
 残弾数を気にしていなかった迂闊さを呪う前にレッドは回避行動をとっていた、その切り替えの速さが幸いしかろうじて【紅き楔】を回避する。 ミサイルのような追尾能力を持たない楔は床に突き刺さりしばらくして消えた。
 「そうまでして妾達を滅ぼしたいのか人間はぁぁぁああああああああああああっっっ!!!!?」
 「はぁっ!?……そっちから攻めてきておいて何を言ってやがるんだよっ!!!?」
 「お前達が妾達を……幻想の者を消そうとするから侵略するしかないのであろうがっっっ!!!!」
 「……意味わかんねぇよっっっ!!!!」
 レッドはカートリッジ交換の手を思わず止めて言い返してしまう、ファントムが攻めてくるまで人間側は幻想の者達の存在など想像すらしていなかったのにそれを消そうとかまったく意味が分からない。
 だからそのことに気をとられたレッドはベアトリーチェが怒りと同時に悲しみの表情を浮かべている事に気が付かなかった。
 「お前らが何もしなけりゃ俺達だってっ!!!!」
最初の頃はともかく今となっては、ルシファー達とふれあい幻想の存在にも自分達と同じ心があると知ってしまえば殺し合いなどしたいとは思えないが、しかし戦わないわけにはいかないし負けるわけにもいかない。
 それは罪もなき人々を襲い支配しようというファントムのやり方を許すわけにはいかないからであり、何より今戦っている仲間達の想いに応えるためだ。 
装填が完了した【ガン・イーグル】を再び撃つレッド、だがその弾丸はベアトリーチェの展開した【バリア】に防がれる。
 「お前達人間のせいで妾達が滅びかけてなければ妾だってなぁっ!!!!!」
 「……わけ分かんねえよっ!!……ちっ……やみくもに撃っても弾の無駄か……」
 舌打ちしながら新開発の銃――【エスペランサー】のエネルギーをとっておけばと悔やむがないものはどうしようもない、ならば今ある最大の火力をぶつけるのみだ。
 「その程度の力では妾は倒せぬよ、本気で来いレッドよっ!!」
 「ああ! 本気でいってやるさベアトリーチェっ!!!」
 言い返しながら素早くカートリッジを交換すると【ガン・イーグル】の銃口をベアトリーチェに向けた。


 レッドが一人で入って来た事には驚いたがすぐにまだワルギリア達が他の者達を足止めしているのだろうと分かる、ならば彼女らに報いるためにも自分は確実にレッドを倒さねばならない。
 「ああ! 本気でいってやるさベアトリーチェっ!!!」
 小技では埒が明かないと思ったのであろうレッドがカートリッジを交換した銃口を自分に向ける、おそらく彼の持つ最大の威力の技を放つのだろう、ならば自分もまた最大の火力で迎え撃つのみだ。
 カートリッジ交換の隙をつくという発想など浮かびもしないのはベアトリーチェがあまりにも精神的に幼く純粋である事と実戦経験の無さだった、だからカートリッジ交換の完了を待ってゆっくりとケーンを掲げた。
「そなたら人間が蒼き力で幻想を否定しようと言うなら妾は幻想の紅き力で世界を染めようぞ!!」
 「させねえっ! そんなことさせねえぞっ!! お前はここで絶対に倒してやるぜっ!!!」  
 その叫び声に不意に彼女の脳裏を戦人と真里亞の顔が過ったのは目の前の敵が放つまっすぐな感情のこもった声が戦人と名乗っていた青年と似ていたからだろうと思える、この赤い仮面の下の素顔がどんなものなのかは分からないが戦人であろうはずもない。
 人間界を支配し幻想の世界に平穏が訪れたらもう一度会い遊園地で遊びたい、彼らと友達になりたいと思ったあの青年が自分の敵となって現れようはずもない。
 「……面白い、倒せるものなら倒してみせよっ!!!!」
 不敵な笑みのベアトリーチェはケーンを振うと彼女の胸の前あたりに紅い光球が出現し一気に肥大化すると巨大な三日月型へと形を変えた。
 「……な、何っ!?」
 「……【紅き幻想の刃(クリムゾン・ファントムブレード)】……人間の現実(リアル)を一刀の元に斬り伏せる幻想の紅い力よ!」
  魔力を大量消費した時特有の疲労感を感じる、ブレードと言うよりも巨大なブーメランとでも形容すべきそれは【紅き楔】の何十倍のパワーを持つ、その刃を維持するだけの魔力消費量でもベアトリーチェには負担となるがそれでもすぐにその力を解き放たないのは確実に命中させるためである。
 レッドもそうだろうが必殺の技だからこそ確実を期すのである、それは護身用のためとワルギリアから教わった数少ない戦闘の知識である。
 「いいぜっ! お前をその紅の刃ごと撃ち抜いてやれるぜっ!!!!」
 「やってみるが良いわっ!!!!」
 それが合図だったのようにベアトリーチェがケーンを振いレッドがトリガーを引いた、レッドの身体を斬り裂くために飛んだ【紅き幻想の刃】とレッドの銃口から放たれた蒼く激しく輝く光【蒼き幻想砕き】がぶつかり合いスパークする。
 「妾は負けんぞ! 負けるものかぁっ!!!!」
 「俺は負けねえっ!!!! 絶対に負けねえぇぇぇええええええええっっっ!!!!!」
 そう負けるわけにはいかないのだ、幻想の存在を、なにより自分の大事な人達を守るためには敗北は許されない。
 「何故だ!? 何故お主ら人間はこうまでして我らに抵抗するっ!!?」
 「何を言ってやがる! お前らが攻めてこなけりゃ俺達だって戦う必要ないんだよっ!!!!」
 「そうするしかないから妾達はこうしておるのだっ!! なのにお主ら人間が抵抗するからっっっ!!!!」
 ベアトリーチェは自分達が勝てば幻想の存在だけでなく人間とて平和に生きていける世界ができると信じている、だから侵略という行為がどういうものでありどういう結果をもたらすかという事を理解していなかった、出来なかった。
 「ふざけた事をいいやが……何っ!!?」
 紅と蒼の力の均衡が崩れた、【紅き幻想の刃】が【蒼き幻想砕き】を押し返し始めたのだ。 そして次の瞬間には蒼き光を斬り裂き一気にレッドを襲う。
 「……くっ!?……くぁぁぁあああああああああああっっっ!!!?」
 威力が相当に減退していたのであろう【紅き幻想の刃】はレッドの身体を両断こそできなかったがその衝撃で彼の身体を勢いよく壁に叩きつけた。
 「……はぁ…はぁ……お主らが抵抗しなければルシファー達は……お主らが抵抗するから無駄な犠牲が出るとどうして分からんのだ!!!」
 身体の力が一気に抜け立っているのが少しきつくなっているがそれでもベアトリーチェは叫ぶ、しかし答えを返したのはレッドではなかった。
 「あんた達が攻めてくるから無駄な犠牲が出るのよ! だからあんた達を全部倒す、そうすればもう誰も犠牲にならずに済むのよっ!!!!」
 扉を蹴破らんばかりの勢いでとびこんで来たのはブルーだった、そしてピンク、イエローにブラック、さらにはグリーンとホワイトも次々と飛びこんで来る。
 「それは違うよブルー、僕達は別に彼女らを殲滅したいわけじゃないんだ」
 「レッドがやられてる!? おい、大丈夫かよっ!?」
 グリーンが過激なもの言いをするブルーをたしなめ、イエローは倒れているレッドに気がつき駆け寄った。
 「……あ…ああ、このくらい平気だぜ……」
 イエローに手を借りてよろよろと立ちあがるレッドはその頭部マスクにひびが入っていた、だがベアトリーチェはそんな事を気に留めている場合ではなかった、それはワルギリア達と戦っていたはずのメンバーがここに現れたことの意味がひとつしかないからだ。
 「……ば、馬鹿な……お師匠が、ロノウェが……ガァブも負けたと言うのか……!?」
 それはありえないはずだった、ワルギリア達が負けるなどありえないと信じていた。 しかしやって来たのはセブン達であるという事はそのありえない事が起こったという事である。
 「そうよ、他の奴らは倒したわ! 後はあんたを倒してしまえばすべて終わるのよっ!!」
 「……倒した……だと……そんな……」
 ブルーの”倒した”という単語に愕然となるのは”倒された=死んだと”いう認識に頭が支配されてしまったからだ、レッドとの戦闘による興奮状態とセブンの仲間がやって来たという衝撃はベアトリーチェから”もしかしたら皆逃げのびたかも”という発想をするという冷静さを奪っていた。
 「そうよ! でも安心しなさい、あんたもすぐに同じとこへ送ってあげるわっ!!!!」
 「……お、おいブルー! それじゃまるで悪役じゃねえか!!」
 「イエローの言う通りだぜ、俺達は別に……」
 「そういう甘い考えじゃ駄目なのがどうして分からないのレッド! こいつらは確実に、そして完全に殲滅しなければいけないのよっ!!!!」
 「……さぬ……許さんぞ貴様らぁぁぁあああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
 ベアトリーチェの怒りの咆哮は内輪もめを始めたセブン達をすくませた、彼女の全身から激しい魔力の翻弄が巻き起こり物理的な暴風となって彼らを襲う。
 「……うおっ!!?」
 「……何!?」
 「……くっ!? 何てパワーだ……」
 「ねえさ……ホワイト!」
 「うん! 【シールド】展開っ!!!」
 「……う~~?……何これ……悲しんでる……?」
 ついには魔力が光輝く無数の蝶となり舞う中レッド達は防御に意識を向けたためピンクの呟きは誰にも聞えなかった……。


 ホワイトの【シールド】により何とか魔力の奔流から逃れたレッド達だったがこれではこちらからも手出しできないしホワイトの力とて無限には続かない。
 「……うう、これがベアトリーチェ様の力……」
 「大丈夫かい、姉さ……ホワイト?」
 「くそっ……こいつなんてパワーなんだよっ!!? これじゃ攻撃出来ないぜっ!!」
 飛び道具を持たないイエローが悔しそうに叫ぶ。
 「ちっ……【蒼き幻想砕き】で……いや、駄目だ! もっと火力のある一撃じゃねえとあいつは倒せねえっ!!!!」
 「火力……? あの新型のエネルギーさえあれば……いや、今さら言っても仕方ないか……」
 グリーンの言葉にレッドはふと思いつく、確かに銃本体にエネルギーはないがそのエネルギー源となるものなら自分達は七つも持っているのだと、そう考えた時にはすでに銃を取り出していた。
 「ちょっ……お前何を!?」
 「へっへっへっ……今からこいつに、【エスペランサ―】にエネルギーを入れてやろうってんだイエロー、俺達の【コア】のな!!」
 「……な!?……本気かい!!」
 「ああ……本気だぜグリーン!」
 ベアトリーチェの強大すぎるパワーを見てしまっては、このままでは負けるならやるしかなくいちいち考えてる場合ではないと思うしかなかった。 この膨大な魔力の放出が彼女自身をも滅ぼしかねない事も、そして彼女を支配する怒りと悲しも今のレッドには想像している余裕はなかった。
 「頼むぜ【コアパワー・フルオープン】!!!!!」
 力を込めグリップを握ると精神を集中し【コア】のパワーを銃へと送るイメージをする、そして一秒……二秒……銃が僅かに光を放ち始めた。
 「……これはいけるわ、あたし達のパワーも【エスペランサ―】に……!!?」
 ブルーがそう叫んだ時暴風が止み無限の光の蝶がベアトリーチェに集束を始めた。


 ベアトリーチェの頭にあったの目の前の敵を殺す事だけだった、ありったけの魔力を放出し駄目ならそれを一点に集束させぶつけるのみであると判断したのは本能に近いものだった。
 「貴様らがいなければ……そうよっ! 貴様らがいなければぁぁぁあああああああああっっっ!!!!!」
 今頃は戦いも終わりワルギリア達と語らい戦人や真里亞達と遊ぶ平穏で幸福な時間を過ごせていたかも知れない、それをこいつらがすべて奪ってしまったのである、とても許す事は出来なかった。
「貴様らなど欠片一つ残さず消し去ってくれるわぁぁぁあああああああああああああああああっっっ!!!!!」
 ベアトリーチェの周囲を渦巻く膨大な魔力はそんな彼女に応えるようの形を創る、それは血のように真っ赤で巨大な蝶だった。
 「ベアトリーチェ! 俺達は負けない、負けられないんだよっっっ!!!!」
 「……何っ!!?」
 レッドの構えた銃に他のセブンの六人が手を乗せ重ね合わせていた、その銃が光輝き強い魔力を放っていると分かり驚く。
 レッドの手にある銃に集中した七人分のエネルギーは単純に足して七人分どころではない、【コア】の特性なのかあるいは銃がブースターの役目をしているのかは不明だが恐ろしいくらい強大なものへと膨れ上がっている。
 「……だが妾とて負けぬ!! ロノウェやお師匠様を殺した貴様らなどに負けぬっっっ!!!!」
 「そっちから攻めてきてるんだから自業自得だって理解しなさい!! 仲間が死んだから仇打ちとかふざけるにも程があるわよ魔女がっ!!!!」
 「その攻めざるを得ない原因を作った人間が言う事かよぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!
 「そっちの理由なんか、都合なんて知った事じゃないって言ってんのよっ!!!!」
 このブルーのような人間がいるせいだと思った、こんなエゴの塊のような人間達がすべて悪いのだと。 こんな人間がいるから大事な人達と静かに生きる事も戦人や真里亞と一緒に遊ぶ事も出来ないのだと。
 「止めないかブルー……ベアトリーチェ、君には君の戦う理由があるのかも知れないけどね、僕達も僕達の大事なものを守るために戦わなきゃいけないんだ!」
 「そうです、私も守りたい……大好きな人と生きるこの人の世界を!」
 言葉と同時にグリーンとホワイトの身体が光されにエネルギーが膨れ上がる。
 「僕は一度はこの世界を、人間を憎んだ……でも今は守りたい! もう一度信じてみたい人のいるこの世界をっ!」
 「そうだよ、あたしも守りたい! お前達に支配された未来なんていらない、あたしとそのかの……くん……と、とにかく一緒に生きる未来を守りたいんだっ!!!!」
 「……あたしは許せなかった、すべてを奪ったあんた達とその時に何も出来なかった非力な自分が……だから今度こそあんた達を倒し、そして守る! 絶対によっ!!!!」
 「………………」
 ブラックがイエローが、そしてブルーが叫ぶ中ピンクだけは何も言わない。 ベアトリーチェには何故かその仮面の下の顔が迷いと困惑に満ちている様に思えたがそれだけだった、憎しみに支配された彼女には気にする価値もない事なのだ。
 「こやつら……だがぁぁぁあああああっっっ!!!」
 「みんなの言う通りだぜ、俺達は……」
 「妾だって……」
 レッドが引き金を引くために指に力をいれ、ベアトリーチェはケーンを振うべく掲げる。
 

                     平和な日常を守りたいんだよっ!!!!!
                     皆を守りたかったんだよっっっ!!!!!

 【エスペランサー】――希望の意味を持つ名の銃から放たれたのは黄金に輝くの片翼の鷲だった、それはベアトリーチェの放った【紅の蝶】とぶつかり互いに押し返そうとしている。
 「妾は……妾は……むっ!?」
 ベアトリーチェがぎょっとなったのは、おそらく発射の衝撃でレッドのマスクが割れていたからではない、そのさらけ出された青年の素顔が知った顔だったからだ。
 「……な…そんな……戦人……だと!?」
 「……何?……どうして俺の……おい! まさか……!!?」
 「う~~~!? ベア…ト?」
 「……何!? まさか、真里亞もだと言うのか!?」
 ベアトリーチェの般若の様な表情が一転して驚愕に変わる。
 「何だよ……何でそなたらがそこにいるんだよぉ!? 何でそなたらが妾の敵なんだよぉぉおおおおおっ!!!?……何でそなたらがルシファーやお師匠様達を倒すんだよっっっ!!!?」
 「ベアト……あのベアトがどうして……ファントムのベアトリーチェってどういう事だよっ!!?」
 あの戦人と真里亞が敵として自分の目の前にいる、いったい何が何なのか分からなかった。 そして運命はそれを考える時間すら彼女に与えてすらくれなかった。
 【紅の蝶】が【黄金の鷲】によって引きちぎられ障害物のなくなった【黄金の鷲】が一気にベアトリーチェに迫って来たのである、あまりの衝撃に狼狽していた彼女はそれを避ける事も防御する事も出来なかった。 
 「う……うおぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」
  白い光が広間全体へと広がりそのベアトリーチェの絶叫や突然の展開に茫然となったセブン達の意識を呑み込んで行った……。


 「……ここまでですわね」
 蒼いツインテールの少女は淡々とした口調で言うと最後のロックを解除し起爆装置を起動させるためのコマンドワードを唱えた。
 「ネワスデイイテッラキャスアリシ!!」


 レッドはには何があったのか把握出来なかった、気が付いた時には目の前にベアトという少女が倒れていた、黒いドレスはボロボロに焦げ美しかった金髪もちりぢりに焼け焦げている。
 「……べ、ベアト……」
 よろよろと彼女に近づいて行く、どうしようというのか自分でも分からないがそれでも放ってはおけなかった、後ろでブルーが何か叫んでいるようだったがほとんど耳に入っていない。
 それはまるで夢の中を漂ってる様な感覚だったが、しかしまだ残っているベアトを撃つために引いた引き金の感覚はまぎれもなくリアルなものだ。
 「……ううう……なんで……なんでだよ……どうしてんだよ……」
 ベアトの声はほとんど泣き声だった、数十メートルという距離がありながら今にも消え去りそうなそんな小さな声がどうして聞えるのだろうということすらどうでもいい事だった。
 「……あ……」
 何か言いたいのに言葉が上手く出ない、いろんな事が頭の中をぐるぐると廻っている。 その彼がはっと我に返ったのは突然に襲ってきた激しいし揺れと轟音だった。
 「な……何っ!?」
 「う~~~!? 地震~~~!?」
 「何だってんだよ!?」
 「落ち着いてイエロー! これは……城が崩れる!?」
 「くっ……まだあいつに、ベアトリーチェに止めを刺してないのに……!!」
 「そんな事言ってる場合じゃありません、このままでは皆死んじゃいます!!」
 「……くっ!?」
 ホワイトの言葉にやむを得ないという風に舌打ちしたブルーがレッドに駆けより手を掴むがレッドは反射的にそれを振り払おうとする。
 「馬鹿野郎っ! まだベアトがいるんだぞっ!! あいつは死にかけてるんだぞ、助けなきゃいけないんだよっっっ!!!!!」
 「何言ってるのよ! あいつは敵なのよっ!!! あなたと何があったか知らないけど敵は倒すのよ、そうしないと誰かが犠牲になる、あいつらがいる限りそうなっちゃうのよっ!! なのにそいつを助けるとか正気っ!!?」
 ブルーも負けじと腕を掴む手に力を入れる、痛いと感じるほど必死の力がこもったそれは今の彼には鬱陶しいだけだったから苛立ち怒鳴ってしまう。
 「俺は正気だっ!!!! お前は敵なら誰でも彼でも殺しゃいいって思ってんのか!? 敵なら友達でも親兄弟でも殺すのかよっ!!!?」
 「……えっ!?」
 ぎょっとなったという風に力の抜けたブルーの手を今度こそ振り払い駆けだす……まさにその瞬間に轟音と共にレッドの視界が遮られた、それが崩れ落ちた天井だと分かった時にはもうベアトの姿は瓦礫の向こうに消えていた。
 「限界だ、脱出しよう皆!! レッドも早くっ!!!」
 「駄目だ譲治の兄貴!! 俺はあいつを……」
 「駄目っ!! あなたはあいつのために死ぬ気なのっ!!!? あんな奴のために……あなたはあいつとあなたの帰りを待ってる妹とどっちが大事なのよっっっ!!!!? あなたはお兄ちゃんなんでしょう!!? お兄ちゃんが妹を残して死んでいいと思ってるのっっっ!!!!?」
 「……!!!?」
 ブルーの絶叫に幼い縁寿の声が重なったように聞えてりレッドははっ!となった。
 「二人共早くっ!! もう持たないよっ!!!」
 「分かってるグリーン! 行くわよっ!!!」
 こうなっては今度は抵抗出来なかった、半ばブルーに引っ張られながらレッドは広間の出口へ駆けだす……駆けだすしかなかった。
 「……っくしょう……畜生ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」


 不意にちくりとした痛みを胸に感じた縁寿が小さく呻いた、彼女がセブン司令室にいるのは少しでも兄に近い所で応援したいという望みを金蔵が聞き入れての事だった。
 「……ん? どうしたのだ縁寿よ?」
 「……う、うん……なんだかおにいちゃんがかなしんで……ないてるようなきがして……でもへんだよね?」
 「何故だ?」
 「おにいちゃんたちはわるいひとたちをやっつけにいって……ぜったいにかつのに、おかしいよね……」
 「……悪い人達か……」 
 善と悪……世の中がそう簡単であればいいと思う、もちろんファントムの行動は人としては許せないものではあるが彼らには彼らの事情があるのではと思う程度には金蔵も歳をとっていた。
 本拠地を潰せはこの戦い終わるだろうと決断した今回の戦いも、あるいは早計だったのではと思えてしまう、それは縁寿の言葉を聞き取り返しのつかない事態が起こってしまったのではないかと言う漠然とした不安である。
 たかが子供の直感であるがそれを軽んじる事は出来なかったのは縁寿もまた自分の孫であり、右代宮一族の子共だったからだった。


 
 先程崩壊する城内を命からがら脱出したのが幻想だったかのように眼前に城がそびえ立っているのはベアトリーチェの城はこことは別次元にあったからだろう、そのキャッスルファンタジアを朝日が美しく照らすのを茫然と見上げるセブンのメンバーは誰も一言も語らない……。
 ファントムの首領と思われる魔女ベアトリーチェはおそらく死にその居城も崩壊した、しかし敵を倒し生きて帰って来たと喜ぶ気になれず後味の悪さが胸中に残るのは自分だけではないとグリーンは思う。
 「……あいつは変な奴だ、変な奴だったけど悪い奴じゃなかったはずだ!? それがどうしてこうなっちまうんだよっ!!?」
 「う……ベアト……どうしてなのベアト……?」
 目に涙を浮かべ叫ぶレッド、マスクの下は窺えないそれでもがピンクも泣いてるだろうということは分かる。
 自分の大事なものを守るためには時には誰かを傷つけなければならない事もある、ましてこの一件はファントムから仕掛けてきたゆえの正当防衛であるのも間違いなく、その意味では彼らには覚悟が足りなかっただけとも言える、しかし実際に傷つき悲しんでいる仲間を見てしまえばそれを言葉にして言う気にはなれない。
 (……あのタイミングで気がついてしまった、だから余計に辛いんだろうな……)
 何も知らないままベアトリーチェを倒せていれば問題はなかった、そして気がつくにしてももっと早ければまだ何かが出来たのだろう。 決着が付く瞬間に、何もする時間も何かを考える時間すらないその時に互いに気が付くというのは酷く残酷な運命だろうと。
 だがこれで戦いは終わったはずだ、二人の心は時間が癒してくれるだろうとそうグリーンは……いや、戦人と真里亞の従兄妹であり兄貴分の右代宮譲治はそう願っていた。
 
 

 「……あ、危なかったですわ……」
 肌は黒いすすだらけ服もボロボロというありさまなのは蒼いツインテール少女だ。
 「私とした事がマイ・お箸を落としてしまったとは不覚でしたわ……」
 一度は脱出した少女だったが常に持ち歩いている自分のお箸をどこかで落とした事に気が付き危険を承知で城に戻ったのである、それは彼女にとってお箸とは命を掛けるに値するものだからだ。
 「……ま、何にしてもこれでベアトリーチェは死に情報の漏えいはなくなりましたわ、まったく正義感が強いのは結構ですが中途半端に甘ちゃんなのは困りますよ、余計な手間が増えるだけですわ」 
 ベアトリーチェを生きたままセブン側に渡さず、しかしセブン達は脱出させなければならないという条件をクリアするために爆破のタイミングと城の崩壊の速度を考慮し威力を調整するのに苦労した事もあってそんな文句を誰にともなく言ってみるのだった。


 そこはいくつもの本棚が置かれた部屋だった、そしてその部屋の真ん中にはこの場所の主がウッドチェアに座りくつろいでいた。
 「……戻ったかラムダデルタよ」
 「ええ、きちんとあなたの命令は実行してきたわよ、フェザリーヌ・アウグストゥス・アウローラ卿……でも本当に良かったの?」
 ラムダデルタと呼ばれたピンクの服を纏った魔女は少し不安げにそう言う、確かにこの事があの男に知られればフェザリーヌはもちろんラムダにも何らかの報復はあるかも知れない。
 「観劇の魔女が舞台に干渉するのは本意ではないがな、しかしあやつはどうにも危険に思えてならぬ」
 「……ま、それは同感だけどさぁ……」
 「取り返しのつかない事態になる前にある程度の布石は打っておかねばならんと言う事よ、ともかくご苦労であったな」
 労をねぎらいラムダを下がらせるとフェザリーヌは椅子に深くもたれかかりゆっくりと目を閉じる。
 「……さて、これで後はどうなるか……しばらくは見物させてもうらおうぞ、うみねこセブン、そしてベアトリーチェよ?」 
 現状ではあの男を敵にする気はない、まだしばらくは観劇の魔女に徹するのみと決めた。
 しかしフェザリーヌ程の大魔女であってもこの時はまだ”彼女”が生き残っていた事は予測出来ていなかったのである……。
 













 爆発という大破壊の後に生みだされるのは瓦礫の山だ、そして生きてる者はいないだろうと思えるその瓦礫の山一画がのひとつがガサガサと揺れそして勢いよく跳ぶ。
 「ぷはぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!……し、死ぬかと思ったわ……」
 すっかりボロボロになった紫の服を纏ったエヴァ・ベアトリーチェがその下から姿を現す、そして目に飛び込んで来た光景にしばらく茫然としてしまった。
 「…………ちょっ……何これ……いったい何があったのぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!? はっ!?……そ、そうか……セブン、あいつらの仕業ねっ!!!!」
 セブンが攻めてきて自分が迎撃に出て姑息にも奇襲攻撃を食らった記憶が蘇る、つまりこの大破壊も奴らの仕業に違いない。 
 「あつら……正義の味方って風にしながらこのあたしに奇襲攻撃をしてくれたあげくここを完膚無きまでにぶっ壊すとかなんて卑怯で極悪非道な連中なのっ!!!?」
 大声で壮絶な勘違いを叫ぶが彼女にとって一番大事なのはそこではない、重要なのはすでに戦闘が終了していたという事である。
 「結局あたしに出番はなかったのぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっ!!!? このあたしが活躍出来ないとかもうへそ噛んで死んじゃえばぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」 


24話 「最終決戦!?ファントムキャッスルでの戦い」 - 葉月みんと URL

2012/02/17 (Fri) 22:26:15

『今回予告』

ついにこの日が来てしまったんですね…。
いつか来る日です。それが思いのほか早かった、ただそれだけです。
ええ、うみねこセブンはついに私達のファントムの本拠地キャッスルファンタジアに乗り込んだわ。
力を付けて来たセブン達は決して甘く見れる奴らじゃないわ。
もちろん、私達もそう簡単にやられるつもりはないけどね、くすくすくす。
ええ、あの子の未来のため、私達は絶対に負けるわけにはいきません。
最後の戦いが、これから始まります。




********************

「うみねこセブンにこの場所がバレたってどういうことよぉ!!」



城の中の大広間を早足で駆け抜けながら、一人の魔女、――エヴァが叫ぶ。
その問いかけは、後ろから追いかけてくるシエスタ達が引き継いだ。


「は、はい!!先の戦いで、ベアトリーチェ様が自らお認めになったとのことです……!!」
「にひ、すでにセブン達は私達を倒そうとこっちに向かってるにぇ~」
「…敵の数は僅かに7人。しかし、徐々に力を付けつつあるレッド達や、能力が未知数のブルーがいます。決して楽観視できる状態ではないかと…」

「…ふん、だからこうしてこの私が直々に出向いてあげてるんじゃないのー!
面倒くさいけどー!…ふふふ、ここで私がセブンを倒したらあいつ等もびっくりするわよー
『さすがエヴァです!見直しました…!』『ああ…、さすがは我が弟子だなぁ!エヴァがいればファントムも安泰だぞぉ!』とかなっちゃって、
私の出番も大幅あーっぷ!人気も鰻登り★後期からは私が主役になっちゃたらどうしようww
さぁ!待ってなさい!うみねこセブン!!私が華麗にキュートに倒してやるんだから!!!」

非常に都合のいい妄想を広げながら、エヴァが城の扉を開く。
元々セブン達が乗り込んでいたという情報を聞き、彼女は頭に血が上っていた。
その上そんなことを考えていたのだ。当然前なんてよく見ているわけがない。
だから、不用意に開けた扉の向こうから近づいてくる青白い”光”に、エヴァはまったく気がつかなかった。



ドカァアアアアアアアアン!!

「「「「!!?き、きやぁああああああああああああああああ!!!」」」」

大きな悲鳴を残して、エヴァが、シエスタ達が大きく吹き飛ぶ!
大きな半円を描いて城を越えた彼女達は、そのまま夜の闇へ放り出されると、やがてお星様になった……。




そして、代わりに城の前の広場からわいわいと騒ぐ数人の声が聞こえて来た。

「凄い…!凄いぜ!南條先生!!こんな威力のある銃、初めて見た!!」

自分の撃った銃で起こした惨劇にはまったく気がつかず、レッドが興奮した様子で叫ぶ。
目の当たりにした新たな武器の威力に、周りに立つグリーンや、イエロー達からも次々に賞賛の言葉が発せられる。
その円の中心で、気恥ずかしそうにその言葉を受け止めていた南條はおずおずと一つの言葉を切り出した。

「ええ、私の自信作です。これさえあればファントムだって敵ではありません!!…しかし、一つだけ問題がありましてな…」
「問題?なんだよ…?」
「一度打ったら次のエネルギーをチャージするまで1日掛かります」


「「「「「「「!!?使えない(ぜ)(ねーぜ)(わ)(です)!!」」」」」」」


「はは、まぁ、スーツなどもパワーアップしておきましたから、頑張ってください。
それでは!私は本部から金蔵さん達と一緒に指揮をとりますので!!」
「あ、ってちょっと!南條先生―――!!…行っちまった」

そう言うと、呼び止める間もなく南條は夜の闇の中に消えて行ってしまった。
はぁ、と大きくため息をついて肩を落としたレッドは、少しだけ迷った後、銃を腰につけた愛用の銃の隣に固定した。
おそらくこの戦いが終わるまでに再び使えるようにはならないだろうけど、捨ててしまうのももったいない。
持って帰って、あとでまた南條に改良してもらうのがいいだろう。


「…ちぇ。ならもっと早く言ってくれよ。
そしたら今打たずにファントムと戦う時まで取ってたのに。もったいねぇ……」
「思いがけず、役に立った気もするけどね…」
「???どういうことだ?ブルー?」
「………なんでもないわ」

そう言い切って、視線を背けてしまったブルーにレッドが首を傾げる。
まぁ、いいか。この様子だとしつこく問いかけても教えてはくれなそうだし、そもそも今大切なのはそんなことではない。
ごくりと、唾を飲み込むと、レッドは背後に聳え立つ一つの城を仰ぎ見た。



「遂に…、この時が来たんだな」

月夜に浮かぶ城を見上げながら、レッドが噛みしめるように言う。
時刻は午前2時。
普段ならばいつもたくさんの人で溢れ返っている遊園地も、さすがにこの時間ならば辺りに人影はない。
それはつまり、今の時間ならば多少派手なことをしても、他の人を巻き込まないということを意味していた。

「遊園地の開演時間は明日の朝9時。
少しぐらいの時間ならお祖父様達がごまかしてくれるだろうけど…。
あんまり時間が掛かれば、外の人達に不振に思われて、人が入ってくると思った方がいいだろうね」
「…つまり、6時間以内に彼らを倒さないといけない、ってことですよね…」

険しい表情で口々にそう言ったのは、グリーンとホワイト。
彼らもまたレッドと同じように、険しい表情でキャッスルを見上げていた。
その前に二つの影が歩み出る。

「大丈夫だって!今までだって私達、何度も敵を倒して来ただろう!?今回だって負けねーぜ!!」
「うー!!ピンクも頑張るよ!ファントム達をやっつけて、皆で帰ろう!
皆でまた一緒にパレードを見よう?七杭達のレストランで一緒にケーキを食べよう!!」

歩み出たのはイエローとピンクだった。
不安げな表情を浮かべる仲間達を元気づけるように、彼女達は力強い口調で叫ぶ。

しかし、自分達を励ます彼女達の満面の笑みにもブラックの険しい表情は崩れなかった。

「…油断は出来ません。確かに僕達はたくさんの敵を退けてきました、…でも。
ロノウェ様に、ワルギリア様。幹部クラスの人達の強さは僕達が破ってきた敵とは比べものにならない…」
「…うん、ロノウェ様達は強い。きっと苦しい戦いになるね。
でも、私達は引かないよ。皆を守るために戦おうって、もう決めたんだから」

暗い表情で俯いたブラックの手をホワイトが優しく包み込む。
穏やかで暖かい笑顔をホワイトは浮かべたが、しかしその瞳の中には今はしっかりとした強い光が灯っていた。

その光に、ブラックが、レッドが、その場にいた仲間達が強く頷く。

「…ああ、そうだな…。もう引けない。これで終わらせるんだ…」

レッドは再び月夜に浮かぶ、城を仰ぎ見る。
今まで自分達を、そして罪もないたくさんの人々を危険にさらして来た元凶が、ここに居る。
そして、彼らを倒すことで漸く誰も傷つかない世界を取り戻すことが出来る。
自分たちが望む未来を手に入れるにはそれしか道がない以上、レッド達も引くことが出来ないのだ。



「行こう…!ファントムの奴らを倒して、皆を守るんだ!!」



「「「「「「ああ!!」」」」」


レッドの言葉にセブン達は深く頷き、答えた。
覚悟を決めた彼らに迷いはない。
力強い足取りで、レッド達はファントムの待つ城の中へと乗り込んで行った。








その中で、一人。

最後尾を歩いていたブルーだけが、一人足を止めた。
彼女達の後ろに立つ気配に、一人だけ気づいたからだ。


「俺は行かなくてもいいんですかい?お嬢?」
「……敵の伏兵が残っていない保証なんてないわ。あんたはここに残って、有事の際には外の皆を守って」

後ろの茂みから聞こえた声に、ブルーは振り向きもせずにそう答えた。
その言葉にほんの少しだけ、戸惑ったような雰囲気が伝わってくる。
幾つかの言葉を言いかけては飲み込んだ彼は、やがて何を言ってもブルーの決意を変えられないことを悟って、深いため息をついた。


「……了解しました。どうか、お気をつけて、お嬢……」
「…ええ、ありがとう…」

最後にそう言い残して、声の気配が消える。
一人取り残された広場の真ん中で、ブルーはレッド達が入っていった城を見上げる。
ぼんやりとした彼女の視界の中に、一瞬。いつか見送った大きな背中と、頭を撫でて”必ず帰る”と笑っていった一人の青年の姿がよぎって、……ブルーは大きく首を左右に振った。



「…もう、二度と繰り返さない。今度は私も一緒よ。必ず守ってみせるわ…”お兄ちゃん”…」

ぎゅっと手を胸の前で握りしめて、そう宣言した。
レッド達を追う彼女の手の中で、赤いコアが鈍く光った。


***


「「…以上。伝令を終わるよ!セブン達ははエヴァとシエスタ姉妹兵を撃破!一回のホールに踏み込んだ模様だよ」」
「そうか…、わかった。ゼパル、フルフル。伝令ご苦労であった」

一方、その頃。
城の最深部に位置する玉座の間では、ファントムの幹部達がセブン達を迎え撃つため集まっていた。

広いホールの中には、ロノウェやガァプ、ワルギリアなど残った幹部の姿が見えるが、彼らにいつもの余裕はない。
そして、その中心で玉座に腰掛ける魔女、――ベアトリーチェも、
ワルギリア達ですら滅多に見たことがない冷たい瞳で伝令の言葉に耳を傾けて行いた。

ゼパル達の報告を聞いたベアトリーチェは小さく頷くと立ち上がった。

ぐるりと彼女が玉座の間に集まった人々へと視線を向ける。
…そこにもう七杭の姿はない、エヴァやシエスタの姿も。
かつて、ワルギリアに手を引かれてこの玉座に初めて座ったあの時とはあまりに変わってしまった光景に、ベアトリーチェの胸が強く痛む。

それに気取られないように彼女は強い視線を保つと、凛とした口調で集まった仲間達に向かって語りかけた。


「総員、戦闘配備!非戦闘員は直ぐに魔界に戻せ!!なんとしてもこの城の中でセブンを打ち倒すのだ!!」
「「「はっ!」」」

残ったファントムの兵士達が強く頷く。
ベアトリーチェの指示の通り持ち場へと散っていく仲間達の中で一人、暗い表情をしてその様子を見守っていた者がいた。
玉座から少し離れた場所でベアトリーチェを見守っていたワルギリアである。

「……このドサクサに紛れて、あの子だけでもここから脱出させることは出来ないのでしょうか…?今でしたら、きっと本部の目も…」
「無理ね」

ワルギリアがぽつりとこぼしてしまった言葉に、瞬時に否定の言葉が返ってくる。
驚いて顔を上げると、いつの間にか彼女の隣には自嘲気味な笑みを浮かべたガァプが立っていた。

「リーチェは遊園地から出られない。仮に出られても、今一人だけ逃げ出すなんてもうリーチェが承知しない。
戦って、今度こそうみねこセブンを破る。もうそれしか私たちが取れる道はないのよ」
「…それしか、道はないのですね……」

絞り出すようにそう言って、ワルギリアが視線を上げる。
もちろんワルギリアだって本気で逃がすことが出来るなんて思ってはいない。
直ぐにいつもの凛とした表情を取り戻した彼女は、互いの気持ちを確認するようにガァプと、横に立つロノウェへと視線を向けた。

その瞳に籠もった意志の意味を理解したロノウェが静かに頷く。


「…さぁ、行きましょう、ガァプ。
ご安心ください、マダム。私達が迎え撃ちます。セブン達がどのような力を持っていても、この部屋には近寄らせはしません」
「ロノウェ…。私も一緒に……」


言いかけたワルギリアの言葉を、ロノウェが彼女の口に指を当てて止めた。
告げることを許されなかったワルギリアは代わりに不安げな視線でロノウェを見上げる。

いつも優しく、凛と強い光を放っていたワルギリアの瞳が、今は危うく揺れていた。
その不安を少しでも減らそうとロノウェはじっとその瞳を見つめると、いつもの食えない笑みをワルギリアに向かって浮かべた。


「いいえ。それには及びません。……どうかマダムはお嬢様の側に…」
「……………そうですね。わかりました」

ほんの少しの迷いの後、ワルギリアもロノウェの言葉に頷いた。
その瞳に強い光が戻ったことを確認したロノウェとガァプは互いに視線を向けると、
それぞれの持ち場に付くため黄金の蝶となって消えていった。



彼らが消え、他のファントムの兵達も部屋から出ていき、騒がしかった玉座の間が急に静かになる。

残されたのはたった二人。
…そしてこんな表情は、残されたもう一人には見せられない。


ワルギリアは大きく息を吸い込むと、いつもの穏やかな表情を作り玉座に座るベアトリーチェの元へと近づいた。



「お師匠様…?ロノウェ達は…」

ワルギリアの存在に気付いたベアトリーチェが顔を上げる。
つい先ほどまで保っていた、凛とした表情はワルギリアの前ではない。
自分の前でだけ見せる、迷子の子供のような表情を見せるベアトリーチェに、ワルギリアは優しく微笑んだ。


「セブン達を迎え討ちに行きました。大丈夫。ロノウェ達でしたら、セブン達など敵ではありませんよ」
「…そう…だよなぁ…。ガァプもロノウェなら…、大丈夫だよなぁ…?お師匠様ぁ…」

自らに言い聞かせるようにベアトがそう繰り返す。
カタカタと小さく震える彼女の手に、ワルギリアはそっと自分の手を重ねた。



「…どうして…」


自分達は、この子にこんな表情をさせてしまっているんだろうか…?

元々、ワルギリア達は人間界への侵略など興味はなかった。
徐々に住処を失っていく自分達の生活には危機感は抱いていたが、
それも、人間界でも生きていけるワルギリア達にとっては切実な問題ではない。

それでも、率先してこの任務に就いたのは、ただベアトリーチェのためのはずだった。

なのに今、自分達はこうして彼女を戦いの場に引っ張りだし、
一つ間違えば、前よりももっと小さな鳥かごに彼女を放り込む口実を本部に与えようとしている。



こんな筈ではなかったと、どうしてこんな風になってしまったのだろうかと。
考えてもどうしようもないことだと解っていても止められなくて、
ワルギリアは疼く胸の痛みを振り払うように、強く強くベアトリーチェの手を握り締めた。


…その時、不安げに俯くベアトの向こうに、
何故か倒れた彼女を運んできてくれた赤毛の青年と、小さな少女の姿が浮かんで消えた。


もしも、彼らならば…、どうするだろうか…?

もしも、彼らならば…。
こんな道しか与えられない自分達とは違い、
もっと広くて光り輝く世界にベアトを連れて行ってくれるのではないだろうか…?





「……馬鹿な考えですね。人間に期待を向けるなんて…」


ふっと自嘲気味に笑って、ワルギリアは頭に浮かんでしまった甘い考えを打ち消す。

あの少女と青年がベアトによくしてくれたのは、”知らなかった”からだ。
ベアトが幻想の住人だと知れば、どうなるかわからない。
彼らだってあっさりと掌を返すかもしれないのだ。


…そう、どこからも助けは来ない。


姿は見えなくとも、本部に残っている”彼女”の部下であるあの少女は、どこかで自分達を監視しているだろう。
そして、少しでもおかしな様子が見せればこの場を乗っ取ろうと、喜々として乗り込んでくるに違いない。

ここから逃げ出すことは出来ず、そして、魔界へ戻ればベアトリーチェに未来はない。
……そのどちらの結末も拒否すると言うのならば、もう選べる道なんて一つしかない。



「大丈夫です…、ベアト。必ず勝ちます。
うみねこセブン達を倒して、この地上をあなたが生きられる世界に変えて見せます……!」

強くベアトリーチェの手を握り締めて、ワルギリアはそう宣言した。
その言葉にベアトリーチェの瞳が僅かに揺れたことに気付いていながら、そう言うしかなかった。




戦って、勝つ。

それしか、道はないのだから。



***



「…誰も、いないな…」

開けた扉の先を注意深く見渡しながら、朱志香が首を傾げる。
彼女の視線の向こうに広がっているのは、薄暗く長い城の廊下。
当然待ちかまえていると思っていた敵の姿はそこにはなく、ただ静かな闇だけが広がっていた。

「…油断しないで、ファントムの作戦かもしれない。
ここが彼らの基地だということはもう間違いないんだ。僕らの侵入をそうやすやすと許すわけがない」

グリーンの言葉に、先に足を踏み入れていたレッドとイエローも頷く。
ここは敵の本拠地。グリーンの言う通り、どんな罠が待ちかまえているかわからないのだ。

「…それで、これからどこに行けばいいんだ?ベアトリーチェ…だっけ?そいつを倒せばいいんだろう?」
「ベアトリーチェ様は、きっと城の最も奥の玉座の間にいらっしゃるはずです……」
「道理だぜ!ラスボスはいつだって一番奥に居るってのが王道だろう!奥へ向かって進んで行けば見つけられるだろう?行こうぜ!」
「ちょっと待って、イエロー、皆も……」

ブラックの言葉に直ぐにでも奥に進もうとしていたイエローを引き止めたのはグリーンだった。
不思議そうに眺める仲間達をグリーンが険しい表情で見つめる。
彼ら一人、一人の顔をしっかりとその脳裏に焼き付けたグリーンは、やがて意を決したように口を開いた。

「皆、よく聞いて。ここから先はどんな罠が待ちかまえているかわからない。
ロノウェやガァプ、ワルギリアと名乗った敵の幹部もきっと待ちかまえてるはずだよ…」
「それは…、わかってるけど…。でも、止まるわけにはいかねーぜ!今更…」

グリーンの言葉に、イエローが不満げに声を漏らした。
その言葉にグリーンも深く頷く。

「そう、僕らは進むしかない。
そして必ず、最深部にいるというベアトリーチェの元にたどり着かないといけないんだ。
たとえ。”僕らのうち誰か一人だけ”だったとしても、ね……」
「!!…グリーン…、それって…!!」

グリーンが告げた言葉に、その場にいた誰しもが息を飲む。彼が言葉の裏で何を言おうとしたのかに気づいたからだ。
不安と、冗談であって欲しいと願う仲間たちの中で、にっこりとグリーンは優しい笑みを浮かべた。

「わかっているはずだよ、レッド。僕らに外にいる皆の未来が掛かってるんだ。
だから君は必ず最深部に辿りつかないといけないんだ。…たとえ、僕を踏み台にしたとしても、ね…!!」





「良い覚悟ね。肝が据わってる男って好きよ?」
「「「「「「!!!?」」」」」


突然、薄暗い闇の中にくすくすという小さな笑い声が響く。
驚いてレッド達が声が聞こえた方を、――天井から釣り下がるシャンデリアを仰ぎ見る。
赤い影が、闇夜に揺れる。廊下のほぼ中心に位置するそのシャンデリアの上には、いつの間にか足を組んだままレッド達を見下ろす一人の悪魔の姿があった。




「ただし、イケメンに限る!!」


強く響いた声と共にレッド達が立っていた床が掻き消える!!
殺気に気づいたレッドが、ブルーが、イエローが、ピンクが、ホワイトを抱えたブラックが左右へと散る。

しかし、その中でグリーンだけは動かなかった。

自ら闇に身を委ねるように、グリーンは地面に空いた穴へと落ちていく。
レッド達が顔を真っ青にして、グリーンの名を呼ぶ。にやりと、赤い悪魔が、――ガァプが笑う。
掛かった獲物を自らの手中に収めるように、ガァプは自分の目の前に、出口となる穴を開いた―――。



「来るのはわかってたよ」

始めに聞こえてきたのは、冷静に保たれた静かな声。
ガァプの瞳が、真っ青に染まっていたレッド達の瞳が見開かれる。
彼らの視線を一身に集めたその暗い穴の中から現れたのは、しっかりとガァプに向かって狙いを定めたグリーンの姿だった!!

「だから…、君はここで僕が止めさせてもらう……!!」
「なんですって…!!?」

鈍い打撃音と共にグリーンとガァプの間に激しい火花が飛ぶ!
その勢いを味方につけ、グリーンは少し離れた廊下へと降り立った。
仲間を背に守るようにガァプを睨みつけるグリーンにレッド達は慌てて駆け寄ろうと立ち上がった。
それを、腕を上げたグリーンが制す。


「グリーン!!」
「皆を連れて行くんだ!!レッド!!ここは…、僕が引き受ける!!」
「グリーン…でも…!!」

グリーンの告げた言葉に、当然レッド達は戸惑う。
彼が対峙しているのはファントムの幹部。
一度自分達が全員で掛かって、それでもなんとか退けることしか出来なかった相手だ。

そんな相手にグリーン一人だけを残して、先に行く。
その選択がどのような未来を連れてくるか、想像するのは簡単だった。



動けずにいる背後の仲間達にほんの一瞬、グリーンは視線を向けた。
レッドが、彼の視線に気づく。

凍り付いた世界の中で、レッドの瞳が大きく見開かれた。
強い意志の籠もった視線をこっちに向けるグリーンの顔は、それでもレッドがよく知る彼の表情で優しく微笑んでいたのだ。

ぎりぎりと血が滲みそうなほど強くレッドは自らの手を握りしめる。
喉まで出掛かった言葉を無理矢理飲み込んだレッドは、やがてくるりとグリーンに向かって背を向けた。


「…わかった。行くぜ、皆」
「レッド!?」
「必ず追いついてきてくれよ…!先に行って待ってるからなぁ!!”兄貴”!!」

止めようとしたイエローの手を掴んで、レッドが走る。その背を追ってブルーが、一瞬の迷いの後に、ピンク達が続く。
その中に、ブラックに手を引かれるようにして闇の中へ消えるホワイトの姿を確認し、グリーンはずっと胸の中に押し止めていた息を吐きだした。

パチパチと、乾いた拍手の音が暗い廊下に響く。



「あら、格好いいわね。でもね。これって死亡フラグよ?たった一人で私に敵うなんてあなたも思ってはいなんでしょう?」
「……」

ガァプの軽口に、グリーンは答えない。
安易な否定を言えば、むしろそれが相手の言葉を肯定することになってしまいそうだと、思ったからだ。

実力の差はわかっている。
接近戦がメインの自分と、彼女の相性も。

それでも、負けるわけにはいかないのだ。
未来を託し自分を信じてくれた仲間のために…!!


身構えたグリーンに向かってガァプが指を鳴らす。
その音を合図に再びグリーンの足下に深い闇が生まれる。
奈落へと落ちる感覚に抗おうと身を堅くしたグリーンを暖かい光が包み込んだ!!



「いいえ、グリーンは一人ではありません!!」
「「!!?」」

光の檻が、グリーンを飲み込もうとした闇を振り払う!
予想のしない展開に目を見開いたグリーンとガァプの前にさっと、華奢な陰が歩み出た。
それは、……さっきブラックと共に先に進んだはずのホワイトだった。


「ホワイト…!どうして君が…!!」
「私にも、お手伝いさせてください。私のバリアーならあの穴を防ぐことができます。
…必ず、お役にたってみせますから…!!」
「でも…!!」


グリーンが言葉の続きを告げるよりも先に、ホワイトは彼の手を取る。
慈しむようにその手を握りしめた彼女はそっと今までの出来事を思い出すように目を閉じた。

「……グリーン、あなたと出会って。私は、とても我儘になりました…」



自分の手よりも一回り大きな暖かな手。
この手が、たくさんのことをホワイトに教えてくれたのだ。

何も出来ない家具だと思いこんでいた自分を、広い世界へと連れ出してくれた。

優しく笑いかけて、遊園地を回ってくれた。
困っていた蹲っていた自分を助けるために立ち上がってくれた。


この世界の楽しいことも、美しいことも。
たくさんのことを彼の隣で見ることが出来た。

…でも、もうそれだけじゃ嫌なんです。


「楽しい時も、苦しいときも、困難な闘いの中でも、
出来るなら最後の最後の瞬間まで、私は……、あなたと共に歩みたい」
「紗…音…」

迷いのない、はっきりとした口調でホワイトが告げる。

もう彼女の中に出会った頃の気弱な光はない。迷いもない。
自分の望む道をしっかりと掴んで微笑むホワイトに向かって、グリーンは静かに頷いた。






「グリーン…!ホワイト…!!」
「立ち止まらないで。足を止めれば敵の妨害にあう可能性もある。そうすれば、彼らの気持ちを無駄にいすることになるのよ」
「わかってる…、わかってるけど……!!」

城の廊下を走りながら、何度も足を止めそうになるイエロー達をブルーが諭す。
その様子をレッドは黙って見つめていた。ブルーが言っていることが正しいと言うことはわかっている。
まだ自分達がいる場所は城の入り口近く。ファントムの幹部だけでもあと3人も残っているのだ。立ち止まっている余裕などないのだ。

大きく首を左右に振ってレッドは脳裏に救った不安を払い落とす。
そして、代わりに最後に見たグリーンの笑顔と彼の言葉を思い浮かべた。
彼は自分達ならば必ず敵のリーダーであるベアトリーチェの所に辿り着けると信じて、道を切り開いてくれたのだ。
そのグリーンを、自分達が信じなくてどうするのだ……!

タン、と強く床を蹴って走るスピードを上げる。
自分を追い抜かしていくレッドの瞳に強い光が戻ったことに気づいたブルーは、そっと小さな笑みを浮かべて、彼の後を追いかけた。






「…今度は何だ?パーティホール…?」

再び現れたドアを開けながら、イエローが首を傾げる。
広い空間の中心に置かれた大きな長い机に、その周囲に並べられた沢山のテーブル。
その上は豪華な食事や食器が所狭しと並べられて居るが、対照的に椅子は一つもない。
そしてもちろん、載せられている料理も本物ではない。意図的に作られたパーティルームがそこには広がっていた。

「……気をつけて。障害物の所為で死角が多いわ。どこから敵が来ても対応できるように注意をして」

ブルーの言葉に、レッドとイエローが静かに頷いて歩き出す。
この部屋の出口は、今自分達が入ってきた扉を除けば一番奥に見えるの一つだけ。
その扉もまるでそこに誘い込むようにすでに開け放たれていた。
そして、そこまでの距離も作り物のパーティホールだけあって、そんなに遠いわけではない。10mもないだろう。
しかし広いテーブルやカーテンなど敵が隠れやすい場所の隣を通り抜けて、なんとかそこまで辿り着かないといけないのだ。
何事もなく進めればいいと願いながらも、そんな甘いことはないだろうときっと誰しもが頭のどこかで思っていた。



そして、その予感は的中する。

丁度、部屋の真ん中に足を踏み出した瞬間。
周囲のテーブルに載せられた食器やテーブルクロスが一斉にセブン達に襲いかかってきたのだ。

「皆!散れ!!」

レッドの掛け声に併せて、セブン達が八方へと飛ぶ。
それと同時に、レッド達が立っていた地面にナイフやフォークが突き刺さる。
その光景を見ながら前方へと飛んでいたイエローが突然はっと息を飲んで振り返った。
彼女の後ろに突如現れた殺気に気が付いたからだ。


「さすが、と言わなければならないのでしょうね。うみねこセブン。
しかし、折角のパーティです。もっとゆっくり楽しんで行ってもらいましょうか?ぷっくっく」

含み笑いと共に、会場全体を揺らすような轟音が鳴り響く。
その閃光の中心にいたのはイエローだった。
突然闇から現れたロノウェが、彼女に向かって薔薇の鞭のようなものを振り降ろしたからだ!!



「!!」

イエローの華奢な体が宙へと舞い上がる。
追撃を掛けるようにロノウェが舞い上がった彼女を1度、2度と、さらに蹴りあげる!
大きく舞った彼女の体に3度の衝撃を与えたロノウェは、そのままイエローを横の壁へと叩きつけた!


「イエロー!!」

壁に叩きつけられた彼女の元へ顔を真っ青にしたブラックが駆け寄る。
残ったレッド達は駆け寄らない。彼ら2人を守るように、レッド達はロノウェと2人の間に立ち塞がった。

「…そう、今度はあんたがお出ましってことなの。暗黒将軍ロノウェ!!!」
「ぷくっく、その名前を知って頂いていたとは大変光栄でございます。
しかし、今の私はただのお嬢様の小間使い、大人しく我らの邪魔を諦めると言うのならば何も命まではとりませんよ?」
「無理ね。……良いから掛かってくれば?余計な口上って嫌いなの」

「おっと、これは失礼。では…、行かせていただきます…!!」

宣言と共に、ロノウェの腕が眩く光る。
それを合図に残された3人は一斉にロノウェに向かって飛び掛った。





「くっ……」
「イエロー!!大丈夫ですか…!?」

くぐもった声を漏らしながら、イエローがゆっくりと両目を開ける。
僅かに床に付いた左腕から、突き刺さるような激痛がした。
ぐらぐらと回るような視界の中で、自分を心配そうに見つめているブラックの姿がはっきりとした形を持つまでには僅かに時間が掛った。

「……皆は?私、どうなったの…?」
「……ロノウェ様の攻撃で気絶したんです。レッド達はあちらに……」

ブラックが視線を向けた部屋の中心部で、激しい閃光が光る。
暗黒将軍ロノウェとうみねこセブン。二つの力がぶつかり合っているのだ。

3対1という数の有利がありながら、状況はロノウェに優勢だった。
レッドが青い弾丸を矢継ぎ早に叩き込み、少し離れた所ではピンクが注意深く隙をを見ながら杖を降っていた。
そして、ブルーは目で追うのがやっとのスピードで、ロノウェに切りかかっていたのだが、その全てを彼は涼しい顔をして避けているのだ。
まるで遊んででもいるかのように、ロノウェは避けるだけで反撃をしようとしない。しかしきっとわざとそうしているのだろう。
レッド達の方に集中しているように見えながら、ロノウェは常に彼らと出口の間に自分の身を置き、強行突破されることを注意深く防いでいた。

明らかな時間稼ぎ。
もしほんの少しでもあの男が気を変えれば、直ぐにでも意識を失うような攻撃が飛んでくるのだろう。
そして、その攻撃の重さと簡単には避けられもしないスピードは、実際に受けたイエローが誰よりもわかっていた。

…きっと、このままでは全員がこの場に縫い止められ、無為に時間だけが過ぎてしまう。
敵の本拠地であるこの場所で足止めを食らうことは、イエロー達にとって不利益でしかないことは明らかだった。

ならば、どうするか。

……きっと答えは、前の部屋を出たあの瞬間からわかっていた。



「…嘉音君、…ごめん。私のわがまま、付き合ってくれる?」






「くっ…、涼しい顔をして…!!いい加減そこを退きなさい!!」
「ぷっくっく、それは出来かねるというものっですね~。ほらほら、どうしたのですか?先ほどから一撃も当たってないようですが?」
「ち、食えない野郎だぜ、なら、これは……」


「レッド!ブルー!ピンク!!伏せて!!」
「「「!!?」」」

レッドが次の弾を込めたその瞬間、彼らの背後からイエローの声が降り懸かってきた!!
レッド達がその言葉の意味を理解するよりも早く、天井から釣り下げられた大きなシャンデリアの上に一つの影が飛び移る。
まるで猫のような身軽さでシャンデリアへと飛び移ったソレは、――ブラックだった。

「お覚悟を…!ロノウェ様…!!」

耳を突き刺すような甲高い音と共に、自分が乗っていたシャンデリアをブラックが躊躇なく切り落とす!!
重力に抗わずシャンデリアが落ちていく先は当然、レッド達やロノウェがいる地面。
突然目の前を埋め尽くしたガラスの光に思わずレッドが目を瞑り掛けたその瞬間、
ドンという強い衝撃と共に、レッド達3人の体が大きく後ろに吹き飛ばされた。


「とぉおりゃぁああって、なぁ!!」
「!!?」

暖かな太陽な光がレッドの視界の中で揺れる。
自分達を部屋の外、奥の廊下まで吹き飛ばしたイエローの背後に轟音と共にシャンデリアが落ちる。
派手に誇りや、周囲のテーブルの残骸を巻き上げたながら落下したそのシャンデリアの中から一つの影が飛び出る。
きらきらと輝くシャンデリアの残骸を背にして、イエローがとても綺麗に微笑むのが見えて、
…なぜか、レッドは背にぞっと冷たいものを感じた。




「ブラック!!お願い!!」
「はい!!」

叫ぶ間もなかった。
視線さえも合わせないまま二人が叫んだその瞬間、部屋全体を揺らすような音が二重に増える。
まるで滝のように、レッド達とイエロー達の間に崩れ落ちた扉の残骸が落ちてくる。
そしてほんの数度の瞬きの間に、降り積もった瓦礫の山の向こうにイエローとブラックの姿は消えて見えなくなってしまったのだ。


「イエロー!?ブラック!!」

慌てて立ち上がったレッドが、瓦礫の山の向こうへ向かって叫ぶ。
自分達のいる廊下と、イエロー達が居るパーティルームをつなぐ唯一の出入り口だった扉は、今や完全に塞がれてしまっていた。
きっと、コアの力を使おうとも簡単には崩すことはできないだろう。
それでも声ぐらいは伝わるはずだと、レッドは必死に瓦礫の山を叩いてイエロー達に呼びかけた。
その気持ちが届いたように、瓦礫の向こうから場違いな明るい声が聞こえてくる。


「あーあー、やっちまったなぁ~。迂回してそっち行くぜ。時間が掛かりそうだから先に行っといてよ!!」
「馬鹿なこと言ってないで待ってろ!!今そっちに…!」


「行って、レッド」

「!!……」



有無を言わさない、はっきりとした声だった。
「でも」とレッドが小さく呟く。しかし、その先は続かなかった。
告げたい言葉も、それを肯定するだけの言い訳も、いくらだって彼の頭の中には浮かんでいたのに。
そのどれも、自分よりもよっぽど迷いのないイエローの言葉に飲み込まれて、何一つとして出て来なかった。
彼の様子が解ったかのように、ふっと、瓦礫の向こうでイエローが小さく笑う。


「わかるだろう?私達が今一番にしなきゃいけないことが?
必ず追い付くから。約束するから、だから…、行って!!レッド!!」

堅くて冷たい瓦礫の向こうでイエローが笑ったのが、なぜかレッドにははっきりとわかった。
冷たい瓦礫の向こうで、自分と同じように手を当てるイエローの暖かさが伝わってくる。


まるで永遠のようにすら感じた沈黙の後に、レッドは静かに一つの言葉を口にした。





「……行こう」
「わかったわ、行きましょう」

視線を僅かに足下へとズラしたブルーは、レッドの言葉を受け入れる。
泣きそうな顔で、瓦礫の向こうを見つめていたピンクも、小さく頷いた。

暗い廊下の闇の中に、レッドが足を踏み出す。
もう振り返らない。
ただ、はっきりとイエローが言い切った言葉を信じて、彼らは闇の中へと消えていった――。






足音が遠くなる。
同時に今度は自分の後ろから聞こえてきた含み笑いにイエローとブラックはゆっくりと振り返った。

「……お見事です。
やられてしまった、と言わずにはいれないのでしょうね。
しかし、こうなった以上はあなた達だけでも先に進めるわけにはいきませんよ…?」
「……」

返す言葉を持たず、せめてブラックは強い視線でロノウェを睨みつける。
暗黒将軍ロノウェ。
その力はイエロー達が退けてきたルシファー達とは比べものにならず、現にたった今あのブルーですら軽くあしらわれていたのだ。
そんな彼に、自分が勝てるだろうか?いや、せめて生きて、この場を抜け出すことが…、できるのだろうか…?

「ううん、私達は必ず先に進むよ!
皆で帰るって、君は約束してくれたよね?ねぇ、ブラック?」
「イエロー…」

彼の不安を打ち消すように、イエローがそっとブラックの手を取る。
暖かな温もりがブラックを包む。
顔を上げて見えた彼女の優しい笑顔に、強張っていたブラックの顔が優しい笑みに変わった。

「………」

その笑顔は、ロノウェにとって驚くべきものだった。
いつもどこか下を向いて、険しい表情ばかりしていたあの少年が、
いつの間にか目の前の少女と同じような笑顔を浮かべることが出来るようになったのか。
あのまま自分達と共に居れば恐らく一生できなかっただろうその表情に、自分がらしくもない感情を抱いていることにロノウェは気づき、笑う。
その表情は悪魔には似つかわしくない、とても優しいモノだった。


「そうですか…、ならばこうして相対することは、とても当然で、喜ぶべきことなのっでしょうね?うみねこブラック…?」
「……感謝します、ロノウェ様。僕に、戦うことを教えてくれたことを」


刃を抜いて、ブラックがイエローを背に庇うようにして、ロノウェの前に立ち塞がる。
相対した恩人の姿に、いつか同じようにしてつけてくれた稽古の時の記憶が蘇ってきた。
その全てを噛みしめながら、それでもブラックは先に進む。

やりにくいとは思わない。

悪いと思うことすら、自ら彼らと袂を分けた自分には許されないことだ。


目の前の相手は、ただの敵。
自分が倒し、乗り越えなければいけない相手だと、誰よりもわかっている。


……でも、それでも。



「この人を守る力を、僕にくれたことを」



告げたその一言だけは、
何一つ嘘のない、彼の本心だった。



***

3つの足音が、薄暗い廊下に響いて消える。
響いた足音は何度も反響を繰り返し、闇の向こうへと消えていっていたが、もう構いはしなかった。

どうせ、こちらの動きなどもうバレているのだ。

ガァプや、ロノウェが通り道に待ちかまえていたのがそのなによりの証拠。
音を殺して進んだとしても、きっと敵はまたどうしても通らなければならない所で待ちかまえているだろう。

そう、たとえば……、目の前のホールのような場所で。


ずっと進んできた廊下の終着点。
上の階へと進む大きな階段の目の前に立つ人影に気づいて、ブルーは立ち止まった。
さっと腕を持ち上げて、後から走ってきたレッド達をブルーが制する。
その先に優雅に佇む女性の姿に気づいたレッド達も、すぐに各自の獲物に手を掛け臨戦態勢をとった。



「待っていましたよ。うみねこセブン」

廊下の左右につけられた、僅かな蝋燭の明かりに照らされた女性が、静かに微笑む。
それだけでざわりと、周りの空気が波立った気すらした。

「……ふーん、あんたが出てくるってことは、ファントムもいよいよ後がないってことね。そうでしょう?ワルギリアさん?」
「おっほっほ。それはどうでしょう?案外あなた達が一歩踏み出せば、あちこちからファントムの手勢が襲いかかってくる手筈になっているかもしれませんよ?」
「どうぞ、やればいいじゃない。今ここで」
「……」

ワルギリアの軽口などに、ブルーは今更乗らない。
このタイミングで彼女がベアトリーチェの側を離れると言うことがどういう意味を持つか、わからないわけがないのだ。
グリーンが、ホワイトが、イエローやブラックが道を切り開いてくれたこの道は決して無駄ではなかったのだ。


恐らく、ここが最後の試練。

ワルギリアさえ振り切れば、自分達はファントムのリーダー、ベアトリーチェの所まで至ることが出来るのだ。


……問題は、どうやってこの場を切り抜けるかなのだが。

ただその場に立っているだけのように見えて、ワルギリアには全く隙がない。
仮に死角から斬り掛かったとしても、きっと目の前の相手には軽くあしらわれてしまうだろう。
その光景がまるで見てきたかのようにありありと脳裏に浮かび上がってきて、ブルーは小さく舌打ちをした。

「………なぁ、ブルー…」

その時、だった。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたレッドが、ワルギリアに気づかれないような小さな声でブルーに話しかけてきたのは。

このタイミングで一体なんだろうかと、ブルーが訝しげな表情をレッドに向ける。
その視線を意にも返さず、レッドは強い視線をブルーに向けると迷いのない口調でこう切り出した。


「ここは俺が食い止める。だから…、お前はピンクと一緒に先に進んでくれ、ブルー」
「………何を言ってるの…?」

数秒の後に出てきた声は、ブルー自身も驚くような低いものだった。

だけど、その声にも険しい彼女の声にも、レッドは怯んだりはしなかった。
ただ静かな声で彼はこう自分の気持ちを打ち明けたのだ。


「グリーンが言ってただろう?俺たちはこんな所で立ち止まってる暇なんてない。
誰かたった一人でも、奴らのリーダーの所にたどり着かないといけないって。
……だったらそれは、きっと俺たちの中で一番強いお前の役目だ!」
「あなた…、何もわかってないわ…!!」

レッドが意を決して告げた言葉に、ブルーはついに耐えきれなかった。
伸ばされた彼の手を跳ね退け、逆に彼の肩を強く掴む。
痕がつくんじゃないかと思うほど強く掴みあげられた肩にレッドが僅かに眉を潜めたが、構ってなんていられなかった。

わかってない。
この人は戦うという意味を、全然わかってない!!

勝ち続ける戦い。
誰も失われない、まるでドラマのような展開。
そんなのが全てだと思い込んでいるんだろう。

だけど、自分は違う。
そんなものが全てでないことを、
今まではただ運が良かっただけだと言うことを知っている。
……私だけが知ってる!

だから、私がやらないといけないのだ。
戦って、甘い彼らを1人でも守らないといけないのだ。

私が、私が……!!


「あなたが1人で食い止める?!出来るとでも思ってるの?!相手が誰だかわかってるの?!
不完全なコアの力を得たマモン1人すら手に負えなかったあなたが…!!あの魔女に適うとでも本当に思ってるの!?」
「わかってる!!」

勢いに押されて黙ったのは、今度はブルーの方だった。

レッドが深く息を吐き出し、もう一度ブルーに向き合う。
深い青色の瞳が、彼女を覗き込む。今までの彼とは明らかに違う決意の籠もった表情。
その瞳の中に灯った強い光にふと近親感を覚えて、ブルーは背筋に凍り付くような恐怖を覚えた。

「…わかってるつもりだ。
俺だって残ってくれた皆と同じぐらい、ここに残る意味は…わかってるつもりだ。
だから、…行ってくれ。”ピンクを連れて2人で”、行ってくれ」
「あなた…!」

レッドの手は、震えていた。
それでもその瞳に、もう迷いはなかった。

その瞳の強さにブルーは漸く、知る。
甘く考えていたのは、どちらだったのか。
彼が今、どれほどの覚悟を持って魔女に立ち塞がろうとしていたのかを漸く理解する。



「ま、待って…、でも…!」

そう告げて、話は終わったとばかりに離れていこうとするレッドをブルーが止める。
ブルーの頭の中はぐちゃぐちゃで、なんて言って引き留めればいいのかすらわからない。
それでも鳴り止まない心臓の嫌な音が、彼と止めないとと、ブルーを急かしていた。

今にも泣き出してしまいそうなブルーのその表情に、レッドが気づく。
ふっと優しい笑みを浮かべた彼は、彼女を落ち着かせようと、ブルーの頭に手を乗せる。
優しい笑みと、声で自分に語り掛けるその姿は、



「大丈夫。俺、…お前との約束を守るから。必ず俺が…、大切な人達を護るから。だから…、」


”大丈夫、俺が皆を護るから。だから…”




「俺に任せとけ!ブルー!!」


”兄ちゃんに任せてとけ!な、縁寿!!”





「!!――――っ!!!!」


こんなにもはっきりと、
いつか遠い世界で最後に見た兄の後ろ姿に重なってしまった……!!



「嫌………!!
嫌ぁあああああああああ!!行かないで!!行っちゃダメよ…!!!お願い!!!!」
「!!?」

踵を返して歩きだそうとしたレッドの背に縋りついて、子供のように泣き叫んだ。
立ち止まったレッドが驚いた表情でこっちを見ていた。それだけじゃない。
ピンクもワルギリアすらも、あっけにとられた表情で自分を見ていることにも気づいていた。

だけど、そんな視線に構っている余裕はなかったのだ。



笑う彼。
見送る自分。

そして、遠ざかっていく大きな背中。


この光景を、私は何度夢で見たんだろう?
あの頃の私は今よりずっと小さくて、弱くて。
どれだけ泣き叫んでも、一緒について行くことはもちろん。この人を立ち止まらせることすら出来なかった。

…でも、今なら届く。
遠ざかっていく背を、今なら引き留められる…!!


ねぇ、私頑張るから。
強くなるから。
私も戦う。ううん、私が戦うから。
私が皆を護るから。

だから、だから……!!


「お願い、行かないで…!!私だけ置いていかないで…!!
置いていかないでよ…!!おに………レッド!!!!!」

「ブルー……」



ぺたんとその場に崩れてブルーは泣き続けた。
冷たい城の中に、彼女の泣き声だけが響く。
まるで永遠に続くかとすら思われたその重い沈黙を破ったのは、戦人の静かな声だった。



「駄目だ。全然駄目だな」
「え…?」

掛けられた声に、ブルーがやっと顔を上げる。
慰めるでも、励ますでもない冷たい声に彼女は不安げな視線をレッドに向ける。
だけど、僅かにうつむいたレッドの表情は彼女からはわからなくて、それが一層彼女の不安を大きくしていった。

「駄目って…、何がよ!どういう意味よ…!!」
「駄目だから駄目って言ったまでだぜ?お前全然わかってねぇだろう?俺との約束、ちゃんと思い出してみろよ」


その不安を少しでも減らしたくて、ブルーが言葉の意味を説明するように言い立てた。
呆れたような声でそう言いながら、レッドはゆっくりと立ち上がった。

彼を見上げたブルーと、レッドの目が漸く合う。
にやりと不敵な笑みを浮かべたレッドは、まっすぐに彼女へ手を差し出した。


「俺は必ず、大切な人たちを守る。
グリーンとイエローとピンクとホワイトとブラック、…そしてもちろんお前もつれて、一緒に笑顔で皆の元に帰る!」
「!!」
「俺はそうお前と約束したはずだぜ?ブルー?」
「……」

差し出された手の向こうでレッドが満面の笑みを浮かべていた。
その手をどうすればいいのかわからなくて、ブルーは俯く。
そんな彼女の姿に優しく微笑んだレッドは、ブルーが彼の手を取るよりも先に、彼女の手を強く掴んで強引に自分達の方へと引き寄せた。


「!!ちょっと…!何を…!」
「なぁ、ブルー…」

勢いを止めきれずにレッドに寄りかかる体勢にになっってしまい、ブルーは顔を真っ赤にして彼から離れようとした。

ブルーの内心にはまったく気づかずレッドはじっと彼女を見つめる。
手を乗せた彼女の頭は、思っていたよりもずっと小さかった。

今なら、少しはわかるような気がした。
……わかったような気になっているだけかもしれないけど。

きつい言動の裏で、彼女が恐れていた”モノ”の正体を。
そして、この小さな体に彼女が背負い込んできたものの大きさを。


…だからこそ、きっと今はっきりと言葉に出して言う必要があるのだ。

言わなくても当然伝わっているだろうと思い込んで、ちゃんと伝えてなかった言葉を。



「俺はまだお前のことをよく知らない。今までのお前に何があったのかも、どうやって戦ってきたのかも全然知らない。
だけどな……、

もう一人で戦うことはないんだぜ?ブルー。お前は、俺たちの仲間なんだから!」
「!!……レッド…」


溢れてきた涙をブルーはもう止めなかった。
夢の中で何度も延ばし続けた手が、届く。



胸の中に残っていた重りが確かに軽くなることを感じながら、彼女は涙を流し続けた――。










「………あなたの言う通りよ、レッド。
私たちはこんな所で立ち止まっている暇はない。お互いを信じて、たった一人でも先に進むべきだわ…」

レッドから離れながら、ブルーは静かにそう告げた。
その言葉に、ぱっとレッドの表情が輝く。

「!!…あ、ああ!だから俺に任せろ!絶対にお前を先に進めてやるから!!」

レッドの言葉を聞き流しながら、ちらりとブルーはピンクに視線を送った。
その視線に気づいたピンクが小さく頷く。そんな二人の様子など全く気づかずレッドは一歩前に踏み出した。

その瞬間、ブルーがコアに力を溜める。
同時に杖を降りあげたピンクの防御魔法がレッドを包んだのを確認した彼女は、溜めた力を、一気にレッドが立つ床へと解き放った!!

「――っ!!!!!!!??」

悲鳴すら上げる間もなく、レッドが崩れる床と共に地下へと落ちて行く。
ピンクの魔法に守られているのだ、擦り傷一つしないだろう。
落ちていった彼を確認すらせずに体制を立て直した彼女は、床に空いた穴を背に庇うようにワルギリアへと向かい合った。



「おやおや、いいのですか?彼を一人で行かせてしまって?」
「…正直、ベアトリーチェとか言う奴よりあなたの方が、よっぽどやっかいに見えたからね。
私に言わせれば、彼はまだまだ甘いの。とてもじゃないけど、あなたを任せて私が先に行くなんてできないわ」
「きひひひひひ、心配しなくてもピンク達もあなたを倒してすぐに追いつくよ。そのためにピンクもここに残ったんだからね!!」
「そうですか…」

そう言い返したブルーの声はもういつもの、素直じゃない彼女の声だった。
その声に安心したように、ピンクが先を続ける。

はっきりと言い切る少女達の言葉にワルギリアも静かに目を閉じた。

彼女たちの声に、さっきまでは僅かに残っていた迷いは最早ない。
きっと楽な戦いにはならないだろう。そのことを覚悟させるのに十分な強い意志が、今の彼女達からははっきりと伝わってきた。


それでも、戦うしかないのだ。
こうして目を閉じれば浮かんでくる、あの子のあの笑顔を守るためにも。


「…いいでしょう。私もあなた達を倒して、早くあの子の所に戻らないといけません。
全力でお相手させて頂きますよ」


虚空から取り出した杖を降りながら、ワルギリアが宣言する。
黄金の蝶が、彼女の周りを舞う。
その声を合図にして、ブルーとピンクは、一斉に彼女に向かって行った。


***

(長くて入らなかったので2つにわけます。
続きは↓です)

削除キー:1234

24話 「最終決戦!?ファントムキャッスルでの戦い」 - 葉月みんと URL

2012/02/17 (Fri) 22:24:09



***



風を切る音だけが、広いホールに響く。
残像を残したグリーンの蹴りが、彼が投げたナイフが、次々にガァプを襲う。

しかし、その攻撃は一度も赤い悪魔を捕らえてはいない。
転移装置の命名の由来ともなった彼女は、まさに神出鬼没。
たとえ影だけだったとしても、易々と捕らえられるものではないのだ。


かと言って、ガァプの方が優勢かと聞かれれば、そういう訳でもない。
空間移動の力を使い死角から攻撃を仕掛けたとしても、どういうわけか読み切られてよけられてしまったり、
または少し離れた所で守護の術をかけ続けるホワイトのバリアーによって弾かれてしまったり。
どちらも決定打を相手に与えることができず、戦いは長い間膠着状態を続けていた。


「あらあら、この短期間で随分と腕を上げたじゃない?一層男前に磨きがかかったんじゃない?」
「それは…嬉しいね…」

互いに相手の攻撃を避けつつ、地面に降り立ったガァプとグリーンが軽口を言い合う。
しかし、言葉とは違い、向かい合った彼らの状態はすでに大きな違いが出てしまっていた。

くすくすと含み笑いすら浮かべるガァプに比べれば、グリーンにはすでに余裕はない。
すでに息が切れ肩で息をしているし、先ほどからの連続の攻撃も、
徐々にキレがなくなっていることはグリーン自身が誰よりもわかっていた。

長引かせれば長引かせるほど、おそらく不利になるのは運動量の多い自分達。
それを誰よりもわかっていたからこそ、グリーンはガァプを強い視線で睨みつけながら起死回生の一撃を放つ隙を伺っていた。
…もっとも、そう簡単にその隙が見つかるような相手ならばこんなに苦労するわけもないのだけれど。


思うことのたやすさと実際に行う難しさに、
グリーンは思わず苛立ちの篭った視線でガァプを強く睨みつけた。



「グリーン……」

じりじりと追いつめられていくグリーンの姿を、ホワイトは少し離れた場所で見守っていた。
彼の攻撃が外れる度に、そしてガァプの遊ぶような急所をわざと外した攻撃がグリーンの体を掠る度に、
ホワイトは駆け寄りそうになる自分を押さえることに必死だった。

自分の役割は仲間達のサポート。
ブルーのような重い攻撃も、ブラックのような素早い動きも出来ない。
自分が闇雲に突っ込んで行った所で、逆に足を引っ張るだけ。
それでも……、


……自分だから出来ることもきっとあるはずだった。



「グリーン…!!左です!!」


響いた声にグリーンが反射的に左へと体を捻る。
一瞬の間も置かずガァプが開けたワープホールがグリーンがついさっきまでいた場所に開く。
思いがけず避けられた攻撃に、ガァプが大きく目を見開く。
それでも彼女は攻撃の手を止めず、無理な体勢で避け動けなくなっていたグリーンに向かって足を叩きつけた!!

金属をぶつけたような高い音と共に、白い光が弾ける。
グリーンに向かって叩きつけられるはずだったガァプの蹴りがホワイトの放ったバリアーに弾き返されたのだ。



「あれ……?」

手を宙に掲げたまま、ホワイトは小さく呟いた。
目の前で起こった出来事を誰よりも信じられなかったのは当のホワイトだった。
掲げた彼女の手が小刻みに震える。
不安そうな表情のままぱちぱちと何度も、何度も、目を瞬かせていた彼女だったが、


それでも彼女の視線は常に動き続けるガァプの行動の先にあった。








青い刃と、赤い盾。
二つの力がぶつかり合って火花を散らす。

数度、叩きつけるように青い刃で盾を切りつけたブラックは、
やがてその盾がビクともしないことを悟り、小さく舌打ちをして悪魔から離れた。

「ブラック!!」
「大丈夫です、何ともありません…しかし…、僕の攻撃も効いていない…!!」

駆け寄ってきたイエローを止めながら、ブラックは目の前の悪魔から目を離さなかった。
しかし、優雅にお辞儀をするような動作で手にした赤い盾を消したロノウェはこっちに向かって来ようとはしない。
…それは、今だけの話ではない。


ブラックやイエローの攻撃を軽く避けたり、虚空から呼び出した盾で防ぐばかりで、
戦いが始まってから今の今まで、ロノウェは刃の一つもブラック達に向けてはいないのだ。

まるで、自分達など相手にすらならないとでも言うかのようだ。
……いや、”まるで”ではない。恐らくはそうなのだ。

うみねこセブンとして、そしてそれよりもずっと長い間ファントムの一員として、戦ってきたブラックだからわかる。
確かに短期間でうみねこセブン達は力を上げてきたが、ロノウェ達の強さはまるで次元が違うのだ。
その気になれば自分達など城ごと吹き飛ばされてしまうだろう。

だからこそ、自分達の城の奥深くに入り込まれたこの状態であってもロノウェの攻撃は乱れない。
次々と赤い刃を叩きつけてくるブラックの攻撃を、余裕の笑みで受け流すことが出来るのだ。

「ぷっくっく、よろしいのですか?ブラック?このような所で時間を潰して?
あなた達にはあまり時間がないとおっしゃっていたと思うのですが…?」
「くっ……!」

息すら乱さぬまま不敵な笑みを浮かべるロノウェに、
ブラックは小さく舌を打つと苦々しい表情で奥歯を強く噛みしめた。

手にした赤い刃をもう一度降り下す。
さして期待もしていなかったその刃は、左足を軸にくるりと回ったロノウェによってあっさりと避けられてしまった。

左、右、右、左。
フェイントを含めながら、息をつく暇もなくブラックはロノウェに叩きつけるがそのどれも届かない。
募った焦りに耐えきれず、ブラックは大きく刃を降りあげた…!


「……悪いことは言いません、あなた達はこのまま帰りなさい」
「な…!何を…!?」

大きく降りあげられた、隙の大きな一撃。
それをロノウェは見逃さなかった。
ずっとブラックの攻撃を受け流すだけだったロノウェの手が、初めて動く。
彼の攻撃を弾くように受け流した彼はブラックの懐へと一気に踏み込んだ。
そして、ロノウェは淡々とした口調で、一つの言葉をブラックの耳元で呟いた。










「”あなた達には無理だ”と言っているのです」




軽い音と共に、ブラックの手がロノウェによって捕まれる。強く前方へと引かれる。
明らかに自分の物ではなく、相手の間合い。
駒送りのようにゆっくりとした世界の中で、ブラックは目の前のロノウェの手が赤黒く光るのを確かに見た――。


「させるかぁああああああああああああああああ!!」
「!?」
「じぇ…、イエロー?!!」


光が弾ける。
ブラックを飲み込もうとしていた赤黒い光ではなく、彼の後ろから現れた暖かな黄色の光が。
拳に闘志を燃やし、突っ込んできたイエローの勢いに押されロノウェが一歩後ずさる。
深追いはしない。軽く一撃を空で降ったイエローは、すぐにブラックを抱き抱えたまま後ろに飛んだ!!


無理な体勢で飛ぶ退いた代償に、イエローは叩きつけられるようにして床に落ちる。
その衝撃に顔をしかめたのは、彼女よりもむしろ腕の中に抱きしめられたブラックの方だった。


「――っ…、大丈夫だった?ブラック?」
「何をしてるんですか!!?あなたは!!」

起き上がるのが早いか、ブラックはすぐに抗議の声を上げた。その瞳の中に、明らかな怒りの感情が見えイエローが慄く。
困惑の色を浮かべる彼女の目が、ブラックの頭にさらに血を昇らせた。

「何を考えてるんですか?!馬鹿じゃないですか!?
あの状態で突っ込んで…!!相手が引いたから良かったものを……、
もしそうじゃなければ、あなたもロノウェ様の攻撃に巻き込まれていたかもしれないのですよ?!!」
「で、でも…!だからってどうしろって言うんだよ?!あのまま見ていたら、君が……!!」


「だったら僕なんて、見捨てて欲しかった!!」


絞り出すようなブラックの叫び声がホールに響く。
その言葉に驚いて目を見開いたイエローを俯いた視界の端に映しながら、ブラックは血が滲むほどに拳を強く握りしめた。


強くなりたかった。
ならなきゃいけなかったのだ。

かつては、生きるために。
そして今は、前を向く彼女達と堂々と並んで立つために。


なのに、今。
助けるどころか突っ走った挙げ句、自分をフォローさせるために彼女を危険に晒した。
おかげで自分も彼女も助かったけれど、そんなのブラックにとってはただの結果論でしかった。
一つ間違えは、彼女が傷ついていたかもしれない。そのことの方がブラックにとってはよほど大切で、恐ろしいことだった。

人を信じられず、唯一の存在であった姉すら信じられなくなってもがいていた自分。
救ってくれたのは…、彼女達だった。
彼女達が自分に与えてくれたものは計り知れなくて、
強くなり役に立つことでその少しでも返せればいいと思っていたのに。自分にはそれしかなかったのに。

そうでなければ、自分がここに居る意味すらなくなってしまうのに……!!



「僕は…、強くならないといけないんです…!!一人で戦えるくらい、あなたを守れるぐらい!!
そうでないと、僕にここにいる意味がなくなってしまう!!僕には…、ここにいる資格なんてない……!!」



軽い音がホールに響く。

それは、イエローがブラックの頬を強く叩きつけた音だった。
ひりひりと痛み、熱を持った自分の頬をブラックが驚いた表情で押さえる。
その目の前で、イエローは泣き出しそうな表情でブラックを睨みつけていた。


「………わかったよ。ブラック。君は”勝てない”、このままじゃロノウェにはどうやったって敵わないんだ」
「!!…そ、そんなことは……!!」



「ううん、勝てない。
……私たち、一人ずつだとね」


ゆっくりと立ち上がり、イエローが顔を上げる。
彼女の強い視線の先には、不敵な笑みを浮かべる悪魔の姿が佇んでいた。






「グリーン!!次は……左です!!」

ホワイトが叫んだ次の瞬間、グリーンが右に飛び退く。疑いなどあるわけない。
今、自分が従っているのは彼にとって世界中の誰よりも信じると誓った人の言葉だった。

そして、実際に先ほどから何度も彼が飛び退いた一瞬後に、宣言された場所から攻撃が放たれているのだ。
グリーンがホワイトの言葉を疑う理由など一つもなかった。



……わかる。

目の前で演舞のように繰り広げられるグリーンとガァプの攻防線を見ながら、ホワイトはぎゅっとその言葉を噛みしめた。
左、右、左、その次は上。
まるで優雅なダンスのように神出鬼没にあらわれるガァプの動きが自分にだけは手に取るようにわかる。

だってずっと見てきたのだ。
物心ついた頃から、ずっと、ずっと。
自分達の前に立ち、導いてくれた彼女達の背中をずっと羨望と憧れを抱きながら目に焼き付けて来たのだ。

ガァプがよく取るパターンも、現れる一瞬前に変わる空気のほんの僅かな歪みも、ホワイトはよく知っていた。
だからこそ、グリーンに指示を出し、四方八方から現れるガァプの攻撃を全て避けることができていた。
だけど……!



「……このままじゃ…、”勝てません”……!」

絞り出すような声を出して、ホワイトは目の前で繰り広げられる戦いを不安げに見上げた。


確かにグリーンは先ほどからガァプの攻撃を全て避け続けていた。だけど、それだけだ。
ガァプの次の行動がわかっても、避けるのが精一杯。
こちらの攻撃を叩き込むような隙を彼女は決してみせなかった。
このまま硬直状態が続けば、きっと先に体力が尽きるのは人間であるグリーンの方が先だろう。
じりじりと追いつめられている現状を悟っているのだろう。戦い続けるグリーンも険しい表情で目の前の敵を睨みつけていた。

……どうすればいい?
どうすれば、この現状をひっくり返せる……?

先ほどから何度も繰り返した問いを、ホワイトはもう一度頭の中で繰り返す。
だけど、ぼんやりとしたまま、思考ははっきりとしない。答えは出ない、……違う。

出た答えを口に出すことを恐れて、
ホワイトは無意識に頭に浮かんでいた一つの可能性を押し込めていた。


「――っ!!」
「グリーン!!!」

その時、ガァプの蹴りがついにグリーンを掠めた。
体勢を崩したグリーンが、遠くに蹴り飛ばされる。
床に蹲った彼を見てホワイトは真っ青になりながらグリーンの方へと駆け寄った。

「どこか怪我をしたんですか?!待っていてください、今治療を………」
「……ねぇ、ホワイト。君の作戦を教えて?」
「え……?」

ガァプに気づかれないよう俯いたまま、グリーンがそう呟いた。
ざわりと、ホワイトの心が乱れる。
それを察したように、彼女を安心させるようにグリーンはそっと彼女の手に自分の手を重ねた。

「……このままだと、僕達はいずれ負ける。そのことは君も気づいてるだろう…?」
「……でも」
「そして、君にはそれを打開する作戦がある。下から僕達を見る視線を見ていて気づいたよ。そうだろう?」
「でも……!!」


確かに、”ある”。
グリーンの言葉は真実だった。

ホワイトはたった一度だけ、ガァプが大きく隙を見せるだろう場所に気づいていたのだ。
だけどそれは、そんなことこちらがやろうとはしないだろうと確信しているからこそ出来る隙なのだ。
実際にそこを突くなんて危険すぎる。
一歩間違えばグリーンの命すらも危険に晒す作戦ということも、ホワイトは痛いほど気づいていた。

だからこそホワイトはそれを言うことも出来ず、強く目を閉じて俯いた。
真っ青な顔をして震える彼女の肩に、グリーンがそっと手を添える。
そして、彼は。震えるホワイトの体を優しく包み込んだ。


「僕は君を信じるよ、ホワイト」
「……え」

耳元で囁かれた言葉にホワイトが目を開ける。
優しいグリーンの瞳と目が開う。
その中に映った不安げなホワイトに向かって、グリーンは強い口調で語った。


「世界の誰よりも、たとえ、君自身が君を信じられないとしても僕が信じるよ。
一緒に皆の所に帰るために、君の作戦なら僕は命を掛けられる。だから……、君の作戦を、僕に教えて?」
「!!……譲治さん!!」

強い、迷いのない瞳。
「でも」という言葉はもうホワイトからは出てはこなかった。
誰よりも憧れていた人が、今、自分を信じると言ってくれている。
なのにそんな自分を信じられなければ、ホワイトはグリーンすらも信じなかったことになってしまう。
………そんなことは嫌だった。

恐怖がなくなったわけではない。
それでも、しっかりと自分を見つめるその瞳が、ホワイトに何よりの力をくれた。

ぎゅっとホワイトがグリーンの胸に強く抱きつく。
耳元で二言、三言告げられた彼女の言葉に、グリーンはしっかりと頷いた。


「……あらあら、仲が良いのね。焼いちゃうわよ?」

上空から聞こえたくすくすという笑い声にグリーンはゆっくりと立ち上がった。
声が聞こえた方を、見上げる。そこにはゆったりと宙に浮いたガァプの姿があった。

「待たせて悪かったね。それにしても大人しく待ってくれるとは思わなかったよ。意外と優しいんだね?」
「……ええ、そうです。ガァプ様はとてもお優しいお方です」


返事が返ってきたのはグリーンもガァプも予想しなかった所からだった。
グリーンの横に、ホワイトが立つ。
しっかりとガァプの方へ見たホワイトの瞳には懇願するような色が浮かんでいた。

ずっと、見てきたのだ。
戦い続ける凛々しい姿も、ワルギリアやロノウェ達と共に楽しそうに笑う姿も。

拾われてきた人間だった自分達にすら、分け隔てなく話しかけてくれた。
ちょっといたずら好きで困ることも多かったけど、
それでもガァプがなんの意味もなく人を傷つけようとするような人ではないこともホワイトはよく知っていた。

「だから……、私にはわかりません。
あなたがどうして、人間界侵略なんて道を選ぼうとしたのか、
どうしてそんなことをしなければならなかったのか……、教えてください!ガァプ様……!!
本当に、あなた達は人間に幻想の世界を認めさせることだけが目的なのですか?!
何か、きっと何か、他に深い理由があるんじゃないんですか……?!!」
「………」

懇願するようなホワイトの言葉にすっと、ガァプからずっと浮かべていた不敵な笑みが消える。
静かにガァプが目を閉じる。ほんの数秒の沈黙の後に、彼女は静かに口を開いた。


「……さぁ、話はおしまい。武器を取りなさい、うみねこグリーン、ホワイト。
どうせ何を聞いたって、お互いに引く事なんて出来ないのだから」
「ガァプ様……」

震える声でホワイトが尋ねた言葉に、ガァプは答えなかった。
泣き出しそうなホワイトの顔は見ないフリをして、ガァプは再びグリーン達から距離を取る。
彼女のその行動にグリーンとホワイトも再び臨戦態勢を取った。

辛そうにぎゅっと胸の前で手を握りしめるホワイトの肩にグリーンがそっと手を乗せる。
何も言わず、ただ自分の覚悟が決まるまで待ってくれているその優しい瞳にホワイトは強く頷いた。


グリーンが強く地を蹴る。
自分達を不敵に見下ろす、ガァプへ向かって……!

再び始まった戦いを、一瞬でも見逃さまいとホワイトは目を見開いた。
ガァプの攻撃がグリーンの左を掠る、避けながらグリーンが懐のナイフをガァプに叩きつけた。
だがもちろんそんなものはガァプにはすでに読まれている。グリーンの攻撃を鼻で笑った彼女は、姿を消そうと深い闇を空中に呼び出した!!

「グリーン…!”今”です!!!」
「なんですって……!?!」

ホワイトの声に、グリーンはすぐさま方向を変えた。
目的はただ一つ、ガァプが身を消そうとしていたワープホームの中だ!!
自分から飛び込んだ暗闇は、自分達の世界とは別の理によって作られた世界だ。
覚悟はしていたとはいえ、一瞬でも気を抜けば上下の感覚どころか自分の存在すら歪んでしまいそうな奇妙な感覚に、グリーンは顔をしかめて耐える。
それは一瞬だったのか、それとも何日にも渡る長い時間だったのか。それすらよくわからなくなった時、真っ暗闇だったグリーンの視界がさっと大きく開けた。

暗闇の中から放り出された先は、先ほどと同じホールの天井付近だった。
地上からしっかりとした視線で自分を見上げているホワイトの姿が見える。
そちらには視線を向けないまま、グリーンは目の前に一瞬先に暗闇を抜けたガァプの姿をしっかりと瞳に映した。

「――これで終わりにしよう。ガァプー!!」


残っていた力をグリーンは全て右足へと集めた。まばゆい光が彼を包む。
重力を味方につけ、グリーンはガァプへと最後の攻撃を叩き込む。
とっさに腕で受け止めようとしたガァプと、グリーンの攻撃が重なったその瞬間、


まばゆい光と、耳を突くような轟音がホールを包み込んだ。






”何か、きっと何か、他に深い理由があるんじゃないんですか……?!!”


目の前に、グリーンの攻撃が迫る。
まるでコマ送りのようにゆっくりと進む世界の中で、何故かガァプの頭をよぎったのは、先ほどの泣き出しそうなホワイトの顔だった。
……馬鹿な少女だと、ガァプは笑う。この後に及んでまだ自分達を信じようとしている。
自分達のことを勝手に美化して、何か崇高な止むに止まれない事情のために戦っているのだと信じきっている。

「……馬鹿ね、紗音。私達はあんた達とは違うの。
皆の為に~、なんて甘い理由で動く悪魔なんていないことを、さっさと知りなさい」

残念ながら、彼女が期待していたような綺麗な理由はガァプは持ち合わせていない。
それどころか彼女が信じられないと言った「人間へ幻想の世界を認めさせる」と言うファントムの最優先目的すらも、彼女にとってはさほど重要なものではなかった。

願ったのは、たった一つ。
子供のわがままのような、自分勝手な理由が、一つだけ。


グリーンが振り上げた旋風が、ガァプに襲いかかる。
もう抗わず、その旋風が叩きつけられる最後の瞬間にガァプは静かにその目を閉じた。


……閉じた瞼のその向こうに、弾けるような笑顔とその向こうに広がる広い空が見えた気がした。
ふっと小さくガァプが微笑む。



その記憶を最後に、ガァプの意識は深い闇の中に沈んでいった。





















見上げた空に、涙が出そうになった。

高い天井に開けられた天窓から見える、小さな空に。



どうだぁ~?ガァプ?
ここは妾のお気に入りの場所なのだが…、そなたは初めての友達であるからなぁ、特別に教えてやろうぞ!
綺麗であろう?この屋敷の中で唯一空が見える場所だからのぉ!
凄いのだぞ、今は青いが夕方になったら赤く染まって……!!?って、ガァプ!!突然何をするのだぁ!離せ!!
そんなに強く抱きしめたら痛いであろうが!!ガァプ!?………どうしたのだぁ?……泣いておるのか……?


自分の腕の中で、ベアトリーチェがきょとんとした表情を浮かべる。
自分がなぜ涙を流すのか、それすらわからない親友に返せる言葉がなくて、ガァプは代わりに更に強くその小さな体を抱きしめた。


古い忘れられた書庫の中が、天窓から照らされた僅かな光で薄暗く光る。
切り取られた空を、きらきらとした瞳で見上げるベアトリーチェを抱きしめながら、



その日ガァプは、たった一つの決意をしたのだ。




***



「ううん、勝てない。……私たち、一人ずつだとね」

ゆっくりと立ち上がり、イエローが顔を上げる。
彼女の強い視線の先には、不敵な笑みを浮かべる悪魔の姿が佇んでいた。

目の前の悪魔から出る巨大なオーラにはイエローも気づいていた。
その力をよく知るからこそ、何とか隙を見つけようと焦るからこそ、ブラックが気づけなかったある事実にも。

ブラックは自分の攻撃を”効いていない”と言った。だが、そうではなかったのだ。
ほんの一瞬、瞬きをするような僅かな時間で修復されてしまってはいたが。
それでもブラックが刃を叩きつけたその瞬間、ロノウェの盾は大きく火花を散らし、時にひび割れを起こしていた。


効いていないわけではない。
ただ、ブラックの攻撃だけではパワーが足りない。

少し離れた場所で、冷静に彼らを観察していたイエローはそのことに気づくことが出来た。
そして、彼一人ではパワーが足りないのならば、どうすればいいか……、そんなことは考えるまでもないことだった。


「やろう!ブラック!!もう休む暇なんてあたえねーぜ!私とブラック、二人であいつの盾がぶっ壊れるまで殴り続けてやるぜ!!」
「待ってください!イエロー!!」


彼女の行動を止めたのは、予想通りブラックだった。
真っ青な顔で叫んだ彼を、イエローは淡々とした表情で見つめる。
その瞳から真意を測りかねて、ブラックは更に声を上げた。

「危険です!!下がっていてください!あなたはロノウェ様の恐ろしさをまるでわかってない!!」
「わかってるつもりだよ。このまま君が一人で戦っても、敵わない相手だってことも」
「それは……!でも、僕の為にあなたを危険に晒すわけには……!」


「…そして、私も君を危険に晒すよ。私に一人であいつを倒す力がないせいで」
「それは……」


「……でもね、私はそれでいいって思ってる」
「え……?」

イエローの言葉に、ブラックが驚いて顔を上げる。
その先で待っていたのは、満面の笑みを浮かべるイエローの姿だった。



「だって、私達は仲間だから」

迷うことなく、イエローはそう言い切る。
強く自分の手のひらに拳を叩きつける。決意が籠もった視線を彼女は今度はロノウェに向かって叩きつけた。

「一人で出来ないから、人は人と一緒に居るんだ。手を取り合うことが出来るんだ。
だから力不足なんて恥じることでも、悔やむことでもない。だから……、
もっと頼って!私達は、”仲間”なんだから!」
「イエロー……」

薄暗い城の中で、何故か彼女の姿だけが眩しいほどに輝いて見えた。
トクン、と、ブラックの鼓動が一つの音を鳴らす。
それが何かはっきりとブラック自身が理解するよりも先に、イエローがブラックの手を強引に掴んだ。
暗い城の床から、自分の方へとイエローがブラックを引っ張り上げる。彼女の手を、もうブラックは拒否しなかった。



「……どうやら、作戦が決まったようですね?ぷっくっく、どのような策が来ることやら」
「作戦なんてねーぜ!あんたが倒れるまで、殴って殴って殴り続ける!!これだけで十分だぜ!!」


作戦なんてないと言い切ったイエローの言葉に、ロノウェの含み笑いが大きくなる。
それでも、もうお手並み拝見などという悠長なことは、もうロノウェも夢にも思っていなかった。
数々の怪人を倒し、七杭を倒し、成長し続けてきた彼らの力を口には出さなくてもロノウェは認めている。
その彼らが手加減なしに向かって来るというのだ。ならば、自分も本気で相手をしなければならないだろう……!!

ロノウェが掲げた腕に、赤黒い光が集まる。
掲げられたのは、あえて先ほどよりも一回り小さな盾。だが、イエローもブラックも気づいていた。
大きさだけを見ればむしろ小さくなったその盾に、先ほどとは比べものにならないほどの魔力が込められているということに。


「では、始めましょうか?第二ラウンドを。あなた方に私の盾が破れるか…、試して差し上げましょう!!」

ロノウェが叫ぶ。
それを合図に、イエローとブラックは強く地面を蹴った――!!


難しいことは考えない。
ただ、力の限りイエローは自分の拳をロノウェの盾へと叩きつけた。
金属をこするような音と共に盾が激しい火花を散らす。もちろんそれでイエローは終わりにするつもりはない。
ほんの瞬きをするような僅かな時間で、続けて3度、イエローは自らの拳を叩きつけた。
盾の軌道をずらし、ロノウェが彼女の攻撃を防ぐ。そして、3度目の攻撃が終わった僅かな隙をついて、ロノウェは彼女を蹴り飛ばした!!

「―――っ!ブラック!!」
「はぁあああああああああ!!!」

次の瞬間、目を見開いたのはロノウェの方だった。
ロノウェの攻撃によってイエローが吹き飛ばされたのと同時に、今度はブラックの刃がロノウェを襲う。
切りつけられた盾が先ほどよりも大きな火花を散らし、僅かに割れた。

完全にロノウェの誤算だった。
まさかブラックが、吹き飛ばされたイエローの方を見もしないとは思わなかった。
今までの彼ならば、イエローに駆け寄り、大きな隙を作っていただろう。だが今、彼はそれをしなかった。
吹き飛ばされた彼女が呼んだ名前一つで彼女の意志を理解し、駆け寄るよりも彼女の意志を継ぐことを選んだのだ。
それは、彼等の間に確かな信頼関係が存在しなければなし得ないものだった。



「ロノウェ様……!!お覚悟を……!!」

その間にもブラックの攻撃は止まらない!休む暇もなく叩きつけられる青い刃に、ロノウェの赤い盾が大きく悲鳴を上げた。
そして、ロノウェがそれを止める一手を打てるよりも先に復帰してきたイエローの拳が盾に叩きつけられた!!

黄色と黒。
二つの攻撃にロノウェの盾が大きく軋む。
無理矢理受け止めたロノウェの盾は、ついにガラスが割れるような音を立てて、無惨に砕け散った――!!


不味い。
最早いつもの余裕めいた笑みすら浮かべる余裕のないままに、ロノウェは胸の内でそう叫んだ。
次の盾を作るよりも、おそらく二人の攻撃の方が早い。ならば、彼らの攻撃よりも先に二人を倒す。それしかない。

ロノウェの周りの闇がさっと強くなる。
本来の悪魔の力を解き放つために。彼は自身の右腕に力を溜める。
その一瞬の時を得るために後ずさったロノウェの足に柱が当り、……ロノウェの表情からさっと血の気が引いた。



食堂の中心に立てられたその一際大きな柱は、魔界に戻る扉を開けるための魔力を城中に届けるための、重要な基幹だったのだ。


無論、ワルギリアやガァプ、ベアトリーチェの力があればこんな装置などなくとも魔界に戻ることが出来る。
……だがそれは、あくまで彼女達が本調子だった場合の話だった。
もし、うみねこセブン達の攻撃で彼女達が深い傷を負ってしまっていれば?
もしも、その時、このシステムに致命的な欠陥が起こってしまっていれば?

彼女達は、魔界に逃げることすらも出来なくなってしまう……!




「これで…、終わりだぁああああああああああ!!」


空に飛び上がったイエローとブラックの二つの光がロノウェに迫る。
一度解き放てば、この部屋ごと簡単に彼女達を葬り去ってしまえただろう悪魔の力を……。







「どうかお逃げください、お嬢様。そして……、ワルギリア様」



結局ロノウェは、最後まで解き放たなかった。







「……え?」

名前を呼ばれたような気がして、ワルギリアは思わず振り返った。
そこに見えるのは、深い闇を含んだ階段だけ。当然、彼女の名を呼ぶような人物の姿は見当たらない。
それでも今聞こえた声がただの気のせいだとは思えなくて、ワルギリアは困惑の表情を浮かべたまま闇を見つめ続けた。

「随分と余裕じゃない?余所見を許すほど私は甘くないわよ?」

その隙を、もちろんブルーは見逃さない。
強く地を蹴ったブルーの剣が大きく光を増す。
すぐ後ろで膨れ上がった殺気にワルギリアは慌てて蝶に姿を変えてその場から逃げ去った。

光が弾ける。
ワルギリアが姿を消した、次の瞬間。何もない空間をブルーの青い刃が斬り裂いたのだ。
瞬間的に彼女の背丈ほど膨れ上がったその刃にはどれほどの力が込められていたのだろう?
ワルギリアの代わりにその刃を受けた城の床には深い穴が開き、その衝撃で天井まで大きく揺れた。

光が止まぬうちに、ブルーはすぐに立ち上がり背後を振り返った。
黄金の蝶が、暗い城の中を舞う。少し離れた場所に無傷で現れたワルギリアの姿を見て、ブルーは舌打ちをした。


「……その通り、だったようですね。しかし心配は無用です。このワルギリア、あなた達のようなお嬢さん達に遅れを取ることはありませんよ?ほっほっほ」
「……そのようね。さすがは歳の甲って奴なのかしら?」
「だ、誰が歳ですか!!誰が!!見ての通り私はまだまだ若いですよ!!失礼な!!」
「……………じゃあ幾つなのよ?」
「ワルギリア★17歳で……」
「さぁ、次行くわよ!!!」

ワルギリアの言葉を遮って、ブルーは大きく地を蹴った。
憎しみだけをその瞳に宿し、こちらに向かってくるブルーにふっとワルギリアが悲しげな笑みを浮かべる。
覚悟を決めた彼女は、無数の槍を背後へと呼び出し。一斉に向かってくるブルーに向かって放った!!

床に、天井に、そして壁に。
叩きつけられた光の槍が爆音と主に大きな砂埃を上げた。遮られた視界の中、ワルギリアは注意深く周囲の気配を探る。
この程度で、倒せる相手とは元より思ってはいない。必ず、無数の槍など物ともせずに自分の首をめがけて彼女は向かってくるだろう。

そして、ワルギリアの予想を裏付けるように、すぐに砂埃の向こうから一つの影がこっちに向かってきた。
ワルギリアは巨大な槌を具現化し、影の攻撃に備える。影が彼女の前に現れるよりも、槌が現れる方が一瞬早い!
砂埃がから少女が飛び出してきたその瞬間、ワルギリアは神の鉄槌を下すため、その手を降ろし……。




「うー!負けない……!!」

声が響いた。
幼い、しかし誰よりも決意の籠もった強い声が。

飛び出して来た人影にワルギリアの動きが一瞬、止まる。
視界を覆う砂埃の中から現れたのは、ブルーではなく、うみねこピンクだったからだ。

ワルギリアが槌を振り降ろすよりも先に、ピンクが杖を振るう。
スピードスターの嵐に煽られて、槌が消える。
軽い音を立ててワルギリアの前に降り立ったピンクは、強い決意をもった目でワルギリアを見つめた。

もしも、予想通りブルーが仕掛けてきた攻撃ならば、……いや。
たとえ予想と違っていたとしても、普段ならばワルギリアは軽くその攻撃を受け流して、ピンクを倒すことが出来ただろう。
それでも放ち掛けた魔法を止めてしまったのは、その声になぜか引っかかるものを感じてしまったためだ。

……なんだろう?この変な感じは。
彼女が口にした変わった口癖を、何故だかワルギリアはまったく違う場所で聞いたことがある気がした。



「ピンク達は負けない……!絶対に皆で一緒に帰るんだもん!!
レッドや、イエローやグリーン、ブラック、ホワイト、ブルーも!一緒にママの所に、皆の所に帰って……!
また一緒に遊園地に行ったり、パレードを見たり…!皆で一緒に遊ぶんだもん……!」


ワルギリアとブルーの間に、ピンクはたった一つの決意を胸に立つ。
それは、ここに来るまでにレッド達と、基地で待つ家族達と、
……そして、彼女の大切な友達と、誓い合ったたった一つの約束だった。


「約束したんだもん!!前は出れなかったけど……、
それでも一緒に遊園地の外に行こうって、水族館や動物園や学校にも行こうって、
……ピンクは約束したんだもん!!うー!!!」




ざわりと、ワルギリアの視界がざわめく。
目の前に立つうみねこピンクの姿が大きく揺らいで見えた。
そしてその姿はこともあろうに、

いつかベアトリーチェと楽しそうに笑いあっていた、あの人間の少女の姿と重なったのだ。






「まさか…!あなたは……?そんな…、それじゃあ、先に行ったあの青年は……?!!」





「油断大敵よ……!」


青ざめたワルギリア視線が、思わずレッドが落ちて行った地下の方へと向く。
その瞬間、ずっと隙を見せなかったワルギリアの意識は完全にブルーから外れてしまった。

その隙を、もちろんブルーは見逃さない!
大きく宙へと飛び上がった彼女の体が青い光に包まれる。
天井付近でくるりと伸び上がるように体勢を変えた彼女は、まるで隕石のような衝撃と共にワルギリアへ向かって降り注いだ!




「じゃあ、またね。シーユーアゲイン!!!!!」


小さく呟いた別れの言葉と共に、青い光が、耳を切り裂くような轟音が、城中を揺らすほどの衝撃が、部屋全体を包む。

部屋全体が光に包まれる最後の瞬間。
真っ青な顔をしたワルギリアの瞳は、ブルーを見てはいなかった。


ふわりと、ワルギリアの前に金色の蝶の白昼夢が舞う。
金色の髪を靡かせて、振り向いた”彼女”の幻は泣き出しそうな虚ろな目をしていた。





「逃げて…、どうか戦わないで、ベアト……、戦人君」



***


長い階段をレッドはひたすら降り続けていた。
走り続けるうちに息は切れ心臓は大きく悲鳴を上げていたが、それでも彼は立ち止まりも振り返りもしなかった。

暗い一本道の階段は、壁に設置されたろうそくの光に怪しく照らされるだけで先はほとんど見えない。
これだけ走ってもまだ先にたどりつかないなんて。
一体この城は地下何階まであると言うんだろうか?このままでは、地球の裏側まででてしまうんじゃないだろうか?

頭を回り掛けた考えをレッドは大きく頭を降って振り払う。
元々魔女などと名乗る非常識な力を持った奴らの根城なのだ。
本当に地球の裏側まで走らされる、…もしくはこうやってどれだけ走っていてもどこにもたどり着かない可能性すらあるのだ。
それがわかっていても、レッドには立ち止まる選択肢も、戻るという選択肢も、微塵も頭に浮かんでは来なかった。

ここで少しでも立ち止まってしまえば、ここまで道を切り開いてくれた仲間達に申し訳がつかない。
このまま進み続ける。それしか自分にはないのだ……!!


だが、永遠に続くかと思われた階段にもついに終わりがやってきた。
それからほんの数分もしないうちに、薄暗い階段の先についに重厚な扉が見えてきたのだ。






「……来たか」


ゆっくりと、ベアトリーチェが青い瞳を開く。

彼女の前に広がるのは、広い城の謁見の間。
ファントムの長である彼女は、今、その肩書きにふさわしい玉座に腰掛けながら長いカーペットの端に見える扉を睨みつけていた。

その扉の向こうに人の気配が有ると言うことが、うみねこセブンがここまで辿り着けてしまったということが、何を意味するのか?
頭をよぎり掛けた可能性を、ベアトリーチェは必死に振り払う。
違う。そんなわけない。彼らの強さは自分が一番よく知っている。
きっと今も、彼らは自分達のために城のどこかで戦い続けてくれているはずなのだ。


だから……!

…………今度は、自分の番だ。


「……守るのだぁ。妾が……!
お師匠様を、ガァプを、ロノウェを、全ての幻想の住人を……!!
妾が守らなければならないのだぁ……!!」


自分にそう言い聞かせるように呟いた。

彼女の目の前で重い音を立てながら、扉が僅かに動く。
蝋燭の僅かな光が扉の隙間から溢れる。





睨みつけるようにその光景を見ていた
ベアトリーチェの目の前で、幻想と人間を隔てていた扉が、





今、ゆっくりと開かれた―――。



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24話あらすじ - 葉月みんと URL

2012/02/17 (Fri) 21:48:24

「あらすじ」

ついにファントムの本拠地、キャッスルファンタジアに乗り込んだうみねこセブン達。
途中で待ち構えていたガァプ、ロノウェ、ワルギリアに道を阻まれるが、
グリーンとホワイト、イエローとブラック、そしてピンクとブルーがそれぞれの身を盾にして道を切り開く。
強くなったとはいえ、レベルの違うワルギリア達の強さにグリーン達は苦戦を強いられる。

しかし、互いの力を信じ戦い抜いたセブン達は、
パートナーと協力し合い、ついにガァプやロノウェ、ワルギリア達を撃破することに成功する。


そして、仲間たちの力を借りて先に進んだレッドは、ついにベアトリーチェの待つ、城の最深部に辿り着く―――。


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